私は、今まで Xツイッターでネガティブな発言を見てイライラしたり、縦乗りの演奏を見てイライラしたり、 人々の志の低さを嘆いてばかりいた。だけどこの数週間で心境が変わって、今はいらだちを全く感じなくなった。
仕事が上手く行かない、人間関係が上手く行かない、人は色々な問題を抱えて生きている。
だけど人は、問題と直面している時にしか成長できない。 人は苦境に落ちて、究極の選択を迫られて、そこで初めて、自分に取って本当に必要な物が何なのかを知る。 だから問題に直面しているということは幸運だ。
ネガティブ発言の博物館のようなツイッターを見て、そこで深いネガティブさに陥れば陥るほど、次のポジティブさが深まっていく。 ネガティブな自分に対する耐性が出来て、心が強くなっていく。
人が苦しんでいる。その苦しんでいる人と共に苦しむ。苦しんでいますね、と声を掛ける。それだけでその人の苦しみは半減する。 もしかしたら同じ状況に自分が落ちても、もう自分は問題を克服済みで、何も問題を感じないかも知れない。だけどそこに降りて一緒に苦しむ。苦しみと共にある。
ネガティブさに対する対処の方法を知っていれば、次に必要なことはネガティブさと共存することだ。
問題の対処方法を知っている人は、その問題と一緒にいることで人の役に立つことができる。 だから問題を否定せずに問題と共存する方が、人の役に立てる可能性が高くなる。
問題は多ければ多い程、良い。ネガティブであればあるほど、良い。
そう思うと、ネガティブな意見が金言の様に見えてくる。
そうしたら、全くいらだちを感じなくなった。
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