そもそも人間の欲とはどの様なものがあるのだろうか。筆者は、考察をすすめるにあたってグーグルを使って様々な検索をしてみたが、なかなか期待したような検索結果は得られなかった。そこで、筆者自作辞書アプリ おかあつ辞書の正規表現検索機能を利用し、特殊なパターン検索(語尾に「欲」の字がある単語のみ表示)を実施した所、期待した物に近い一覧が得られた。
おかあつ辞書での検索この欲望の一覧を元に、考えうるだけの様々な欲望処理について考察してみた。
http://ats.oka.nu/rdict/search?q=%E6%AC%B2%24
検索結果 愛欲, 意欲, 異常性欲, 淫欲, 加虐性欲, 寡欲, 我欲, 強欲, 勤労意欲, 禁欲, 権力欲, 私怨私欲, 私欲, 私利私欲, 自己顕示欲, 邪欲, 獣欲, 小欲, 少欲, 情欲, 色欲, 食欲, 人欲, 制欲, 征服欲, 性欲, 節欲, 創作意欲, 創作欲, 大欲, 知識欲, 胴欲, 独占欲, 肉欲, 被虐性欲, 物欲, 変態性欲, 無欲, 欲, 利欲, 貪欲
定義
まず最初に欲望を処理するという言葉の意味を厳密に定義する必要がある。欲望を処理するとは、発生した欲望を実際に実行に移すことなく、その欲望を本来の方法とは違った形で満たす事を言う。例えば、性欲を処理するとは、生じた性欲を実際に性行為を行うことなく満たす事を言う。以下同様にして考察をすすめよう。物欲処理
物欲処理とは一体なんであろうか。 デジタル大辞泉によると、物欲とは「物や金銭を自分のものにしたいという欲望。物や財産への執着心を指す。」とされる。つまり、これを処理する事を物欲処理と言う。物欲が強すぎると、必要もないのに高価な物を買ってしまったりする。物欲が鬱積して問題行動を起こす前に、適宜処理する必要がある。
では、一体どの様に物欲を処理すべきであろうか。次のように考えてみる。
そもそも、人間が生きてゆくに当たって、物は必要がない。 高価なダイヤモンドも、食べきれない程の豪華なご馳走も、人には必要ない。人は必要最低限の物だけでも充分幸せに生きていける。
人が物が欲しくなる瞬間、人は往々にして、何か心の中にぽっかりと空いた、そこにあるべき何か、そこにいるべき誰かが、思い出せなくなってしまっているのではないか。 お金がない事で人が不幸になる事は、あるかも知れない。だが、たくさんお金があるからといって、それは必ずしも人を幸せにしない。
この様に、自分自身の気持ちに対して正しい理解を持つことにより、物欲を処理することが出来る。
私利私欲処理
私利私欲処理とは一体何であろうか。 三省堂 新明解四字熟語辞典によると、私利私欲とは「自分の利益や、自分の欲求を満たすことだけを考えて行動すること。私的な利益と私的な欲望の意。」との事である。これを処理することを私利私欲処理と言う。さて、政治家など公の立場に立つものの私利私欲が強すぎると社会的に問題である。何故なら、私利私欲が強すぎると、特定の人に利を与してしまい、公平な判断を行う事が出来なくなるからである。しかし政治家も人の子。政治家とはそもそも私利私欲の生き物であるが故、公平な判断が出来無いのもやむを得ないことである。
近年政治家は、原発推進に楯突く・広域がれき処理に反対する・TPP推進に反対する・中国ロシアと接近するなど、公平な判断を失い国益を無視した私利私欲に走りがちである。
だが、日本で最も優れた教育を受けたエリート集団=官僚が考える崇高な思想を、この様な衆愚な政治家及び国民が理解する事は、そもそも不可能であり、期待することがそもそもの間違いである。そこで政治家が公平な判断を行う事が出来る様に、官僚組織が政治家の私利私欲を適切に処理する事が、国益にとって最も大切なこととなってくる。
広域がれき処理問題にしても、がれき処理に補助金をつけて政治家にお金がバックされる様にすることで、政治家の私利私欲処理を行う。 こうして民衆の為に尽くすという私利私欲を失った政治家は、民衆の反対を押し切って広域がれき処理もスムーズに行われる様になるであろう。
原発反対も同様である。国民に安全な食べ物を、などという私利私欲に惑わされた政治家を保証金漬けにすることで、由緒正しい原発という国益を守る事が出来るのである。
これは飽くまでも日本の国益にとって大切なことであるが故、非民主的であることもやむを得ない。これは、世界の警察・民主主義第一のアメリカの合意の元で行われる。民主主義は、人類の宝である。アメリカバンザイ! 民主主義バンザイ! 民主主義バンザイ!
