何故でしょうか ─── それは縦乗りは聴く人になにも訴えかけないからです。私は海外で演奏活動をするという最終目標を持っています。これまで10年以上海外で暮らしてきましたが、そこでとにかく痛いほど感じたのは、海外で日本の縦乗りリズムが悲しくなってくるほど理解されないということです。
そして私はその縦乗り音楽と横乗り音楽の違いを知って日本に帰ってきてからふと気付いたのですが、実は縦乗りが嫌いなのは日本人も同じ ということです。日本人はただ単にそれを表情に出さないだけ ・・・ この点に関して以下でもう少し詳しく説明してみたいと思います。
ミュージシャンとオーディエンスの板挟みについて
私は『他人にあわせない』といわれる。我儘で勝手だという評価をしばしば受ける。だけど私は客観的に自分を見たとき非常に他人想いな人間であることを思う。私はいつもいつも私に対して「わがままだ」と苦情をいう人の、独特な身勝手さを思うのだ。普通の『他人想い』のミュージシャンと私が違うのは、普通はみんなミュージシャンに対して気づかっていることに対して、私はオーディエンス(観客)に対して気づかっていることだ。私はミュージシャンよりもオーディエンスを優先に考えている。私はその場所でオーディエンスが聴きたいと思っていることを察して演奏している ─── だって、オーディエンスが聴きたいと思っていることを演奏せずミュージシャンが演奏したいことばかり演奏しても意味がないではないか。オーディエンスの前で演奏しているのだからオーディエンスを優先するのは自然な成り行きだ。
ここで私はいつもミュージシャンとオーディエンスの板挟みになる。ミュージシャンは私の演奏スタイルは独善的で他人にあわせない身勝手な演奏だ…という。だがもしオーディエンスが他人だとしたら他人に合わせていないのはミュージシャン自身ではないのか。それは残虐な意見かも知れない。だが、客観的に考えたならそれが自然な解釈だ。 ミュージシャンがお互いの聴きたい音楽を演奏しているだけでオーディエンスの聴きたい音楽を無視していたとしたらその演奏は最悪だ。それはミュージシャンの自己満足でしかない。
だがこの最悪の事態は日本ジャズの世界では日常的に起こっている。
甘えた日本人ジャズミュージシャン
日本のオーディエンスはとても優しい。演奏が面白くなくても最後まで聞いてくれるからだ。演奏が面白くないのに最後まで聞いてくれるというのは、2500円のライブ料金を損しただけで飽きたらず2時間程度の時間まで損した上に笑顔で帰ってくれる、ということだ。残念なことだけど、こんなに演奏者の気持ちを思いやってくれる国は日本以外に見当たらない。私がタイの奥地にいるとき、地元の寺の祭りでプロのバンドが演奏するのをしばしば見に行った。しかし演奏が面白くないと客がバラバラ帰っていくのにはいつも驚いた。ある日私が見たライブではギタリストがあまり上手でなくエフェクターをいじったりアンプをいじったり等々あまり手際がよくなかったのだが、ものの5〜6分もしないうちにオーディエンス(よっぱらった地元のおっさん・おばはん)がバラバラと立ち上がって帰っていく ─── なんといっても地元の寺は徒歩圏に数件あり、その全部の寺で祭りが開催中でバンド演奏をやっているのである。バンドが面白くなければ長居は無用なのだ。
しかしステージ上であれをやられたときの情けなさというのはどんなものか。想像しただけで恐ろしい…。 逆に言えば、オーディエンスが楽しんでいるかどうか判りやすいとも言える。タイの奥地のオーディエンス ─── 旨いものをしこたま食って旨い酒をしこたま飲んでおり、酸いも甘いも知り尽くした田舎のおっさん・おばはん ─── は大変に目が肥えており多少の演奏では楽しんでくれない。リズムが完璧であることは当然のこと、新曲レパートリーに明るくニュアンスが絶妙であることも当然の様に期待される。それが満足されなければ、前述のようなミュージシャンにとって恐怖の自体が発生する。
タイは音楽がとても盛んで国中でいつもいつも音楽を聞いている。信じがたい程に怠惰で仕事をサボって人を騙してばかりいるタイ人が音楽だけは熱心に聞く。聞くだけでなく大半の人が演奏もできるし殆どの人が歌も巧い。
