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2011年5月4日水曜日

友達を選ぶ (mixi05-u459989-201105041858)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
友達を選ぶ
2011年05月04日18:58
僕は、タイに来てタイ語を勉強しているのだと思っていたのだが、実際にはそうではなく、タイ語を勉強するという以前の問題として「世間を知る」という作業が存在し、僕は「世間」を勉強しているのかもしれない、と僕は思った。

僕は、中国に行って中国語を勉強した後、以前から勉強していたラオ語の会話力が進歩したことを感じたのだけど、実は一番進歩したのは、この5年間ずっと話し続けているタイ語だったのかもしれない。 この数日間ありとあらゆる人にあって話をした。 日本人もタイ人も居た。 日本語は今までもずっと話せたが、タイ語は今までよりもずっと話せるようになった。 これまでもずっと進歩してきたが、今回もまた大きく進歩していた。 今は、バンコクの人がフルスピードで話している会話の中に入れる。 ここまで来ると、会話力というよりは、話題が合う人も居る話題が合わない人も居るという中で、どういう話題が出せるのかという話術や趣味の話になってくるのではないかと思う。

今まで、僕は「タイ語の発音が悪い」とか「外人は何をいっているかわからない」という事をしばしば言われてきた。 僕も確かに語学力の足りなさを思うところであり、それはきちんと反省しなければいけないところであった。 しかし、実は、外人のせいだけではないという、ところがたくさんあるのではないか。

そういう外人の発音をけなしてばかりいる人の中には、実はイサーン出身の人が居て、この人たちは実はタイ語があまり上手でないという事も思っていた。 この様な人が憂さ晴らしに発音がへたくそな外人をいじめているということは、確かにあった。 しかし、今の僕は、イサーン語が話せるので、こういう人たちとのコミュニケーションはむしろ得意になった。 相手の人がイサーンの人であれば、むしろ逆に、会話に何の支障も生まれない。 僕はイサーン語が上手ではないが、僕がイサーン語を話せば、どんなに発音が悪かろうと、彼らはたちどころに僕の言わんとしている所を理解してくれる。 これももう問題ではない。

しかし、バンコクには、イサーン人でないタイ語がへたくそな人が居る様な気がしてきた。 それは華僑だ。 いつもツンケンして、外人がタイ語を話すと鬱陶しそうに追い払う。 外人が何かを言うと何度の何度も聞き返してきたり、「発音が悪い」とか「何をいっているかわからない」とか文句を言う。 無愛想で可愛げがない。 決して感じの良いタイプではないのだ。

今日も言われた。 何度も何度も聞き返してきたり、しつこく英語を話したり。 僕が泊まっているゲストハウスのオーナーだ。 僕は思ったのだが、そのおばさんのタイ語は、決して正しくない。 雲南の多言語地獄で鍛えられた今の僕は、イサーンの人が話すタイ語や、チェンマイの人が話すタイ語、タイ人が話すタイ語が聞き分けられる。 そのおばさんのタイ語は、かなり訛っている。 RとLも混同しているし、子音の発音が弱くて聞き取り辛い。 思うのだけど、この人も実はタイ語がネイティブではないのだと思う。

イサーン語を話す人がタイ語が苦手といっても、それは発音に訛りが出るという程度の話で、実際にはタイの人も全部ではないにしてもイサーン語を理解できる事も多く、意思疎通に比較的困難はない。 だけど、こういう華僑のおばさんは、ネイティブがタイ語でもイサーン語でもなく、言葉ではイサーン人以上に苦労しているのではないか。



昨日(5月3日)は、ガイドの資格を勉強している、という人が通っている大学まで行ってきた。 そこにバンコクに住んでいる人が何人か来ていて話をした。 ひとりは長らく知り合いの潮州の人だった。 あと一人女の子がいて、恐らく潮州の人だと思う。 もう一人は、チェンマイから来たという。 このチェンマイから来た人が超クセモノで、歴史の話とか言語の話とかを色々するのだけど、僕が知っているチェンマイの人が言うことと全然違うのだ。 日本語が話せると言って僕に色々話しかけるのだけど、彼の日本語は酷い物だった。 発音も悪く非常に言葉遣いが汚い。 僕は彼と話している内に、だんだんと頭が痛くなって来た。 一緒に居たくないと思った。 この人が話すチェンマイの話はバンコクで一般的に考えられているタイの史実だった。 バンコク地方以外の地に住んでいる人なら、タイの人が本当のことを教えていないことなど、重々承知している。 だけどその一般的な説明で終始している。 チェンライ・チェンマイの人が当然知っていて当たり前な、ラオスという国が成立したいきさつも知らなかった。 この人の話し方はちょっと聞き覚えがある感じで、チェンライの人が話すタイ語に似ている。 だけど、この人はチェンライ語と北部のラオ語がそっくりだという事実も知らなかった。 明らかにウソをついている感じで、あまり関わり合いになりたくない感じだった。 しかも、ものすごい超スピードでそういう話しをする。恐らくこのスピードで煙に巻くのが作戦なんだろう。 だけど、こっちは彼の言うことの矛盾点が次々に頭に入ってくるので、気持ち悪くてしかたがない。


