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2010年11月27日土曜日

おかあつ昆明記:11月26日 (isaan05-c987254-201011271436)

おかあつがミクシコミュニティータイ東北イサーン語研究会として著した記事を紹介します。
おかあつ昆明記:11月26日 (おかあつ)
2010年11月27日 14:36
今日26日は、夕方から日本人8人+日本語が話せるタイ人の食事会にジョイントするという話になり、出席してきた。 結果から先に述べると、僕は非常に不愉快になって激怒してしまった。

(あらすじ:おかあつは今、タイ東北部を離れ、中国南部雲南省の昆明という街にある「華僑文化学校」という学校にてラオ人や北部タイ人ベトナム人の華僑の子孫の中に混じって中国語を勉強している。昆明には日本人は決して多くないのだが大体100人前後の日本人が住んでいるのではないか、という話である。)

何かのきっかけで顔を見て民族を当てる事が出来るという話をしたら、何故か全員に爆笑されて、その理由を説明したら更に爆笑された。 顔を見て民族を当てる能力の重要性を説明したら、みな何をムキになって説明しているのかという様な目で僕を見る。 その中のひとりの女の子は、僕を普通じゃないと称して、笑い止まらなくなった。 最初は僕もギャグで軽く流していたが彼女は笑い止まず、その笑い方は終いには僕を激怒させるのに充分だった。

彼女に不運な事に、僕は小さい頃から「普通じゃない」と苛められ続けてきたので「普通じゃない」という言葉に関して過敏に反応するところがある。 僕に「普通じゃない」というと、もれなく100倍返しのキツい嫌味のお返しが来る。 彼女は僕が普通じゃないと言って笑い、それは悪い意味じゃない、という。 だから、僕は彼女の太い足を指差して普通じゃないと言って笑って見せた。 それは悪い意味じゃないという風にも付け足した。 このパターンで彼女がいかに僕に対して失礼な事をしているのか説明してみたが、彼女は笑い止まなかった。 彼女は残念な事に地方出身だった。(あまりにも腹が立っていたので聞いたのにどこの出身だか忘れた) 僕は東京出身なので、この点も散々言ってやった。 自分が普通だと思ってるの? 東京出身に言わせれば全然普通じゃないよ、自分を鏡でよく見てみろよ、何だよこのボロい靴は、恥ずかしくないのかよ、とやった。 何故僕を見て笑うのか、と問えば僕が普通じゃないからだ、という。 僕が普通じゃないというからには、自分が普通であるという自信があるのだろう。 だけど、彼女は普通だろうか。 デブで品のないブサイク女である。 東京の女性は皆おしゃれで、彼女の様なセンスのない恰好は決してしない。

もちろん僕は彼女のブサイクさの尋常の無さを指摘している訳ではない。 僕は彼女に他人から他人の価値観で普通でないと断罪される悔しさを知ってほしかっただけなのだ。

最近こういう話を知った。 学校には北部・南部・中央それぞれのラオ人の生徒がいる。 同じラオ語だが、北部・南部・中央のそれぞれにかなりの方言差異がある。 片方ではヤカンという意味の言葉が、もう片方ではオッパイという意味だったりする。 だから、地元の言葉を使うと、相手の言葉ではオッパイとかいう意味になったりするし、オッパイといえば、もう片方の地元の言葉では水筒の吸い口の意味だったりする。 だから、話がいつもおかしな事になる。

北部の人は南部の人の話し方を聞くと可笑しいと思うし、南部の人は北部の人の話し方を聞くと可笑しいと思う。 それぞれの地域の人たちは、それがわかっているのでお互い相手を笑ったりはしない。 (その両方の言葉を知っている人にだけわかるようなダジャレを言うことはよくあるけど、どちらかが自分を「普通だ」と断定して相手を笑いものにする様な事は絶対にしない。)

ところが彼女は、地域の様なまとまりどころか、自分個人を普通だと断定して、相手が可笑しければ笑う。 これはコミュニケーション力の欠落どころではない。コミュニケーション力が皆無と言ってよい。