創作意欲処理
創作意欲処理とは何であろうか。Weblio実用日本語表現辞典によると、創作意欲とは「文芸作品や絵画などの芸術作品などを創作しようという意欲や情熱を意味する表現。」とあった。ところで、数学やプログラミングなどを「学問」ではなく小説や絵画と同じ「芸術」と呼ぶ人達が居るが、往々にして学術的創造活動は、創作意欲と密接に結びついている。この広義での創作意欲を処理する事を創作意欲処理と言う。創作意欲も日本社会に適応するに当たって有害となる欲のひとつである。
近年、日本に於ける小学校の算数の授業で、掛け算の順番を逆に書くとバツをもらうという事が話題になっている。例えば「6人のイケメンが来ました。金玉は全部でいくつでしょう。」 ここで、6×2=12と書くと正解だが、2×6=12と書くと不正解という具合だ。これは、日本社会にとって大変によいことである。
日本人が自らの力で考えて正しい答えをつかむ事がないように、可能な限り自由な発想を破壊することは、非常に有意義なことである。安定した日本社会の維持の為に、子供のうちから創造意欲を殺ぎ落とす事は重要だ。
現在の学校教育では、6人のイケメンがそれぞれ2つの金玉を持っているから6×2で12と考えることのみを正当とし、2つの金玉がイケメン6人分あるから2×6で12と考える事を否定している。何故なのかと疑問を挟む事は一切許さない。ましてや人によって左右の金玉の大きさに違いがある場合などを考慮しなくても良いのか、などと言った発展的な思考を持つことなど、言語道断である。
教師「1から100までを足したらいくつか。」 生徒「はい先生! 5050です。何故なら、100+1は101です。99+2も101です。98+3も101です。こうやって考えると100+1から50+51まで50個の101が出来ます。だから5050です。」教師「んー残念っ! 不正解! 計算方法が違います!」上記の様であれば、日本からガウスの様な天才が輩出される心配はない。
この方法は、日本人を語学オンチにするという見地から見ても、優れた方法といえる。何故なら、言語によって正しい掛け算の順番は変わるからだ。日本語の様に形容詞が前に来る言語だけが全てではない。フランス語やタイ語の様に形容詞が必ず後に来る言語もある。もしもその様な言語で上記問題を考えた場合、正しい掛け算の順番は、日本語と異なるであろう。この様な頭の中で言語を切り替える柔軟な思考法を破壊する事は、日本人を語学オンチにする上でも極めて重要である。
つまりこの教授法は、日本人を世界に羽ばたく国際人としての成長を防ぎ、日本人を日本語という狭い孤島の中に可能な限り確実に閉じ込める為に、極めて優れた方法である。
近年、この教授方法が奏功し「どの様な方法を使っても正しい答えが得られたならそれでよいではないか」という風なごく常識的な感覚が喪失し、その感覚喪失にすら疑問を持たなくなった、極めて理想的な状態に近い日本人が多勢を占める様になった。
高度に教育が行き届いた結果、日本の学生は「やりたいことがわからない」「じぶんが好きなことがわからない」などと嘆く学生が多勢を占める様になった。好ましいことである。日本人は、この優れた日本教育システムに、いつの間にか創造性を奪われ、二度とそれを思い出すことはない。創造意欲ロボトミー。これが我が国日本が誇る、素晴らしい教育システムである。
この教育システムの一定の成功により、現代日本社会で生活する社会人の間では、創作意欲を持つことは、もはや病気であると考えられている。広告のデザインを既存パクリで済ませる事なく全オリジナルデザインで創作しようとしたり、IT系技術者が10年以上だましだまし使ってきた問題続発のオンボロのシステムを、新しいシステムに作り変えようとしたりすることは、精神的におかしい病気の人が考えることである。
創作意欲を持つ人は、異常である。創作意欲を持たなくなった廃人の様な精神状態を維持することが、現代社会で生きる日本人としての健康的で一般的な望ましい姿である。 由緒正しい日本社会で正常に経済活動を遂行する為に当たって、創作意欲を適切に処理する事は、大切である。
もし社会で世界する上で、不意に創作意欲がムラムラと湧いてきたらどうすればよいのだろうか。 その様な時は、期末試験を無視してジャズ喫茶に逃亡したり、クライアントを無視して独自デザインに突っ走ったり、仕事を捨てて不倫の仲で駆け落ちしてしまうなどの、許されざる反社会行為に走る前に、適切に創作意欲処理を行う必要がある。
創作意欲を発散させる為に一番良いことは、勉強や仕事に打ち込む事である。全てを忘れて、仕事する。全てを忘れて、勉強する。考えてはならない。感じてはならない。全てを忘れるのだ。全てを忘れて、創作も忘れる。お前は機械だ。お前はマシーンだ! お前は戦士だ!お前は人間ではないのだ!
