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2011年4月1日金曜日

ルアンパバーンの雑感 (mixi05-u459989-201104010135)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
ルアンパバーンの雑感
2011年04月01日01:35
長年の憧れの地だったルアンパバーンに来た。 僕は、今回2011年3月8日から始まった中国旅行で、北京・天津・上海・深圳・広州・昆明と徐々に南下し、昨日2011年3月30日夜半過ぎ、ラオスはルアンパバーンに到着した訳であるが、実を言うと2005年にウドンタニーに来てから一度も観光という物をしたことが無かった。 2011年3月。 こうして、ようやく夢が叶った感がある。

2005年僕がタイに来た当時、僕は英語もタイ語もラオ語もイサーン語も中国語も話せなかった。当時の僕は、日本語オンリー人間である。2011年の今の僕は、多少程度の差はあるが、どれも多少は話すことが出来る。

こうして、ようやく夢かなって思うのだが ... 実に楽しくないのだ。 旅行というものは、新しい場所にやってきて新しい言葉や新しい風景を見て楽しむものではないだろうか。 何というかどこに行っても、最初にアメリカのボストンに行った時のような…初めてウドンタニーに来たときの様な… 激しい感動を感じない。 年を取ったといえばそれまでだが… 妙に慣れてしまったのだろうか。

ルアンパバーンに来て思ったのだが、まず言葉は僕のイサーン式のラオ語が100%通じる。 何の問題もない。 あっけない位だ。 問題が無さ過ぎて、まったく新鮮味がない。 食べ物も同様。 僕がウドンタニーで毎日食べている物その物で、何の感動も無い。 全て何の問題もなく食べられる。 旅行に来ているのに、変化が全くない。

食べ物に関して、唯一驚いたのは、サイウアがあった事だけだ。 サイウアというのは要するにソーセージの事で、タイではチェンマイ料理として認識されているのだが、ここルアンパバーンでもサイウアが食べられているらしい。 これが正に、チェンマイとルアンパバーンが非常に近い関係にあると僕が言う理由だ。 チェンマイ語はタイの北部方言と言われ、ルアンパバーン語はラオスの北部語と言われ、イサーン語はタイ語の方言であると言われているが、実はこの三つはタイ文化よりもラオ文化の方が近い。 それにしても、前から知っていたことだし。 (とはいえ、サイウアとサイクロークとモクマムの違いがいまいち分からない僕。要するに同じじゃないの?)

ウドンのラオ語と発音がかなり違うことに気がつく。 ここの人の話し方は、ビエンチャンの発音とかなり似ていると思う。 でも言い回しがビエンチャンとかなり違う。 だけど、それも何というか… 東京の人が関西弁を聞いても意味が分かるという程度で、ほとんど違和感無く会話できる。 それは向こうにとっても同じようだ。もっとも僕のラオ語はイサーン仕込みなので、南部訛りの妙な外人が来たな、とは思われるかもしれないが…。

言葉に関しては、ビックリするぐらい問題が無い。 僕が話しをすると、みんな一瞬の間 … 0.5秒ぐらい考える。 全くの外人にしか見えない人間がラオ語の方言を話している … 発音が結構変だから少なくともこの土地の人ではなさそうだ… タイから来た旅行者かな… という風な事を思っているのだと思う。 だけどその0.5秒の後は何も問題が無い。

僕の語学力・適応力が進歩したからだとも言えるが、であるとすると、進歩というのは、実につまらないものだ。 もっと新鮮味を感じられる内に来ておけば良かった。

そういえば、僕が中国語を勉強する為に通っていた昆明の華文学校の冬休みが始まった2011年の1月、学校で知り合ったウドムサイの人の実家に遊びに行った時は、もっと大変だった。 中国語・タイ北部語・ラオ北部ウドムサイ語にはさまれて死にそうな思いをした。 ルアンパバーン語は、何故かわからないけど、ウドムサイ語よりずっと聞き取りやすい様に思う。

あるいは、マルチ言語のシャワーに曝されて一度死にそうな思いをしてしまったので、耳が慣れてしまったのかも知れない。 それはそれで良いことだと思うが、何だかおもしろくない。



要するに、語学力が進歩してネイティブに近づいたのかもしれない。 それは決して安心出来る事ではない。 レベルがネイティブに近づいたということは、求められるコミュニケーションスキルも、ネイティブに近づく。 喋れて当たり前のレベルに来ているのだと思う。 話せて当たり前だから、誰も珍しがらない。 プラスαが必要な時期に来ている。

その状態から友達を作ったり知り合いを増やしたりする時に必要な事は、タイ語であろうとラオ語であろうと英語であろうと日本語であろうと変わらない、言葉の如何を問わないことだ。 誰もが言葉を話すことができる。 これは何も特殊な技能ではない。 その状態から社会に参加することによって、誰かの歓心を買い、徐々に知り合いが増えていく物だろう。

僕の専門は、語学以外では、プログラムを書くことと、ジャズギターを弾くことと、文章を書く事だ。 恐らく、こういう特技を使って具体的な物を社会にコミットしていくことにより、少しずつ知り合いが増えていく物だろう。



僕の今の夢は、実はモーラム歌手(ラオの伝統音楽)の訓練を受ける事だ。 これは今まではラオ語が話せなかったので、絶対にかなわぬ夢だった。 しかし、長年にわたる苦節の末、ラオ語が話せるようになったので、これは、今の僕に取って手に届く夢になった。 この生活は、実は案外とお金がかからない。 マジでやってみようかな。 でもどこに行けばいいのか、いまいちよく分からない。


コメント一覧
かつお   2011年04月01日 06:11
ルアンパバーン方言とチェンマイ方言は似てますか?歴史的には繋がりがあるみたいですけど。
おかあつ   2011年04月01日 13:10
チェンライの人とウドムサイに行った時、その人が、ウドムサイの言葉はチェンライ語と6割がた同じだ!1ヶ月も居ればラオ語が話せるようになる! って豪語していました。 多分似ているんだと思います。多分です。
 
出展 2011年04月01日01:35 『ルアンパバーンの雑感』