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2010年1月22日金曜日

本質は目に見えない (mixi05-u459989-201001220709)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
本質は目に見えない
2010年01月22日07:09
2010/01/22 00:37:17 +0700

さっきテーメーカフェに行ってきた。 テーメーカフェというのはバンコク在住の外人は知らぬ者はいない有名な援助交際喫茶である。 援助交際喫茶といってもただ単にこの喫茶店が援助交際が好きな人の溜まり場になっているだけで、普通に座ってコーヒーを飲む分にはただの喫茶店ではある。

ここにいる女の子は援助交際とはいえ、家族を養うために仕事と割り切って来ている女の子ばかりだ。 僕のようなタイ語もわかる、女の子を買う気も一切なしという男が座って女の子に話しかけたりすると、これは絶対に迷惑なので、僕は普段あまりここに来ない。 だけど、今日は僕が思っていることが普通なのか普通じゃないのか、聞いてみたかったので、来てみた。

僕は顔をみて出身を当てるのが得意だ。 特に深イサーン出身の人は見慣れているので、顔を見ると何となくその辺の人だとわかる。 僕はその辺の出身の人と話したかったので、色々顔を見ていた。 そうしたら、この人は、と言う感じの子がいた。 タイミングを見て話しかけてみた。

話を聞いてみたら、チェンマイの人だった。 僕の勘は外れた。 だけど、この子はよく話を聞けば、お父さんがベトナム出身の人なんだそうで、ある意味当たっていた。 ウドンやノンカイなどの深イサーンの人やビエンチャンの人は、いわゆる「色黒ゴリライサーン顔」の人は少ない。 色白で目がおっきくて手足がスラッと長くて目の堀が深くて頬が出っ張っている人が結構いる。 これは僕が想像するに、この辺の人はタイよりも、ベトナム(コンユアンともいう)の流れが強いからなんだと思う。 ある意味当たっているともいえる。

この人の話を聞いたら、これがまた、僕がいる村の状況とそっくりだった。 そっくりというか10倍以上酷い。 聞いたら月2万バーツ家に送金しているという。 2万バーツというのは、ちょっと多すぎる。 どんなにお金が入用でも、月の生活費が2万バーツを越えるというのは、ありえない。 こんな生活費は、はっきりいってバンコクの富豪並である。 田舎で普通に暮らしていたら、こんなにお金はかからない。 それなのに、こんなにお金がかかっているというのは、何か別な問題がある証拠だ。 この子は例によって末っ子だった。

タイでは、末っ子の女の子が親の面倒を見て家を継ぐ、という。 末っ子の女の子が家を継ぐという「母系家族」の習慣は、人によってはラオ系だけだという風に考える人もいる。 しかし、とりあえず、この子はチェンマイの子で、かつ、北部語を話すらしいのに、この子も母系家族の習慣をもっている。 また、僕がビエンチャンのラオ語の先生に聞いた時には、ラオ系でも母系か父系かは人による、という返事をもらっている。 この点ははっきり言って謎だ。



この子は「こういう風に末っ子が親の面倒を見るのは、タイ全体で同じだ」という事を言っていた。 僕は思ったのだけど、この国ではみんな自分が普通だと思っている。 だけど、その「普通」は、実は、みんな同じでなく、それぞれ異なっているのではないだろうか。思うのだけど、この国は激しく多民族国家だ。 色々な民族がまったく違う色々な生活習慣を持って、それが混ざりあって激しく衝突しながら、暮らしている。 それで、それぞれが、自分を普通のタイ人だ、と思っているのではないか。

一節によると、35%が中央タイ人(バンコク人)で、35%が東北人15%が北部人で、10%が南部系という。また全体の中で15%が中華系の血筋なんだそうだ。 これらはそれぞれ、まったく違う文化と習慣と言葉を持つ。 客観的に見ると、どれが普通とはとても言いきれない。

そういえば、前、まはヴぃーらさんから、日本人が書いた漫画に登場するタイ人の絵をタイ人に見せたんだ、という話を聞いた事がある。 その日本人漫画家が書いたタイ人は色黒で唇が厚いタイ人だった。 その絵を見たあるタイ人が「タイ人はこんなに色黒ではない」という事を言ったという。 まはヴぃーらさんは、これを聞いて、タイ人とは一体何なのかわからなくなった、と言っていた。 今こうして思えば、このタイ人の人はきっとだけど、バンコクに住む中華系だったのではないかと思う。 バンコクに住む人は中華系の血が濃い人が多いので、すなわち、秋田美人的な色白の人が多い。 その人は普段見慣れた色白のタイ人と比べてそういう事を言ったのではないかと思う。

