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2011年4月8日金曜日

ステレオタイプは悪か (mixi05-u459989-201104081843)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
ステレオタイプは悪か
2011年04月08日18:43
僕はいつも日本人を細かく分けて見ようとするのだが、これをステレオタイプ的で正しくない姿勢だ、と批判する人が居る。 しかし、ステレオタイプ的な見方をする事が悪いことだ、という考え方は間違っている。ステレオタイプ的である事は、異文化理解のもっとも基礎であって、必要な事である。 何故僕はそう考えるに至ったのか、以下で述べてみたいと思う。

■ ステレオタイプのクオリティー

僕はいつも日本人を細かく分けて見ようとする。この人は関東人か関西人か。 関東人でも関東生まれか東北生まれか。 関西人は人を見るが、関東人は人を見ない、等、僕はしばしば発言する。 しかし何事にも例外というものは存在する。

何かの紋切り型を当てはめて考えたとき、必ず例外は存在する。 例えば関東人・関西人というくくりで見て「関東人は人を見ない、関西人は人を見る」ということを述べた時、必ず、関東人にも人を見る人は居るし、関西人にも人を見ない人は居る。

「関東人は人を見ない、関西人は人を見る」という供述は、飽くまでも確率の話であり「そういう傾向がある」という事を述べているだけで、全員がそうだということを意味するわけではない。 これは、ある特徴の存在と、もう一つ別な特徴の存在が、同時に現れる確率は高い、という事を述べている。 つまり、ある特徴を見つけたならば、関連するもう一つの特徴を持っている確立が高いであろう、という予測の可能性を指摘している。

しかしステレオタイプには質の高低がある。 質の低いステレオタイプが危険であるという事に関しては、僕も異論がない。 問題は、違いを見抜く観察力の問題なのだと思う。

僕は日本人と話していて「タイ人は頭が悪い」という発言をしばしば耳にする。しかし、日本人が言っているタイ人は、多くの場合本当にタイ人でないことが多い。 タイは多民族国家なので、顔は同じようでも中はたくさんの民族でわかれている。 この民族の違いに対する感受性が高くなると、「タイ人は頭が悪い」と言ったときの、タイ人は実はタイ人でないことに徐々に気がつくようになる。

「頭が悪い」という意味が「論理的でなく、手順や計画性に合理性が欠ける」と言う意味だとするならば、タイ人は多くの場合、非常に論理的で手順や計画性が高い周到な人が多いので「タイ人は頭が悪い」という記述は正しくないと結論づけられる。 もしも日本人が言うタイ人が、タイの東北に住むラオ系住民の事を指しているならば、「論理的でなく、手順や計画性に合理性が欠ける」という記述の多くは当たっている。

この様な高度なステレオタイプを駆使するためには、タイに住む人でラオ人とタイ人を見分ける程の、高い観察力が必要だ。 一目瞭然で判定がつく非常にわかりやすい人もいるが、多くの場合はそうではない。 その様な場合は、顔、仕草、髪型、好み、話し方、アクセントなどから統合的に判別する。 この様な人間観察は、タイで人間関係を作り上げる上でとても大切で、タイに住む人であれば誰でも当然の様にこなしている。

ステレオタイプには質の高低がある。 前述の「タイ人は頭が悪い」と言うステレオタイプには、間違っているだけでなく、観察力が研ぎ澄まされておらず違いを見抜く能力に欠けた鈍感さが含まれている。 研ぎ澄まされたステレオタイプは、物事の本質を言い当てる。


■ ステレオタイプの適応範囲

また、多くの場合、ステレオタイプには適応できる範囲がある。

例えば、関東人と比べたとき、関西人はほぼ同じ特徴を持っている。 しかし関西人の特徴を述べると、京都の人はしばしば異論を唱える。 関東人と比べた時に於いては、大阪人も京都人も同じ特徴を兼ね備えており同じと言って差し支えないが、関西の中で比較した場合、大阪人と京都人には看過できない大きな違いがあるからだ。

もしもタイ人を日本人と比べたら、タイ人は多かれ少なかれ日本人程の計画性はない。 日本人であれば、そこら辺に転がっている酔っ払いを捕まえて話を聞いても、実は人知れず家計簿をつけていたり、お金を持っていない様で居ながらこっそりと貯金をしていたりすることがある。 タイでは、さすがにこういう人は全く居ないだろう。


ラオのルアンパバーンとビエンチャンは大きく違う。 これは関西でも大阪と京都が違うのと同じ様に、イギリス人でもマンチェスターとアイリッシュが違う様に、全く違う。 逆に、ラオの人をイギリス人の人と比べれば、イギリスの人にとってラオの人はみな同じ特徴を持っていると言って差し支えがないだろうし、イギリス人をラオの人と比べれば、ラオ人に取ってイギリス人はみな同じ特徴を持っていると言って差し支えがないだろう。

中国人と日本人と朝鮮人は、みな全く違うが、西洋人と比較した場合は、みな同じ特徴を持っていると言って差し支えがない。

中国人の中で比べれば、雲南人と、上海人には、大変な違いがあるが、日本人と比較したら雲南人と上海人は、みな同じ特徴を持っていると言って差し支えない。 日本人の中で比較すれば、関西人と関東人は違うが、中国人と比較すれば、日本人は同じ特徴を持っていると言って差し支えない。

ステレオタイプというのは粒度の問題とも言える。 如何にして違いを見抜き、その特徴を見抜くのかという問題であり、ステレオタイプという考え方自体に問題がある訳ではない。 このステレオタイプの適応範囲を状況に合わせて、適宜変えていく事は大切だ。



■ ステレオタイプの価値観

前述のステレオタイプの適応範囲に加え、ステレオタイプにはもうひとつの要素として、価値観の違いも加わる。 「ラオ人が論理的でない」と言う意見を見たとき、感情的になって「ステレオタイプ的で正しくない」という反論をする人も居るかもしれない。 それは、その反論をする人が「論理的であることこそ素晴らしいことだ」という価値観を持っているからに他ならない。 実は、ラオ人は論理的である事は良くないことだという価値観を持っている。 ラオ人は論理的であることよりも、気持ちの平穏を大切にする。 論理的であることにより気持ちの平穏を乱すのであれば、論理的であることは間違ったことだと考える。 彼らにとってみれば、論理的で、計画を遂行する事に集中し、時間に厳密で、いつもキリキリと感情的で騒々しい人は、子供の様に精神性の低い人とみなされる。つまり、ラオ人はひとつの事実として論理的でない。


■ ステレオタイプの必要性

ステレオタイプは必要なことだ。 僕が今学んでいるラオ語には、たくさんの方言が存在するのだが、ステレオタイプは良くないということで、ラオ人はみな同じであると仮定して話しをすると、大変な失礼を生み出してしまうことがある。

ラオのそれぞれの街には(それぞれの村には)、それぞれ異なった文化や、風習、方言が存在する。 外国人と比べてみれば、その違いは微々たるものかもしれないが、彼らにとっては大変な違いである。

例えば、外人がラオ語を勉強するのであれば、一般的なラオス語を勉強する以外に方法がない。 ラオ語はタイ東北イサーン地方でも話されているし、ビエンチャンでも話されている。 だから外人は、どの地方でラオ語を勉強しても、同じラオ語を勉強できる、とみなすことが出来る。 しかし、僕がルアンパバーンに居る時「イサーン地方でラオ語を勉強した」と発言すると、ムッとする人は少なくない。 「ルアンパバーンとイサーンを一緒にするな」という意味である。

