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2019年1月19日土曜日

裏拍とは何か ─── 縦乗りを克服しようシリーズその7 (oka01-gdqoqxundapoaemf)


裏拍が大切 … ミュージシャンなら誰もが口にするフレーズだ。何故ミュージシャンはしつこく何度も繰り返し裏拍が大切だと発言するのか。それは決して裏拍が大切だからではない。日本人は裏拍を認知できないからだ。

彼は、海外の一流ミュージシャンと自分自身の演奏を比べ、明らかに何かがおかしいと感じ、だが何が違うのかがどうしても見えず、長年に渡ってその違いについて考えた結果として、漠然と裏拍がないという点に気付いたからこそ、裏拍が大切だと発言した筈だ。もし簡単に裏拍を大切にできるなら、裏拍が大切だとは言わなかっただろう。

日本から一歩でも足を踏み出せば音楽には必ず裏拍がある。裏拍を見るためにジャズの本場ニューヨークに足を伸ばす必要は全くない。裏拍は世界中のどこにでもありふれている。実は裏拍がないのは日本だけだ。

実は、ロック/ジャズ/ブルース/ポップス等々の海外由来の音楽を演奏する時、表拍を弾く必要はあまりない。その違いを言い表すためには「裏拍を弾く」というよりも、むしろ「表拍を弾かない」と言ったほうがより適切だ。

ところが日本人は表拍を弾かないということができない。何故なら日本人は表拍に対する強い依存を持っているからだ。

日本人は表拍に対する強い依存心を持っている。いくら裏拍を大切にしてもそれ以上に表拍を大切にしていたら裏拍は生きてこないのは当然のことだが、日本人は表拍に強い依存心があり、裏拍を大切にしようとしても、気持ちの上で表拍離れができず、無意識のうちに表拍を大切にしてしまい、いつまでも裏拍を大切にすることができない。日本人にはそんなジレンマがある。これのことを僕は表拍依存と呼んでいる。

日本人には裏拍を感覚的に認識する能力がない ─── だが裏拍が大切ということにはとてもわかりやすいはっきりした理由がある。そもそも裏拍とは何なのか。裏拍を大切にするためにはどうすればよいのか。これらをはっきりと理論的に理解することでこの弱点は克服することができる。

今回は裏拍が大切になる理由を説明してみたい。

裏拍とは何か

そもそも裏拍とは何か ─── まず最初に裏拍・表拍とは何かをきちんと定義してみよう。学校で習うように、音符には、色々な長さがある。よく使われるものは、全音符・2分音符・4分音符・8分音符・16分音符がある。

┌────── 小節 ──────┐

それぞれの音符は小節を一定数で分割することできまる長さを持っている。特に楽典では4分音符だけは特別に(ビート)と呼ばれ拍子を考える時の基本長さとして扱われている。

表拍(オンビート)・裏拍(オフビート)とは、小節内に表れる拍を2つの連続する拍の対ごとにグループ分けした場合に於いて最初に表れるほうを表(オン)後に表れるほうを裏(オフ)と呼ぶ習慣に基づいた呼び名だ。


上図で赤くハイライトされている方が裏拍(オフビート)だ。

尚、オンビート(表拍)・オフ(裏拍)を、アップビート(上拍)・ダウンビート(下拍)と呼ぶことがある。これは指揮棒の上げ下げになぞらえた呼び方だ。だがジャズ/ロックなどのポピュラー音楽の世界ではこの「上下」という方向について逆の認識をすることがある。例えばヒップホップダンスではアップビートで頭が下がる動作を行いダウンビートで頭が上がる動作を行う場合がほとんどだ。この混乱を避けるためここでは表(オン)裏(オフ)という表現を使うことにした。

※ ヒップホップダンスでの動作では、しばしばこのアニメーションの様に表拍で頭が下がらず逆に上がる。詳しくは 縦乗りと横乗りの違い・同性愛文化からジャズ的フェミニズムへ で説明した。

表拍は他の拍と重なる

裏拍が大切なことにはとてもはっきりした物理的な理由がある。表拍は必ず他の拍と重なるからだ。裏拍は重ならないので結果として表拍のほうが強い存在感を持つようになる。だから音符の表拍を弾くと裏拍はかき消されてしまう。以下でその理由を順番に見ていこう。