ところで、僕はたまに面食らうのだけど、中華系の人たちの中には、人によっては中国の昔話を見せて「これがタイの文化です」と説明する人すらいる。 タイは中国ではない、と僕は思う。 だけど、ある意味、タイの文化には、中国の文化も混ざっている訳で、中国の伝統がタイの伝統ではないと言い切るのも、実は正しくないのかもしれない。

タイのジュースの会社の宣伝に、一斗缶を蹴りとばして一番大きな音を出した人が王の娘と結婚するというストーリーの物がある。
http://www.youtube.com/watch?v=tDMtv6kad2g

このコメントに「タイでは一斗缶を蹴って大きな音を出す人は健康な人だという言い伝えがあるのだ」という説明がついてた。 この話をラオの人に話したら「聞いたこともない」という風に言っていた。 おそらくだけど、僕が想像をたくましくして考えるに、これは、中国の言い伝えなのではないか。

みんなが、みんな、自分が普通だと思っており、実はみんなが違う。 これがタイで絶大な齟齬を生み出している。

実は、この点、タイも日本と同じなのではないか、と思う。



僕は最近思うのだけど、僕がこうして書いている事というのは、学術的な知識ではなく、いわゆる、やくざが言う所の「世の中をよく知っている」というレベルの知識なのかもしれない。 そして、実はタイ人を含め、ほとんど誰も知らないことなのではないか。

僕は自分の村を見て、苦しんで、それが普通だと思って、またある時は、それが普通ではないと思って、悩んでいる。 だけど、これも広く見渡してみれば、実は、ものすごくたくさんある中のひとつであって、珍しいことではないのかもしれない。 しかしまたある人は、自分が置かれた恵まれた状況を見て、それが普通だと考えるのである。 それもまたたくさんある中のひとつでしかない。

星の王子様と同じである。

本質は目に見えない...か。

僕は世界でたった一つの物を見つけたつもりでいたのに、実はそれはどこにでもあるものだった。

すごく寂しい気分である。

さてなぁ...。

コメント一覧
おかあつ   2010年01月22日 08:27
上に書いた女の子も話していたけど、不景気も大きく関係しているんだよな。これは。

バンコク都心に出てポンと2万バーツぐらい稼げるなら、文化がどうであろうと、みんなニコニコしてるんだと思うよね。

それは日本も変わらんかなぁ...。

さてなぁ...。
まはヴぃーら   2010年01月22日 23:28
「漫画の中のタイ人」には後日談があって、あるときmixiで某ヤンマガで連載を持っている格闘技系漫画家さんと絡む機会がありました。
で、私は、「格闘技漫画の常としてたまにタイ人が出て来ますが、富裕層のタイ人のなかには"色が黒過ぎてタイ人に見えない"という人もいて、、、」
というメッセージを送ったところ、多忙にも関わらずすぐに返事を下さり、
「僕の漫画に出てくるタイ人キャラには一番薄いスクリーントーンを使っているので他の先生の描くタイ人より色は薄いはずです(汗)」
とのお言葉を頂きました。
その漫画家さんはタイ人がみんな色が黒くないことは知っているんだけど、黒く描かないと編集部からダメ出しされてしまうらしいです。宗教と民族の話題はNGという編集方針もあるし。
まあ、そういう縛りがあったほうが健全な漫画雑誌になると思います。おかあつさんや僕みたいにそこらへんで悩んでいるとマイナーから上にあがれないというか、、、日本で生きていけないかもしれません。
おかあつ   2010年01月23日 01:41
へー。 面白い後日談、ありがとうございます^^


>マイナーから上にあがれないというか、、、日本で生きていけないかもしれません。

^^; あんまりリアル過ぎるとダメなんですよね。

>宗教と民族の話題はNGという編集方針もあるし。
何かこれだけしょっちゅう大衝突で悩みに悩んでいると、
NG というのが逆に新鮮に感じられます...
^^;;

そういえばそういう方針、ありますよね。
これはこれで、何かすごいギャップ。

おかあつ FROM テーメーのそばのマックより
かつお   2010年01月23日 04:21
おかあつさんの、顔で出身地を当てるのは興味深い。たしかに、イサーンでも、ウドンなどの深イサーンの人はビエンチャンの人と顔も言葉も似てるし、ウボン辺りは、パクセーと似ている。国境によって分断されたのかな。ただ、北部は少数民族がいるので、よくわからない。女性は北部だと、チェンマイ出身(=美人が多い) と言うけど、実はもっと田舎のほうだったりする。
おかあつ   2010年01月23日 05:07
>おかあつさんの、顔で出身地を当てるのは興味深い。

でも、ほとんど当たらないです。 毎日失敗です。

でも常に興味を持って見るようにしています。
出来れば、顔も覚えるようにしています。
これをやると、自分が意外としょっちゅう同じ人に会っている事に気が付きます。
意外と世界は狭いのです。
 
出展 2010年01月22日07:09 『本質は目に見えない』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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