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2010年12月16日木曜日

西北大学 寸劇事件 (mixi05-u459989-201012161513)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
西北大学 寸劇事件
2010年12月16日15:13
僕が行こうとしている西安には、反日感情というものがあるらしい。 2003年に報道を賑わした「西北大学 寸劇事件」もここで起こったらしい。 僕は中国に来て「反日感情」というものを今まで一度も見たことがないので、これはおもしろそうだ。

... ま、しかし、見なくてもここで何が起こったかわかる。

日本人と中国人の間には卑猥さの感覚に大きな差がある。 日本人は、小さい頃から極めて厳しい自制心を持たされるように育てられる。 一方、中国人をはじめとする大陸人 ... タイ人・ラオ人・ミャンマー人・カンボジア人 ... というか日本人以外のほとんどの民族ではこういう自制心を持たせるような事を一切教えない。 これは日本人がとても特殊なところだが、いずれにせよ、外人は、日本人が持っている様な自制心と言うものを持っていない。

日本人が「ハメを外す」ときというのは、大体この自制心を開放する様な事をするのではないか。 普段エッチな人というのは、普段から健康的に発散しているので、往々にしてあまりエロいことに執着しないものだが、普段すごく真面目そうにしている人は、鬱積しているのでエロいことにものすごく偏執的に執着する。 だから、普段真面目そうな人がやる下ネタというのは、目も当てられない程、下品な事が多い。 こういう下ネタというのは、見れない。

一方、自制心を持っていない人たち=日本人以外の国の人たち=すなわち中国人とかタイ人とかラオ人とかは、エロに対して一定の歯止めが必要だ。 こういう人にポルノとかを渡すと、日本人からはとてもではないが考えられない様なハメの外し方をする。 エロい本に書いてあることを、本当に実行して見ようぜ!とか、そこら辺の奴を捕まえて実際にやっちゃえ!とか、そういう話にすぐ発展する。 日本人は生まれながらに極めて厳しい自制心を持っているので、エロい本とかを読んでも「これはこういう別世界のお話」と割り切って見ているので、それを本当に行動に移そうなどと思わない。 だからこそ「北斗の拳」とかそういうマンガが少年誌で掲載されても大きな犯罪とかが起こらないのだ。 ところが、中国などの大陸人では、絶対に無理な話だ。すぐに犯罪とかが勃発してしまう。 だから、エロに対してある程度規制が必要だ。

同時に結婚とセックスというものが、厳密に結びついている。 セックスするということは、結婚するということなのだ。 自制心がないから、セックスする時もいちいち避妊しなきゃ、なんてことも考えない。 すぐに子供が出来る。 結婚するからこそ、セックスして子供が出来ても問題が無いという風に、結婚とセックスが合理的な理由を持って結びついている。 エロに対して厳しい規制がある一方、制約無く健康的に発散しても構わないような社会的なしきたりがある。 つまり、ある意味すごく保守的である、ということでもある。

日本人は「婚前交渉」なんて言葉が死語になるくらいセックスが自由だが、一方きままにコンドームをつけないで誰とでもセックスするなんて、無理だ。 そんなことしたら、お金がかかって仕方がない。 日本は自由と義務が厳密に結びついているため、自由な事をしたその結果の責任を取るために法律などでがんじがらめにされてしまう。 一方、中国・タイ・ラオなどの、大陸では自由と義務に何の結びつきもない。 自由なことをしたら、全力ダッシュで逃げるのみである。 大陸は大きい。 一度逃げたら二度と見つかることはない。 だから、結婚という義務できっちり結びつけないと色々と不幸な人が出る。

僕が今住んでいる学校の隣が大きなホテルなので、毎日毎日膨大な数のカップルが結婚式をあげている模様が見える。 見ていてよくもまぁこれだけたくさんのカップルが毎日毎日生まれる物だなぁと思うのだが、一方、ちょっと羨ましい。 中国では日本と比べてずっと結婚が簡単なのだ。