─── 私は実際に自分で見たことはないのだが、ニューヨークのジャズクラブも演奏が面白くなければ客が帰っていく、という点は共通と聞く。色黒なアフリカ系住民が多いニューヨークの話なので恐らくは色黒な人が多いタイと共通なのではないだろうか。
たしかに日本のオーディエンスは演奏が面白くなくてもお愛想で拍手もしてくれる ─── だけど彼らは本当に楽しんでいるだろうか。
楽しんでいる人のしぐさと、楽しんでいない人のしぐさというのは全く違う。それは演奏中見回してみればすぐにわかる。演奏が楽しくなければ客は上の空で他のものを見たり話したり、全く違うところを見ている ─── オーディエンスはどんどんお喋りしやすい後ろの席に下がっていく。だが演奏がグルーヴし始めると目が食い入る様にミュージシャンに集まってくる ─── オーディエンスは演奏を聴きやすい前の座席に移ってくる。
私はとてもよく思うのだが「日本人は縦乗りが大好き」という見解は日本ジャズミュージシャン史上最大の嘘だ。日本人は縦乗りが大嫌いで縦乗りジャズには全く興味がない。縦乗りで演奏すると観客は真っ直ぐ帰っていく。横乗りで演奏すると観客は食い入る様に見入って集まってくる。これぞ私がタイで10年放浪した成果=縦乗りと横乗りを弾き分けられる様になってはっきりと判ったことだ。
たしかに日本のオーディエンスは演奏が面白くなくてもお愛想で拍手もしてくれる… だがそれはミュージシャンにとって決してよい事ではないのだ。実はタイと日本には決定的な違いがある。
実はタイ人は演奏が面白くないとすぐに帰ってしまうのだが、次回になれば懲りずにまた見に来てくれる。彼らは、どのバンドが面白くてどのバンドが面白くないかいちいち覚えていない。大雑把なO型気質なので記憶力が悪く、そもそもバンド名にすら興味がないのだ。
だが日本人は違う。日本人は恐ろしく記憶力がいいのでバンド名をとてもよく記憶している。どのバンドが良いか、どのバンドが悪いか分析して確実に学習する。 ─── つまり日本人は一度でも面白くない思いをしたら、二度と来ない。
日本人はお愛想で拍手はしてくれるが実際にはタイ人よりも厳しい。
ジャズは難解だから人気がないという嘘
近年ジャズミュージシャンの生活は以前にも増して苦しくなっており廃業する人も増えている。一般的には娯楽が多様化したことで音楽市場が縮小しライブハウスに来てくれる客が減っているからだ…と説明されている。果たしてそうなのか?
日本の音楽産業の市場規模は3000億円規模でアメリカについで世界2位だ。これだけの巨大市場のなか日本のジャズミュージシャンは日本のオーディエンスに全く見向きもされていないということが少なくとも言える。
ジャズは人気のない音楽なのだという声が聞こえてきそうだが、ジャズ市場は音楽市場全体の2%程度だという。全体からみれば小さいかも知れないがそれでも六十数億円規模であることは間違いない。依然として非常に大きな数字だ。
日本は世界で最もジャズの音楽市場が大きい国でもある。それはジャズの本場アメリカよりも大きい。その世界一ジャズが聞かれている日本のリスナが国産ジャズのライブに全く興味を持っていないとは何たる矛盾だろうか。
ジャズのライブに客が来ないのは、単にジャズの演奏が下手だからではないのか。
ジャズはただの音楽だ。私は海外で放浪するなかでジャズ・ロックに限らず民族音楽やフォークソングなど色々な音楽を聞いてきた。確かに誰にでも音楽のジャンルの好みはある。だがどんなジャンルでも音楽は必ず楽しい。
私は現地で色々な音楽を聞いてきた。 中央タイの演歌や、タイ東北部やラオの民謡・その他プータイ族や黒タイ族・ダイルー族等々の少数民族の音楽・中国南部の民謡・潮州系の華僑の龍の舞…地元のロックバンド・ジャズのコンボ・大衆芸能・京劇の音楽・アフリカの少数民族の音楽・クルド族の音楽・インドの地元の音楽・等々等々 …それぞれ違いはあるが全部おもしろい。ジャンルに興味がないから聞いて楽しめないなどということは絶対にない。音楽は必ず楽しい。
