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筆者おかあつについて (about author)


キャッチフレーズ

─── ラオ語・中国語・タイ語・英語・日本語の5ヶ国語を操り、アジア各地で少数民族の方言を研究しながら、片手間でnodejsを駆使しウェブアプリも開発するジャズギタリスト・岡城敦士が、現代日本社会や日本人自身を鋭く批判する『おかあつ日記』公式ホームページ ───

特技

特技は3つある。『コンピュータープログラミング』『語学』『音楽演奏』 以下で詳細を述べる。

  1. コンピュータープログラミング(1980~)
    1. WEB系プログラミング
      • JavaScript
      • HTML5
      • FirefoxPlugin
      • AJAX
    2. Java
      • 軽量ソケットフレームワークNETTYを使ったサーバープログラミング
      • 動的言語実装技術(Bytecodeの動的生成)
      • Android アプリケーションの開発
    3. 暗号処理の実装と応用
      • RSA公開鍵暗号の実装と応用
      • パディングアルゴリズム設計/実装と応用
      • ブロック暗号の実装と応用
    4. 通信プロトコル設計
      • 暗号処理を踏まえたプロトコル設計
    5. データベース・設計と実装
      • POSTGRES/MYSQL/H2/TERADATA/ORACLE/BDE/Derby
    6. その他(大規模業務用Excelマクロの開発経験あり)

  2. 音楽演奏(1991~)
    1. ジャズの旋律理論と和声理論
      1. コース授業の組み立てと実際の授業
      2. 作曲と編曲の請負
    2. ジャズギターを中心にしたコンボジャズ(少人数編成)の演奏
      1. オリジナル曲
      2. ロックやラムなどの要素を取り入れた革新的ジャズ
    3. ジャズギターによるラウンジ向けムード音楽の演奏
      1. スタンダードジャズ
      2. オールディーズ・懐かしのメロディー

  3. コミュニケーション語学(1996~)
    五ヶ国語の外国語と日本語を話すことが出来る。話せる言語の一覧は次の通り。
    1. タイ語 (ビジネスレベル)
    2. ラオス語 (ビジネスレベル)
    3. イサーン語 (ビジネスレベル)
    4. 中国語 (日常会話レベル)
    5. 英語 (ビジネスレベル)
    タイ語 ラオス語 イサーン語 中国語 英語
    読む
    書く
    聞く
    話す