リズムのスピード感とは何かを考えたとき、その定義は視点によって様々な形になりうるだろう。 そのなかで例えばリズムのスピード感を音の細かさと考えたとする。すると全音符よりも2分音符の方がスピード感があり、2分音符よりも4分音符の方がスピード感があるということになる。

ここで4分音符を弾くということはどういうことだろうか。ここで4分音符・2分音符の関係を例に取ってみたい。


この図では、橙色の星印で打音(アタック)赤線で持続音(サステイン)を表している。

2分音符と4分音符の違いは音符の長さだ。だがこのことをより細かく見ていくと
  • 持続音の長さ
  • 打音と打音の距離
という2つの違いがあることに気付く。

ジャズなどのリズムを重視した音楽を演奏する時、音符の長さよりも打音間の距離が重要になるので、ここでは音符の長さを考えずに打音だけを考えてみる。すると4分音符の表拍は2分音符と同じだということがわかる。



4分音符の表拍は打点上では2分音符と同じだ。つまり打点だけで見ると4分音符の表拍を弾くということは2分音符を弾くということ等しい。4分音符の表拍には2分音符と同じスピード感しかない。4分音符の裏拍を弾かない限りその音は2分音符として吸収されてしまうため4分音符分のスピード感を得られない。

このことは2分音符と4分音符だけでなく4分音符と8分音符の間でもいえる。打音だけを考えた場合8分音符の表拍は4分音符と等しい。




8分音符の表拍には4分音符と同じスピード感しかない。8分音符の裏拍を弾かない限りその音は4分音符として吸収されてしまうため8分音符分のスピード感を得られない。

このことは全ての音符について一般化していうことができる。
  • 2分音符の表拍は、全音符だ。
  • 4分音符の表拍は、2分音符だ。
  • 8分音符の表拍は、4分音符だ。
  • 16分音符の表拍は、8分音符だ。
  • 32分音符の表拍は、16分音符だ。
  • ...(続く)
全ての音符の表拍は必ず、その音符の倍長い音符と衝突する。

表拍が他の拍と重なる理由

小節を一定比率で分割したものが音符の位置なので、音符の位置は分数で表せる。楽典では小節先頭拍を1拍目として数える。ここでは数学の数直線と同じ様に先頭の拍を0拍目として数えてみよう。すると面白いことがわかる。

この各音符列上で左から数えて偶数番目(0個目・2個目・4個目・・・)の音符は表拍になる。そして奇数番目(1個目・3個目・5個目・・・)は裏拍になる。

この様に並べてみると、全ての表拍は約分できることがわかる。

 
そして全ての裏拍は、約分できない分数=既約分数になっている。


分数は1つの数を表すとき複数通りの書き方がある。2/8 や 2/4などの分数は約分できる。つまり他にもっと小さな数の組み合わせで表現することができる。

つまり表拍とは約分できる分数で表される地点にある拍のことであり、この地点は他の分母を持った拍=表拍が存在する可能性があり、その分母の最大公約数で約分された分母を持つ音符=裏拍が存在する可能性が高い場所でもある。つまりその地点では音が衝突する可能性が高い。

例えばバンドではしばしば、ベースが4分音符・ギターが8分音符・ハイハットが16分音符・キーボドが全音符といったように、音符の分割数ごとに異なる楽器で演奏する場合がほとんどだ。この状況下で表拍=約分できる音符位置の音を出すと他の音符分割数を演奏している楽器とぶつかることになる。

また音符位置0(小節頭)は特異点だということも見て取れる筈だ。この地点は全ての音符分割数に於いて音符が衝突する。




つまり全ての音価に於いて表拍は、必ずその音価より大きい音符の裏拍に相当している。このことをグラフを使ってみてみよう。



このグラフをよく観察して見て欲しい。全ての裏拍を重ねあわせると結果として小節内の全てのスロットに音符が敷き詰められる。このグラフ上でその様子が目視観察できる。

音が重なると音符が消える

同じ位置で音符が重なりあうとその位置の音符は強調される。例えば4分音符の2拍目で大太鼓と小太鼓が同時に鳴れば4分音符の3拍目で小太鼓が単独でなるよりも大きな音がする。だからバンド全体で見ると4分音符の3拍目が強調され、聞いている人にリズム上3拍目が強調されたように聞こえる。

