- 制約1・一定周期で叩くことしかできない
- 制約2・あまり速く叩けない
- 制約3・ほとんど正確に叩けない
- 制約4・但し手や足など2つの可動部分を組み合わせ倍速度で叩ける
- 制約5・乗ることにも叩くことと同じことがいえる
これをここでは人の時間分割能力制約 (the limitation of the human sense of subdivision)と呼ぼう ─── 人間をリズム演奏装置としてみると、とても単純な装置だ。人間が音楽を演奏するためには、これを工夫して組み合わせてだましだまし使うしかない。人間が複雑なリズムを叩くことには根源的なアルゴリズムの問題が含まれる。 この装置を使ってどのように音楽を演奏すべきなのか考えてみる。
そしてそれがこそが、アフリカ系アメリカ人の音楽、即ちゴスペル音楽・黒人教会音楽やR&B・ファンク・ヒップホップ・そしてジャズのリズムの取り方の本質であることを見ていく。
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単純なリズムと複雑なリズム
リズムを叩くにあたって制約1『一定周期で叩くことしかできない』を知ることはとても重要だ。例えばこういう複雑なリズムがあったとする。人間は直接このリズムを叩くことはできない。何故なら人間は時間を一定周期で分割する能力しか持たないからだ。だが次のように工夫することで叩くことができる。
譜面上ではこれが一定周期の組み合わせだということがわかりにくいので、グラフを使って見てみよう。
これなら一定周期の組み合わせだから人間でも叩くことができる。このようにして人間は複雑なリズムを叩くことができる。
複雑なリズムは必ず一定の法則で分解することで単純な一定周期のリズムの組み合わせとして表現し直すことができる。単純なリズムしか叩けない人間が複雑なリズムを叩くためには、複雑なリズムを分解することで単純なリズムの組み合わせに変換してから叩く必要がある。変換方法は複数のやりかたが存在するので、どの変換を使うかによって異なるニュアンスが得られる。
この変換のことをリズムの分解と呼ぼう。
ここでは1つだけの周期でできたリズムを単純なリズム(compound pattern)と呼ぶ。また2つ以上の周期が複合したリズムのことを複雑なリズム(simple pattern)と呼ぶ。
単純なリズムの分解
制約2『あまり速く叩けない』を考えてみよう。次の単純なリズムを考えてみる。
120BPM程度なら十分叩けるだろう。だが200〜300BPMになれば徐々に難しくなってくる。8分音符や16分音符などの細かな音符を考えると、200BPMで8分音符を演奏するなら2倍の400BPM相当、16分音符なら800BPMに到達するリズムを叩かなければならない。これは到底人間には叩くことができないリズムだ。
そこでこれを分割することを考えてみる。
全く同じリズムでもこの様に分解すれば半分のBPMで演奏できる。グラフでも確認してみよう。
この処理のことを単純リズムの分解と呼ぼう。
分解された単純なリズムと拍シフト量
前章で単純なリズムを分解することで倍の速度で演奏することができることを見てきた。実は、この2つの拍の距離を変化させることで倍以外のリズムを演奏することができる。この距離のことを拍シフト量(beat shifting distance)と呼ぼう。前章の例では2つの拍の距離は1/2だったが、これをもし1/4にしたらどうなるだろうか。
この様に2つの拍の距離が1/4になるとそれは1/4の長さを持つ音符=8分音符と同じ細かさを持つ。
同じ様にして2つの拍の距離が1/3になったらどうなるかを見てみよう。
2つの拍の距離が2/3になるとそれは2/3のの長さを持つ2拍3連2個分の細かさを持つことになる。
ここで音符の細かさのことを拍解像度(beat resolution)と呼ぶことにする。この様に2つの拍の距離=拍シフト量を変化させることで全ての拍解像度を表現することができる。ところで拍解像度とは何か。
拍解像度とは
拍解像度とはその小節内にある音の位置の細かさだ。これはリズムのスピード感と関係している。拍解像度が高ければ高いほどリズムのスピード感は高くなる。拍解像度は音価(音の長さ)と似ているが異なる概念だ。音価は音の長さのことを指すが、拍解像度はその小節内にある音の位置の細かさだ。具体的に言うと、拍解像度はその小節内にある全ての音符の位置を数値として表した時の全ての数の最大公約数となる。例えば、16分音符(音価が1/16)があったとしても、拍解像度は必ずしも1/16にならない。何故ならもしその16分音符が4分音符と同じ位置にあったら拍解像度は1/4にしかならないからだ。
