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2006年12月6日水曜日

豊かさ (mixi05-u459989-200612060140)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
豊かさ
2006年12月06日01:40
だからこそ、全ての人が豊かにならなくてはいけないのだ、というのがとんでもない勘違いなのだという事を、誰か国連大学の先生に教えてあげれ。

豊かになるということは、ある種の犠牲も伴うのではないか。

誰かを「絞り上げて」得た富で無い限りは。


世界人口の1%、富の4割占有=個人資産平均は日本首位-国連大学
(時事通信社 - 12月05日 23:10)

 世界人口の1%が個人総資産の4割、2%が半分以上を所有する一方、全体の半分の貧困層は総資産の1%しか持っていない-。国連大学世界経済開発研究所(ヘルシンキ)は5日、世界の個人資産に関する研究結果を発表した。調査では、日米独などの最富裕層が世界の富を独占、国際社会に激しい格差があることが改めて浮き彫りとなった。

 それによると、2000年の世界の個人資産は125兆ドル(1京4375兆円)で、世界の国内総生産(GDP)の合計値の約3倍。生活費の格差を調整して算出した世界平均は、1人当たり2万6000ドルだが、日本は18万1000ドル、米国も14万4000ドルでずばぬけて高く、インドの1000ドルなどと大きな格差があった。 

[時事通信社]
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=126856&media_id=4
コメント一覧
やっしぃー   2006年12月06日 03:05
「だからこそ、全ての人が豊かにならなくてはいけないのだ、というのがとんでもない勘違い」

この記事を見た限りでは、そのことには言及はされていないのでは?と思います。

でもたしかに「絶望的な」格差というのいうのは我々が直視しなければならない問題だと思います。

実は
「低・中所得国で家族経営の農業に従事している労働者は、世界の労働力の約40%を占めている。」
「このような低・中所得国のフォーマルセクターで働く賃金労働者は世界の労働力の約20%を占めている」
「高所得者のサービスセクターで働く労働者は、世界の労働力の約9%」
「高所得者の工業労働者は世界労働力のわずか4%」
(ソースは世界銀行『世界銀行経済報告 1995』です)

ここで最後の「高所得者の工業労働者は世界労働力のわずか4%」という部分は、具体的な例としてフランスの長年勤めてきたけど失業した50歳の男性というのが取り上げられていました。失業という形であっても、まだ世界的には裕福みたいですね。

さらにその上をいく、株で食っていっているような「超富裕層」というのが1%ぐらい、といえるのかもしれません。こいいった極端な格差というのは前から言われている気もしますが、2000年のデーターを見ても変わっていないようです。


こういった経済のグローバル化について、ものすごく的を得た提言というのは、見たことがありません。もちろん、自分の勉強不足が絶対あると思いますが、これは途方もないぐらい難しい問題だと思います。少なくともいえるのが、少しでも多くの世界の人々その問題の存在を知ることだと思います。

そして、その途方もない格差について、「これはまずいでしょ」と知ってくれることで、民主主義的な解決策を考えていくべきだと思います。

具体的には、こういった格差の問題は「文化の違い」が背景の一つとして考えられるので、「異質なものを異質なものとして認める」ということかなぁ、と思います。これは正直、いろんな紛争地域を見てみると、「無理がある」ことだとは承知していますが…。
おかあつ   2006年12月06日 03:58
>さらにその上をいく、株で食っていっているような「超富裕層」というのが1%ぐらい、といえるのかもしれません。こいいった極端な格差というのは前から言われている気もしますが、2000年のデーターを見ても変わっていないようです。

タイには、株もスキルも努力も能力も何も無いのに、西洋の人よりもよっぽど優雅にのんびりと暮らしている人がいっぱいいやしないかな、と僕は思う。

1997年のアジア通貨危機のときに、無一文になった人がラオスにはいっぱいいたそうだけど、だからといって餓死した人が大量にでたという話も聞かない。

それは、なんでなのかと思う。

その対極に、お金はあるのにあまり幸せじゃない日本人がいやしないだろうか。

フランスとかは比べられない。 未だにあれだけ属国がいっぱいあれば、多少労働力が少なくとも豊かなんじゃないか、と最近感じる。


近いうちに見に行こうと思うんだけど、そのフランスの属国だったラオスでは、貧しい国に対する思いやりとして、強引な開発が進んだおかげでとんでもない自然破壊が起こったりしているそうだ...。

やっぱり、そこには、自称『裕福な国』のおごりと無知と誤解が横たわっているように感じる。

*それを知った上で* やっぱり、お金がないとどうしても不可能な事があって、それが何なのかを考える必要があると思う。

これ以上は、僕も、良くわからないです。 すんません。

ちょっと、今度見てきます。
やっしぃー   2006年12月11日 01:16
深いです…

実はここのサイトを見て、タイに行ってみたいと思いました。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/1850/

あとここのエッセイを見て、涙しました。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/1850/essays.html

泣けたのは、上手く説明ができません。でも素直にそう体に出てしまいました。
おかあつ   2006年12月11日 13:44
実は、結構、上のやり取りがあった6日から色々考えていたんだけど...

