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2008年11月16日日曜日

差別 (mixi05-u459989-200811160514)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
差別
2008年11月16日05:14
最近、僕はある友達の発言に非常に激怒していて、気持ちを落ち着けるのが非常に難しい。 激怒しはじめてから二日目に入る。 随分時間がたった。 だけど未だに鼓動が高まるほど怒りを感じている。 仕事に手が付かない。 どうしても 何故僕がこうやって激怒しているのか色々考えてしまう。

そんななか、僕は今、日本語断食をしているので、だんだんと普段読んでいる文章に英語が増えてきた。 で、僕が今読んでいるブログにこういうのがある。

http://hellonegro.com/2008/11/10/how-to-tell-people-they-sound-racist/
http://jp.youtube.com/watch?v=b0Ti-gkJiXc

僕はこれをみてハッと気がついた。
色々考えてみたのだけど、僕は多分、差別問題に非常に敏感に反応していたのだと思う。

僕は差別が嫌いだ。
だが差別が何故悪いことなのかを差別をする人間に伝えるのは、極めて難しい。

このビデオは面白い。

=====================================

だんだんわかってきたのだけど、要するに、タイにいる日本人や外国人というのは、実に差別的なのだ。


タイ人やイサーン人に対して差別する人がいると、僕は、自分が差別されたと感じる。 何故かはわからないがそう感じる。 その怒りというのは凄まじく、自分でもコントロール出来ない。 僕を怒らせたその日本人は幸運だったと思う。 ミクシのメッセージだったのだ。 もしもリアルであってたら僕は彼を殺してたかもしれない。 それぐらい激しい憎悪を感じた。

ところが、ここが僕とイサーン人の違うところなのだけど、イサーン人は極めて心が広いので、そういう差別的な言動を許せるのだ。 僕は激しく怒る火の玉のようになってしまう。 とてもじゃないけど許せない。

正直、こういう場面で怒っているとキリがない。 差別する人間など、そこらじゅうにいる。 いちいち指摘していたらキリがない。 だが、誰かから差別的な態度をとられると、僕はその日一日中怒りっぱなしになってしまう。

だから、僕はこのビデオを見ると、胸が高まるような感じがする。 胸がスッとする様な気がする。 とても気持ちがよい。

だが、僕の今の状況にはちょっと応用しづらい。 こうやってガンと自分の意見をぶつけてもどうにもならないほど、相手が幼いからだ。

「お前が誰かは問題じゃない、お前が何をしたかが問題だ」っていうのは、胸のスッとするような実に気持ちのいい言い分だとは思う。 と、同時に極めて大人な意見だとも思う。 とてもじゃないけど、日本人には、これを理解できる精神の成熟度を期待できない。 まず日本人の差別者は、自分たちがみんな同じだと錯覚しているところがあるからだ。 「お前も同じなんだから誰に何を言ってもかまわない」 と思っているフシがある。 実は大きな違いがそこにはあるのだけど、ちょっと説明した程度では、誰もがみな違うという前提に視点が到達しないのだ。

日本人は、このノリ「みんな仲良し」のノリで外国に来てしまう。 そうやって来た外国が、アメリカとかフランスとかの様に、差別が激しく燃えている国であれば学ぶチャンスに恵まれただろうが、彼らはタイに来てしまったのだ。 タイ人は慈悲深い。 だから差別的な態度をとられてもあえてそれを許しているところがある。 このビデオに出てくるようなバチッときっちり言い返すタイプの人ってタイにはあまり居ないのだ。 だからこそ、10年居ても20年居ても、自分の差別的な態度に気がつかない。 どうしても差別の何たるかを学ぶチャンスに恵まれない。

しかし、タイ人は差別を許しているけど、内心はこのビデオの人みたいに怒ってはいるのだ。 タイ人は、国民性的に、自分や相手の気持ちをコントロールするのが上手いので、タイ人が怒ると、怒らせた外国人はなすすべもなくタイ人のいいようにコントロールされてしまう。 こうして、気がつかないうちに、取り返しの付かないような痛い目にあうのだ。



僕は、この差別という一点に関して、極めて高い感受性を持っているようだ。 多分だけど、日本に居るあいだ、僕にとって見極める作業自体が日常だったからじゃないかと思う。 これを見切らないといけなかった。 だから見えるのは当たり前なのだ。 だけど、彼らはこれが見えない。 彼らは『差別がない国・日本』 から来るのだ。 日本に差別がないかといえば、そんなことはなく、逆におおありなのだが、彼らはその現状に気がついてすらいない。