ジャズを聞いて面白くないというのは、ジャズが難解だからでは決してない。私はジャズが全く根付いてないタイのバンコクで、地元でジャズを勉強しているコミュニティーを数年にわたってウォッチしていた。彼らは決して上手ではない。だが彼らが人前で演奏すれば、みな人が集まってきて踊ったり酒を飲んだりしてみな音楽を楽しんでいる。技術の上手下手は音楽の楽しさと何の関係もない。音楽は必ず楽しい。
つまりジャンルは関係ない。
音楽が楽しくないのは何故か。
単にその音楽が良くないからだ。
ジャズが楽しくないのはジャズの責任ではない。
何故縦乗りでは駄目なのか
何故なら、縦乗りのジャズは聞いていて心地のよい音楽ではないからだ。 その理由を以下で述べる。私は当初縦乗りの正体は日本語のリズムだと考えてきた。確かにそれはひとつの要素ではある。だが私はこの2017年からの3年間この縦乗りと取り組んで徐々にわかってきたのは、縦乗りの格好悪さの根本的理由は、実は縦乗りとは全く違うところにあるということだ
そもそもジャズの縦乗りが格好悪いのは何故か。何故なら横乗りよりも縦乗りのほうがずっとシビアなタイミングコントロールを要求されるからだ。縦乗りの音楽・演歌や音頭などの縦乗りのプロミュージシャンになるためには厳しい修行を数十年続ける必要がある ─── これは横乗りのミュージシャンが数年も訓練すればある程度は聞ける演奏ができるようになるのと、好対照だ。
横乗りの音楽は、8分音符のアフタービートと4分音符のアフタービートを手分けして別々に演奏しておりずれることが前提のリズム構成になっている。だからずれは許容される。むしろずれていなければ正しくサウンドしない ─── だが縦乗りは基準となる拍が必ず同時に揃っていなければ正しくサウンドしない。ずれは一切許容されない。これを正しく合わせることは至難の業なのだ。
日本人の縦乗りジャズは、演歌としてみても中途半端であり、ジャズとしてみても中途半端で、音楽として全く面白みがない。
ジャズのニュアンスのつけかたと、演歌のニュアンスのつけかたは、正に対極の位置にある。ジャズは複数グループで手分けをして少しずつずらしながらオフビートを表現し、オンビートを揺らしてニュアンスを表現する。 ─── 演歌は単一グループで共同して必ず同時にオンビートを表現し、オフビートを揺らすことでニュアンスをつける。
ジャズと演歌は本質的に表現方法が真逆なので、同時に演奏するとお互いの良さを打ち消し合ってしまう。
このビデオ中の前半が横乗り、後半が縦乗りになっている。横乗りのことを私は尻合わせ乗りと裏拍乗りが組み合わさったものと定義している。
尻合わせ乗りというのはリズムの着地点をフレーズの後端に合わせるリズム構成のことを指している。譜面で書き表すとメロディーが右寄せになるところが特徴だ。
一方縦乗りのことを私は、頭合わせ乗りと表拍乗りが組み合わさったものと定義している。頭合わせ乗りとは、リズムの着地点をフレーズの先端にあわせるリズム構成のことを指している。
詳しくは 日本人は聴こえないリズム 及び メトロノームが鳴る前に歌いはじめよう で説明した。
つまり縦乗りジャズはダサい。これは絶対的な事実だ。縦乗りジャズは演歌として見ても中途半端、ジャズとしても中途半端であり、聴くに堪えない。縦乗りのダサさの原因は日本という文化の本質と何の関係もない。
リズム解析を使って日本人ジャズのつまらなさの原因を探る
私はできるだけリズムに対して主観が入らないよう一切自分の感性に頼らず機械的に処理するようにしている。私は自分が演奏するリズムを全て譜面に起こしてそのグルーヴが何故起こったのかを具体的に説明することができる。人に高揚感を与えるリズムには非常に明確な特徴がある。人に高揚感を与えるリズムを作り出そうとするならば必ず守らなければいけない条件が存在する。
同様に聞く人を退屈にするリズムもはっきりした条件がある。聞く人を退屈にしないためには必ず避けるべき条件が存在する。
効率よく確実にグルーヴ理解を遂行するために、私はその条件を具体的に分析しリズムが生み出すグルーヴにいくつかの数値パラメーターを当てはめて数値化したうえで解析するという手法を考案して、そのうえで作業を行うようになった。
私はこの作業のことをリズム解析と呼んでいる。私はリズム解析をライフワークとしてほぼ毎日行っている。
