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2010年12月6日月曜日

変な日本 (mixi05-u459989-201012062137)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
変な日本
2010年12月06日21:37
日本語はものすごく特殊だ。

映画を見ている時に気がついたのだが、車が飛び出してぶつかりそうになった時「危ない!」という言い方をするのは日本語だけではないか。 「危ない」という意味の中国語は「危险 wēixiǎn」だ。英語だと dangerous だ。 タイ語だと 「อันตราย アンタラーイ」 ラオ語だと 「ອັນຕະລາຍ アンタラーイ」 か 「ເປັນຕາຍ້ານ ペンタヤーン」 だ。 ところが、このどれもが日本語と同じ使い方をしない。 車が飛び出してきたときに 危险!とか dangerous! とか อันตราย! とか ເປັນຕາຍ້ານແທ້! とか言わないのではないかと思う。 日本語の「危ない!」の使い方に相当する中国語は 小心 xiǎoxīn だ。 英語だと watch it! とか careful! とかがある。 タイ語だと ระวัง ラワン! だ。 このどれもが「気をつける」という意味だ。 しかし日本語の「気をつける」はこういう使い方はしないだろう。 日本語で「気をつけろ!」と言う場合は、車がゆっくり出てきた時に限られるのではないだろうか。

こういう例はたくさんある。 日本語の単語は、タイ語やラオ語・中国語・英語の単語と意味が同じでも使い方が異なることが非常に多い。 この様な単語を訳す時は、使い方が同じ何か違う単語に置き換えなければいけない。 だから日本人が一生懸命外国語の単語を暗記しても、今いち使えない。 にも関わらず、日本人の外国語教師は単語を丸暗記させるのが大好きだ。

ところでタイ語・英語・ラオ語・中国語の間で、強引に直訳してしまった様な文章を見ると、間違っていても何となく言わんとしている意味をつかむことが出来る場合が多い。 しかし日本語はそうはいかない。 日本語の文章を直接タイ語・ラオ語・英語に直訳すると、大抵の場合、まったく意味不明になってしまう。

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JTの啓蒙ポスターをご存知だろうか。 喫煙マナー向上を啓蒙する緑色のポスターだ。 しばしば駅などによく貼られている。 このポスターには幾何学的なイラストに日本語で説明がつけられている。 そして、その脇に英語でも説明がつけられているのだが、この英語がまったく意味不明なのだ。 この英語はまったく正しい文章の体裁をなしておらず、非日本人が見たらまったく滑稽な代物だ。 だが日本人はその滑稽さに誰も気がつかない。 僕はタイに滞在している間、日本人がタイ人の間違った英語を笑っているのを何度も目撃した。 しかし、僕は見ていて思うのだが、タイ人の英語は間違っているがきちんと通じている。 日本人の英語は正しいかもしれないが、ほとんど通じていない。

以前、僕がタイ東北のウドンタニー県でホテルのマネージャーをやっていた時、ある日本人が遊びに来たことがあった。 この日本人は非常に勉強家でTOEIC試験で900点取ったという。 ちなみに僕はTOEIC試験を一度だけ受験したことがあるのだが、500点も行かなかった。 だが、このTOEIC900点の日本人の言うことは今いち他の人に通じていないのだ。 僕がマネージャーをやっていたホテルは、イギリス式のホテルだったので、ホテルにはいつもイギリス人がいっぱいいた。 だが、彼は彼らイギリス人とあまりコミュニケーションが上手くいっていなかった。

僕はこの時、TOEIC900点の日本人に「ギリシャ神話を勉強する事は大切だ。」という様な話をしたのだが、彼はそういう僕の意見を「いや、そんなことありませんよ。」と一蹴した。 実はこのホテルのコックさんはイギリス人だったのだが、丁度先だって、このコックさんとイカルスの話をしたばかりだった。 僕とコックさんがある従業員の話をしている時、この従業員が非常に有能で色々な事が出来るのだが、自信過剰で失敗する事がよくある、という話をしていたところだった。 イカルスというのは、蝋を使って自分で翼を作った神様のことだ。 イカルスは自慢の翼を使って空高く舞い上がったのだが、太陽に近づきすぎた為、翼が融けてしまい、地上に墜落してしまった。 イギリス人のコックさんはこのイカルスを例えに出したのだ。 僕はギリシャ神話が好きだし、こういう文化の背景にある物語を知る大切さを意識していたので、ちょくちょく調べていた。 だが、日本人でTOEIC900点の彼は僕が言う重要さを一切無視していた。 僕がその大切さを説明しても、まったく理解を見せる様子も無い。 もちろんコミュニケーションがへたくそなのは僕も同じであるが、上手かへたくそか関係が無い。 僕はへたくそなりにコミュニケーションしようと努力している。 彼はコミュニケーションを放棄している。 そこが大きく違う。

単語を覚えたりする以前の問題として、その文化の背後に流れている常識を知ることが非常に大切だ。 誰もが知っている神話、昔話、娯楽、そういう物を知ると、相手が何を元にしてその話をしているのか、ピンと来るものがある。 知らなければ、どんなにたくさん単語を知っていても無駄だ。