クオリティーの高いステレオタイプは、必要なものですらある。 見掛け上全く同じに見えても、中身が違うということはしばしばある。 これらを同じと仮定して扱うと、大きな問題を生む。

タイの中に居るラオ人は、見掛け上全く違いがないが、全く違う文化を持っている。 違う文化を持つ人々を同じとして扱おうとすると、同じとして扱われた人々は大変なストレスを受けるものだ。 違いが見抜けない外部の者は、自分たちが気がつかないうちに、大変なストレスを相手に与えているかもしれない。

      ◇

同じであると前提するのではなく、相手と自分が違うことを認め、自分を説明し、違いを認め合って、相手を尊重して、付き合っていくべきではなかろうか。



====

ちなみに、僕は上の反日プロパガンダの絵が結構好きだ。 なかなかよく日本人の特徴を捉えていると思う。 問題はステレオタイプではなくて、意図的に偏った演出による扇動的なメッセージだ。


コメント一覧
nhat   2011年04月08日 20:09
>中国人の中で比べれば、雲南人と、上海人には、大変な違いがあるが、日本人と比較したら雲南人と上海人は、みな同じ特徴を持っていると言って差し支えない。

(北京人、河南人などの)中国北方人と (福建、広東などの)中国南方人の違いはどうですか?

『中国人』の中で比べて 中国北方人と中国南方人に大変な違いがあるだけではなく、タイ人やラオス人やベトナム人と比較しても 、中国南方人とタイ人とラオス人とベトナム人が同じ特徴をもち、中国北方人だけが他とは違うんじゃないですか?
おかあつ   2011年04月08日 20:32
完全な部外者である僕等から見たら、その通りだと思います。

しかし、タイ人にしたら、みんな中国人でしょう。 見分けもつかないでしょうし、それを責めても始まりません。 中国に居るとき、僕も北部の中国人が南部の中国人といかに違うのか、タイの友達に力説したことがありますが、わかってくれません。

(僕等にしてみると、中国東北の人はむしろ日本の人の方に似ているので、その違いに敏感なのだと思いますが、タイの人は中国東北の人を見たことがないので、ポカンとしてます。 タイの人は東北部の人はテレビでしか見たことがありません。 彼らにしてみれば、中国語を話す人はみんな中国人です。)
nhat   2011年04月08日 20:43
>彼らにしてみれば、中国語を話す人はみんな中国人です

そもそも 福建人や広東人は中国語を話していません。 ビン南語やビン東語や客家語や広東語などを話しています。

タイ人には中国語と広東語とビン南語の区別がつかないということなのでしょうが、逆に中国北方人はビン南語と広東語とベトナム語とタイ語の区別がつかないと思います(たぶん日本人も区別つかない)。
nhat   2011年04月08日 20:54
>彼らにしてみれば、中国語を話す人はみんな中国人です

ああ、これは 文脈をみると 中国東北人のことをさしていますね

たしかに中国東北人は中国語を話しています。
おかあつ   2011年04月08日 21:01
僕が中国語というときは、漢字と発音が1:1で結びつく言葉の事で、広東語と北京語を含みます。そして恐らく、華僑を除くタイ人は広東語と北京語が違う言葉だって知らないと思います。

(ところで、タイで「中国人ですか?」とか「ラオ人ですか?」って聞くのは、結構タブーです。 結構、怒られる事あります。 その背景には広東語は北京語と違う、とか、ラオ語はタイ語と違う、とかそういう事があるのだと思います。 どちらも区別がついてないから仲が悪いんでしょうね。きっと。)





... いや、でもそうか、nhatさんが言うのは、広東の人は、広東語を中国語とみなされる事を好まない、ということが趣旨なのか。 それは、確かにありえる。 広州で普通語話すと結構煙たい雰囲気あったものな、なるほど、そういうことかもしれないな。
ヂャガー   2011年04月08日 21:03
商売でも同じような事が言えますよね。例えば、「高級食材の配達屋」というのを立ち上げて、チラシを配る場合、フリーターがたくさん住んでる場所よりも高級住宅街に配る方が効果的ですよね。こういう場合「フリーターの中にも金持ちはいる」とか「金持ちにもケチな奴はいる」という論理は、結果を生むという行為に関してはメリットよりもデメリットが大きい。社畜大国日本では「仕事」に例えるとなかなか理解しやすいようなそうでもないような・・・つまりは些細なロスを気にするあまり、大きな視野で物事を見れないという事でしょうか。まあでも「大切なもの」「重要なこと」というモノの主語が他人ではなく自分になってる場合、理解させるのはなかなか難しい問題でもある気がします。それができないから、もしくはしようとしないから人間は面白いんですけどね(笑)
おかあつ   2011年04月08日 21:15
そうですね。 マクロ的に人を見るときと、ミクロ的に見るときと、違いますよね。 現に今まさに、誰か会っている時に、その人に「お前は○○だから」っていう話を持ちかけるのは、失礼で間違っていると思います。 人とあっている時は、その人を見るべきです。 とはいえ、チラシを配るのであれば、個人個人を見ている訳ではないですものね。

個人を見るのは、大切だと思う半面、僕が思うのは、不特定多数の人と付き合う方法になれてないタイプの人が居る、という事です。 不特定多数の人と付き合う時は、きちんと自己紹介もして、自分の思いを言葉で伝えて、という話のしかたをしなければいけないと思うのです。 しかし、それが出来ないタイプの人が居る。 そういう人とあった時、その人がそういうタイプである事を見抜いた上で、特定多数の人と付き合う方法(空気を読む人間関係)に変えないと、ケンカになるような気がするのです。

空気を読む人間関係には、相手が言わなくても察する洞察力が必要で、つまりは前提知識が必要です。 すべての人に関して前提知識を持つのは不可能です。 だからこそ、自己紹介をして、自分の思いを言葉に置き換える不特定多数のコミュニケーション方法が大切なのだと思います。 しかし、不特定多数のコミュニケーション方法が苦手、または嫌いな人が居る以上、空気を読む特定多数のコミュニケーション方法は捨てられない様な気がします。


nhat   2011年04月08日 21:58
>僕が中国語というときは、漢字と発音が1:1で結びつく言葉の事で、広東語と北京語を含みます。

それって 「タイ語はクメール語と文字が同系統だから タイ語はクメール語の方言だ」とか「日本語と中国語はどちらも漢字を使うので 同系の言語である」とかいうようなもんじゃないですか?

広東語には中国語(北京語)や古代漢語とは系統が違う単語もたくさんあって、その単語にもともと漢字がないから 漢字から字の一部分を取り出して その音と意味を組み合わせて作った日本の『国字』のような文字もたくさんありますよ。ビン南語やベトナム語にもあります。ベトナム語ではチュノムといいます。たしか タイ系言語であるチワン語にもあったとおもいます。

「広東語も中国語だ」といえるなら、タイ語も たとえば 『ご飯を食べる』 の 『キンカーオ』 を『キン』は『口偏に金』,『カーオ』は『米偏に考』などと書いて『タイ製漢字』を作ってしまえば 「タイ語は中国語の方言である」とか「タイ語も中国語の一種である」とか言えることになってしまいますね.
おかあつ   2011年04月08日 22:03
>「日本語と中国語はどちらも漢字を使うので 同系の言語である」とかいうようなもんじゃないですか?