このことを踏まえて表拍を弾いたときの状況を考えてみる。リズムセクションが4分音符を弾いており、ソロセクションが8分音符を弾いているとする。ソロセクションが8分音符の表拍を省かないと、ソロセクションの8分音符の表拍がリズムセクションの4分音符と重なりあうことになる。結果として4分音符だけが強調されて8分音符の存在感が弱くなる

つまりn分音符の表拍を弾いたとき、その音符は必ず2×n分音符と衝突して2×n分音符の音量を上げる。つまりn分音符の存在感が2×n分音符の存在感によりかき消されてしまう。8分音符の表拍を弾くと、8分音符のスピード感は、4分音符に上書きされる形でかき消されてしまう。16分音符の表拍を弾くと、16分音符のスピード感は8分音符に上書きされる形でかき消されてしまう。

この音が重なる現象は全ての音符で成立する。

いくら頑張って速弾きをしても、表拍を省略しない限りそのスピード感は全く聴衆に届かない。バンドメンバーが表拍を弾いている限り、例え32分音符を弾こうが256分音符を弾こうが、リスナには全音符しか聴こえない。 

音が重なって消える原理

それぞれのパートが裏拍を弾かない限り表拍が重なりあってしまい、結果としてリスナには全音符しか聴こえない。このことをグラフを使って見てみよう。

全ての表拍が省略されずに演奏された場合の音量をグラフに表した。重なった音は指数関数的に音量が増えることに注意して欲しい。つまり2つの音が重なると2倍の音量になり、3つで音量は4倍に、4つの音量は8倍になる。



このように表拍が全てなっていると16分音符は、圧倒的な音量を持った全音符にかき消されてしまう。

実際に音声で確認してみよう。次のビデオは全ての表拍を省略せずに演奏したものだ。全ての音符が重なりあい全音符が最大音量になって強調されていることがわかる。


音を重ねない方法について

このように音が重なって消えてしまう現象を防ぐためには表拍を省くこと必要だ。表拍を省くと、全ての音が重ならずに全ての音符が避けあって単音で鳴る。次のグラフで全音符を除く全ての音符の表拍を省略した場合の音量を示した。


全ての音符が重ならずに単音で鳴っていることから全ての音価で一定の音量が出ている。

実際に音声で確認してみよう。


音が重ならないメリット

表拍を省略することによって音が重ならなくなりスピード感が得られるようになることを見てきたが、音が重ならないメリットはスピード感以外にもいくつかある。
  • 音が重なっていないため演奏中の平均音量が下がり、結果としてバンド全体のダイナミクスレンジが大きくなる。意図的に音を重ねた時に得られる音量変化が大きくなって演奏にメリハリがつく。
  • 他の楽器と音が重なっていないため、タイミングをずらしても音が衝突しない。タイミング変化によるニュアンスを表現することができる。
  • バンド全体の音量が下がり楽器ごとの音量バランスがよくなる。
  • バンド内での音の分離がよくなる。メロディーを弾いた時の一音一音がはっきり聞こえるようになりトーンの微妙な変化がリスナに聞こえやすい。

裏拍が存在しない唯一の特異点は小節頭だ。ここだけは全ての音符で表拍になる。ここにやむを得ず音符を置く場合、バンド全体で小節頭を出す楽器が多くなり過ぎないように注意する必要がある。

なお今回ここで触れることができなかった小節アフタービートについて触れたい。全音符は特異点で約分が出来ないといった。今回ここでは触れることができなかったが、全音符も2小節を1単位として考えた時に裏拍と考えることができる。このことについては 日本人は聴こえないリズム・小節縦乗りとは何か で説明した。


アフタービート乗り換えについて

全ての表拍が裏拍でもあるなら何も気にせずに全部の音を弾いてもそれは何らかの裏拍に相当する筈だから問題にはならない筈ではないか ─── そういう説もある。だがこの説は正しくない。

