筆者は、1999年から2000年までTという夜間大学に通ったが、仕事と勉強を両立させる大きな犠牲と、お金を払って大学に行く大きな犠牲と、大学に行って得られる小さなメリットを天秤に掛けて、最終的に中退する事を決めた。その後、再度A大を受験し合格した。だが仕事と勉強を両立させる困難と犠牲、その犠牲を払って得られるメリットの小ささを考えて、大学に見切りをつけるべきと感じており、激しく悩んでいた。
この記事は、当時の経緯を述べた手記である。
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■■■ 現在縦乗りを克服しようシリーズを大規模再構成/加筆訂正中です ■■■
2022年5月29日更新: 末子音がない日本語 ─── 縦乗りを克服しようシリーズその22
2022年5月15日更新: 裏拍が先か表拍が先か ─── 縦乗りを克服しようシリーズその3
2022年5月11日更新: 頭合わせと尻合わせとは何か ─── 縦乗りを克服しようシリーズその2
2000年11月23日木曜日
2000年11月22日水曜日
今日、学校に中退することを告げる為に電話したのだ。 (oka01-wtrlpxtxvuvqwrsh)
筆者は、1999年から2000年までTという夜間大学に通ったが、仕事と勉強を両立させる大きな犠牲と、お金を払って大学に行く大きな犠牲と、大学に行って得られる小さなメリットを天秤に掛けて、最終的に中退する事を決めた。その後、再度A大を受験し合格したのだが…。
この記事は、当時の経緯を述べた手記である。
この記事は、当時の経緯を述べた手記である。
2000年11月20日月曜日
2000年2月1日火曜日
断片 ─ クールヘッド・ウォームハート (oka01-eldzxyfydwawrjfq)
2000年初頭に書かれた断片。気持ちと論理の交差点を様々な視点から切り出し、読者の前に並べてゆく筆者の話法は、人呼んでおかあつ節と呼ばれているらしい。 筆者が厳密な論理と、それに真っ向から矛盾する存在の気持ちとを、並行して考えることが大切だと、筆者がはっきり意識したのは、つい最近のことだ。だが、この断片を見てみると、実は2000年の段階で、その発想を持っていたらしいことがわかる。 その事が、筆者自身にとっても、意外だった。
1999年7月22日木曜日
現代日本社会の親と教育 (oka01-juyatvsypmkizixi)
コンピュータープログラマとして働くことで経済的な安定を得た後に、夜間大学に社会人として編入したおかあつ。何とか自力で稼ぎ、自力で学ぶというスタイルを作り上げようとするも、親が子を養育・親が学費を払うのが日本社会の一般的な流れ。偏見と無理解に阻まれ暗中模索するおかあつ・1999年の手記
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著者オカアツシについて
小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。
特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々
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