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2009年8月16日日曜日

バンコク人とイサーン人 (mixi05-u459989-200908160622)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
バンコク人とイサーン人
2009年08月16日06:22
今日も色々な節約をしたけど、ちょっと変化が入った。

最近マクドナルドで知り合った店員さんが19歳でメチャメチャ若いのに仕事をしながら学校に通っているというのが、とても印象的で、僕的には、どうしてもかつての自分の状況とかぶりやすく、また、近い感覚を持って働いているので話があい仲良くなった。

真面目で人当たりがよくかつハイテク好きで、年齢的にも勉強を始めるにはちょうど良いと思ったので、プログラミングを教えてあげようと思った。 で、彼は当然だけど英語が苦手だ。 でもタイ語のパソコンの本はレベルが低く、どうしたものかと色々考えた。 で、今日本屋に行ったら、175バーツでエニアックから最新のブラックベリーまで幅広く網羅したパソコンの入門書を見つけた。 これがとても良い本でパソコンの仕組みからネットワークの構築論までざっと俯瞰できる優れものだった。 タイ語にもこういう良い本があったのか、と思った。

更にそのとなりにはOS入門という本があった。 この本がまた渋かった。 仮想メモリから並列処理等々、コンピューターサイエンスの基本がきっちり網羅されている本で非常に好感がもてた。 ひょっとしたらWIKIのパクリなのかもしれないけど、とにかくきちんとタイ語に訳されているというのは貴重だと思った。 笑ったけど、哲学者食事問題のこともきちんと説明されていた。 これはいい本だとおもった。 これも買った。

二冊合わせて1000円程度。 僕に取ってはただの1000円だけど、これはタイでの日給にして3日分ぐらいあるので、19歳の彼にはちょっと高嶺の花だと思った。 色々考えたのだけどプレゼントしてあげようと思った。 これは彼に取って「鍵」となると思った。

それでバスに乗って彼の職場であり、僕の行きつけのカフェでもあるマクドナルドに向かった。 今日は週末でマクドナルドは大混雑、その友達はてんてこ舞いの大忙しだった。 時間を見てその本を渡した。 非常に喜んでくれた。 これで彼がチャンスをつかむことになればいいなと思う。

その後僕はバスに乗ってサナームルアン(王室広場)に向かった。 僕は夜にサナームルアンに行ったことはなかった。 行って初めて知ったのだけど、夜のサナームルアンは、出店がたくさん出て大変な賑わいになっていた。 服を売っている人、ガラクタを集めて売っている人、食べ物を売っている人などなどがたくさんいて賑わっていた。

地面にゴザをひいて何かやっている人がいっぱいいたので、何だろうとおもったら、タイ人向け按摩だった。 囲いも何にもなしで、ちょうローコストだった。 おくびにも出さないでしたり顔をしながら歩いていたけど、内心「すごい世界にきた」と思った。

更に奥にはゴザをひいてたくさんの人がごろ寝をしているのを発見した。 僕は気がついた。 みんな野宿してるのだ。 ここはファランポーン駅から割と近く、田舎からバンコクに出てきて宿代をケチってここに泊まっているらしかった。 これもおくびにも出さなかったが、「この国は国民全員ホームレスなのだ」と思った。 気候が良いのでホテルじゃなくてもこれで充分なのだ。

ブラブラしていたら、雨が降ってきた。 野宿の人たちはどうするのかと思ったら、脇のテントに避難しているらしかった。 広場に設営されたステージの下に避難している人もいた。 出店を出している人もテントに続々避難してきていた。 僕もテントのひとつに紛れ込んだ。 紛れ込んで、さりげなく、そばにいる人を色々観察した。

こうして見ていて思うのだけど、彼らはコテコテのバンコク人だ。 タイ語がネイティブですごい勢いでタイ語を話す。彼らはバンコクに住み、バンコク人を相手に商売をしている。 あたりには売春婦もウロウロしていたが、彼女らもあくまでバンコク人を相手に商売している。 ここはあくまで、バンコク人のコミュニティーなのだと思った。

で思ったのだけど、ここには結構怖い人が多いのだ。 僕もタイに来てあちこち出入りしてきたけど、実はあまり怖い人を見たことが無かった。しかし、ここには結構怖い人が多かった。 ヤクザっぽいというか、ちょっとシロウトの手には負えない感じの雰囲気のおじさんや若者が結構いっぱいいるのだった。 売春婦のそばにもタイ人のポン引きがいるのが見えたし、これもかなりヤバい雰囲気の人が多く、ちょっと近寄りがたい雰囲気だった。

で、すぐに思ったのは、スクンヴィットどおりにいる、外人向け売春婦のポン引きとの違いだ。 スクンヴィットにいるポン引きは、おっかないけど、話しかけると案外いい人が多いのだ。 見かけは色黒でゴツくて顔に傷があって刺青があってという、超おっかない感じなのだけど、話すとびっくりするぐらいすごく温和で親切な人が多いのだ。 で、王室広場のポン引きはこれとは一線を画している。 王室広場のポン引きは、掛け値なしに超おっかない感じだ。