違う。 日本語は、中国語と違って発音と文字が1:1で結びつかない。

>「広東語も中国語だ」といえるなら、タイ語も たとえば 『ご飯を食べる』 の 『キンカーオ』 を『キン』は『口偏に金』,『カーオ』は『米偏に考』などと書いて『タイ製漢字』を作ってしまえば 「タイ語は中国語の方言である」とか「タイ語も中国語の一種である」とか言えることになってしまいますね.

ならない。 何故なら、それをやっている人がいないから。
おかあつ   2011年04月08日 22:06
でも、そういいたくなる気持ちはわかる。 僕も前はダイヤイ語とかダイルー語を見るまでは、ラオ語とタイ語は違う言葉だって思っていたからな…。 確かに違う言葉だけど、大きく見れば、みんな同じダイガダイ語の一種だよね。

また、今ラオ語が話せる状態になってタイ語を見てみると、やっぱり「関西弁と関東弁」見たいな感じで、言い方はずいぶん違うけど、聞けば意味わかるしな。
おかあつ   2011年04月08日 22:08
普通話の先生に、ベトナム語は漢字でも表記出来るって聞いたことがある。 だからベトナム語は中国語の方言と言えると思う。(こういう事言うとまた怒られそうだけど)
nhat   2011年04月08日 22:15
>いや、でもそうか、nhatさんが言うのは、広東の人は、広東語を中国語とみなされる事を好まない、ということが趣旨なのか。

広東人はどうかは知りませんが、福建南部人は ぼくがビン南語を話すと「Oo!Li e-hiau kong Ban-lam-oe!(おお!きみはビン南語が話せるんだね!)」とビン南語で言って、しばらくビン南語で話して、それから 中国語(北京語)で「你也会説中国話吗?(きみは中国語も話せるの?)」ときいてきました。
ビン南語で「Li e-hiau kong Ban-lam-oe. An-ne,Tiong-kok-oe leh? Li e-hiau kong Tiong-kok-oe be?(きみはビン南語は話せるみたいだけど 中国語は話せるの?)」ときいてきた人もいます。

つまり 彼ら福建南部人は「ビン南語は中国語に含まれない」と思っているということです。
おかあつ   2011年04月08日 22:23
ただその言葉を話す為には、その違いに敏感になり、同じ言葉ではないっていう感覚に執着する必要がある。 だから、広東語は北京語の方言ではないっていう見解に執着する必要がある。 僕はだから、nhatさんの言うことを、恐らく否定していないと思う。

これは適用範囲の違う話だと思う。(すごく難しい事を言っていると思うけど)この適用範囲を切り換える感覚は大切だと思う。

僕はイサーン語を勉強している時、ビエンチャンの大学でラオ語を勉強したいと言ったら、みんなが寄ってたかって「ビエンチャン語とイサーン語は違うんだ、行く必要ない」って言われて本当にうんざりした。

ビエンチャン語とイサーン語が同じでないのはわかっているけど、当然イサーン語の大学なんてないし、イサーン語の教科書もない。 だから勉強の方法がない。 イサーン語に近い言葉を勉強して、そこから違いを知っていく以外に勉強の方法がない。 イサーン語はビエンチャン語の方言だ、という立場に立脚しなければ、学習の方法がない。 この点から言えば、イサーン語もビエンチャン語も同じラオ語だ。

だけど、イサーン語を話す段階になったら、イサーン語とビエンチャン語は違うという視点に執着する必要がある。 実際、話す段になると全く違うと言ってよい。

これと同じことを、ラオ語とタイ語で考えてみる。タイ語が話せるようになったら、ラオ語が話せる様になるか。 ある程度はそうだと言えると思う。 実際、ラオ語を勉強方法は、極めて限られているので、まず最初にタイ語を勉強するという以外に方法がないのが実状だ。

だけど、タイ語とラオ語は全然違う言葉なのだ、という感覚に執着しきれずに止まっている人がほとんどだ。

nhat   2011年04月08日 22:26
>ならない。 何故なら、それをやっている人がいないから。

では 実際にそれをやってるダイガダイ語の一種、チワン語についてはどう考えますか? 中国語の方言といえますか?

おかあつ   2011年04月08日 22:38
> 広東人はどうかは知りませんが、福建南部人は ぼくがビン南語を話すと「Oo!Li e-hiau kong Ban-lam-oe!(おお!きみはビン南語が話せるんだね!)」とビン南語で言って、しばらくビン南語で話して、それから 中国語(北京語)で「你也会説中国話吗?(きみは中国語も話せるの?)」ときいてきました。


そうなのか … ビン南語は漢字と1:1で結びつかないんだ。 広東語と違うんだね。



道理で広州に普通語が話せない人が多い訳だ…。 そういえば汽車に乗っている時にあった女の子が、そうだったっけ。 一応普通語も話せるのだけど、発音にすごくクセがあってあまり上手じゃなかった。 その子は、龙川站で下りて行った。 福建省南部に家があるっていっていたと思う。

おかあつ   2011年04月08日 22:39
> では 実際にそれをやってるダイガダイ語の一種、チワン語についてはどう考えますか? 中国語の方言といえますか?

絶対それを言うと思っていたけど、見たことがないから知らない。 でもそれって「名古屋は関西か関東か」っていうのと同じくらいナンセンスな討論だとは思う。
nhat   2011年04月08日 23:18
>僕も前はダイヤイ語とかダイルー語を見るまでは、ラオ語とタイ語は違う言葉だって思っていたからな…。 確かに違う言葉だけど、大きく見れば、みんな同じダイガダイ語の一種だよね。

ラオ語とタイ語の違いは台湾語と潮州語の違いぐらいだと思いますよ。
それに対して北京語と台湾語と広東語の違いはタイ語とクメール語とベトナム語の違いに匹敵すると思います。

>これと同じことを、ラオ語とタイ語で考えてみる。タイ語が話せるようになったら、ラオ語が話せる様になるか。 ある程度はそうだと言えると思う。

北京語を話せるようになっても 広東語を少しも話せるようになりませんよ。


漢字と発音が1:1で結びつく言葉は中国語の方言だなんて強引すぎるんじゃないですか?
中国語しかできない人が言うならともかく、おかあつしさんはラオ語やタイ語もできるのに。

ビン南語、ベトナム語(たぶん広東語も)は、単語でもタイ系言語と同系の単語も多く、文法や発音体系でも北京語よりもむしろタイ語に似ているのに、文字だけ漢字で書けるから 「中国語の一種だ」というのは 言語の本質を見てないような気がします。
「タイ語とクメール語はインド系の文字を使っているからインド諸語の一種で、ベトナム語はローマ字を使っているから英語と同系の言語だ。」と言うようなもんですよ。

『言語系統』と『文字系統』は別の問題ですよ.