リズムはとかく主観的な判断が入り込みやすく、人情や思いやりなどの影響を受けて間違った判断をしてしまいがちだからだ。もちろん私だってリズムに本能的な何かを感じて演奏していることに違いはないのだが、違うリズムセンスを持ったミュージシャンと共演するとき情に流されてリズムが狂ってしまうと、いつものリズムを期待しているオーディエンスをがっかりさせてしまうことになる。だからできるだけ他のミュージシャンの影響に流されてしまわないように、一貫した方法論を定義して機械的に処理するように心がけているのだ。
私は全てのグルーヴは、いくつかのパラメーター(数値)の組み合わせで表現できると考えている。
- 尻合わせ/頭合わせ
- 頭座標/尻座標
- ビートバランス値(=尻座標 ➖ 頭座標 )
- ビートグリッド(有効/無効|拍倒置あり/なし)
- 16分音符オフビート
- 8分音符オフビート
- 4分音符オフビート
- 2分音符オフビート
- 全音符オフビート
- 2小節オフビート
- 4小節オフビート
これらのパラメータを使ってグルーヴ量を数値化することによって、リズム構成のどこに問題があるのかを具体的に認識できる。そのリズムがグルーヴしない理由を具体的に数値を使って指摘することができる。逆にリズムがグルーヴしている時にそのグルーヴが起こった理由を具体的に数値を使って説明することもできる。
こうやって聴こえてくる音楽のリズムを数値化して解析することで、自分のリズム感を違うタイプのリズムに適応させたり、全く違うリズム感を模倣したりすることができる。
リズム解析の明らかになった日本人リズムの悪さの本質
私が演奏すると、わがままだ勝手だ人の音を聞いていない、と必ず怒られる。リズムに関してはとかく感覚的に認識されがちなので、そこに反論を試みても感覚的でどんどんと移動していく非固定的な視点からのランダムな指摘に併走させられ探求が暗礁に乗り上げがちだ。だから私はリズム解析の手段を確立しようと考えた。リズムの問題点を論じるための後ろ盾がなければ、私の反論は、常にわがままだ勝手だ人の音を聞いていないと独断と偏見によって断罪されてしまうからだ。
このリズム解析によってはっきりしたことは実は日本人は縦乗りが大嫌いだということだ。
『日本人は縦乗りでなければ理解しない』 私はこの言葉を数限りなく聞いてきた。
─── だがそれは間違っている。
繰り返しになるが、私は「日本人は縦乗りが大好き」という見解は日本ジャズミュージシャン史上最大の嘘だということを再度指摘したい。私は、リズム解析によってグルーヴを数値化することで、縦乗りと横乗りを演奏し分ける手法を確立した。縦乗りで演奏した時、横乗りで演奏した時の観客の反応は全く違う。 日本人のオーディエンスは縦乗りジャズには全く興味がない。だが同じオーディエンスが横乗りで演奏すれば観客は食い入る様に見入って人が集まってくる。縦乗りが大好きなのはミュージシャンだけなのだ。
縦乗りは海外で通用しない。だが実は日本国内でも通用していない。
つまり縦乗りのジャズは誰も聞かない。
果たして私は我儘なのか
私が「音を聞いていない」と怒られるときの原因の9割は、私が尻合わせ乗りで数えている時に、頭合わせしか数えられないミュージシャンがロストして怒るというパターンだ。だが尻合わせ乗りは拍倒置につぐジャズの基本リズムであり、尻合わせの欠落はリズムを決定的に退屈にする。私としてはここを妥協する訳にはいかない。理解できないミュージシャンを置いてきぼりにしてでも前に進まなければ、オーディエンスを納得させることはできない。私は声を出してカウントしながら演奏できる。これを習得するのに2年以上練習した。尻合わせ乗りで演奏しながら同時に声出しカウントすることで、ロストしたミュージシャンを救おうとしたのだ。だが頭合わせ乗りしかできない人に対して声出しカウントを聞かせることは体感的なリズムと聞こえる数字の不一致を起こした様で更に激しい混乱を招いた。結果としては全くの逆効果だった。
実は拍倒置の欠落はそこまで致命的な問題を起こさない。つまりオンビート乗り=表拍乗りのままスピード感を残すことは可能なのだ。だから妥協するとしたら、このポイントになるだろう。
だがしかし… お前らはそれでいいのか!!