略歴

年代 年齢 出来事
1981年 8歳 ・コンピュータープログラミングに興味を持ち始める。
・NEC製パーソナルコンピュータ−PC6001を入手する。
・プログラミング言語BASICZ80アセンブラを利用し、ゲームプログラミングに興じるようになる。
・音楽に興味を持つ。マイケル・ジャクソンや邦楽R&Bファンクバンド・スペクトラムに傾倒する。
・プログラミング雑誌マイコンベーシックマガジンを購読し始める。
1985年 12歳 ・ギター演奏に興味を持つ。
・長渕剛と山下達郎に傾倒する。
1988年 15歳 ・大手パソコンメーカーのソフトウェア互換性を無視した新機種発売の連続を避ける為、プログラミングの世界から遠ざかる。
・中学校の校内暴力が激しさから登校中断を余儀なくされる。
・登校中断により内申点評価が下がり、進学が難しくなる。
1989年 16歳 ・高校に入学する。
・不本意な高校生活に区切りをつける為に中退する。
・出版業界でバイク配送員として勤務。
1991年 18歳 ・都内初の単位制高校・新宿山吹高校を受験、普通科一部に合格し、入学。
・軽音楽部を立ち上げに携わる。初代部長となる。
・軽音楽部顧問の影響でジャズに傾倒。
1992年 19歳 ・早稲田大学に出入りする様になる。
・早稲田大学モダンジャズ研究会・通称「ダンモ」に入部。
・ジャズギタリスト東海林由孝に師事する。
・アランホールズワース・スティーブヴァイ・ウェスモンゴメリー・パットメセニー・ジョンスコフィールド・ジョンアバークロンビー・ジョーイカルデラッツォ・キースジャレット・ラーシュヤンソン・等々のジャズミュージシャンに傾倒する。
・以降、高校通学及び、八百屋・バイク便・トラック運転手・新聞配達の傍ら、音楽活動を行うようになる。
1995年 22歳 ・ウィンドウズ95発売される。マニアのオモチャだったパソコンが一般人の必須アイテムへと変わる... そんな大きな時代変化のなか、山吹高校のパソコン研究部にてDOS/V(IBMPC互換機)と出会う。新しいコンピューター規格へ可能性を感じ、プログラミングの世界に戻る決意を固める。
1996年 23歳 ・大学受験資格検定を受験。同検定の合格が決定し、山吹高校を中退する決断を固める。
・バークリー音楽院・留学準備の為、渡米する。
・3ヶ月の語学研修の後に入学許可を得て、帰国する。
・英語の獲得に成功する。
・身辺問題により留学を断念する。
1997年 24歳 ・都内にてプログラマ勤務を開始する。
野村総合研究所にてイトーヨーカドーの社内システム開発に携わる。
・アマチュア時代のTOKU氏率いる演奏グループに参加し、朝霞台にあるライブバー停車場にて定期演奏を始める。
・横浜各所でストリートミュージシャンとしての活動を開始する。
1999年 26歳 ・社会人入試制度を利用し、芝浦工業大学夜間に受験し合格。入学する。
2001年 28歳 ・社会人大学生の勉学の理想と現実とのギャップに失望し、退学する決意を固める。
・青山大学二部を再受験し合格する。
・芝浦工業大学を退学し、青山大学に入学する。
・身辺問題が激化し、解決に本腰を入れる決意をする。
・青山大学に1日も授業に出席しないまま退学する。
2002年 29歳 ・休職し再度渡米。1ヶ月の語学研修を受ける。
リクルートスタッフィング社の仕事検索システムの設計開発に携わる。
2003年 30歳 兼松コミュニケーションズが企画するau公式携帯アプリの開発に携わる。
イオン興産のデータベースシステムの設計開発に携わる。
2004年 31歳 ・所属会社が変わる。
東京ガス社が企画する地図アプリの設計開発に携わる。
2005年 32歳 ・身辺問題が終了する。
・長年温めていた新しいシステムの着想を実現すべく退職する。
・渡タイを決断する。
・独自システムの開発・プログラミング研究・音楽の研究・外国語の学習に専念する。
・タイ語の学習を始める。
・SNSサイト『ミクシィ』上でおかあつ日記の原型となる日記を書き始める。
2006年 33歳 ・タイ東北地方にあるウドンタニー県と出会う。
・タイ東北方言(ラオ・イサーン語)の重要性に気付き、研究を開始する。
・ウドンタニー県でアイルランド式レストラン経営に携わる。
・ラオス語とイギリス英語の類似関係に気付き、英語の方言のひとつコックニー英語に興味を持つ。
2008年 35歳 ・1ヶ月のドイツ滞在。ベルリンにて5日間のドイツ語の特訓を受ける。
・ドイツ語を話せる迄には至らなかったが、ヨーロッパ文化に対して様々な見識を得る。
2009年 36歳 ・JavaScriptによるRSA公開鍵暗号の実装に成功。自己ウェブサイトにて公開する。
2010年 37歳 中国雲南省・昆明にある華僑学校にて3ヶ月の中国語の集中特訓を受ける。
・特訓終了後、中国語・ラオ語・イサーン語の獲得に成功した事を確認する。
2011年 38歳 ・タイ東北地方・ウドンタニー県市内に転居する。
・ブログおかあつ日記の運営を開始する。
・ラオス語方言の発音変化と語順変化に関して私的な論文を執筆する。(参照)
2012年 39歳 ・ネイティブ話者の前でタイ語を話した際、その発音だけで「ウドンタニーから来た」と認識される程度の発音再現率を達成する。
2013年 40歳 ・ラオス・ビエンチャン郊外で開発作業を開始する。
・ビエンチャン方言とルワンパバーン方言の研究を行う。
・音楽活動を再開する。
2014年 41歳 ・バンコクで独自システムパッケージの開発作業を続ける。
・音声版「おかあつ日記」の制作を開始する。(参照)
・タイ語とラオ語をほぼ完全に話し分けることができる様になる。
・タイ語/ラオ語を話した時に外人扱いされず、誰からもほぼ完全に無視される程度の生活風習への適応度を達成する。



これまで演奏してきたジャズのクオリティアップと共に、ラオの民族音楽ラムとの融合を模索する。