>これは適用範囲の違う話だと思う。(すごく難しい事を言っていると思うけど)この適用範囲を切り換える感覚は大切だと思う。

「タイ語もラオ語もベトナム語も広東語も台湾語もみな北京語に似てる言葉だ。日本語だけが違う。」と言うなら 日本語以外は 単音説の単語が多く、孤立語で、声調言語であるので、そういえるかもしれません。
また 「タイ語,ラオ語,,ベトナム語,広東語,台湾語は似てるが 北京語だけは 違う。」 というのも ありだと思います。

でも 「北京語、広東語、ベトナム語は中国語の方言といえるが タイ語やラオ語は違う。」と言うのは 言語系統と文字系統を混同しているように見えます。
nhat   2011年04月08日 23:33
>そうなのか … ビン南語は漢字と1:1で結びつかないんだ。 広東語と違うんだね。

いや、ビン南語の中の漢語系ではない単語も 広東語と同じように 漢字をもとにして作った文字があるんですが、広東語よりも普及率が低く 正書法も定まっていなく 人により書き方がバラバラなのです。
ベトナム語のチュノムはもっと普及率が低いです(ローマ字が正書法になってるから当たり前ですけど)。チュノムも書き方が人によりバラバラです.
nhat   2011年04月08日 23:38
>絶対それを言うと思っていたけど

読まれたか(笑)
nhat   2011年04月08日 23:53
>でもそれって「名古屋は関西か関東か」っていうのと同じくらいナンセンスな討論だとは思う。

まあ いいじゃないですか。ナンセンスな討論を楽しみましょうよ。(今日は疲れたので明日以降また)

「ビン南語やベトナム語や広東語が北京語と同じく漢字と1:1で結びつくか、それとも日本語と同じく漢字と1:1で結びつかないか?」ということだってナンセンスな討論なんじゃないですか?

そもそも「漢字と1:1で結びつく」の定義だってむずかしいんじゃないですか?
ヂャガー   2011年04月08日 23:58
日本語と沖縄弁と落ち目の関西弁しか話せない人間なので、おかあつしさんとnhatさんの白熱した言語論争に介入できませんが、自分もnhatさん同様「漢字と1:1で結びつくの定義」ってどういうものなのか、日本人として気になりました。
おかあつ   2011年04月09日 00:57
> 北京語を話せるようになっても 広東語を少しも話せるようになりませんよ。

これは違うと思う。 僕等は漢字が読めるからそう思うと思うけど、漢字が読めない人もいて、彼らは北京語が話せるようになれば、広東語は非常に学習が容易な状態になる筈だよね。 どちらも漢字の文化を根源にしていると言う点で大きな共通点があるよね。


おかあつ   2011年04月09日 05:31
> 彼らは北京語が話せるようになれば、広東語は非常に学習が容易な状態になる筈だよね。

漢字を勉強する事が広東語を勉強する事に何ら影響を与えない、漢字を勉強しても広東語を一切話せる様にはならないなら、広東語は北京語と違う言語と言えるのではないか。

ある説で、北京語と広東語は、英語と独語くらいは違う、という説を聞いたことがある。 どちらも同じ文字、同じ言語だけど、英語がドイツ語の方言って言ったらちょっと違和感ある。 一方英語を知っていれば、ドイツ語を勉強するのは容易いし、逆もまた然りだ。 近い言語であって、同じ語族ではあるよね。
おかあつ   2011年04月09日 05:48
広東語の数字の読み方がタイ語の数字と同じだということぐらいは僕も知っている。 もし数字の読み方が同じだったら方言の関係だ、というならば、日本語とチベット語は方言の関係なのだろうか。 チベット語と日本語は、数字の読み方は同じだけど、恐らく文法もかなり違うし語順も違うだろう。(調べたことはないけど。)

広東語がタイ語と似ていると言っても恐らく語順は同じではないのではないか。 北京語は形容詞が前につくことが多いけど、タイ語は必ず形容詞が後ろにくる。 関係代名詞が作る文の位置も中国語とは完璧に逆になる。 広東語はそこまで同じだろうか。

そこまで同じだったら、広東語は中国語でなくてタイ語に近いと言えると思う。

くどい様だけど、あまり聞いてくれていないのでもう一度書くけど、これは飽くまで全体像の話であって、実際に話す段になって「広東語は北京語の方言だ」と考えるのは間違っている。 北京語と広東語は、違う言語だ。 広東語は北京語は同じ中国語だという話とは、全く適用範囲が違う話だ。

独語を勉強したら、英語の勉強は容易いし、英語を勉強したら、独語の勉強は容易い。 だからといって、独語と英語が同じ言葉だと考えていたら、絶対に通じない。これも、全く適用範囲が違う話だ。

中国国内にいるというだけで、言語的に全く違う言葉を話している人がたくさんいるのはよく知っているし、この人たちまで「中国人だ」と思っている訳ではない。 明らかな例でいけば、朝鮮族みたいに、朝鮮人だけど便宜上中国人の人もいる。

漢字だけみると、日本語は中国語の方言だとも言える。 中国語のある種類の方言の漢字の読み方と、日本の音読みはとても似ている事がある。

僕の私見だけど、いわゆる中国人っていうのは北京人のことなのではないかと思う。 その見方からすると、北京人以外は中国人では実はない、とも言えると思う。

話を戻すと、僕が話している事の趣旨は、カテゴライズのレベルによって、答えが変わるという面白さであって、広東語が中国語であるかないか、では実はない。
おかあつ   2011年04月09日 06:09
広東語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E6%9D%B1%E8%AA%9E

韻母の体系にタイ語やチワン語などと共通する特徴がみられ、古中国語の語彙が残存している比率が他の方言よりも高いため、もともとはタイ語系の基層の上に、古中国語がかぶさってできたクレオール言語であったと考えられる。音韻的にも入声や鼻音韻尾を有し、白文異読が少ないなど、中古音との整合性が高い。

統語論的には、オーストロ・アジア語族の言語と同じように、修飾辞が被修飾辞の後ろに付く単語(「鷄公」、「椰青」、「豆腐潤」など)が少なくないこと、二重目的語の順序が異なること、数詞を伴わない量詞(類別詞)で名詞を限定するなど、他の中国語の方言と異なる部分がある。(なお、前記の逆修飾は古中国語でも見られる。「舜帝」→「帝舜」など。)

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ちょっと見た感じだけど、確かに広東語は、北京語よりタイ語の影響が強いけど、北京語よりタイ語の方が近いって言われると、相当強い違和感あるな…。 ダイルー語やダイヤイ語みたいに文法は完璧にタイ語と同じという訳じゃないものな。

何度も言う様だけど、実際にその言葉を話す段と、全体を俯瞰する段では、カテゴリーの適用範囲が全く違う。 実際に話す段になれば、北京語と似ているという事はもとより、タイ語と似ているという感覚も捨てる必要がある。 広東語は広東語だ。

おかあつ   2011年04月09日 06:14
しかし言語の勉強ってキリがない。 これを気に広東語でも勉強してみるか、とか言って数年後に話せるようになったとすると、僕が喋れる言語は7つ目に入る。 ジジくさい事をいうかもしれないが、人生短い。 そんなにたくさんの言語ばかり勉強できない。 さすがに7つは多すぎる。 話せる言語を絞って、レベルの向上を目指すことも大切だ。

おかあつ   2011年04月09日 06:43
nhat さんの意見はどことなく、反北京の匂いがする。 中国に住む多くの人に取っては、日本軍も北京軍も大差ないのではないか。 今だって、国中を全部北京式に変えちゃって、その地元にあった昔ながらの文化は全てぶち壊されている。だからみんな「北京と同じなのだ」という意見に反感を持っているのではないか。


何度も言うけど、それとこれは別!
おかあつ   2011年04月09日 07:16
僕は正直に言って、あまり大局的な視点に興味がないのね。 だから、北京語と広東語が似ているか、似ていないかについて、実は全く興味がない。 北京語と広東語の類似についてこんなに時間をかけて反論するのは、不本意なのね。

