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2024年8月25日日曜日

英語が得意と勘違いする日本人の原理 ─── 縦乗りを克服しようシリーズその65 (oka01-fomubcsnfojxdrut)

ネットを見回しますと英語が得意な日本人が英語を教えているビデオがたくさん見つかります。しかしこの英語が得意な日本人も全員が例外なく、海外で生活する際に直面している何らかの障害を持っています ─── 私はその、日本人が海外で生活する上で直面する障害というものの存在自体に興味があったのです。今回はこの日本人が海外で生活する上で直面する障害の中で最大の障害『縦乗り』について御紹介したいと思います。


日本人が独りもいない世界で暮らす

私は「日本人が独りもいない世界で日本語を一切話さずに暮らす」という事を目標にしていました。それでそれを実行しました。

何故かといいますと、私は、放浪を始める前に私は海外留学の経験などから、日本人は日本人としかコミュニケーションが取れないということを見ていたからです。日本人は日本人同士でしかコミュニケーションが取れない ─── であれば、その限界を突破してみたい。そういう思いが私にはありました。

それで海外放浪している時に、日本人からの手助けが一切得られない様な場所を放浪することで、その訓練をしました。それが私が普段しばしば言及する「日本語断食訓練」です。

海外在住日本人のほとんどは、何等かの形で日本人コミュニティに属して生活しています。世界中どの国に行っても日本大使館があり、大使館に在留届を出すことで何か危険があった時に政府から連絡を受けることが出来ます。 どこに行っても大抵「日本人会」があって、日本人会に属すことで生活に必要な情報を共有することが出来ます。

私は日本語断食をしていたので、そのどれにも加入しませんでした。全ての情報収集を現地語と英語だけで実現するということを実際に実践したかったのです。

更に加えて私は、「現地語の標準語を話さないで生活する」という制約条件も加えていました。

標準語とは大抵色々な政治的バイアスを受けており、その言語で得られる情報のなかには様々なプロパガンダが漂っているものです。そういうプロパガンダから完全に自由な世界で生活したいという思いがそこにありました。

なのでタイの標準語のタイ語を話すことも禁じて、方言であるタイ東北イサーン語だけを話すという制約を自分に課して生活していました。 ─── 結果として「12月24日になってもサンタクロースのサの字も見当たらない近代資本主義から完全に孤立した状態」を実現することに成功しました。

私は海外在住の日本人であっただけでなく、完全に日本人コミュニティから独立して生活していたのです。

とはいえその生活の実際は気楽なものでした。

タイで、方言であるタイ東北イサーン語が話せれば、生活上の情報は無尽蔵に入って来ましたので、それはまるで地元にいる様な気楽さで、実際には大変に快適な生活でした。 ─── 誰と話しをしてもまるで10年来の友達と話している様な気軽さで話が出来ました。

なので私の日本語断食修行は、まるで何も修行をしていないかの様な快適さで進んでいました。

─── ですので、私は日本語断食修行をほとんど何の困難もない容易いことだと感じている面があります。

しかしそれは、大変な困難を伴う高い技術の上でようやっと成立する離れ業でもあるのです。

英語では、発音以上に大切なリズムの問題

私は日本に帰った今も、日本語断食を続けています。普段こうして日本語を話して生活していますが、インターネットブラウザの設定を英語に設定し、ロケーション情報を米国ないしはタイに設定し、ユーチューブの設定も同様に設定しており、日本語の情報は一切表示されない様になっています。

近年ではブラウザの自動ロケーション検知機能が発達しましたので、ちょっとでも隙を見せると即座に日本語の設定に戻ってしまうのですが、それでもすぐに英語に戻して使っています。

私は絶対に私に日本語の情報を見せない、聞かせない。

これは何故かというと、英語のトレーニングの日本語断食を続けるという理由だけでなく、日本語で説明される英語や音楽の解説動画を、私が見てしまうと、気持ち悪くて発狂しそうになるという大きな原因があるからです。

日本に帰って来てから思うことは、日本人の説明する英語の説明は例外なく間違っていることです ─── 否、間違っていることはさしたる問題ではないのですが、日本人の説明は全てリズムが縦乗りなのです。