何故、日本人が外国語を学ぶ際、言葉よりも文化を学ぶ事が大切なのだろうか。 それは日本人が持っている文化が非常に独特だからだ。 確かに日本は、昔の中国の文化を輸入しているので、中国とある程度文化的に共通である。 しかし日本が持っている文化的背景は中国だけではない。 元々日本にあった文化に加え、ドイツやフランスなどのヨーロッパ文化を輸入したり、アメリカの大きな影響を受けている。 しかもそれら輸入された文化は、日本人独特の独自解釈で変形している。 変形しているので、日本人が知っているドイツ文化・フランス文化・中国の文化・アメリカの文化を、ドイツ人、フランス人、中国人、アメリカ人に見せても、もはや理解されることはない。 元々日本に存在した文化も地方によって様々だ。 どれが本当の日本文化などと断言は出来ず、混沌としている。 そこに様々な文化が輸入され、もはや他国の誰から理解されることがないほどに、ユニーク化している。

日本人はクリスマスを祝い、12月25日になると即座に撤収して正月祝いに備える。 この事に疑問を持つ日本人はいないだろう。 しかし、多くの国の人はこの日本人の習慣を奇妙だと考えている。 何故だろうか。 多くの国では、クリスマスとは12月25日の前後2週間祝うものだからだ。 2つ3つの文化をごちゃ混ぜにして、それらが矛盾していても何の疑問も持たない日本人。


P.S.

風邪をひいて完全にダウンしてしまった。 今までひいた風邪と全然違うタイプの風邪で喉の痛みがまったくないのだけど非常に高熱が出る風邪で、結構辛い。 こうやってちょっとずつ免疫がついていくんだよな。 違う土地に来ると最初何度も風邪をひくけど、だんだん風邪をひかなくなるものだ。

しかし、昆明にいる日本人の事は何度考えても腹がたつ。 当たり前なことをいっているのに何で変人扱いされなあかんのか。

思うのだが外国にいる日本人っていつも何か変だ。 外国にいるとき、日本人の話を考えるといつもいつも頭が痛いのだが、僕の日本に住んでいる友達や知り合いをイメージすると、全員外国にいるおかしな日本人が持っている特徴を持ってない。 外国にいる日本人って何か非常に悪い習慣を持っている。

不適応なのは自分の責任なのに、それを棚にあげて現地の人をバカにしてばかりいたりする。 あるいは思いっきり不適応を起しているのに、それに気がついていない。 そのクセ妙にプライドが高くて、それを指摘すると逆上したりする。 僕の日本の友達にはそういう人間はいない。 語学を志す人は何か妙に空気が読めない。 何年も何年も現地に住んでいるのに、今いち語学もヘタクソだったりする。

そこにいるの人をまったく見ていない。 いつも日本人同士で固まっているし。 何のために外国にいるんだよ、と問いたくなる。

友達にタイでTシャツの店を出している日本人がいるのだが、こういう人こそが「日本人同士で固まっていない人」だと思う。 日本語教師とかやっている人は、多少現地の人に失礼でも多少現地で不適応を起していても、自動的に現地の人と関係を持ちつづけられると言う意味で「日本人同士で固まっていない」と言い難い。 現地で人間関係のネットワークを築き上げる為には、現地の人に失礼だったり不適応を起していたりすると、一発で嫌がらせされる。 求められるソーシャルスキルのレベルがずっと高い。 日本人教師をやっている様な人を見ると、ヒヤヒヤする。 普通だったらムッとされて嫌がらせとかされるだろうな、と思うようなことを現地の人に平気でしてしまう。

コメント一覧
あび   2010年12月06日 22:44
> ぶつかりそうになった時「危ない!」という言い方をする

これを言ってしまうと、言われた方は何が危ないのか理解できず、とっさに動きを止めてしまうので余計に危険であるとの指摘を聞いた事がありますね。このような場合には「走れ!」というと効果的だと、その時は聞いたように記憶しています。

> 外国にいる日本人って何か非常に悪い習慣を持っている。

それを日本語では「かぶれている。」というのでしょうかね。

私個人の勝手なステレオタイプなのですが、日本を脱出して行く人たちの中には日本国内での人間関係等に不適応を起こして「私には日本は狭すぎる。」とか言い訳して逃げて行く人たちが含まれていると思うので、その人たちは世界中どこでも人間関係等に不適応を起こしているという事なのではないでしょうか。

たしかに日本の現代社会における人間関係は非常に面倒に感じる部分もあると思いますが、これとて、じっくり腰を据えて取り組めば難しいものではありません。ようは、どこの国で、どんな文化・風習の中にいようとも、ようは隣人と向き合い、真剣に取り組んでいれば、それなりの関係は築けるという事なのではないでしょうか。
かつお   2010年12月07日 06:55
おかあつさんの日記を拝見していると、共感することが多い。TOEICについて、調べたらハッとしたんだけど、日本人が考案したもので、欧米では認知度が低いらしい。リーディングとヒアリングが主体だから、高得点をとったからといって、コミュニケーション能力が高いとは言い難い。コミュニケーションって、異文化の理解(尊重)から始まるから。人種以外にも顔つきで、出身を当てるスキルは海外では役立つ。会話の前に相手のバックグラウンドがわかるから、予測ができるからだ。私は今はイギリス人と仕事をしているんだけど、交流することは大切だと思います。
おかあつ   2010年12月07日 17:19
あび
> 外国にいる日本人って何か非常に悪い習慣を持っている。
それを日本語では「かぶれている。」というのでしょうかね。