僕は良く思うんだけど、大体、貧しい事自体はそんなに問題じゃないんだよね。 貧しくて生活が大変、って言ったって毎日の事なのでさすがになれるし。

一番困るのはね。「貧しくて大変だね」って言われちゃう事なんだよね。

正直、別に大変じゃないんだよ。 ただ、普通と同じ様に平等に扱って欲しいだけなんだけど、「可哀想な人だ」というクラスに分けられて、違う人扱いされる。 これが一番困る。


日本人や西洋人は、そういうところに「可哀想」だからと、しきりに資本主義を輸入しようとする。 僕は、それは、ものすごい勘違いなんだと思う。

日本人がタイやラオスに来たら「助けてあげる」んじゃなくて、アジアの父として「教えてもらう」事が沢山あると思う。

それは資本主義という価値観で見れば遅れているんだけど、そうじゃない価値観で見れば非常に進んでいるんだよね。

西洋的なものって、そういう風な価値ある脆弱な「祖父の優しさ」の様なものを、土足で踏み込んで ぜーんぶぶっ壊してしまう。

オーストラリアの絶滅種みたいに...


ところで、イサーン・ラオス(多分チェンマイ北部も) 元々は一つの国だったんだよね。 だから、その周辺の人はみんなラオス語を話すんだけど、いろいろな事情で分割されてしまった。

じゃ何で分割されてしまったのか、って。

ものすごく貴重な「何か」がそこにはあるのに、経済的に弱いから、という理由だけでぶち壊してもいいものなのだろうかって、すごく良く思うよ... 見てて。

ガクムラ   2006年12月13日 00:45
僕はあまり詳しいことはわかりません。
ただ、今、ヨルダンにいるのでちょっと書いてみます。

僕はシリアにちょっといました。
シリアは「社会主義」という国でした。
しかし、ある意味で「独裁国家」です。

今、ヨルダンにいます。
ヨルダンは「ヨルダン・ハシェミット王国」です。
資本主義的な経済体制です。
王様がいます。

うまくいえませんが、かなり似たような国家です。
また、経済レベルが同じなのにヨルダンの方がかなり深刻な富の偏りを感じます。

シリアは建前上「社会主義国」だったので、無理やり安い給料でもとりあえず警官など(ぼっーと交差点に立っているだけでしたが笑)がやたらといました。
これは政府の政策で、失業率を下げるためのものでした。

しかし、ヨルダンではかなり失業率が高く、その差に愕然とします。

これはあくまでも僕の偏った意見です。
シリアとヨルダンというすぐ隣同士の国家ですが、僕が感じたのはシリアの方がどこかのどかに暮らしていました。
シリアは「政治的発言」を避ければ「職業選択の自由がかなり少ない」けど、なんとか「雇用」されて、一族(一家)のどかに暮らせるように思います。

しかし、ヨルダンでは「雇用される機会」が少なく、その上に「職業選択の自由」がかなり少ない、または、ないように思われます。
一族(一家)のどかに暮らすにはかなりの幸運を探し当てないとむずかしいようです。

僕が感じるのは、シリアでは誰もポルシェに乗っていませんでした。
シリアの人がポルシェを写真や映画など見たことはあると思います。
シリアでは誰もポルシェに乗っていませんでした(ちょっと極論的にそのように書かせてもらいます)。

しかし、ヨルダンではポルシェが走っています。
思ったよりも高級車が走っています。

格差があるのを見せ付けられるのはちょっとしんどいだろうと僕は思いました。

ポルシェが写真の中に存在する世界と隣のお金持ちが乗っている世界。
僕は写真のなかで見ていた方が「差」を感じないですんだのではないだろうか・・・と思います。

自分達のなかで「差」を感じ、その差を本人が埋めたいと思った時に「選択肢」がかなり少ない場合、差を感じる方は「将来への幸福」に「希望」を見出せるだろうか、と感じます。

ちょっと話がズレたかもしれない・・・ごめん。
リアルポルシェがすごく僕には印象的だったので・・・。
 
出展 2006年12月06日01:40 『豊かさ』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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