守るのはミュージシャンのプライドばかり
守るのはミュージシャンのプライドばかりで、肝心のミュージックは放ったらかし。これではオーディエンスはがっかりだ。それでよくミュージシャンと名乗れるな! と私は声を大にして問いたいのだ。
守るべきはミュージシャンのプライドではなく、オーディエンスの楽しみではないのか!
そういう甘えた心構えが、日本のジャズファンを呆れさせている。
日本には、世界一耳が肥えたジャズファンがいる。それも音楽に金を掛けることを一切惜しまない超優良ジャズファンを大勢抱えている。日本は世界一のジャズ市場規模を誇る ─── そんな日本の優良ジャズファンが呆れて全く興味を示さないニッポンのジャズ界。誰も聞きにこないダラダラ慣れ合いジャパニーズ・ジャズのミュージシャンの世界。
それでいいのか!と問いたいのだ。
私は私が演奏するリズムを全て説明出来る。何をしているのか。どうやったらできるのか。それを譜面として説明し、その練習方法まで踏み込んで教えることもできる ─── だがついぞ理論について説明を求めてきたミュージシャンを見たことがない。
聞こえてくるのは「お前は勝手だ」「お前は人の音をきかない」と愚痴ばかり。
お前ら甘ったれるのもいい加減にしろ!
せめてもの私の思いやり
このビデオは2017年頃のスモールズでのセッションの様子らしい。みんな全く違ったタイミングで弾いているが誰もピッタリにあわせていない。そんななか遠慮せず尻合わせでフィルインを捩じ込んでくるハーランド。
ドラムを叩いているのはエリック・ハーランド。 説明によると演奏しているのは
Eric Harland
Eric Lewis
Joel Frahm
Roy Hargrove
とのこと。ロイ・ハーグローヴが見当たらないが、コメント欄によるとピアノを弾いているそうだ。
これを聞けばわかるがドラム・ベース・サックスの演奏するリズムがコンマ数秒程度のずれを持っている。特にドラムのタイミングの早さは特筆スべきものがある。ドラムの裏拍がベースの表拍よりも前に来ている。そして数小節に一度だけアクセントとしてずれ0秒のタイミングで着地し、またコンマ数秒のずれに戻る。
─── これは全員が尻合わせ乗り+裏拍乗りで演奏しているからこそできる演奏法だ。裏拍乗りの演奏では表拍を省略して演奏しないために表拍の位置をずらしてもそれはオーディエンスにはわからない。これを悪用し、表拍の位置を現実的に全くありえないほど遅い位置に移動することができる。 ─── これを応用することで演奏者間のタイミングのずれを調節することができる。
尻合わせ乗りではフレーズが全て譜面上右寄せになっている様に見える。最終音でアクセントをつけるのが約束の尻合わせ乗りでは、その最終音に至る経過での各音符のタイミングがずれていても全く問題にならない。 ─── これを応用することで演奏者間のタイミングを大きくずらしていく。
私はこのリズムの取り方が好きなので、これを再現するための方法論をいろいろと試してみた。私は今では自分で作った自動演奏プログラムを使ってジャズの複雑なずれを再現することもできるのでこれを使って色々と実験して見た。またそれを自分で演奏できるように練習した。
で先日これをセッションで試してみた。結果としてわかったのは、日本の100%のミュージシャンがこのリズムを聞き取ることができずリズムのずれに全く対応できず演奏自体が完全に止まってしまうということだった。