つまり、外人向け売春婦のポン引きはイサーン系の人が多いんだと思う。 何というか、タイの田舎から出てきたイサーン系の人はタイ語がネイティブじゃないし、タイ語が苦手でタイ語でバンコク人とやりあってもまともには渡り合えないんだと思う。 それよりは、外人を相手にしていた方が有利なんじゃないだろうか。 外人は元よりタイ語が話せないし、金もタイ人よりたくさん持ってる。 だから無理してバンコク人と渡り合うよりは、タイ語力と無関係な外人と駆け引きしたほうがずっと勝ち目が高い。 だいたい田舎から出てきたイサーン人は、タイ語で喧嘩したとき、僕のような外人ですら対等な言い合いになってしまうぐらいで、タイ語があまり上手じゃない。 バンコクでこういう本格的にヤクザなやつらを相手にしても勝ち目が無い。 それで、田舎出身のイサーン人が、やむなくこういう仕事につくことがおおいから、外人向けポン引きはのんびりしたいい人がおおいんじゃないか、とかそういうことを思った。




雨が小ぶりになった。 屋台は雨ですべて撤収して帰ってしまった。 何もなかった。 さて、何をするか、と思った。 ここからバックパッカーで有名なカオサン通りはそう遠くなかった。 歩いて行ってみることにした。

カオサン通りは西洋人がものすごく多く、週末でディスコクラブは大賑わいだった。 楽しそうだなぁ、僕も混ざって遊びたいなぁと思ったが、何となく心のどこかでそれを面倒くさいと感じている気持ちもあって、複雑な気持ちになってしまった。 カオサン通りで楽しく遊ぶには、僕は色々な事を知りすぎてしまったんだと思う。 こういう西洋人に混ざって遊ぶ、彼らはタイについて何も知らず、冒険心と好奇心で興奮しているわけだけど、僕はとてもそういう気持ちにはなれない。 彼らに取って僕は不思議な存在になってしまう。 日本人でもタイ人でもアメリカ人でもない、しかもこれらの間にたって、はさまれて、悩まされて、いっこいっこ全部違いを説明して歩く羽目にあい、ま、大体において、説明したところでわかってくれるわけもなく、彼らはまだ子供であり、それはしかたがない事でもあり、とそういうことが一瞬のうちに頭を駆け抜けてしまう。 話しかける前から面倒くさくなってしまう。 もっと早くここにくれば、もっと楽しかったのだろうなという気がする。 そうすればもうちょっと英語が上達していただろうに、などとも思う。



こういうところにくると、必ず出稼ぎのイサーン人がいっぱいいる。 僕はウドンタニーに長く住んでいたので、彼らがどういう国からきて、どういういきさつで、どのような心境でここに立って仕事をしているのか、ものすごくよく知っている。

一方、最近はバンコク人の間でもカオサンが流行していると言う。 みていると、結構バンコク人の若者が来てる。 明らかに外人な僕を見て、自信満々流暢な英語で話しかけたりする人も多い。 彼らは、タイの富裕層なのだ。

で、彼らの視点は、もはや外国人と言っても過言でなく、僕が知っている労働者のイサーン人とはまったく違う視点を持っている。 また、彼らの目当ては往々にして西洋人であり、英会話なのだろう。

そこに、西洋人が加わる。 イギリス・アメリカ以外の東欧から来る人も多い。 聞いたこともないような言葉を話している人はいっぱいいる。 彼らは英語が話せない。 イギリス人、アメリカ人がいるなと思えば、彼らはほとんどの場合、学生だ。

日本人もいる。 多くの場合日本人は日本人だけで行動する。 不器用というよりは、日本は文化的に独特過ぎて、うまくコミュニケーションを取るきっかけをつかめない、あるいはつかむことが難しいんだと思う。 もっとも固まっているのは日本人の専売特許ではなく、アメリカ人の学生もそうとう固まってるけど。

僕はここにこうやって日本人として立っていて、あまりにも色々な視点がありすぎて、なんだか非常に混乱する。 もうちょっと自分の立場をひとことで説明するスキルが高ければ、ここに立っていてももう少し楽しい気分になれるのになぁと思った。

帰るかなと思ってブラブラしていたら、何かいきなり知っている顔の人がいた。 あれ?と思ったら、近所によくいるトゥクトゥクの運転手だった。 アッと思った。 向こうも気がついてパッと顔が明るくなった。 こいつは抜け目がないイサーン人の男で、気をつけていないと、イカ焼きとか焼き鳥とかをせびられてしまうので、要注意の男ではあったが、実に感じがよい人で、見れば挨拶をする人だった。

「何でここにいるんだよ!」って聞いたら、一日カオサンとMBKを半々ぐらいで待機しているんだという事をいっていた。 どこいくの?というから帰るところ、と言った。 彼は僕がいかにケチな人間か知っているので「じゃぁ俺が行こうか」と言わないところがちょっといい気味だった。


バス停を探して歩き始めた。 でもどの線に乗れば帰れるのかわからないので、そばのおばさんに聞いた。 そうしたら、その人も自分が知っている帰りの線を逃してしまい、他のどの線に乗れば帰れるのかわからず悩んでいるところだったらしかった。 何だぁという話だった。 あれ?タイ人..じゃないですよね?って言われた。 違いますよ!って言った。 タイ人が「タイ語上手ですね」って言うときは大抵お世辞なので「あれ?タイ人じゃないよね?」って言われるのは、結構うれしい。


散歩がてら歩き始めたら、民主記念塔のところにマクドナルドがあるのを知った。ここはマックカフェになっていることを知った。 夜中にコーヒーを飲みたくなったら、ここに来るというのもひとつのアイデアだということがわかった。


結局今日はタクシーを拾って帰った。 55バーツ(165円)。安いけど、これで山盛りの丼モノがふた皿食べられる事を思うと、結構高いと思う。


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出展 2009年08月16日06:22 『バンコク人とイサーン人』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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