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2021年3月25日木曜日

人の面倒を見るというのは最終的にゲンコツであって金ではない (oka01-jafvejvrzxouqwlm)

親の金ばかりに興味を持って親の面倒も見ない仕方ない息子だといいいい、話を聞けば実は自分も親の面倒を見ていないことが透けて見えたり、見るのなんかまっぴらということも透けて見えたり、知らんけど。

子に金を残すなんてばからしいといいいい、自分もいざ親の面倒を見る段になれば金でどうにかすればよい、と思っている。

そういうところから、実はその人が地方出身者で親を田舎に捨ててきた人なのだ…ということが透けて見えたり

街者は街が田舎なので、親の面倒も見るし、親を捨てて上京したって田舎が東京なので親から逃げられもしないし、

違うなら違うと言えばいいのに、いいもしないし、実は結構色々言いたいことがあるのも見えるのに、言う勇気もない。 で

正直になんでも言うと角ばかり立つ超少数民族の東京モン

『なんでも金で解決できる』って思っているツケが、人生の最後の最後で、そういう形で舞い戻ってくるものなのかも知れないが

親族をやっとこさ全員墓場まで送って自分を墓場に入れる奴が誰もいない大変さも知らず、勝手なことばかり言う…と正直思う。 人の面倒を見るというのは

人の面倒を見るというのは、最終的にゲンコツであって、金ではない。

タイとかラオとかの人は、親族の為に子が死ぬのは当然と思ってる節があって、そのために命がけで子を育てるし、そのおかげで子が死んだり親が死んだり普通にしてるから、僕も奴らと付き合っていて『お前は死ぬ覚悟があるのか?』と問いかけられて答えられないことが何度もあり

そんな何でもかんでも命がけで、ちっとも金を使って解決しない大馬鹿者が、繁盛して金持ちになるかといえば、ちっともならない。それはちっとも発展性がない。

だから、子が親の面倒を見ないで、親のことなど忘れて街で活躍しているということは実に素晴らしいことだ…と親は思っていた筈で、親は辛くても子のためを思って何も言わずじっと耐えていた筈で、

そんなことも知らずにノホホンと街で働いていたわけだ、お前らは。

で、自分が死ぬ番になって、ふと気付く訳ですな。貴様の親が貴様にしてくれたことを。

人生の最後の最後で、弁護士という死神が来て銀行通帳を取り上げていく ─── 成年後見人という悪魔を連れて。

子に遺産を残すなんてばからしい…って本末転倒じゃないのか?

…て年齢が倍以上ある年寄りに説教しても意味がないが

金を持ってると色々と、見えなくなるものがあるんだとおもう。それは間違いない。

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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