ただ、広東語とタイ語の方が、北京語より近いと言われると、それは明らかに正しくない、とは思う。 確かに、タイ語は広東語と似ているところはあるが、タイ語とは全然違う。 もしそうなら、一切漢字を勉強することなく、タイ語を勉強すれば、広東語も話せるようになる。 広東語を勉強する為に、まず下地としてタイ語を勉強する人はいない。一方、広東語を勉強する下地として、標準の北京語を勉強する人はいるだろう。


一方、会話する上での心情については全く別の話だ。 広東語を話す人に「北京語と同じようなものですよね」って言ったら、間違いなく激怒されると思う。 北京語とはまったく違う言葉なのだ、という立場に立脚するところから全ては始まる。

その言葉が持つ、人情味や、歴史背景、心情に理解を示すことはものすごく大切だ。 だから当然、広東語は独自の文化と歴史を持つ言葉であり、北京語とは全く違う言葉だという理論は、広東語は中国語であるという視点と、矛盾なく同時に成り立つ。


何度も何度も言うけど、会話上の問題と、学習上の問題は、別!
おかあつ   2011年04月09日 07:54
> ちょっと見た感じだけど、確かに広東語は、北京語よりタイ語の影響が強いけど、北京語よりタイ語の方が近いって言われると、相当強い違和感あるな…。 ダイルー語やダイヤイ語みたいに文法は完璧にタイ語と同じという訳じゃないものな。

誤解されそうなので、書き直しておく。

ちょっと見た感じだけど、確かに広東語は、北京語が受けているタイ語の影響よりも、ずっと強いタイ語の影響を受けているけど、広東語は北京語よりもタイ語の方が近い言語だと言われると、相当強い違和感ある。 広東語は、ダイルー語やダイヤイ語みたいに文法が完璧にタイ語と同じという訳じゃない。 一方広東語は、北京語の文法と基本的に一致している。

僕もいろいろな地域の人が広東語はタイ語と似ているっていう話を聞いたことがあるけど、それは飽くまでも他の地域の言葉よりはという話であって、北京語よりもタイ語の方が似ていると言われると、到底同意できない。
nhat   2011年04月10日 00:28
>あまり聞いてくれていないのでもう一度書くけど、これは飽くまで全体像の話であって、実際に話す段になって「広東語は北京語の方言だ」と考えるのは間違っている。 北京語と広東語は、違う言語だ。 広東語は北京語は同じ中国語だという話とは、全く適用範囲が違う話だ。
>何度も何度も言うけど、会話上の問題と、学習上の問題は、別!

ちゃんと読んでます。意味わかります。

ただ、ぼくが言いたいのは 小さな適用範囲の中だけでなく、大きな適用範囲で見てもやはり 広東語やベトナム語や台湾語などの南方諸語と北京語は違うと思う ということです。


>これは違うと思う。 僕等は漢字が読めるからそう思うと思うけど、漢字が読めない人もいて、彼らは北京語が話せるようになれば、広東語は非常に学習が容易な状態になる筈だよね。 どちらも漢字の文化を根源にしていると言う点で大きな共通点があるよね。

それを言ったら サンスクリットを勉強したらタイ語やクメール語の学習が容易になるんじゃないですか?
でもタイ語やクメール語はインドアーリア系の言語ではないですよね?

たしかに広東語やベトナム語やビン南語(や日本語)は専門用語、教養語彙に漢語系語彙が大部分を占めますが、基礎語彙を見ると 漢語系ではない単語がたくさんあります。とても中国語とは言えませんよ。タイ語やクメール語がインドアーリア系の言語だとは言えないのと同じです。

>一方広東語は、北京語の文法と基本的に一致している。

広東語の比較構文をご存知ですか?
たとえば「彼女は花よりも美しい」は、北京語では「彼女 - - 比 - - 花 - - 美しい」の語順ですが、広東語では「彼女 - - 美しい - - 過(gwo) - - 花 」という形です。 語順がタイ語と同じで さらに 『過(gwo)』という発音もタイ語系の言葉のそれにそっくりです。ちなみにベトナム語も「彼女 - - 美しい - - hon - - 花 」といい、広東語やタイ語と語順が同じです。
nhat   2011年04月10日 00:52
ちなみに ベトナム語の文法はタイ語と とてもよく似てますよ。完全に同じではないですけど、少なくとも 中国語とよりは タイ語とのほうに似てるでしょう。

形容詞は修飾される名詞の後に来ますし、関係代名詞のような文も 先に修飾される名詞がきて 修飾する文は後にきます。
nhat   2011年04月10日 00:58
ところで「漢字と1:1で結びつくの定義」ですが、もしかして、日本語の漢字は音読みの呉音と漢音 そして 訓読み のように一つの漢字で3種類読み方があったりするが、 北京語や広東語は一つの漢字に1種類しか読み方がない という意味ですか?
おかあつ   2011年04月10日 02:35
ということは、アジアの言語は全部タイ語に似ていて、北京語には一切似ていないのだろうか。

> それを言ったら サンスクリットを勉強したらタイ語やクメール語の学習が容易になるんじゃないですか?でもタイ語やクメール語はインドアーリア系の言語ではないですよね?

そういう感情的な反論のしかたは、褒められたものじゃないと思うよ。


>北京語や広東語は一つの漢字に1種類しか読み方がない という意味ですか?

それに「そうだ」というと、絶対に同字異音の文字の話が出てくると思うけど、便宜上「1:1」と言っただけで、あまり厳密な意味で言っている訳でないので、この意見は取り下げておく。 (だけど、nhatさんが、これから言おうとしていること自体、かなり北京語の知識を前庭としているよね。)

もうこれ以上、反論しない。
nhat   2011年04月10日 20:07
>ということは、アジアの言語は全部タイ語に似ていて、北京語には一切似ていないのだろうか。

いえ、広東語やビン南語などの華南諸語とベトナム語について言ってるだけで それ以外のアジアの言語については言ってません。

また華南諸語については、 タイ語と北京語のの中間よりややタイ語より ぐらいだと思っていて 、「北京語には一切似ていない」などとは言ってません。
ベトナム語については 華南諸語よりもう少しタイ語よりだと思いますが それでも 「北京語には一切似ていない」とまでは思いません。

>そういう感情的な反論のしかたは、褒められたものじゃないと思うよ。

たしかに、広東語やベトナム語と北京語の差は タイ語やクメール語とサンスクリットの差と比べれば たぶん小さいでしょう。少し大げさなたとえだったかもしれません。

しかし ぼくが言いたいのは 広東語やベトナム語(や台湾語)が漢語系の単語で埋め尽くされているのは専門用語、教養語彙についてであり、 広東語やベトナム語(や台湾語)の基礎語彙については 漢語系ではない語彙が多い、つまり 基礎語彙には北京語や古代漢語を学んでも応用できない語彙が多い と言うことです。

タイ語やクメール語とサンスクリットのたとえは たしかに 少し大げさかもしれませんが けっして感情的になって よく考えずに 言ってるわけではありません。
nhat   2011年04月10日 21:03
>それに「そうだ」というと、絶対に同字異音の文字の話が出てくると思うけど、便宜上「1:1」と言っただけで、あまり厳密な意味で言っている訳でないので、この意見は取り下げておく。