例1
16分音符が全て4分音符と同じ場所にあれば拍解像度としては4分音符と同じになる。
この16分音符は4分音符とおなじ拍解像度しか持たない。
この時の4分音符の位置は [ 0/4, 1/4, 2/4, 3/4 ] で 16分音符の位置は [ 0/16, 4/16, 8/16, 12/16 ] になる。この場合、全ての数の最大公約数は1/4だ。よって拍解像度は1/4だ。
例2
この例2の拍解像度は2分音符が [ 0/2, 1/2, 3/2, 4/2 ] 8分音符が[ 3/8, 7/8, 11/8, 15/8 ] なので、最大公約数は 1/8 だ。よって拍解像度は1/8になる。
拍解像度は値が小さければ小さいほど拍解像度が高いと呼ぶ。拍解像度が高いほど拍のスピード感は高くなる。
つまり例1よりも例2のほうがスピード感が高い演奏ということができる。
裏拍(既約拍)・表拍(加約拍)
8分音符でも4分音符と同じ位置にあれば4分音符と同じ拍解像度しか持たない。拍解像度を効率よく上げるには、4分音符と同じ位置にある8分音符を省いて考えたほうが簡単だ。 同様にして16分音符でも8分音符と同じ位置にある16分音符を省いて考えたほうが簡単になる。このように重なった音符を一番拍解像度が高いものを残して省くと次のようになる。
これはつまり全ての音価の音符から裏拍だけを残したものだ。
ある拍の位置を分数で表したとき、その分数が約分可能だったらその拍を可約拍(a reducible beat)と呼ぶことにする。その分数が既約分数だったらその拍を既約拍(an irreducible beat)と呼ぶことにする。
可約拍は表拍のことだ。
既約拍は裏拍のことだ。
裏拍の意味についての詳しくは 裏拍の大切さ で説明した。
拍層
裏拍の大切さ で説明した通り表拍を叩くとそれは裏拍の存在感を減らす結果になり、音楽の拍解像度が下がったような印象(スピード感を失った)を与える。この拍解像度が下がった印象のことを縦乗り(vertical riding)という。縦乗りについては 何故、日本人は縦乗りなのかで説明した。縦乗りを避けるためには裏拍だけを選択的に叩かなければいけない。この様に音価ごとに無駄な音(表拍)を整理すると、音価が層になって横方向に広がり重なり合っている様子が観察できる。またそれぞれの音かの拍が異なる音価の拍と重なりあうことなく避けあっている点も観察できる。
これが裏拍を強調(シンコペート)した音楽のリズムの構造だ。このシンコペーションの構成法は、アフリカ系アメリカ人の音楽、即ちゴスペル音楽・黒人教会音楽やR&B・ファンク・ヒップホップ・そしてジャズで多用される。
拍ドリフト量
拍層を構成したリズムは表拍が省略されていることから他の拍層の音と衝突する音が存在しな いため、多少拍の位置が変わってしまっても聴者に拍の位置がずれたことがはっきり認識されることがない。これを応用して意図的にずらすことで表情に変化を与えるここではドリフト(drifting)と呼ぼう。ここでは拍ドリフト量(beat drifting distance)とは拍層全体がずれて移動したときの距離をあらわすこととする。この拍ドリフト量を調整することで人間の時間分割認識の錯覚を呼び起こすことができる。ある拍ドリフト量に到達すると、人間の時間分割認知の世界に非現実的な程に高い拍解像度を創りあげることができる。この錯覚がリズムの持っている疾走感・前進感・スピード感の源泉となる。
前章で拍シフト量によって拍解像度が変わることを見た。拍ドリフト量も拍シフト量と同じく拍層のずれを表す数値だ。拍シフト量は必ず単純な整数の分数で表されるが、拍ドリフト量は単純な整数で表される位置から実数範囲にずれる場合が多い。
拍のずれ
拍層を構成したリズムは、冒頭で挙げた制約3『ほとんど正確に叩けない』に対して緩衝を与える。表拍を省略しない演奏は少しでも位置がずれると他の拍層の表拍の位置と揃わなくなってしまう為、それが認知上で目立った存在となって浮かび上がってしまう。ところが表拍を省略した演奏は、位置がずれてもそれがはっきりと認知されることはなく、むしろ積極的にずらすことで表情に変化を与えることができる。表拍とは『揃うことを前提とした拍』であり、裏拍とは『ずれることを前提とした拍』といえる。
拍の倒置(裏拍の叩き方)
