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2011年10月13日木曜日

ビザ延長して帰ってきた。 (mixi05-u459989-201110132154)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
ビザ延長して帰ってきた。
2011年10月13日21:54
最近ウドン市内に滞在しているのだが、2週間毎にラオに行って滞在期限を延長して帰ってきている。 それは別に資格の問題がある訳でもなく、恐らくビザを作れば何の問題も無い筈だということもわかっているのだが、単にビエンチャンに行くのが面倒くさいから、ビザを作っていない。

朝11時までにビエンチャンのタイ大使館まで行って、しかもタイ大使館まではバスが通っていないので、三輪車をチャーターしなければいけないし、大使館は最近コロコロ引っ越すので、毎度毎度三輪車の運転手に場所を説明しなければいけなかったりするし、三輪車のチャーターはかなり高いし、運転手が道を間違えて遠回りしても、その分のガス代を払うのがマナー(奴ら赤字覚悟のギリギリのラインで商売しているから、お前の責任だ!とかやるのはちょっと冷酷すぎる)だし、写真を用意したりするのも面倒だしお金もかかるし、ビザを申し込んだら、一晩ビエンチャンに宿泊しなければいけないし、ビエンチャンはっきり言って何もなくてすることがなく面白くないし、そのわりにウドンタニーより物価が高く、宿泊費も大体5割増し位するわりにサービスよくないし、足を伸ばしてディスコに行くのも三輪車代がかさむし、もうとにかく何か面倒くさいのである。

毎度「今回こそ、ビエンチャンに行ってビザを作ろう」と思うのだが、国境を越えるころになって、「あぁもう面倒だから、さっさと帰ろう」とか思って、結局ビザを作らずに帰ってくる。

最近、買い物バイク(中華蕎麦屋のおかもちバイクみたいなバイク)を買ったのだが、125ccでかなり力があり、遠出が出来る。 これに乗って2週間毎にラオ側に渡って帰ってくれば、事足りる。 そう感じる。 片道1時間の旅だ。 巨大な片道3車線のノンカイ通りを1時間走ればとにかく到着する。

昨日タイヤの整備をしたばかりで、空気圧が高めだったのだが、今日ノンカイ通りで、最高速120kmをマークした。 子供用の座席が付いた買い物バイクで120kmで走るのは、何か微妙な爽快感がある。 サスが悪いので、段差があると車体がバンバン跳ねるのだが、かなり直進安定性が高いので転びはしない。

二週間毎に三時間の投資と、四ヶ月毎に約4000バーツの投資。 ひょっとしたら二週間毎に国境を越えた方が安く付くかも知れない。



というわけで、今日も国境の街ノンカイに行き、ノンカイのセブンで休憩して、国境を越えてラオ側に行って帰ってきた。

今日驚いたのは、ラオの免税店で、以前は入国を住ませてから入るのが普通だったのだが、きちんと出国手続きを住ませないと入れない様になっていた事だ。 以前は出国手続きを住ませてから入ると逆に怒られそうな雰囲気すらあった。 国が発展するに連れ、昔ながらののんびりした感じがなくなって、すこしつまらない感じはする。

いつもの様にラオに入国してから免税店に入ろうとしたら、凄い怖い感じの警察に話しかけられた。 英語でどこに行くんだ、とか凄い超高圧で、おっかない感じで話しかけられた。 だけど何言ってるかさっぱりわからず、ラオ語で「済みません英語話せないんですが、何ですか?」って言ったら、いきなり顔パス状態になって、無視された。この無視は、決して悪い意味ではない。 いつもながら思うけど、裏表激しいよなと思う。 ラオ人って。



最近タイの入国審査が厳しい。 入国する時に、入管の係の人が、僕のパスポートを開いて、ひたすら過去に遡って、僕の入国記録をチェックしているようだった。僕の最初の入国まで調べて、どうも総滞在を数えているようだったので、ひょっとしたらクレームをつけるかも知れないとビクビクしていたら、いきなり「えー今日のラオ側の出国スタンプどこ?」と言われた。 右も左もわからないのか、このおっさんは! と思った。 最新のスタンプを探すために何で最初のページまで遡るのか、訳がわからなかった。



国境に行くと、いつも田舎もの丸だしの人が居て頭に来る。田舎ものなのはいいのだが、列に並ばないですぐ抜かそうとしたり、バスが到着した時、我先にと出ていくクセに出口でグズグズ出ていかず、モタモタしている人がいたりする奴が、必ずいる。 これはラオ的にもタイ的にもやってはいけないことだと思うので、文句をいっていいと僕は思っている。

今日も居た。 ベトナム人。 年がら年中ソワソワ、ソワソワして、何も考えない。並ばないし。目があって挨拶もしているのに、抜かして割り込んでくる。 中国の田舎によく居る感じ。中国南部の昆明華僑補習学校にもこのタイプが居た。 僕はこの手の「ソワソワ落ち着き無い系」の連中が苦手だ。何か一緒に居るとリズムが狂う。 バスが到着した時とか、ソワソワ慌てて出ていくのに、出口でモタモタするタイプ。