なるほど。


ちなみに、台湾語は たとえば 『人』 という意味の単語は『lang』と言いますが 漢字で書く時は『人』と書いて訓読みで読みます。いっぽう 『人民』は『jin-bin』といい これは『人民』の音読みです。『人』のよみかたは『jin』と『lang』の2種類あります。

ベトナム語の漢字、チュノム文も, 『その』という意味の『ay』を『意』という漢字で万葉仮名のように表しますが、ベトナム語で『意見』は『y kien』と言い 漢字ではやはり『意見』と書きます。つまり、『意』には『y』と『ay』の2種類読みかたがあります。
『帝』は『帝国主義』のときは本来の漢字音の『de』と読みますが、『それ』『そこ』の当て字としても使い この時は 『day』と読みます。

また、台湾語もベトナム語も 訓読みや万葉仮名のような当て字ではない漢字音にも 呉音と漢音のように2種類読み方がある漢字もたくさんあります。

北京語では『同字異音』が一部 例外としてありますが、台湾語やベトナム語では『一部』『例外』ではなく, 日本語と同じくそういうのだらけです。
nhat   2011年04月10日 22:19
>ある説で、北京語と広東語は、英語と独語くらいは違う、という説を聞いたことがある。 どちらも同じ文字、同じ言語だけど、英語がドイツ語の方言って言ったらちょっと違和感ある。 一方英語を知っていれば、ドイツ語を勉強するのは容易いし、逆もまた然りだ。 近い言語であって、同じ語族ではあるよね。

>その言葉が持つ、人情味や、歴史背景、心情に理解を示すことはものすごく大切だ。 だから当然、広東語は独自の文化と歴史を持つ言葉であり、北京語とは全く違う言葉だという理論は、広東語は中国語であるという視点と、矛盾なく同時に成り立つ。

>普通話の先生に、ベトナム語は漢字でも表記出来るって聞いたことがある。 だからベトナム語は中国語の方言と言えると思う。(こういう事言うとまた怒られそうだけど)


おかあつしさんは 英語とドイツ語の関係と 広東語やベトナム語と北京語の関係について どちらも 小さな適応範囲で見れば違うが 大きな適応範囲で見れば同じだと見ているのに, 英語に対しては「ドイツ語の方言って言ったらちょっと違和感ある」「近い言語であって、同じ語族ではあるよね」と言い、『近い関係の別言語』と見なし, 『方言』とは言わないのに、 広東語やベトナム語に対しては『中国語の方言と言える』『中国語である』 と言います。

なぜ「英語は独自の文化と歴史を持つ言葉であり、ドイツ語とは全く違う言葉だという理論は、英語はドイツ語の方言であるという視点と、矛盾なく同時に成り立つ。」と言わないんですか?
ダブルスタンダードなんじゃないですか?

おかあつしさんは英語を学習しているから英語には思い入れがあって 英語に対して侮辱はしないけど、ベトナム語や広東語に対しては 思い入れがないから 『中国語の方言』などと中国語に従属させるような言い方を平気でできるのでしょうか??

「広東語やベトナム語が北京語に近いか それとも タイ語に近いか?」ということについては ぼくは 今の段階で これ以上のことは 知らないので, おかあつしさんの言うとおり 今は これ以上討論してもムダかもしれません。

でも、もし 広東語やベトナム語が タイ語よりも 中国語に近いとしても、 『中国語の方言だ』『中国語である』と言うのは 言いすぎなんじゃないですか?
せめて ドイツ語と英語の関係のように『近い関係の別言語』と言うべきなんじゃないですか?

広東語やベトナム語に対して『中国語の方言だ』と言うのは 大きな適応範囲で見れば同じだと言うだけではなく、ドイツ語と英語の関係にあるような小さな適応範囲で見ればある差すら認めず、アメリカ英語とイギリス英語の関係のような さらに小さな適応範囲での差しか認めないことになるんじゃないですか?


>nhat さんの意見はどことなく、反北京の匂いがする。

ぼくは ただ広東語やベトナム語を擁護してるだけです。
もし、それで北京の怒りに触れるなら それは ぼくが反北京なのではなく、 北京が反広東、反ベトナムなのです。
おかあつ   2011年04月11日 03:26
もうあまり反論したくない。

> ぼくは ただ広東語やベトナム語を擁護してるだけです。もし、それで北京の怒りに触れるなら それは ぼくが反北京なのではなく、 北京が反広東、反ベトナムなのです。

そのことは最初から知っている。 nhatさんが言っているのは、「事実」ではなくて飽くまでも「アンチテーゼ」だ。 何度も言っている様に、その文化が持っているアンチテーゼを理解する事と、事実を理解することは違う。

これで納得しなくても構わない。 納得など出来ないものだと思う。 僕も何年も理解できなかったので、正直、あまり他人のこと言えない。(へそまがりではnhatさんに負けない。) タイ語や広東語のレベルが上がった5~6年後に自然に理解することだと思う。


何だろうな。 広東語が北京語よりタイ語の方に似ていると断言するには、まだnhatさんはタイ語をしらなさすぎると思う。 タイ語には(ラオ語・イサーン語も含め) バーリ語源の言葉がたくさん入っていて、非常に奥が深い。 またタイ語には、文化的な背景、考え方、音楽、宗教、大切にしているもの、等々等々、独特な点が無数にある。 タイ語のそういう奥深さを知れば知るほど、広東語などには似ていない、と気付く。 当然、タイの人もそう思っている。 タイ語にはタイ語の「アンチテーゼ」がある。 タイ語にはタイ語のプライドがある。 そういうのを知れば知るほど、他の言語と似ていると安易に言えなくなる。

nhatさんは、言語の獲得能力や分析能力がずば抜けている。 僕はここまで後天的な語学獲得能力が高い人を、過去に見たことがない。 すごい才能だと思う。 だからこそ、局所的な鋭い一点に拘って勉強する大切さも知っていていいと思う。 語学というのは、幅広く多岐に渡っていろいろな言語を勉強しても案外と得られる物が少ないというところがある。 逆にひとつに関して鋭く深い知識を持っていると、他の言語にも共通する核心をつかむことが出来るところがある。(研究する言語に関しては、英語や北京語などの標準語は除く。)




ラオス語とタイ語は似ている言語だ。 ラオス語とイサーン語に至ってはほとんど同じ言語と言っても構わない。 だけど、タイ人もラオス人も、ラオス語とタイ語は同じ言語だなんて思っていない。(口ではタイ語とラオ語は同じだ、とか言うけど。) そればかりか、ラオス人は、イサーン語が嫌いで、同じ言葉なんて言った日には殺されかねない。 ラオスのラオ人は、イサーン語は下品で汚い言葉だと思っているので、「イサーン語とラオ語は同じですよ」なんてしたりがおで言った日にはぶっ飛ばされてしまう。 外人に取ってこの違いを見抜くのは極めて困難だが、 きちんと話せるようになる為には、この違いを見抜く事は不可欠で、鋭い一点に執拗なまでに拘り、マニアックな程に追求する必要がある。 ラオ語とイサーン語は、当然全く違う言語であると思えるまで、限りなく点に近い鋭く深い追求を行う。



... ま、それはともかく、ラオス語とイサーン語はほとんど同じ言葉なワケで。

ま、そういうこと。
nhat   2011年04月12日 02:27
>広東語が北京語よりタイ語の方に似ていると断言するには、まだnhatさんはタイ語をしらなさすぎると思う。

わかりました。 たしかに そうですね。
「広東語が北京語とタイ語のどちらにより近いか?」という問題の答えを知るには 広東語とタイ語と中国語の3つの言語すべてを知ってる必要がありますからね。

ぼくがこの3言語をもっと学習して、それでもまだ「広東語は北京語よりもタイ語に似てる」という考えが変わらなかったら またこの討論の続きをしたいと思います。

ところで 逆に 「広東語はタイ語よりも北京語に近い」 と断言するのにも やはり 広東語とタイ語と中国語の3つの言語すべてを知ってる必要がありますよ。おかあつしさんは タイ語だけでなく、広東語や北京語についても熟知しているのでしょうか?
もし北京語や広東語がまだあまりできないなら、ぼくと同じく まだその資格がないということになるんじゃないですか?