所有欲処理
所有欲処理とは何か。独占欲とは、Weblio実用日本語表現辞典によると「あるものを自分だけのものにしたいという欲求。ひとりじめしたいという欲求。」という。つまりこれを処理することを所有欲処理と言う。所有欲処理とは何か。筆者は、これを考察するに当たり、試みとして一篇の短編小説を創作した。人は何故所有したくなるのだろうか ───近くのお堀に立ち並ぶ木々の方から蝉の声が聞こえてくる─── 汗ばむ程に暑い───場所は、東京都・千代田区。信夫は、ある商社の部長だった。ある昼下がり、いつもの様に部下に仕事を頼む。毎日のお決まり業務シーケンスだ。「あぁちょっと。蒼井君。この書類をコピーしておいてくれないかね…。」 だが今日はいつもと風情が違った。折から人材紹介会社に依頼を出していた件に応募があったのだ。新人は19歳の女性。我社にしては例外的に若い採用であったが、代表取締役が総務課に新しい人材の採用を急かしていた為、例外的に決まった。
「はい!今すぐに!」凛とした声がオフィスに響き渡った。絹のような細い髪の毛は黒檀の様に黒く───そして緑色に春の昼下がりの日差しを反射していた─── 腰の中ほどまで伸びており、真っ直ぐに切りそろえられて清楚な雰囲気と湛えていた─── その髪の毛は、彼女が振り返りざまに、かすかなそよ風を立てた。その風は、懐かしい、それでいてこれまで体験した事のない新鮮さを持った、不思議な匂いを含んでいた。その匂いは、信夫の古い記憶をくすぐった───だが、それが一体何だったか───信夫は、それが何だったのか、どうしても思い出せなかった。
信夫は勤続20年。大学を卒業して以降、脇目もふらず仕事一筋にやってきた。配下に12の課を従えている。彼女は、12の課の中で奔走した。「ひゅーっ! 今度の新人さん、爽やかだなぁ!」「お昼ご飯、一緒にどうかな〜ぁ」「ごめんなさい!今日はお仕事がたくさんあるので遅い昼休みなんです…ほんとにごめんなさい…」
彼女の仕事が慣れるまで指導するのは信夫の役目であった。昼休みに食事がてら信夫は訊いた。「蒼井くん、新しい仕事はどうかね?」「仕事はちょっと忙しいですが、すぐ慣れると思います。失敗も多いと思いますが、頑張りますのでどうか宜しくおねがいします!」「僕の部は、課が多いから、苦労を掛けるとは思うが、どうか頑張ってくれないかね。」「大丈夫です! 忙しいのが好きなんです!」
信夫は、話している間、その言葉に、何故か自分が思った事を全て伝えきらないという、奇妙なもどかしさを感じている事に気がついた。勤続20年。新卒でこの会社に就職して以降仕事一筋でやってきた信夫。そんな思いに駆られた事はなかった。───俺はどうしてしまったのだ───
「どうしたんですか? 部長?」─── 「…あ、いや、何でもない。何でもないんだ。仕事を頑張ってくれたまえ。」
その晩の仕事帰り、信夫は珍しく同期の仲間を誘ってキャバクラで飲むことにした。「どうしたんだ?信夫! お前が珍しくキャバクラに行きたいだなんて。」「俺だってたまには息抜きしたいんだよ。」「ま、心配するなって! 俺がいい店連れてってやるからよ!」
信夫はカラオケを歌った。「〽 グッっと来てーハッとしてーパッと目覚めるー 恋だからー※1。」キャバ嬢は叫ぶ「キャー部長さん、サイコー、トシちゃーん※2。」
※1 E∃本音楽著作権協会(KASRAC)許可番号20835(嘘)
※2 田原俊彦 日本の歌手、俳優、タレント。 40代以降のオヂさまオヴァさまの間では非常に有名な往年アイドル歌手。
だが何かが違う。だが信夫の心には、何かそこにあるべき何かが、不在である事に気づいてしまったのである。だがその不在の何かが何なのか、いくら考えてもそれが思い出せなかった。信夫は、その気持ちを歌に託し、絶叫した。絶叫すればするほど、心のどこかに虚しく響くのであった。
信夫は、ビールを飲んだ。飲み過ぎて、尿意を催してきた。「ちょっと失敬…」彼はトイレに立った。その店のトイレは、近代的な店構えにはおよそ似合わない、薄汚れた水色のタイルが敷き詰めてある昭和式のトイレだった。 スーツのチャックを下ろし、それを取り出し、小便を開放した。酔が少し覚めた様な気がしてきた。 その時信夫は、ふと数十年ぶりの様な懐かしさで、久しぶりに自分のそれを凝視した。何の手入れも施されないまま何十年も放置された黒い森に、白い毛が混ざって数本生えている事に気付いた。それは何か皺だらけの森の主の様であった。森の主は、目が覚めたばかりの眠たそうな表情で、信夫の顔を不思議そうにのぞき込んでいた。
信夫は、その晩20数年ぶりに終電を逃した。タクシーで帰宅したこの久しぶりの午前様を、信夫の妻は寝ないで待っていた。
「ちょっと! 今日は、どこに行ってたの? 『仕事仕事』って。仕事の付き合いがなんだっていうわけ? 一体どこに行ってたの? 誰と? 相手は男性? ねぇちょっと聞いてるの? 」
まるで自分がそこに居らず、他人が責め寄られている様な、遠くで声を聞いている様な、奇妙な錯覚の中、無意識の内に信夫は、寝室に独りで転がりこんだ。