私が海外で日本語断食をして思ったことは、ただひとつ、日本人の縦乗りです。

日本人の縦乗りリズムで現地の人々に話しかけると、ほとんどの場合「えっ?」と聞き返される。一度で聞き取ってもらえないことが多いのです。 その話しかける時のタイミングが非常に重要で、話しかける時のタイミングが縦乗りになってしまうと、大抵「えっ?」と聞き返されてしまうのです。

─── どんなに正しい発音で話そうが、相手に正しく聞き取ってもらうための本質は話しかける時のリズムにある。

私が海外で生活している時に感じたことの全てがここにあります。

逆に言うと、発音が色々と間違っていても、リズムさえ正しければ、聞き取ってもらえるということでもあります。

全く同じことは英語でも言えます。

日本人としかコミュニケーションが取れない日本人

日本人は世界中どこに行っても、日本人同士で固まっており、現地の人と馴染めない。

もっと単刀直入に言うと、日本人は日本人としかコミュニケーションが取れない。

日本人は勉強熱心で、発音も几帳面に学びます。英語の文法も勤勉に学びます。なので全てを完璧に勉強しているのに、全く効果なく、日本人同士でしかコミュニケーションが取れないのです。

何故でしょうか。それは「リズム」という盲点がそこにあるからです。

いくら発音が正しくても、リズムが間違っていると、聞き取ってもらえない。

いくら文法が正しくても、リズムが間違っていると、聞き取ってもらえない。

それが日本人のリズムの縦乗り問題です。

私が日本に帰ってきて、英語が話せる日本人の英語の発音講座を聴いて、それも実に丁寧にフォネティクスを学んだ日本人の英語講座を聴いて、私が思うことはひとつだけです。それが…

縦乗りです。

縦乗りの人は縦乗りリズムしか聞き取れないのです。

日本人の縦乗りという限界を超えて

私が求めていることは、一般的な日本人が求めている様なレベルのことではないのかもしれません。 ─── そのレベルとは「現地の人と全く同じ様に生活する」です。

現地の人と同じ様に現地語で生活し、現地語で情報収集し、現地語で笑い、現地語で怒り、現地語で泣いて、暮らす。

日本語を一切使わないでも、日本語と全く同じクオリティの生活を実現する。

これが私にとっての英語が話せる人です。

それは日本の英語上級者ですら求めていない理想かもしれません。

しかし日本人以外の人々は、比較的時間を掛けずに到達出来る境地でもあります。

─── 日本人は、どんなに訓練しても、現地に馴染めない。

何故なのか。

その理由が「日本人のリズムの縦乗り」です。

日本人は自分のリズムが縦乗りであることに気付かない。

だから通じない。

それ以上、考えようとしない。

だから通じない。

これが縦乗りです。

無意識の内に「どっどんがどん」と言っているのです。

なのに気付かない。

「どっどんがどん」で話しかけても聞き取ってもらえない。

それを知っても「どっどんがどん」と話しかけてしまう。

これが縦乗りです。

これが正に、日本人の限界地点なのです。

縦乗りという閉じた論理体系

日本人は、ひとつの閉じた論理体系の中に住んでいます。

あるひとつの閉じた論理体系は、自分自身の間違いを証明することが出来ない ─── これは数学者ゲーデルの言葉です。

哲学者の柄谷行人は、外部に出るために、外部の存在を詩的に語る事を禁じ、徹底的に語ることで自壊する作戦を取ったといいます。

どうやっても外部に出ることが出来ない日本人が外部に出ることができる唯一の方法論が、日本語断食だと私は考えているのです。

日本語断食で日本人の限界を突破せよ

英語を学ぶ時、日本人の解説は一切使わない。

音楽のリズムを学ぶ時も、日本人の解説は一切使わない。

普段の情報収拾も、一切日本語を使わない。

日本語断食から得られるメリットは無数にあります。

逆に、日本語断食をしないで得られる情報は、全て例外なく既に縦乗りに絡め取られてしまっており、その情報は縦乗りの人同士でしか共有出来ないものです。

縦乗りから脱出する。

これは日本人にとって永遠のテーマなのです。

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著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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