私はもちろんこのリズムの再現法や練習方法を説明することができる。何故止まってしまうのかも説明できる。演奏が止まってしまわない為にどうすればいいか対策も説明できる。私自身、他のミュージシャンが止まってしまった時の対策として独りで止まらずに演奏する練習をしているので、そのやりかたすらも説明できる。
だがそれはあまりにも酷な行為だと私はわかっている。
だからやらないのだ。
だが日本から一歩でも出たら(NYに行くまでもなく)こちらのリズム・コミュニケーションのほうがスタンダードだ。だから私は「横乗り=尻合わせ乗り+裏拍乗り(拍倒置)」だけは絶対に譲らない。ここが演歌/音頭とジャズの境界線だからだ。これ以上妥協してしまうとジャズ(アフリカ系+スコットランド系リズム)としてのコミュニケーション自体が成立しなくなってしまう。
「横乗り=尻合わせ+裏拍乗り(拍倒置)」は、東京のミュージシャン界隈では一般的ではないかも知れない。だが少なくとも、私らがやっているのは演歌/音頭ではない。日本の耳の肥えたジャズファンは鬼畜米英に魂を売った軟派なジャズ演歌など聞きたくないのだ。彼らに聞かせるべきは超硬派の真の日本の魂を歌った演歌以外にありえない。日本のジャズファンに対して鬼畜米英の音楽=ジャズなど聞いて貴様らそれでも日本人!か、と真実のスピリットをつきつけていく以外にないのだ ─── そこまでの覚悟がないなら、やむを得ず一歩妥協してリアルジャズを聞かせる以外にないだろう。
私には現在、試したくても試せないリズムがたくさんある。
実は私は今まで説明した『横乗り=尻合わせ乗り+裏拍乗り(拍倒置)』をで一般化して3・5・7・9・11・13拍子にまで拡張して練習している。また複数の奇数拍子を同時に演奏したり、スイングのグルーヴを維持したまま偶数拍子の上に乗せて演奏したりする練習もしている。それらも全部声出しカウントしながら演奏できるようにしてある。
だがやらない。
やったらみんな確実に演奏が止まってしまう。
私は現時点で既にたくさん妥協している。
「お前は妥協しない!」「お前は勝手だ!」と怒られる私はいつもそう思ってる。
だがジャズミュージシャンがみんな揃って妥協した結果、日本ジャズ全体からお客さんが離れてしまった。
それが今の日本のジャズシーンの窮状ではないのか。
そこを直視しなければ日本のジャズに未来はない。
それが今の日本のジャズシーンの窮状ではないのか。
そこを直視しなければ日本のジャズに未来はない。
── 子供何人いるんですか?— オカアツシ🎸 (@ats4u) December 25, 2019
4人です。
1人目は技術者やってる。
2人目は経営者でMBA修了した。
3人目は博士課程修了してる。
4人目は詐欺師で恐喝やって金盗んでる。
── え!?何故4人目だけ!? 何でそんな子なのに家から追い出さないの!?
だって金稼いでるのそいつだけだから。ほか全員失業 pic.twitter.com/go42zZuQFV
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更新記録:
(Sat, 28 May 2022 18:48:06 +0900) 表題を『海外でプロとして演奏するためには』から『何故縦乗りではいけないのか』へ変更しました。
(Sat, 28 May 2022 18:49:14 +0900) 主語を僕から私に変更しました。
(Sat, 28 May 2022 20:44:46 +0900) 目次自動生成プログラムが h タグ内でのタグ利用に対応した為、hタグ内でのタグを利用する様に変更しました。