その晩、信夫は不思議な夢を見た。 ─── 夕焼けに染まる空の下、緑の草原に金色の立髪を風に靡かせながら黄金色の馬が走っている。 信夫は、その黄金の馬を捕まえようとしている。信夫は、空を飛ぶことが出来た。だが空を飛び回っても、黄金の馬は捕まらない。黄金の馬は地上を悠々と走っている。いつしか信夫は、勢いがつきすぎて地上に降りられなくなっている自分に気がついた。 「いかん… スピードを落とさなければ…」だが、スピードは上がる一方で、一向に地上に降りる事が出来無い。黄金の馬は、みるみる内に視界の中で小さくなってゆく。 「待って! 待ってくれ!」───
朝、目が覚めて、ふと先ほどまで見ていた夢を思い出した。ふと頬を触ると、頬が涙で濡れている事に気がついた。奇妙な夢だ…。自分は何故泣いていたのだろう。その理由が、変に思い出せなかった。
独占欲処理
独占欲処理とは何か。独占欲とは、Weblio実用日本語表現辞典によると「あるものを自分だけのものにしたいという欲求。ひとりじめしたいという欲求。」という。つまりこれを処理することを独占欲処理と言う。人は、何故独占したくなるのだろうか ─── 信夫は、いつもの様に出勤した後、ふと昨晩のキャバクラで貰ったマッチの箱が気になった。そういえば… 昨晩一緒に飲んだ社交さんは、非常に人柄の良い方だった。昨晩別れ際にそういえばこんなことを言っていた。「もうアタシも若いってトシじゃないしさ。もうこの仕事から足を洗おうと思ってんだ。何かいい仕事ないもんかねぇ。肌はもうピチピチとまではいかないけどさ。仕事は真面目にやってると思ってんだ。」 マッチの裏に「どうせダメ元だと思ってるんだけどさ」という顔をしながら、ボールペンで携帯電話の番号を書いていたのだった。
信夫は、ふと何かを閃いた。何を閃いたのか、自分でもわからなかった。わからなかったが、この社交さんに我が部で働いてもらうというのは、良いアイデアだという事を直感的に思ったのだった。 代表取締役から話を通してみよう ─── 代表取締役は、同期で気心が知れている。仕事内容も総務だし、話は難しくないはずだ ─── 信夫は、自分が気がつくよりも前に、立ち上がって行動を始めていた。
「あぁ蒼井くん。秘書の経験は、あるかね?」「いえ、大きな会社で働くのは、今回が初めてなので、秘書なんてそんな難しいことは…。」「僕は、蒼井くんの仕事ぶりを見ていて、秘書に向いていると思ったんだが…。是非僕の秘書として働いてくれないだろうか。もちろん昇給もある。」「お気持ちは嬉しいです…。でも、今私がやっている仕事は、誰が代わりにやって頂けるのでしょうか。」「大丈夫だ。もう話は通した。」
───「え〜 蒼井ちゃん、来たばっかりなのに、もう辞めちゃうの〜? 何で〜。」「来たばかりなのですが、部署替えが決まったのです。せっかく仲良くなったのに…。済みません。」「毎日、蒼井ちゃんの顔を見るのが楽しみで仕事してたのに〜。」「でももう代わりの方がいらしています。こちらに!」「オラオラ!美人の新人が来たぞ? オメェら。オラが仕事片っ端から片付けてやるから、何でもすぐ言えよゴルァ!」「ひっ…金髪ババァ…」「あンだと?もう一度言ってみろ?」「な、何でも有りません!」「コピーは何でもやってやっからヨ、何でも出せよ?」「じゃ、じゃぁ…これお願いします。」「ダメだこんなの、デカすぎだろ!きちんと閉じてから出せよ、オラ!やり直し!」「ヒッ…。」───
「ここが今日から蒼井君の席だ。ここに座り、来客が来たら迎えでて、電話の受付などを行なって貰う。何か有ったら、僕は部屋の中に居るので、声を掛けてくれたまえ。 」「わかりました。」
信夫は、自室に戻り、席についた。 創業当時に入社し30年。地上30階の自社ビルが完成したのが10年程前だった。その時に代表取締役のよしみで社内に個室を用意して貰った。部屋からは、山手線沿線が一望出来る。今しがた新橋から電車が発車し有楽町に向かって走り始める。奇妙に脳天気に響く電車発車の音楽は、遠く街の喧騒にかき消され、風に揺れて聞こえたり、ふと聞こえなくなったりした。
手元にベルのスイッチが有った。このボタンを押すと、この新しい秘書が部屋に入ってくる。決算直後で仕事は一段落付いている。月末までは仕事は少ない。秘書に頼む仕事は今の所ない。だが信夫は、何故かそのボタンを押したい様な衝動に駆られた。 だがふとボタンに手を掛けると、まるでゴルゴンに睨まれた中世の怪物の様に、手が固まりついた。妙な戦慄が背中を突き抜け、変に押すことが出来なかった。 信夫は、憑かれた様にそのボタンに触れようとした。だがその度に躰に戦慄が駆け抜けた。信夫は、憑かれた様にそのボタンの事が忘れられなくなった。