また おかあつしさんはベトナム語をご存じなのですか? 中国語の先生からの又聞きだけで「ベトナム語は中国語の方言と言えると思う。」なんて言ってしまっていいんですか?
nhat   2011年04月12日 03:36
ぼくが もし これから 中国語(北京語)、タイ語、ベトナム語、広東語、台湾語を 学んで上達させたら、ベトナム語や広東語や台湾語について もしかしたら 「タイ語よりも中国語のほうに似てる」 と 思うかもしれないですし 、逆に もしかしたら「中国語よりもタイ語に似てる」と思うかもしれません。

でも たとえ「中国語のほうに似てる」と思っても「これらの言語は中国語の方言だ」とは思いませんし、逆にたとえ「タイ語に似てる」と思っても「これらの言語はタイ語の方言だ」とは思いません.

ちょっとかじっただけでも、いまの段階でも, すでに「ベトナム語や広東語や台湾語は中国語の方言でもタイ語の方言でもない。ベトナム語はベトナム語だ。広東語は広東語だ。台湾語は台湾語だ。」ということはわかります。

じっさい「広東語が北京語よりタイ語の方に似ている」と主張している人たちは「広東語はタイ系言語の一つである」とは 言っても、「広東語はタイ語の方言である」とは言いません。

いっぽう「広東語はタイ語よりも北京語に近い」という意見の人たちの中には 「広東語は中国語(北京語)と同系統だが 中国語とは別の言語である」という人も もちろんいますが、「広東語は中国語の方言である」という人もたくさんいます。台湾語やベトナム語に対しても「中国語の方言」のレッテルをはる人がいます。

なぜ中国語がからむと、中国語との関係になると、「同系統の別言語」ではなく「中国語の方言」になってしまうのでしょうか?

そうやって 広東語、ベトナム語、台湾語を中国語に従属させるやり方が、広東、ベトナム、台湾を北京に従属させる考え方が,反中国思想、反北京感情を生んでいるんじゃないですか?

おかあつしさんは 北京や中国が好きで、反中国思想や反北京感情が広まることを望んでいないようですが、「広東語は中国語である」とか「ベトナム語は中国語の方言と言えると思う」とか言ってしまうのは 反中国思想や反北京感情を広めてしまうだけなんじゃないですか?
おかあつ   2011年04月25日 17:55
> ところで 逆に 「広東語はタイ語よりも北京語に近い」 と断言するのにも やはり 広東語とタイ語と中国語の3つの言語すべてを知ってる必要がありますよ。

そんなことはないと思う。 もしネイティブとして話している言葉以外に、外国語として何かの言語をひとつ熟知したら、次に勉強する言語の学習はずいぶんと楽になるということがある。 僕は友達に上手下手の差こそあれ、何人か5ヶ国語以上の言語を話す人が居る。 彼らは、多かれ少なかれ「3つ勉強したら4つも5つも変わらない」という様な感想を話すし、僕もそれに近い印象を持っている。

外国語を知っているというスキル以外にも「外国語を勉強する事自体に慣れている」という要素があるのだと思う。 ある自分に取って外国語である言語に対して深い知識を身につけると、他の言語に対しても推測によって近い知識が得られるという面がある。

最初に勉強する外国語は、意外な事があったり、意表をついた事実を知ったり、どうしても理解出来ない事に出くわしたり、覚えるのが非常に苦しい発音と出会ったりするけど、一度それを理解してしまえば、次に違う言語で似たような要素に出会ったとき、圧倒的に短い時間で理解できる。(だからこそ、だんだんとつまらなくもなっていくものだけど。)

熟知している外国語は出来れば1つではなくて2つがよいと思う。(知っている外国語がひとつだと比較対象がないので、すっかりその国の人になりきっちゃってその国のいいところもわるいところも全部引き継いでしまいがちなので。)

熟知している外国語が増えると、勉強していない外国語についても「恐らくこうであるだろう」という予測がつく。 間違っている事もあるけども、熟知度が上がれば上がるほど、予測の精度も上がる。




な ー ん ち っ て!


... ^曲^ 理 屈 合 戦 な ら 負 け な い よ ー ん ^曲^



実は、こうやって色々と話をしていて、タイの「中国人」が実は「中国人」ではないのだ、という事実にずいぶんと理解が深まって、今居るバンコクで色々な人と話すのがとてもスムーズになった感があります。


ただどうしてもわからないのが、何故、潮州人は漢字を使わないのにヤワラー周辺で漢字の新聞が発行されているのかとか、潮州人は北京と全然違う文化を持っている筈なのに、北京と同じ「福」のひっくり返しをドアに張り付けていたりするのかとか、ちょっとまだわからない感じします。 実際話した印象も(中国語を勉強した今だからわかる)北京とか上海の人と全然違うし、どちらかというと日本人と話しているのに近い印象あります。 だけど、何で彼らはあくまで「中華風」にこだわるのだろうか。




フランスがラオスを属国化したとき、フランスは出来るだけ現地で調達できる物、現地に既に有ったものを、フランス風と混ぜて、どちらの良さも取り入れたとても品のいい物を作り出したりしているし、僕はフランス嫌いだけど、そういうセンスというか配慮というか、そういうものはとても素晴らしいと思う。

北京は違う。 近代化と称して、現地に既にあったもの、現地で調達出来るものを、例外なく全てブルドーザーで完膚なきまで破壊し尽して、その上に北京風の建物を作る。 地名も言葉も全て北京風を強制。 あれじゃ誰がどう考えても感謝されないと思う。 恨みすら買うよね、普通。

おかあつ   2011年04月25日 19:45
ようやっと見つかった ...

僕はこの言葉が好きなんだけど、すごく色々な事を言い当てている言葉だと思うのね。


'Dialect: A language variety that has everything going for it, except the government, the schools, the middle class, the law and the armed forces.'
Tom McArthur

方言とは、政府・学校・中流階級・法律・武装した軍以外の全ての物を持ったひとつの言語である。 トムマッカーサー

'A language is a dialet that has an army and a navy.'
Max Weinreich

言語とは、武力を持った方言である。 マックス・ヴェインレイヒ


http://en.wikipedia.org/wiki/A_language_is_a_dialect_with_an_army_and_navy
nhat   2011年04月25日 23:05
お久しぶりです!
おかあつしさんとの討論(口論?)が再開できてうれしいです!

