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2011年6月17日金曜日

市内に戻って5日目 (mixi05-u459989-201106171349)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
市内に戻って5日目
2011年06月17日13:49
僕は今ウドンタニーの農村地帯から市街地に戻ってきて作業をしている。 市街地から戻ってきたのは、6月12日だった。 今日は17日なので、はや5日目だ。

戻ってきたらミクシの足あとがなくなってた。 僕は仕事がソフトウェアエンジニアなので、こういう有名な会社をこういう公然でバカにすると、あとで本当に開発者や経営者と知り合ってしまう危険がある。 だが、それでも、別にケンカを売るわけでもなく、蔑むわけでもなく、素直にバカな事をしたな、と思う。 これはミクシが自分で自分の首を絞める行為だった。

コメント欄が大騒ぎになったり、巨大なコミュニティーが出没したり、それを必死にもみ消そうとするミクシ側も、実は自分の親分が大失態をしていることに気がついているのだが、それを言い出せない苦々しさがあったり、恐らく苦情対応でキリキリ舞いしていたりしているんだろうが、いずれにしても、その大騒ぎに付き合ったおかげで、戻ってきたわりに仕事があまり進んでいないという説がある。

昨日は何か不思議な日本人ふたりと知り合った。 ふたりとも大変な嘘つきで、僕的には結構好みの人だった。 そういえば、僕は前、嘘つきが嫌いだった。 だけど(そういえば)ラオに来てからは、逆に嘘つきが好きになった。 嘘つきというのは、意味も理由もなく嘘をつくわけではなく、往々にして、色々な悲しみや憂いを持って、嘘をつく人が多い様に思う。 嘘も一つの芸術だと思う。 嘘を見抜くという行為は、そういう人間の裏と表を見抜くのはひとつの知的なチャレンジだと僕は思う。

日本人やアメリカ人の非常に素直な価値観から比べると、ラオの人は、単に大変な嘘つきだ。 だけど、それを嘘つきと片付けてしまうと、その本質は何も見えないと思うのだ。

僕はよく思うのだけど、ラオ人は、外人に取って鏡の様だ。 ラオ人は田舎から街にでてきて、ひっそりと、それでいながら大挙してやってきて住んでいる。 多くのラオ人でないタイ人や日本人や外国人は、気がつかない内にラオ人と出会っている。

ラオ人は、他者に対して、出来る限り相手に合わせるように自分を演じるクセがある。 タイ人を含む外人は、そういうラオ人を見て、怒ったり、笑ったり、好きになったり、嫌いになったり、怒鳴ったり、無視したり、愛したり、憎んだりと、色々な反応をする。

ラオ人は、何だかパーソナルスキルというかコミュニケーションスキルが卓越していて、みな夢を見せられてしまうのだ。 ところで、僕はそういう不思議な性格を持っているラオ人が好きだけど、村にいるときの素の普段のラオ人が、実は案外普通であることもよく知っている。 落差がかなり激しい。 街にいるラオ人は何か不思議だ。

僕はラオ人が好きだが、それだけでなく、そういうラオ人と出会った外人がどういう対応をするのかを見るのも、好きだ。 ラオ人というのは、コミュニケーションスキルの塊で、子供からおじいちゃんおばあちゃん、おじさん、おばさん、にいちゃん、ねえちゃん、まで、まるで博打場のヤクザの様だ。 僕が「こいつは変な奴だ」「こいつは理解不能だ」と思っている人でも、ラオ人と出会うと、どういう訳かコロッと気持ちを開いてしまう。 僕には真似出来ない様な何か不思議な話術を使う。 そうすると、そんな謎な人間像、極めて鮮やかに描き出されてしまう。

そんなラオ文化は、僕の先生である。

今日また田舎に戻ろうかな、とも思っているのだけど、まだ決めていない。 戻るならネット環境を揃えてから戻ろうかなと思う。 さてどうするかな。

コメント一覧
ezuka   2011年06月18日 08:31
私は嘘つきは嫌いです。
ラオスの人は知らないけど、
タイの人はよく、
適当なその場限りのうそをちょこちょこつくと思う。
怒ってもしょうがないなと思います。

たいてい誤魔化すときで、
冗談の行き過ぎたやつは言わない気がする。

南国の人はみんなそんな感じ!?
 
出展 2011年06月17日13:49 『市内に戻って5日目』