僕は、日本にも長くいたし、タイにも5年だけ居た。 タイに居たというのも、タイの山奥のラオ族の村で日本語を一言も話さずひとりのラオ人として5年住んだ。 これはその辺の日本人がバンコクで5年間女遊びをしていたのとは、ちょっとワケが違うのである。

そんな僕だからこそ、わかる。 日本人と中国人の「下品」の考え方の差には、計りしれない大きさがある。 僕は日本人がオゲレツな事をしていても不愉快にはならない。 普段、頭の先まで精液がタプタプにたまるまで我慢しているから、どうしてもオゲレツになってしまうのである。 ちょっとくらい大目に見ようじゃないか。 一方、普段から健康的に発散している中国人が、そういう日本人のオゲレツさを見ると、どうしても受け入れることができないのである。 何でそんなヒドイ言い方するんだ、セックスって大切な物だろ?という風な印象を持たれてしまう。 それはそれで、わかる。

日本人が西北大学でおゲレツな劇をやって中国人が怒ってケンカになった、というのはこういう事なのだろう。



ここに反中プロパガンダのネタを探していた、日本人の記者が目をつけたんだろう。 こういう文化相違が生み出す問題を膨らませて、反日運動が起こったことにすり替えるのだ。 何度も言うようだが「反日」というのは、日本の報道が作り出した幻想だ。 実在しない。 だが、報道記者は、あたかも「反日」とうものが存在する様に見えるようなネタを年がら年中探している。 ネタを見つけると、それを曲解した上で大きく誇張して日本で報道する。 日中がケンカになったネタの中に潜む日中間の文化相違にスルっとウソをすべり込ませて膨らませれば、あら不思議「反日感情」の出来上がりという訳だ。

日本の報道は、日本人に「中国人には反日感情というものがあり日本が嫌いなのだ」という嘘を信じさせることにより、日本人を中国人嫌いにしたてている。 中国人は案外、日本人好きなのだが、日本のメディアは、こうやって文化相違を膨らませることにより、いつもいつも、中国の反日・日本の反中を演出しているのだ。

そもそも西安には反日感情というものが生まれる程日本人が多くない。みよ、ミクシの西安コミュを。 100人もいない。 こんなに日本人が少ない土地では、反日感情なんていうものが育つことは決してない。 しかし、この事件が反中プロパガンダ職人の目に止まったのだろう。 そこに煽動するプロが入って騒ぎを大きくした上で、曲解・誇張して報道したのだろう。 こうして反日感情という幻想が大きく育つことになる。

こういう作り物のニュースを事情を知らないテレビで高みの見物をしているだけの日本人が見ると、火がついたように大騒ぎを始めるのだ。 中国人はバカだ! 中国人死ね!ってなる。 報道の狙いどおりである。 しかも、これは日本人だけが見ている幻想だ。 この気持ちを他の国の人に話したところで同じ感覚を共有することはない。 まるでプロパガンダのピンポイント爆弾だ。 日本人って、マジでチョロい。 単純やなぁ。

何?バレたらどうするんだって? 日本人は国際センスがないので、多少大げさなウソを入れても、バレやしねぇって。 目の前で本当の事を見たって気がつかないくらいなんだぜ。 ま、「言葉がわからない」っていうのも恐ろしいことだが、ま、心配するなって。 きっちりギャラは払うからよ。



本当は仲が悪いって損だ。 仲が悪い奴がおかしな事をしたら、力一杯ぶっ叩けばいい。 後先考えずすっきりするもんだ。 仲がいい奴はそうは行かない。 おかしな事をしても最後まで面倒を見てやらないといかん。 中国人が日本人を仲間だと思ったら、大変なのは中国人なのだ。 中国は最後まで日本の面倒をみるだろう。 だから、日本人が中国人を嫌っているということは、中国人にとってラクなことなのだ。

日本と中国の仲が悪くなって密かにほくそ笑んでいるがアメリカだ。 僕は、アメリカ好きだけど、こういうウソの上手さも含めて、大好きだ。 こういうところ、日本より一枚も二枚も上手だ。

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出展 2010年12月16日15:13 『西北大学 寸劇事件』