>そんなことはないと思う。 もしネイティブとして話している言葉以外に、外国語として何かの言語をひとつ熟知したら、次に勉強する言語の学習はずいぶんと楽になるということがある。

論点が少しずれてますよ。
ぼくは 「タイ語がいくらできても 広東語や北京語の学習が楽になることはない」 などとは言ってませんよ。
ぼくは , おかあつしさんが「広東語が北京語よりタイ語の方に似ていると断言するには、まだnhatさんはタイ語をしらなさすぎると思う。」といったのに対し、「 じゃあ、あなたはどうなんですか?広東語をたいして知らないんじゃないですか?」と言ったんですよ。

もし、「たとえ広東語をたいして知らなくても、わたしはタイ語ができるから 、広東語を少ししか知らなくても その経験から 推察することができる。」というのなら、 ぼくだって タイ語は初心者ですけど、 中国語や台湾語やベトナム語の学習の経験から 推察できることになりますね。

>一度それを理解してしまえば、次に違う言語で似たような要素に出会ったとき、圧倒的に短い時間で理解できる。

でも おかあつしさんは まだ広東語はあまりできないんですよね?
「広東語が北京語よりタイ語の方に似ていると断言するには、まだnhatさんはタイ語をしらなさすぎると思う。」なんていうなら、自分こそ 広東語を上達させてから「広東語はタイ語よりも北京語に近い」 と言うべきなんじゃないですか?
おかあつしさんはタイ語ができるから その経験をいかせば広東語なんて簡単にできるようになりますよ。
nhat   2011年04月25日 23:15
それからベトナム語についてはどうなんですか?
かじってすらいないんじゃないですか?
かじってすらいなければ、推察することもできませんよ。

>普通話の先生に、ベトナム語は漢字でも表記出来るって聞いたことがある。 だからベトナム語は中国語の方言と言えると思う。(こういう事言うとまた怒られそうだけど)

これはさすがにまずいんじゃないですか?(笑)

日本語だって万葉仮名つかえば全部漢字で書けますよ。
ベトナム語の漢字、チュノム文にだって万葉仮名のような当て字がたくさんありますよ。

それに,「漢字で書くかどうか?」という問題は文字系統の問題であって、言語系統の問題ではないですし。
nhat   2011年04月25日 23:36
>実際話した印象も(中国語を勉強した今だからわかる)北京とか上海の人と全然違うし、どちらかというと日本人と話しているのに近い印象あります。 だけど、何で彼らはあくまで「中華風」にこだわるのだろうか。

おもしろい話をきいたことがあります。

「中原、華北は小麦の麺であり、タイやカンボジアは米のご飯であり、福建、広東、ベトナムなどはビーフンである。」というのです。

つまり ビーフンは、材料は米である。これは、 タイやカンボジアなどと同じであり、小麦が材料である中原、華北とは違う。
いっぽう ビーフンの作り方は 細長くする製法である。これは 中原、華北の麺類と同じである、ということです。

福建、広東、ベトナムなどは,ビーフンだけじゃなく 人や文化も , 中身はタイやカンボジアなどの南方系と同じだけど、外見、形は中原、華北の中華系と同じだというのです。
nhat   2011年04月25日 23:54
>方言とは、政府・学校・中流階級・法律・武装した軍以外の全ての物を持ったひとつの言語である。 トムマッカーサー
>言語とは、武力を持った方言である。 マックス・ヴェインレイヒ

「イサーン語はタイ語の方言だけど 、ラオス語は独立言語である.」なんてのは 完全にこれですね.
おかあつ   2011年04月27日 16:03
> それからベトナム語についてはどうなんですか?
> かじってすらいないんじゃないですか?
> かじってすらいなければ、推察することもできませんよ。

>> 普通話の先生に、ベトナム語は漢字でも表記出来るって聞いたことがある。 だからベトナム語は中国語の方言と言えると思う。(こういう事言うとまた怒られそうだけど)

> これはさすがにまずいんじゃないですか?(笑)

> 日本語だって万葉仮名つかえば全部漢字で書けますよ。
> ベトナム語の漢字、チュノム文にだって万葉仮名のような当て字がたくさんありますよ。

> それに,「漢字で書くかどうか?」という問題は文字系統の問題であって、言語系統の問題ではないですし。

全部前言撤回するので、もう堪忍してください ^^;
おかあつ   2011年04月27日 16:20
本当は、方言なんていう言い方自体、本当は失礼な言い方なんですよね。 だってこれの本質って何が標準で何が非標準だという話でしかないじゃないですか。 ○が×の方言だったら、常に×も○の方言ですが、その方言の双方向性については誰も語らない訳で。

言葉ってどこにいってもグラデーションの様に変化していって、どこから違う言語になるのかなんて、誰にも断言できないし、どちらがどちらの方言であるなんて、尚更の事断言できない訳で。


"It is impossible to say at what point along the continuum a dialect becomes a separate language." oxford advanced learner's dictionary "continuum" の 例文より
nhat   2011年04月27日 23:55
> それからベトナム語についてはどうなんですか?

>全部前言撤回するので、もう堪忍してください ^^;

わかりました。しつこくてすいませんでした。
nhat   2011年04月28日 00:30
>○が×の方言だったら、常に×も○の方言ですが、その方言の双方向性については誰も語らない訳で。

「ラオス語はタイ語の方言だよ」と言うタイ人に対して, 「いや、ちがうよ。タイ語がラオス語の方言なんだよ。」って言ったら怒るんですかね?
おかあつ   2011年04月29日 14:18
確実に怒られると思います。
nhat   2011年04月30日 02:17
>確実に怒られると思います。

では、もしタイ人とケンカしたくなったら言ってみます
nhat   2011年04月30日 02:33
ところで おかあつしさん は英語も学習しているようなので、中国語と英語と日本語の関係についてお尋ねします。

よく「中国語の文法は日本語とは違い、英語とだいたい同じだ。」という人がいますが、どう思いますか?
中国語は主語、述語、目的語の語順でありこれは日本語とは違い 英語と同じです。
しかし、関係代名詞のような文は、中国語は先に修飾文が来て、その後 被修飾名詞が来ます。
また、「象は鼻が長い」「この本は私が読んだ」のような文が中国語にもあります。

おかあつしさんは 中国語の文法は総合的に見て 日本語と英語のどちらのほうに どちらかといえば似ていると思いますか?

(なお、ぼくは英語が分からないので、今回は おかあつしさんの答えに 反論しません)
おかあつ   2011年04月30日 03:34
> しかし、関係代名詞のような文は、中国語は先に修飾文が来て、その後 被修飾名詞が来ます。 また、「象は鼻が長い」「この本は私が読んだ」のような文が中国語にもあります。

僕もほとんど同じ事を思った。 最初一瞬だけ、英語と似ているって思うのだけど、複雑な文になればなるほど、日本語と語順似てくるよね。 関係代名詞が入ってくると、日本語とほぼ順番が同じになっちゃうしね。

> おかあつしさんは 中国語の文法は総合的に見て 日本語と英語のどちらのほうに どちらかといえば似ていると思いますか?

比べられないとは思う。 文字だけとか、関係代名詞の入る文だけとか、具体的なある部分だけに的を絞って言えば、比べられるかもしれないけど。

nhat   2011年05月01日 19:40
タイ語では、関係代名詞のような文の語順は中国語や日本語と違いますが、「象は鼻が長い」「この本は私が読んだ」のような文は中国語や日本語と同じくありますよね。
 
出展 2011年04月08日18:43 『ステレオタイプは悪か』