顔を見て相手の出身を当てるというのは、この辺では───タイ・ラオ・昆明では───というか、アメリカでもドイツでもどこであっても───つまるところ日本の外では───とても大切な技術だ。 僕もこれを見習っているので当たり前の様にこれをやるし、コミュニケーションの手段として、当たり前の様にこれを使う。 もちろん中には微妙な人もいるし、そういう場合は言葉を聞いて判断する、という話もした。

そうしたら、これも何故か一同に爆笑された。 僕は何が可笑しいのかさっぱりわからない。 こうやって後になって落ち着いて文章を書いている今ですら、何故可笑しがられたのか理解できない。 まだ日本国内に居るならは話はわかる。もっとも僕が東京に居る時はこういう話は絶対にしないだろうし、こういう会合に顔を出すこともないだろうが、日本国内に居る日本人なら僕の話を聞いて爆笑しても構わないだろう。 だが彼らは中国の地の果てと言われる昆明に住んでいる日本人中国語語学留学生だ。 僕は彼らよりも国際コミュニケーションスキルに長けている。 僕が親切にも彼らの欠点を指摘して間違っている点を教えてあげている、といえば聞こえはいいが、僕は彼らに同じ日本人として恥ずかしくない様に行動してもらいたいだけなのだが、彼らは聞く耳を持たない。 彼らは昆明に何を勉強しにきているのだろうか。 暇つぶしだろうか。 僕はしまいには激怒して、全員を相手に説教を始めていた。

長らくラオ語のドギツイお笑いを研究していたので思うのだが、日本のお笑いってとても無難だ。 コメディアンは、誰もが「自分が普通だ」と思える範囲を仮定して、それの範囲内でお笑いを作る。 誰もがみんな同じだと確信出来る範囲を想定して、その外に出ている人を攻撃する。 しかし、その「みんなが同じである」「みんな同じ感想を持っている」という範囲を設定するのがものすごく難しい。 実は日本人はみんな違っており、みんな物事に対する異なる感想を持っている。 しかし、それを暴露してしまうことが出来ない。 だからこそ「みんな同じだという範囲を設定するのは極めて困難な作業なはずだ。 そういう中、お笑い芸人は、多彩な話術を駆使し、ありとあらゆる方法を駆使して、「みんなが同じである」「みんな同じ感想を持っている」という錯角を作り出そうとするのだろう。 日本のお笑いを見たとき、「あぁこれ、俺もよくおもうんだ!」「そうそう!」って思ったとしても、これは日本のコメディアンが苦心の末に作り出した一種の幻想である。 僕はどうしても日本のお笑いを面白いと思えない。 見ていると何か胡散臭いのだ。 日本のテレビにはそういう「共同幻想」を生み出す為の装置がたくさん埋め込まれている。 だから僕はテレビを見ない。

ところで、僕は非常に雰囲気が日本人っぽいらしい。 世界中どこに言っても日本人だといわれるし、韓国人とか中国人と言われる事はあまりない。 僕は自分がどのような見られ方をするのか自分で知ることは出来ないが、そういう風に言われる傾向があることを知っている。タイにいてもラオに居ても、アメリカに居るときも、ドイツに居るときも、大体は日本人だと言われて来た。

何度も言うようだが、日本から出ると、顔を見てその人の出身を当てるというのは、ひとつの社交技術≪コミュニケーションスキル≫である。 これが出来ないと人付き合いを遂行する上でかなり問題がある。 顔を見てその人の出身を大体当てていないと、この人は自分に興味がないのだ、という風に感じられてしまう。 この傾向はタイでもラオでも、アメリカでもヨーロッパでも同じである。 これをやらないのは、日本人だけだ。 ただ、日本は島国で、民族分布が激しく混ざってしまって居るので、日本の外で顔見をするよりもずっと難しい。 それでも外国で顔見をたくさんした見慣れている状態で日本人を見ると、顔に一定の傾向がある事に気がつく、ということはある。