ふと部屋に直通の電話がなった。その点滅するランプから、課長からの連絡という事を知ることが出来た。何だろうか。仕事は月末まではない筈だが…。「部長、今月の仕事少ないですよね。実は❍❍課の飛び込みプロジェクトが月末まで忙しいのですが、蒼井ちゃんを内の課に回したらどうか、という話が上がっているのですが…可能でしょうか。」「あぁ…基本的に問題はない筈だが…」 信夫は何故か、寒気が背筋を駆け上がってくる感覚を覚えた。信夫は、必死の思いで冷静を装った。「だが、蒼井くんの件は、僕の一存で決めることは出来無いので、代表取り締まりに話を聞くまで、待ってくれんか?」 「わかりました。」「明日終業時までに返答を返す。」「宜しくお願いします。」 電話を置いた信夫は、何故か自分の手が震えている事に気付いた。その手は、うっすらと汗ばんでいた。「俺は…俺は一体どうしてしまったのか…俺は一体どうすればいいのだろうか…。」
征服欲処理
征服欲処理とは何か。征服欲とは、Weblio実用日本語表現辞典によると「対象を自分のほしいままにしたいと思う欲望。相手を征服して思い通りにしたいと考える情念。 」という。つまりこれを処理することを征服欲処理と言う。人は何故征服したくなるのだろうか ─── 信夫はその晩、仕事を早めに上がった。いつもなら地下から重役用のハイヤーに乗って帰宅するところを、気まぐれで歩いて帰宅する事にした。昼下がりの暑さが和らぎ、心なしか冷たい風がそよぐ新橋の街中。駅前の機関車を目にした所で、ふと電車に乗らずに有楽町まで散歩することを思いついたのだった。 客も少ない平日の銀座を歩く中、銀座ライオンの前を通り過ぎて、タリーズコーヒーの前で、ふとコーヒーでも飲もうということを思った。
ダブルショットのエスプレッソを注文した信夫は、無意識の内にノートを出していた。「そうだ…。新しい小規模なプロジェクトを考えよう…。しかし一体何のプロジェクトを…。」 信夫は、汗ばむ手でペンを落ち着きなく回し、エスプレッソを一気に飲み干した。「あぁ君、もうダブルショットのエスプレッソを…そうだマキアトはあるかね? もう一杯頼む。」「かしこまりました。」 出てきたマキアトを再び一気に飲み干した…。「何かを…何かを考えなければ…。」
翌日、信夫は、代表取締役と個人的な話し合いを持った。「僕の書庫に於いてある膨大な紙ベースの書類を電子化したいんだが…。今、丁度仕事が少ないので、これを蒼井君に頼もうと思うのだが…。」「なんだ、そんなこと…。君の一存で決めて進めればいいだろう? 君の秘書なのだから。」「そうだ…。そうだった。」
「…という訳で、実は、今月中に電子化を済ませないといけない書類があることがわかったので、そちらのプロジェクトは、今のメンバーで進めたまえ。申し訳ないのだが…。」課長は、心なしか残念そうな声で答えた。「そうですか…わかりました。課の者にはそう伝えます。」
「蒼井くん、という訳で、今日から部長室の書庫にある書類の電子化作業に当たってもらうことになった。電話や来客は、直接僕に回して貰って構わない。作業は便宜上、この部長室内の机を使って貰おう。」 「わかりました! … 今日から同室ですね…。なれない作業で、色々とご迷惑をお掛けする事もあるかと思いますが…。 どうかよろしくおねがいします。」「うむ。」
獣欲処理
博子(これは蒼井の下の名前だ)は、 仕事が終わって下宿に帰った。 玄関で靴を脱ぎ、板の間の廊下に上がると、中はいくつかの部屋に分かれていた。 その中のひと部屋に、博子の家族は住んでいた。四畳半一間で、トイレは共同、風呂は無かった。博子は母と妹との3人暮らしだ。博子の父は、建設業で務めていた。博子が3歳の時に、仕事の関係で東南アジアに出張し、生まれたばかりの妹・貴子を残したまま、そのまま帰って来なかった。父のその後の行方はわからない。博子と貴子は、内縁の妻の子だった。博子は、中学を卒業して以降、高校には行かず、ラブホテルの清掃や新聞配達などをして家計を助けていたが、働き始めてまもなく、母は体調を崩し、家に篭りがちになった。「疲れた…。」博子は、慣れないデスクワークで疲れていた。「だけど、時間拘束が長く体力的に厳しい肉体労働に比べたら多少ましよ…おかあさん。」 「そうかい。デスクワークなんか、楽勝よ。体を使ってする仕事と比べたら… そんなもの苦労の内に入らないわ。頑張ってちょうだい。」「判ってるわ、お母さん。はい、これ晩ご飯ね。」
博子は、ご飯を食べる前に、立て付けの悪い曇ガラスの窓の戸を開け放した。そして、ほうきで床を掃き、雑巾で畳の床を拭いた。「貴子、今日は、学校の勉強はどうだった?」「うっせぇんだよ!お前は、独りで掃除をしてろ!」「そうね…ごめんなさいね…。」 博子は、掃除が終わると独りで食事をした。布団を敷いて、その上で三人で川の字になって寝転がりながら、しばらくテレビを見ていたが、その内眠りについた。
翌日博子は、出勤した。今日から部長の部屋でデスクワークだった。 会社に入り、タイムカードを押した。「おはよう! 蒼井ちゃん!」「おはようございます!」 そのまま5つの課の部屋を通り過ぎて、部長の部屋に直行する。 「今日から、部長と二人っきりかぁ! 部長はイケメンだけど、既婚だからね! 襲っちゃダメだぞ!」 「な、なにバカな事、バカなこと言わないで下さい!」「ひゅー!」「ホラホラ、そこ! 新人さんからかってないで、仕事しろよ!」