国境越えのシャトルバスが目的地に到着して、僕が出ていこうとしているのだけど、ソワソワして割り込んできて自分が先に出ていこうとする。で、僕のカバンを踏みつける。僕はカバンが抜けず出ていけない。でモタモタしていると、先に割り込んでいこうとする。正直日本だったら普通に張り倒していると思う。(僕は日本にいる時、駅などであまりにもマナーが悪い奴が居ると、ケツを蹴飛ばしたり、服をつかんでつまみ出したりとか普通にする。)文句を行って、カバンを引っこ抜こうとしたら、バランスを崩して、(ラオにあるバス独特の)出口の急階段から落ちてしまった。 一応外国に居るので、訳のわからないヤツが来ても、最低限あわせる努力は辞めないのだけど、あわせ様とすると妙にペースが狂うタイプがいる。 あわせないで、日本でやっているみたいにすればいいのだけど。 それで、背中をすりむいてヒリヒリする。



タイでバイクを運転していると、「後ろに目が付いているのではないか」と思うような運転をする人が、ものすごく多い。 とにかく車幅感覚のレベルが高い。ギリギリまで寄せてくる様に見えるのだけど、絶対にぶつけない。 こちらが一瞬でもぶつかる素振りを見せると、ピンと張った糸の様に反応する。 これは絶対ぶつからないという感じがする。

日本で運転していると、「実は寝ているのではないか」という感じの運転をする人が多い。 ライト上向きで後方から車が近づいているということをしらせているのに、全く一向によける気配がなく、ひたすら右側の車線を走っているトラックとか、少しでもモタモタしていると、車間を近づけてパッシングしたりするのに、左に寄せても抜かさない人とか、もうコミュニケーションが破綻している感じの運転をする人が、多い。

タイの人はみんなものすごくよく見ているので、かなり強引な運転をしても、きちんと反応してくれる。だからある意味非常に運転しやすい。 僕もかなり周りをよく見るタイプなので、後ろから車が来た時とか、スッと左に寄せたりすると、同じタイミングでスッと右に寄せて抜いていったりするので、コミュニケーションが噛み合っている感覚があり、非常に気分が良い。


この間、不気味だと思ったのは、三両連結した大きなトレーラーが道でモタモタしているので、抜かそうとしたら、運転手が右ウィンカーを付けて、僕に注意を促した事だ。 タイでは、トレーラーを抜かしても大丈夫な時、左ウィンカーをつけ後続車に安全を知らせ、抜かしたら危ない時は右ウィンカーをつけて後続車に危険を知らせるという暗黙の了解があるのだが、僕がその止まっているトレーラーを追い抜かそうとした時、おもむろに右ウィンカーが点滅したので、後ろに目が付いているのかと思った。 そういう極端に周りをよく見ている人がタイには非常に多い。

見ていない、という事がない。とにかくタイのドライバーは視力が良い。状況認識能力が非常に高い。 だから、走ってるトラックの屋根にのぼって、高みの見物したりしても、落ちたりしないのだと僕は思う。 日本でやったら、空気読めない系ドライバーが行きなり飛び出してきて、急ブレーキ、上の人は即落下すると思う。 日本のドライバーは状況認識能力が問題外に低い人が沢山いる。



僕はイサーン語を話す事が出来るけど、何が一番難しいって、タイ語とラオ語の混合度合いを、動的に臨機応変に、適度に変化させるのが、一番難しい。 相手の出方を見て、相手のラオ度を見計らって、状況が求めるフォーマル度を見て、あと状況が許すラオ語の許容度を見て、タイ語とラオ語の混ぜ具合を変えるのが、非常に難しい。頭ではわかっていても、口が動かないというケースも非常に多い。 これに失敗すると、全く話が噛み合わない。 適度よりも、ラオ過ぎても、タイ過ぎても通じない。 この「適度」がくせもので、人によって全然違う。だから出方を見る必要がある。 まるで毎日相撲の立会いをしている様な感じだ。

で、ふとおもったのだけど、僕が中国南部・雲南省・昆明の昆明華僑補習学校に居た時、クラスメートに、ラオ北部(ウドムサイ語)・ラオ中部(ビエンチャン語)・ラオ南部(パクセー語)タイ北部(チェンマイ・カムムアン語)・同じくタイ北部(チェンライ語) と、タイ+ラオ語の方言、全種類揃っていた。クラスでよく「このクラスにはラオ全地方が揃ってます」とか冗談で言っていたのだけど、これは、今考えてみると、ものすごく幸運だったのかも知れない。 おかげでラオ語の各地方のクセをここで身に染みて体得する事が出来た。このラオ全方言の中で揉まれる経験をした昆明での2010年年末は、加えて北京語と昆明語の中での地獄のジレンマの闘いでもあった。 タイ+ラオに加えて、昆明人+大理人+白族+ダイルー+ダイヤイ…の人が加わって、多言語地獄的状況は壮絶だった。 でも、この地獄の経験が良かったのだな。この地獄の経験に晒された後、イサーンに帰ってきたら、自然とイサーン語が話せるようになっていた。(僕はタイ東北イサーン地方5年滞在する間、ひたすらイサーン語を勉強していたが話せるようにはならなかった。一方タイ語自体は半年程勉強した後、日常会話に不自由が無い程度にはなっていた。)



で、この地獄の経験を持っていると、人の裏表の機微を思う。 どこの国に行っても「人の裏表の機微」は大切な要素だ。 でも、この「人の表裏の機微」を日本人が見ると「勝手な思い込み」「被害妄想」「誇大妄想」と思われがちだ。 決してそうではないのだが、 この機微の存在を、無理にわからせ様とすると狂人扱いされてしまう。 他人の存在が全て妄想の世界の虚構である、日本人の人間関係認識を思う。

さて。
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出展 2011年10月13日21:54 『ビザ延長して帰ってきた。』