音符を演奏するにあたって最も大切なことは、その場面で何分音符の裏拍を弾いているのか(音価)をはっきりさせることだ。今現在弾いている音符の音価を無闇に変えてはいけない。8分音符の裏拍を弾いているなら8分音符の裏拍に執着する。16分音符の裏拍を弾いているなら16分音符の裏拍に執着する。もしここで16分音符の表拍・裏拍の両方を省かずに弾くと、次々に8分音符4分音符2分音符の裏拍を激しく切り替えて弾いていることと同じことになり、そこで16分音符を弾いているということがリスナにはっきり伝わらなくなってしまう。音楽的な意図がないまま違う音符に乗り換えてはいけない

表拍を弾くということは、つまり今弾いている音符よりも長い音価の裏拍に移動するという意味でもある。8分音符の裏拍を弾いているときに唐突に16分音符の裏拍を弾きはじめることは案外と難しい。8分音符から16分音符、4分音符から8分音符など、違う音価のに乗り換えることには音楽的な意外性がある。

この「ある音価の裏拍を弾いているなかで唐突に違う音価の裏拍を弾き始めるテクニック」のことを僕はアフタービート乗り換えと僕は呼んでいる。このことについては アフタービート乗り換えについてで説明した。

日本の心

日本人の心の音楽は民謡・音頭・演歌であることに異論はないだろう。これらの音楽は日本語のリズムに深く根ざしている。

民謡・音頭・演歌は、海外の音楽と全く逆の発想でリズムを組み立てる習慣がある。海外の音楽では裏拍を基軸に置いて表拍のタイミングをずらすことでニュアンスを表現する習慣があるが、日本の音楽では、表拍を基軸に置いて裏拍のタイミングをずらすことでニュアンスを表現する習慣がある。つまり日本の音楽と外国の音楽が同時に演奏されるとお互いのリズムの特徴を邪魔しあう形になる。

外国人ミュージシャンは日本人が基軸に据えている表拍の位置を頻繁に移動させてしまう為、日本人は演奏のニュアンスをつけることが全くできなくなる。これは逆もまた然りだ。日本人ミュージシャンは外国人が基軸に据えている裏拍の位置を頻繁に移動させてしまう為、外国人ミュージシャンは演奏のニュアンスをつけることが全くできなくなってしまう。

日本のリズムと外国のリズムを融合する場合、同時に演奏する形で混ぜてはいけない日本のリズムと外国のリズムの違いをよく理解し時間的に切り分けて別々に利用する必要がある。

日本のリズムの本質

そもそも裏拍とはなんだろうか。裏拍というのは拍を半分にする行為そのものだ。チョコを半分に割る時、チョコの両端(表拍)で割っても半分にならない。チョコを半分にする為にはチョコの真ん中(裏拍)で割らなければいけない。それと同じだ。

つまり裏拍がないということは拍を半分にするという概念自体がないということを隠喩している。このことを煎じ詰めて考えると裏拍が存在しないということは、リズム(拍=繰り返し起こる脈動)という概念自体が存在しないということでもある。

『日本人は裏拍が叩けない』と言われて久しい。この件についてそもそもの事を考えると、日本の文化には縦乗り横乗りという以前の問題としてリズム(繰り返し起こる脈動)という概念自体がなかったのではないか。 それは実際に日本の古い民謡を聞いてみると確認できる。



日本の古い歌には、純粋な節回しだけがありリズム(繰り返し起こる脈動)がない。

世界には様々なリズムが存在するがリズム自体を持たないという国は日本だけだ。これは世界的にとても珍しい貴重な文化だ。

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更新記録:
(Wed, 17 Apr 2019 05:18:00 +0900) 「つまり4分音符の表拍は2分音符と同じスピード感しかない。4分音符のスピード感を得ようと思ったら4分音符の裏拍を弾く以外にない。」の部分周辺を書き加えた。
(Sat, 25 Jan 2020 17:06:03 +0900) 全面的な加筆訂正を行った。
(Thu, 30 Jan 2020 00:32:27 +0900) 日本の無拍子の結論を追記した。
(Sun, 22 May 2022 20:39:17 +0900) 表題を『裏拍の大切さ』から『裏拍とは何か』に変更しました。

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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