仕事は、単調だった。書庫の中の書類を出してきて、それを電子スキャナでスキャンする。そして文字認識ソフトで読み取り、読み取った内容と、実際の紙の内容が一致しているか、目で確認する。 そして作業が終わったら、それを集めて、別室の電子化済みの書庫に戻す。 単調な作業だが、読み取りソフトはしばしば読み間違いを起こした。正しく読めたかどうかを確認するのは、目の疲れる作業でもあった。
「部長、PDFファイルの内容が、この様な形になってしまうのですが、これでいいでしょうか…」「あ、あぁ。この程度のズレだったら、大丈夫だ。 …あ、さっきそこにお茶を置いておいたよ。疲れたら飲んでくれたまえ。」「あ!有難う御座います! … 何か変ですね! 部長がお茶をくんで、秘書が飲んでいるなんて!」 部長は、かすかに笑った様だったが、そのまま机に戻った。
事実部長は、極めてよく気のつく『秘書』であった。 仕事の合間にふと気がつくと、いつもいつの間にかお茶が出ていた。そのお茶は、時には小さなケーキだったり、お菓子だったりした。博子は、後で丁寧にお礼を言った。すると部長は、いつも何故か苦々しい顔をして席に戻ってゆくのだった。
その日は、偶々仕事の切りが悪く、少し残業になった。「済まんね、遅くまで仕事させて…。」「いいんです、今日この棚だけは全部片付けようと思ったので。」「済まないね…。」「部長、何か変ですよ! 済まない、済まないって! これが仕事なんですから!」「そうだ、そうだったな…。」 部長は、いつもの様な苦々しい顔をした。
博子は、思い切って訊ねてみた。「部長、何故いつもそういう苦々しい顔をするのですか?」部長は、一瞬言葉に詰まった様だった。心なしかその背中が震えている様だった。「僕は、これ位の事しかしてやれないのだ。済まんな…。」「また!済まないって言いました!」「そ…そうだったかな…。」部長は、不器用に笑った。「私、初めて部長が笑うところを見ました! 」「そうか…そうだったかな…。」
博子は、部長のその手がそっと自分の手を握ろうとしている事に気がついた。
「部長…?」
変態性欲処理
部長は、一瞬戸惑いを見せながら、そのまま手を戻し、スーツのポケットに入れた。「今日は、本当に済まなかったな… もし良かったら駅前に知り合いがやっている蕎麦屋があるのだが…ご馳走になっては頂けないだろうか。」「そんな…これが仕事なので、そんなことをして頂いては、悪いです…。」「それでは僕の気が済まないのだ。僕の為と思って来ては頂けないか…。実は、知り合いの蕎麦屋といえば聞こえはいいのだが、立ち食い蕎 麦屋なんだ。それ位なら…。」「いいんですか…?」蕎麦屋にしては電飾の多い妙な建物だと博子は思った。入ると、そこは受付の様になっており、奥に更に入り口があった。 2つ目の入り口を通ると、そこは個室になっていた。
「部長…。ここって本当に蕎麦屋なのですか?」
博子が振り返ると、そこにはきらびやかなフランス舞踏の仮面を覆り、黒いラメの入った皮ジャンと黒いロングブーツ・後は全裸という出で立ちの部長が、天を指さしつつ、誇らしげに姿勢よく立っていた。
「ボーンジョルノ! 蒼井くん♡」
「ぶ、部長…!」
(続く)
知識欲処理
知識欲処理とは何か。三省堂 大辞林によると「知識欲とは、知識を得たいという欲望。知りたいという気持ち。」という。つまりこれを処理する事を知識欲処理と言う。知識欲は、日本人として生きていく上で、非常に危険な欲である。本当の意味での知識欲を満たそうとすると、将来を捨てて学校を中退してしまったり、後先考えずに会社辞めてしまったり、日本から飛び出してしまったり、突如留学してしまったり、唐突に離婚して家庭崩壊を招いたりする危険がある。日本社会に正しく適応する為には、問題が発生する前に、適宜処理しておく必要がある。
新聞・テレビ・雑誌は、実際に事実を知ることなく、知ったか気分を味あわせてくれる優れたツールだ。これは正に、知識欲処理に最適なイクイップメントといえる。 近年では知識欲処理にも情報革命の波が押し寄せ、新聞テレビ雑誌に代わり、巨大掲示板・つぶやきサイトなどが利用される様になった。これらは、テレビの前でダラダラと時間を過ごす必要がなく、より安直なツールである。しかしながら、これらは新聞TV雑誌よりも多く事実が含まれる為、知識欲処理として最適なツールとは呼べない。
事実を知ることなく知ったか気分を楽しむ、リッチでお洒落な団塊世代を中心に、新聞テレビ雑誌は、依然として絶大な支持を集めている。新聞テレビ雑誌は、近年のインターネットよりも、ワングレード上の知ったか気分を味あわせてくれる。
正しい日本人のマナーとして、知識欲を適宜処理する事は、重要である。近年、突如友達と遊んでいる間に、突然衝動を抑えきれずに日米安保問題の話題を振ったりする、知識レイプが問題となっている。これは、デート中に思わず欲望を抑えきれずにデート相手を押し倒してしまう様な失態と等しい。この様な失態を起こさない為にも、知識欲処理は大切だ。知識欲処理は、ジェントルな日本人のマナーである。
知識欲処理は大切だ。中国の実情など知る必要はない。中国人はバカだからだ。 韓国の実情など知る必要はない。朝鮮人は全員バカだからだ。TPP万歳! 原発万歳! アメリカ万歳! アメリカ万歳!