僕はこうやって海外に居るし、登校拒否児だったし、中卒だし、立派な日本不適応児だ。

...と自分では思っていたけど、日本に友達はメチャメチャ多いし、あちこちに知り合い居るし、どういう訳か就職して大きな会社で10年近く働く経験も得た。 幸運な事に幕張に本社がある某企業のシステム開発にも携わった。 僕には日本での社会経験がある。 僕は別に日本で不適応を起している訳ではない。 気が短くて喧嘩っ早いが、人間関係はかなり辛抱強く付き合う方だ。

確かに僕も海外に行ったら日本の面倒くさい人間関係とはおさらば...と思っていたが、今こうして思うと、人間関係の面倒くささは日本以上だ。 日本以上に辛抱強く人間関係と取り組んでいく必要がある。



海外の日本人の面倒くささって、日本以上に激しい海外での人間関係の面倒くささの前でどうしてよいか皆目見当つかずに立ち往生している人達の間での人間関係の面倒くささなんだよな、多分。 彼らには「精神力の弱さのあまり立ち往生している」っていう事実をはっきり言ってはいけないんだな。

だから海外の日本人って仲が悪いんだよね。
おかあつ   2010年12月07日 17:38
>TOEICについて、調べたらハッとしたんだけど、日本人が考案したもので、欧米では認知度が低いらしい。リーディングとヒアリングが主体だから、高得点をとったからといって、コミュニケーション能力が高いとは言い難い。コミュニケーションって、異文化の理解(尊重)から始まるから。

TOEIC って日本人が考えたんだ... 知らなかった。 TOEIC で高得点取ったっていう人のかなりの高確率で英語が話せない人が居るような気がするんだよね。

僕は、日本人の英語教育は「読み書き重視」じゃなくて「読み聞き重視」だっていう持論を持っているんだけど、TOEICが正にその例だったっていうわけか...。


http://www.toeic.or.jp/corpo/intro01/expatriate/

「ノンネイティブとして十分なコミュニケーションが出来る。」って何なんだろうか。

例えば、相手がインドネシア人、自分が日本人で英語を使ってコミュニケーションする事をいっているのか... それとも相手がアメリカ人の時か、相手がイギリス人の時か...はたまた、相手がドイツ人やフィンランド人などヨーロッパ圏の非英語話者の時なのか...。

おかあつ   2010年12月07日 17:49
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3323912&route_trace=010001500002

この人の足跡見つけたんだけど、この人、いさぎよい。
もう最初から TOEIC は英語と無関係って割りきってるのがいいよね。

でもこれはある意味、誰かのボロ儲けのお手伝いをしている訳だよな。

...と思ったらWIKIに書いてあるじゃん。
http://en.wikipedia.org/wiki/TOEIC

何かスキャンダルがあったみたいだね。

* FRIDAY (May 29, 2009) 【TOEIC】 《渡辺弥栄司氏・92歳》高齢会長と親密女性《顧問》「私物化経営」の実態.
* FRIDAY (June 5, 2009) TOEIC会長《渡辺弥栄司氏・92歳》「《親密》女性《顧問》の団体に予算計上の“私物化”」.



日本語の方には書いてないけど。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E8%83%BD%E5%8A%9B%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88


日本に居たときは勉強不足で騙されっぱなしだったが、もう、だまされんぞ。
クソ。
おかあつ   2010年12月07日 17:54
僕は「聞き読み」重視じゃなくて「書き喋り」重視だ。

聞いてわからなくても、喋って相手に通じていれば、問題はずいぶん減る。

聞いてわからないのと、喋って通じないの、どっちが困るだろう。 僕は自信を持って答えるけど、喋って通じない方が圧倒的に困る。 相手の意図を組んで相手の予期どおりに行動する、っていうのは、二段も三段も高いレベルの行為だ。 まず言いたいことを的確に伝えることが大切だ。

でも、喋って相手に通じるっていうのは、難しい。 喋って相手に通じる時っていうのは、やっぱり相手がよく知っているもので例えを出したりするのが一番いい。 またこういう言い方をすると、こういう風に考えがちだ、っていうノリを知らないことには、喋って通じる、という風にはなかなかならないモンだ。

おかあつ   2010年12月07日 18:00
>ようは、どこの国で、どんな文化・風習の中にいようとも、ようは隣人と向き合い、真剣に取り組んでいれば、それなりの関係は築けるという事なのではないでしょうか。

正にその通りだと思う。 なのになのに、何故か、海外に居ると怠けちゃうんだね。

 
出展 2010年12月06日21:37 『変な日本』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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