僕は昆明に来る日本人に一定の傾向を見ている。 顔があまり日本人っぽくないのだ。 中国に居て日本人だと思われないのはもちろんの事、ラオに居ても日本人とは思われないだろうという顔をした日本人もたくさん居る。 ラオは民族傾向が中国よりもずっと偏っている。 そういう中で日本人と思われないという人は、その人自身、民族的な偏りのなかで違和感を感じさせないはっきりした何かを持っているということである。 その会合に来ている人の半数以上は多かれ少なかれ非日本人的な民族傾向を持っていた。 彼らはそういう自分の中の複雑性に気がついていない。

昆明というのは、中国でも非常に多民族の傾向が強い省である。 中国であってもタイ語を喋る民族がたくさん住んでいる自治区がある(※1)。市内を歩いていても、少数民族の人をしょっちゅう見かける。 漢族であるとされている人の顔も色々だ。 もっとも、この漢族という言葉の意味も別に漢族という民族がいる訳ではなく、少数民族以外は全部漢族である、という乱暴なカテゴライズ方法でしかない。 漢族という言葉は非常に曖昧な言葉である。 いずれにせよ、昆明の人は、みな、複雑な民族背景を背負いながら暮らしている。 昆明に住む日本人も、そういう傾向をはっきりとは理解していないにせよ、そこに何か自分との近さを感じてはいる様である。 そういう民族の複雑さに何か惹かれてしまう、そういう要素を自分の中に持っている。 自分でも気がついていない、無意識の中の自分の民族の複雑性がそうさせているのに、その自分の複雑性に気がついていないという一面を持っている。

日本人の民族背景は複雑だ。 戦前戦後に強制移住されて来た朝鮮人や中国人はもちろんの事、何千年にも渡って、色々な国から船を使って命がけで渡ってきた人たちや、大昔に歩いて渡ってきたりした人、元々日本に住んでいた様な人が、ゴチャゴチャになって暮らしている。 だから、人によっては、明らかにすぐにわかる特徴を持った顔をしている人もいるし、そうでない人もいる。 一方、北海道や東京などの地域は元々原住民であるアイヌ民族でない限り、他地域から移住してきた人であり、顔に一定の傾向が見られない。 一方沖縄から北海道に移住したり、広島から東京に状況する人は、稀である。 北海道に移住する人の多くは近くに住む東北人であろうし、広島から状況する人は、東京に上京する前に、まず、大阪に上京することを考えるであろう。 つまり東京人の多くは東北人である。 この様に混合した地域でも一定の傾向が見られる。

しかし日本人のこの複雑性は、テレビなどのプロパガンダ装置や、学校などの教育によって、共同幻想と置き換えられる。共同幻想とは、つまり「日本人はみんな同じである」という幻想の事である。 日本人が自分の内面と向き合う事を出来る限り先延ばし先延ばしにする様、政府が仕向けているとも言える。

彼ら昆明の日本人は共同幻想を持ちつつも、自分の中の複雑性と昆明人の複雑性の間に、何かの共通性を見出しているのだろう。 でなければ昆明の様な地の果てにわざわざやって来なくとも、上海や北京などの便利で楽しく愉快に暮らせる都市に向かうだろう。 しかし彼らはそうしなかった。 彼らは自分の中の複雑性がそうさせている、ということに気がついてすらいない。

僕の目には、昆明の日本人が、そう写る。



僕はこういう日本人の人間関係の中で、デリカシーがない人であるという立ち位置になる様だ。 僕は本音しか言わない。 思ったことは全て言うし、言ったことにはきちんと理論をつける。 思っている感想をはっきり伝えるが、だからといって、相手の立場を全て破壊し尽す様な事は絶対にしない。 僕は現実に即した事しか言わない。 相手が持っている問題を相手の立場になって一緒に解決する様な話し方しかしない。

だが、日本人の多くは自分が持っている問題を温存する様な行動を取る。 自分が持っている問題を出来る限り露呈しない様に、かつ、相手が持っている問題を出来る限り露呈させないように、無難に、無難に、会話をする。