友達を待っている間、ぶらっとボーベー市場に行った。 お腹が減ったので、クワイティアオ屋を見つけて入った。 クワイティアオ屋の近所にモスクがあった。 僕もモスクの近所に住んでいた事があるのだが、実際にモスクのそばを通ったことはなかった。 取り敢えずそこで注文した。 25バーツ、大盛30バーツと書いてあった。 イスラムの小さい帽子をかぶった親父が店を切り盛りしていた。 こういう地元の店に入るとよくあることなのだけど、近くで待っていても全然注文を聞いてくれない。 向こうは外人が来ても英語が話せないと思っているし、外人は何だかよくわからない事で大騒ぎする事が多く面倒なので、無視を決め込む。 それはそれで全然構わない。 きちんとタイ語で挨拶してタイ語が話せることをアピールすれば、普通どおりに戻してくれて、きちんと注文を取りにきてくれる様になる。 感じ悪いけど、これはしかたがないことだ。 僕もそれに慣れている。 それはそれで全然構わない。

で、いくら?と聞いたら30バーツと言われた。「何でですか?大盛頼んでないですよ」と言ったら「どうでもいいからよこせ」と言われた。 25バーツ渡したら「ハーウーイ!」と言われた。 罵声の言葉だけど、非常にのんびりした罵声の言葉だ。 余談だけどハーウーイって言う言葉を使うのはイサーン人だけなので、この瞬間、この人がイサーン人であることを確信した。 「だって、ルークチンだって2個しか入ってなかったし(僕もチェックが細かいが)大盛じゃなかったですよ!」 って言って立ち去ろうとした。 だけど5バーツは渡してきた。「持って帰れこの野郎」と言われた。 本当に悪い人だと絶対そういう事言わないと思う。 根はそんなに悪い人じゃないのだと思う。 「いらねぇよ」と言ってさった。

つまり、要するに、バンコクに居ると、会う人会う人嘘つきだらけだ、ということだ。 何が問題なのかというと、ウソをつかれたときに、どうやって事を荒立てずにやり過ごすのか、ということだ。 ここで上記の様にすべてを受けてたってしまうと、ケンカだらけになってしまう。 ましてや僕はどうみてもタイ語が話せる様には見えない。僕を見て、よもやイサーン語も話せるなどということは、夢にも思わないと思う。 そうでなくても嘘つきが多いのに、更に多くの嘘つきを招き寄せてしまう。 こういうウソを荒立てない様に、上手にかわすテクを身につけなければいけない。 上手にウソで返せる様にならなければ、生活できない。

だけど、外国に居るということは、そういう事なのだと思う。 ルアンパバーンに居るとき、カナダの人と話して思った。この人は正直な人だったが、ヨーロッパ各地の人と仕事をするときの心証の話をしていた。 どこの国の人はどれくらい信じられる、どの国の人はどれくらい友達になれる、という様な話を延々としていた。 この世の中、ウソ付きしかいない。 そういう中でどうやって取引きをして、どうやって仕事をするのか。 トラブルを防ぐ為、ウソつき相手に、どうやってウソをつき返すのか。

上記のガイドの人も大分ウソを言っていたが、こういうウソをどれくらいの精度で見抜けるか、そのウソにどれくらいのウソを突き返せるのか、というのは、ある種の運動神経が求められる事でもあり、難しいことだ。 こういう事を真に受けていちいちケンカになっていたら、キリがない。



(取り敢えず続く)

全然書き足りないのだけど、今、大体そういうことを思っている。
これからどうしようか。 シンガポールに行くか、コンケンに行くか...。
サタバンモーラムを知った話もまだ書いてない。
電話が壊れてしまって、中国の友達の連絡先が全部消えてしまったことも書いてない。


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出展 2011年05月04日18:58 『友達を選ぶ』