自己顕示欲処理
自己顕示欲とは何か。Weblio実用日本語表現辞典によると「自分自身の力量や存在を目立たせたり、他人から注目を浴びようとしたりする欲望のこと。」という。これを処理する事を自己顕示欲処理と呼ぶ。強すぎる自己顕示欲は、人から時間を奪う。人は飽くなき自己顕示欲を満たす為、仕事をなげうって何十時間という時間をツイッターやフェースブックに費やす。これは、生産性向上を阻害し、経済発展にとって有害なだけでなく、海外から様々な広い視点・見地を学び、創造意欲を高めてしまうという点から見ても、好ましいことではない。
しかし創造意欲を殺ぎ落とされた人は、往々にして廃人の様にツイッターやフェースブックに取り憑かれ、膨大な時間を注ぎ込み、再び自己顕示欲と創造意欲を取り戻してしまう。
自己顕示欲を処理する事は大切だ。しかし自己顕示欲と創造意欲は、セットで処理することが寛容である。そうしなければ、ギョウ虫のピンポン感染の様に、自己顕示欲が創造意欲を、創造意欲が自己顕示欲を、相互補完的に強めてしまう。この現象だけは何としてでも回避する必要がある。 近年、この欲望のピンポン感染問題に対処する為に、効果的な思想コントロール技術が開発された。それが日本的巨大虚構である。
人は、自分が誰なのか知らない。人は、自分が誰なのか、自分がどこから来たのか、自分が一体これからどこに行くのか、という根源的な問いを持っている。 人は、この問いから考え始め、ありとあらゆる全ての思考に発展させる。自分は誰なのか。自分は誰でないのか。自分は何が好きなのか。自分は何が嫌いなのか。自分は何が必要なのか。自分は何が不要なのか。自分は何を美しいと思うか。自分は何を醜いと思うか。 根源思考は、あらゆる創造活動の根源である。この全ての始まりとなる思考を、ここでは 根源思考と呼ぶことにする。
根源思考は全ての思考の始まりである。よって、この根源思考を塞がれると、人は、創造的に考えられなくなる。そこに存在しないが、本来あるべき何かを、考えだす能力を失う。 これは日本人を政府に楯突かない素直で良い子として温存する為に、とても重要なことである。
人を考えなくする為には、どうすればよいか。それは極度に単純化したカテゴリーを与える事だ。そのカテゴリーは、単純でわかりやすい程よい。例えば「紅と白」「右と左」などが単純でわかりやすいだろう。これらは、人を分類するカテゴリーとして適している。
カテゴリーは、思想的な囮として働く。人は、カテゴリーを与えられると「あぁ自分は紅なのか」「あぁ自分は右なのか」と、そのカテゴリーが本来の自分自身と一致しているかどうかとは無関係に、そのカテゴリーを根源思考の答えと錯覚し、そこで思考を停止する。誤ったカテゴリーを与えられることによって、根源思考が阻止される。この様なカテゴリーを偽カテゴリーと呼ぼう。
偽カテゴリーは、人を争わせる効果もある。何故なら、人はカテゴリーがないと敵を認識出来ないからだ。
人はカテゴリーを認識しなければ争うことができない。もし幼稚園の運動会が「紅組」「白組」にわかれていなかったら、どうであろうか ─── もしも幼稚園の運動会が PaleVioletRed(#DB7093) 対 MediumOrchid(#BA55D3) 対 DarkOliveGreen(#556B2F) (※どれもHTMLカラーコードの例) などと分かれていたら、どうだろうか ───
「ねぇねぇ! ゆうこちゃんって何組?」「ゆうこね、ゆうこね、MediumOrchid(#BA55D3) 組なんだ!」「へー!エミはね! DarkOliveGreen(#556B2F)組なんだ!」「なんだよ!おまえたち!寒色系かよ!オレなんか PaleVioletRed(#DB7093) 組だぜ!」「えー!暖色ってなんか、かっこいーー!」
この様な幼稚園児は少なくとも存在しないだろう。
人は、カテゴリを認識出来ないと、敵を認識出来ず、容易に敵を見失うだろう。これでは争うことが出来無い。これでは玉入れの時、どの籠に玉を入れるのかわからなくなってしまう。これでは、競技中に間違えて太郎くんの大切な玉を、自らの股下の籠に入れてしまうという深刻な過ちを犯す可能性すらも考えられる。ジョンレノンの名言を引き合いに出すまでもなく、人は愛し合っていては争う事が出来無い。この様に、人はわかりやすいカテゴリーを与えられる事で、初めて敵を認識し、敵と争う前提条件が揃うのである。
偽カテゴリーは背反的に2つに別れているものが理想的だ。この事を偽カテゴリー背反原則と呼ぶ。これにはいくつかの理由がある。
理由のひとつとして、人は自分自身を背反的な感覚でカテゴリー化することが挙げられる。「相手と違うから自分」というシンプルな感覚で、自分をカテゴリー化する事が上げられる。「自分は、紅でないから白だな。」 「自分は、右ではないから、左だろう。」といった様に、背反的に自分をカテゴリー化する。「僕は紅だな」「僕は左だな」とはっきりと自分を直接そのカテゴリーの中に居ると認識することは少ない。自分のカテゴリーについて積極的に思いを馳せる意識の高い人は、少ないものだ。
人の感覚はシンプルだ。マンコ※がなければ、チンコ※。チンコがなければ、マンコ。その様な中に「マンコもチンコもある人間」或いは「マンコもチンコもない人間」が紛れ込むと、人々は混乱する。偽カテゴリーを創る為には、その様なわかりにくさを排除する事が大切となる。
※ マンコ・チンコ:人間の性器のこと。それぞれ、女性のものをマンコ、男性をチンコと呼ぶ。