これまで見てきた様に裏拍を中心にリズムを構成する為には自分が聞いている音の半分の位置で拍を打つ作業が必要になる。だがこれは制約1『人間は一定周期で叩くことしかできない』の制約を受ける。この困難にどう対処すべきなのかをここで説明する。メトロノームに合わせて裏拍で手を叩く時、ここで仮にタンが手拍子でピッがメトロノームだとすると、タピ・タピと聞こえる様にやった方が簡単でピタ、ピタと聞こえる様に叩くのは難しい。 メトロノーム音を聞いてから手を叩くと遅れてしまいずれてしまう ─── これを解決する為にはメトロノーム音を聞く前に手を叩かなければいけない。
人はしばしばメトロノームのクリック音に合わせて裏拍を叩こうとすると、クリック音の表拍を先に聞いてから自分の拍を裏拍としてにあわせて叩こうとする。より細かく描写すると、まずクリック音を聞きその位置を確認し、そこから一定の時間を区切って自分の拍を叩こうとする。だがこの方法では安定した拍を叩くことができない。何故かというと、それは原理的な困難があるからだ。これは冒頭で述べた制約1『人間は一定周期で叩くことしかできない』の制約を受ける。
だがこれを逆の順番で認識することで制約1を回避することができる。ここでその方法について述べる。
その方法とはまず自分が先に拍を叩き、そのあとでメトロノームのクリック音を聞く様な順番で認識することだ。飽くまでも自分の感覚を使って一定間隔で手を叩き裏拍に相当する場所にクリック音が来るようにずれを調節しながら叩く。一定間隔で鳴っているメトロノーム音を聞きながら自分の拍の間隔を一定間隔で叩き、その状態でメトロノーム音が自分の拍の中間に来るように速度を調節する。自分の拍の間隔を、あたかも他人の走っている車の横に自分の車をつけて並走する時に車のアクセルをやや踏み込んだりやや緩めたりしながら調節するように、調節する。こうすることによって制約1『人間は一定周期で叩くことしかできない』の制約を回避しながら裏拍を叩くことができる。
この様に裏拍を先に表拍を後として認知しながら演奏することを拍の倒置(beat inversion)と呼ぶ。
拍の倒置を使うと300BPMといった非常に速いテンポでもある程度安定して裏拍が出せるようになる。
拍倒置と拍乗法
300BPMの様な速いテンポなると毎拍を全て完璧に合わせるのは困難だ。何故ならばこの行為には制約2『人間はあまり速く叩けない』及び制約3『ほとんど正確に叩けない』の両方の制約を受けるからだ。これは一定拍数ごとに調節する様にすることで制約を回避することができる。つまり8拍ごと16拍ごとに表れる拍に注目し、その拍に対して自分の拍を打つ速度を調節する。これはミュージシャンがつかう俗語でしばしば小節を大きく取ると呼ばれるテクニックだ。
拍を叩く時に拍がずれてしまっても寛容にずらしたまま4小節に1度ないしは8小節に1度だけ最終拍で合わせる。但し自分の拍と他人の拍(メトロノームのクリック音やバンドのリズムセクションの拍)が過度に遠くなってしまわないよう、 自分の拍速度を適切に調整する。このような方法を使うことで制約2『人間はあまり速く叩けない』の制約を回避することができる。
※ 4拍子なら4拍目、5拍子なら5拍子等々の小節内の最後の拍のことを最終拍と呼ぶ。
この数小節に一度裏拍で(待ち合わせをするように)合わせる というのは、これはジャズのリズムの取り方そのものでもある。
このように複数の拍をまとめて1つの拍の様に扱うことを拍乗法と呼ぼう。拍乗法はアフタービートとも聯関した概念になる。拍乗法についてはアフタービート乗り換えでもう少し踏み込んで説明することとする(未校)。
何故先頭拍ではなく最終拍でタイミングを取るようにする必要があるのかについては頭合わせ乗りと尻合わせ乗りで説明することとする(未校)。
結論
効果的な演奏をするためには裏拍を中心にリズムを構成することが大切だ。そのために拍の倒置を理解/習得することは非常に重要な課題だ。裏拍が重要になる理由については裏拍の大切さ で説明した。また裏拍を中心に演奏するにあたって重要なテクニックにアフタービート乗り換えがある。アフタービート乗り換えについては アフタービート乗り換えについて で説明した。
またアフタービートを維持するための実践的な数え方として「イクウェイトリアル・カウント」が有効だ。イクウェイトリアル・カウントについてはイクウェイトリアル・カウントとは で説明した。
これらを駆使することで効果的な演奏を行うことができる。
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