僕はそういう人間関係が苦手である。 だから全部本音をぶちまけてしまう。 そんな僕は人間関係の建前を全て破壊し尽してしまう無粋な存在なのだろう。

しかし、我々は人それぞれまったく違う「人生」という名の道を歩く人である。 何故、こんな地の果ての昆明に来てまで、ちっぽけな日本人の建前を守る必要があろうか。 人生の問題を洗いざらいぶちまけて、裸になって、傷を乾かして、幸せな人生を送った方がよほどよいではないか。

僕はマニアックで文系的な人間だと思われがちだが、中身は早稲田大ジャズ研(※2)出身であり、体育会系である。 他人のデリカシーを全て暴露し、裸になった上で、付き合うのが体育会系である。 こうやって傷口を乾かしながら生活する。 彼ら昆明の日本人がどういう風な対応をするのかわからないが、彼らと付き合う時は、早稲田大のジャズ研の体育会系的な人間関係を使った方がよいのかもしれない。

日本人はいつもそういう建前を抱えている。 建前を持ちつづける限り、真実には絶対に到達しない。

気がついたのだが、日本人に取って、「自分が他人と同じでない」という事を暴露してしまうことは、ひとつのデリカシーの無さなのだろう。 相手が自分と同じなのだ、自分も相手と同じなのだ、という幻想を破壊しないように、そうっとそうっと話を進めるのが、現代の日本人的な話方なのだろう。 それを全て破壊してしまう僕は、デリカシーの無い無粋な人間という事になるのだろう。 僕にとって日本はひとつの外国である。 僕が以下にそれがおかしなことだと思っても、それは「郷に入ったら郷に従え」であり、それに合わせるしか以外方法が無い。

だが、このデリカシーはコミュニケーションをスムーズに行う上での大きな障害でもある。 皆同じであるというのは事実から激しく乖離しており大きな幻想である。 このデリカシーがある限り、相手が何を考えているのか知る術はない。 ある意味では、このデリカシーを上手に破壊するのも日本人のひとつの処世術なのかもしれない。





※1 この自治区はラオと接している。 ラオはかつてタイの領土だった筈なので、昔はここもタイと地続きだった筈だ。 つまり、何故ここが現在国家的に見て中国なのかという理由は、かなり政治的な理由である筈だ。 フランスやアメリカ日本も関係している筈である。)

※2 早稲田大のジャズ研は自分たちのジャズ研をジャズ研と呼ばず「ダンモ」と呼ぶ。 これはモダンジャズの「モダン」を音楽業界用語として、逆さ言葉にすることで作られた造語である。 ダンモは文系ではない。 体育会系である。 強制的にズボンを脱がされて男性器にキンカンを塗られてジャズドラムを叩かされた部員や、強制的に後輩の性器にキンカンを塗る行為が「キームー」と呼ばれて推奨されていたという話、日本酒焼酎ウイスキーを混ぜた「盃」を飲まされてゲロが3日連続で止まらなくなった話、部室の地下にある下水口があふれた際、そこで泳いだという先輩が「キームーの帝王」と呼ばれ恐れられていたという話、あるいは「キーマンの女王」と呼ばれた女性がいた話など、体育会系的な話の枚挙に暇がない。


※3 僕がこの文章を書いている時間は朝の3時だ。 この華僑学校の宿舎の門限は夜11時である。 門限を過ぎると宿舎の管理人に門を締められてしまう。 だから宿舎のおばさんを起こして開けてもらわないといけない。 しかし宿舎のおばさんは豪快に昆明語を話す恐怖の太っ腹おばさんである。 このおばさんのご機嫌を損ねると、ひたすら何を言っているかわからない昆明語で怒鳴られるという恐怖の体験を甘んじなければならない。 おばさんの鬼の形相を脳裏に浮かべながら、鍵が閉められた門の前で躊躇していたら、トイレに行く為かおばさんが出てきた。 手を振ったら「あぁ帰ってきたね」と言った。 僕が門限までに帰ってきていない事を知っていた様だった。 この人間観察力、と思った。)
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出展 2010年11月27日 14:36 『おかあつ昆明記:11月26日』