この様に注意深く選ばれた偽カテゴリーは、人を一定の思想の中に閉じ込める効果を持っている。例えば次の様なケースが考えられる。 ある青年はこう考えた。「僕は右ではないから、左だな。」こうして彼は自分ですら気付かぬ間に、左に属する様になった。しかし左に来てみると、左は、自分がそれまで思っていたよりもずっと強い違和感がある事に気がついた。彼は叫ぶ。「僕は左じゃなかった!」すると彼は、自分でも気が付かない内に、右を選ぶ。 この時彼は、上や下・前や後・或いは、西や東・北や南・斜め前と斜め後、或いは中央など、右や左以外にも無数に進むべき方向が存在するにも関わらず、彼の選択肢として「右と左」しか認識できなくなる。 つまり「僕は左ではない!つまり右だ!」と考え、左を捨てて右を選択する。今や彼は「左右」という鳥籠の中である。偽カテゴリーとは、この様に、人を一定の思想内に閉じ込める効果を持っている。この様な背反的に選ばれた偽カテゴリーの事を、二律背反偽カテゴリー と呼ぼう。
二律背反偽カテゴリーに堕ちた者は、容易に制御が可能である。 これを発見者のプロSM調教師・エカテリーナ女史にちなんでエカテリーナ安直選択と呼ぶ。
例えば、一方の心象が悪くなれば、自動的に他方の心象が良くなる事を利用して、思いのままに所属カテゴリを変えさせる事が可能だ。 一般的に、美点よりも欠点の方が目立つ。10の美点を挙げて得た信頼は、1の欠点を挙げることでいとも簡単に破壊される。 右の人に左を選ばせたい場合、左の美点を10挙げて左の心象を上げることよりも、右の欠点を1つ挙げて徹底的に叩きのめすことによって、相対的に左の心象を上げる方が、ずっと簡単だ。
Q:ソース顔君とショウユ顔君のどっちがイケメン?さぁソース顔君、ショウユ顔君のそれぞれにアピールしてもらいましょう!この様に、二律背反カテゴリーの中に居る場合、長所をあげるよりも短所をあげる方がずっと容易に相手の心象を変える事が可能だ。短所は、事実である必要すらない。二律背反カテゴリーの中に居る限り、悪い印象の言葉を並べるだけで事足りる。
ソース顔君「僕はね。スポーツも万能。水泳も得意で体系は逆三。勿論腹筋も割れてるし〜。カラオケとか?得意得意! なんでも歌っちゃうよ!歌えないの?じゃぁ僕が教えてあげる!学歴? 学歴は別に大した事はないんだけど、一応4大には入ってるかなー。別に自慢したい訳じゃないから大学名は出さないけど〜。年収は、いまんとこ、たいしたことないよ!」
ショウユ顔君「ねぇ…ソース顔君って知ってる? 実はソース顔君、レイプ魔なんだぜ。新入で何も知らない女の子を、カラオケ連れてって無理やり犯して、レイプ現場写真撮って、それをバラしたら回すぞ!って脅してるよ…。写真あるけど見る? ホラこれ。別に欠点をあげつらいたい訳ではないけど… 知らないと可哀想かなと思って。」
二律背反偽カテゴリーには、もうひとつの応用方法がある。それは、偽カテゴリー二重拘束だ。 偽カテゴリー二重拘束とは、その選択肢のどちらも看過し難い程に醜く汚く演出する事で、どちらも選択できない様に追い込むことを言う。
例えば次の様な例を考えてみる。
Q:ソース顔君とショウユ顔君のどっちがイケメン?さぁソース顔君、ショウユ顔君のそれぞれにアピールしてもらいましょう!この様に双方の選択肢が極めて否定的な印象を持っていた場合、恐らくどちらも選べずに、膠着状態に落ち込む。この2つの選択肢は、偽カテゴリーである。つまり、そこに実はバター顔・オリーブオイル顔・サルサソース顔・コチジャン顔・トウバンジャン顔・カレー顔など、他に無数の選択肢があったとしても、そこに居る人の認知上、存在できない。彼は、ソース・ショウユ以外の選択肢を認識出来ず、それらの存在を知らないまま、最初からそれらの可能性を除外し、ソース・ショウユの2つの選択肢の間で彷徨う。
ソース顔君「キャッハーーー! オレ! オレ! オレっちイケメンだからよ! オレの事選んでチョンマゲ! フヒフヒヒヒ オレってかっけーなー!ほれぼれしちゃうぜ! キョェーーー!テンション上がってきた! で、❍❍人! ファックユー!❍❍❍人はファックユー 日本から出てけっつーことで! ❍❍人 出てけ! あばよ! あばよったらあばよ!! ❍❍人 出てけ!! ❍❍人 出てけ!! 」
ショウユ顔君「ぼ、僕は、か、彼女も居なくて、毎日独り寂しく部屋でオナニーしてるデブ非モテ系です。だけど絶対に前向きに努力するから、絶対、僕を選んでチョンマゲ…なんちゃって…面白いかなぁ…。だって、こんな事言う人がみんな好きなんでしょ…ソース顔君とおなじこと言ったから、みんな僕を好きになってくれるかなぁ…。好きになってくれないと、僕、恨んじゃうから覚えておいてね。だけど❍❍❍人とボクを比べたら、まだボクの方がマシかな…❍❍人ってホントバカだから、よかった僕は□□人で…。と、トトト、ということで、ぼ、僕を宜しく。」
こうして、目の前に飛び込んでくる二重拘束は、ひたすら注目を奪い続ける。そして二重拘束の間で延々と迷い続け、 バター顔・オリーブオイル顔・サルサソース顔・コチジャン顔・トウバンジャン顔・カレー顔などの他の選択肢から、延々と目を逸らし続ける役割を果たす。これが、偽カテゴリー二重拘束だ。
語り残したことは多いが、ここで一旦筆を置こう。
今回の考察の締めくくりとして、次の話をご紹介しようと思う。以下は、筆者のよく知る都内某所の幼稚園の話しである。
─── ある幼稚園の運動会では、紅組白組の代わりに右翼と左翼に分かれて競争するのが通例だった。 運動会を前の話し合いでの出来事である。 ある幼稚園児がつぶやいた。「僕、右翼がいいなぁ。」「オマ、アホかよ! あんな爆音で軍歌流して、ヘイトスピーチやってるヤツラの仲間入りしたいのかよ!」「そっか…じゃぁ僕、左翼になる。」…「僕、左翼がいいなぁ。」「オマ、アホかよ! オマあんな赤いペンキが垂れた字で看板書いてゲバ棒振り回してるヤツラの仲間入りしたいのかよ!」 「そっか…じゃぁ僕、何になればいいんだろう。」───この幼稚園では毎年運動会が計画されるが、毎年組み分けの話し合いが着かず、計画が流れて翌年に持ち越しになるという。
この様に、どちらも選べない様な状況に持ち込むのが、日本という巨大な嘘である。