ヨーロッパとかアメリカ・イギリスなんかに滞在すると、タイよりももっとシビアな差別に対するセンスが求められるのではないか。 そういう高度なセンスが当たり前になっていれば、これを見切るのはそんなに難しいことではないと僕は思う。

タイが好きになるような外国人というのは、どこか「裸の王様」の様なところがある。 どこか、心の片隅に、どこか自信が持てない弱さを抱えているのだ。 だから何でも許してほめてくれる優しいタイ人に出合って、バカにしたい放題しても「はいはい」とやさしくいなしてくれるタイ人の虜になってしまうのだ。 まるで妻を馬鹿にしてようやっと自信を維持している情けない夫の様なのだ。



僕はどうもタイにいる日本人が苦手だ。 どうしても、そういうマヌケな構造が見えてしまうので、つい意地悪を言いたくなってしまう。 言うと大反発を食らう。 彼らは自分が見えてないのだ。 つい、そういう彼らに自分を見せる為の鏡を渡してしまう。 でもムリなのだ。 渡した鏡をこっぱみじんに打ち砕いて激怒し始める。 そして、おかしいのは鏡を渡した僕の方だと罵り始める。



自己言及性のジレンマってある。 俺は大丈夫だ、とは絶対に言えない。 「俺は大丈夫だ、お前はダメだ」 といえば、必ず相手も「俺は大丈夫で、お前がダメだ」と言い返す。 これを論理的に打ち破るのは結構難しい。

だからタイに居る日本人に何がまずいのかを説明するのは難しい。

でも、これを打ち破るのに「俺は○○年パリに住んだぞ」とか「俺は○○もしたことがあるぞ」とかそういう妙な担保を持ち込むのはイヤなのだ。 これをはじめると、「お前は甘い」「いーやお前が甘い」戦争になって不毛なだけだ。 何年キャリアを積んだって、わからなきゃわからないし、わかるときは一瞬でわかるし、そういうものだ。 年の功なんて何の役にも立たない。

討論をするとき、そういう儒教的な上下関係の価値観を使うのは妥当じゃない。 本来は論理だけで厳密に合理性を説明する以外にない筈なのだ。 ところが、日本人って、これを厳密に論理的に説明されても、それを理解して納得できるほど、頭がよくない。


コメント一覧
ジャコビ   2008年11月16日 11:45
日本人って、頭が悪いのではなく、考えなくても生きて行ける、考えない、考えない方が上手く行く、考える事を止めてしまったんだろうと思います。

差別が日本には存在しないというのも、多くの日本人が持っている大きな幻想で、部落問題を持ち出すまでもなく、学歴、性別、職業などによる差別はごくごく当たり前に見つかります。目の前にあるのに見えないんでしょうね。そういうのが認識出来る人の殆どは、通常の社会の枠組みの外側にはみ出している為に差別が見える人か、日本の通常の概念に頭がどっぷり浸かっていない人だろうと思います。

余談ですが、私が美大の受験をしていた頃、毎日デッサンをしていましたが、デッサンをし始めたばかりの人の殆どは、自分で見たものを描いているのではなく、自分が見たと信じているものを描いているのです。本当に目で見たものをそのまま描き出さないと、デッサンは決して上達しません。「手が描く」のではなく、「目が描く」のです。私は自分が始めて目で描き始めた日の事を今でも覚えています。理屈ではないんですよね。…おかあつさんの日記を読んで、そんな事をふと思い出しました。
おかあつ   2008年11月16日 14:17
> 余談ですが、私が美大の受験をしていた頃、毎日デッサンをしていましたが、デッサンをし始めたばかりの人の殆どは、自分で見たものを描いているのではなく、自分が見たと信じているものを描いているのです。本当に目で見たものをそのまま描き出さないと、デッサンは決して上達しません。「手が描く」のではなく、「目が描く」のです。私は自分が始めて目で描き始めた日の事を今でも覚えています。理屈ではないんですよね。


ジャコビさんは、僕よりずっとよく問題が見えているのだと思います。
それは僕をすごく安心させるのです。
へんな言い方になってしまうんですが、むしろ、それこそが普通だと思うのです。

僕は、それが普通の友達の中でずっともまれて来ましたし...。
おかあつ   2008年11月16日 14:31
そういえば、前も、ジャコビさんとそういう話をしました。

>日本人って、頭が悪いのではなく、考えなくても生きて行ける、考えない、考えない方が上手く行く、考える事を止めてしまったんだろうと思います。

僕、本当にそう思います。 タイって本当に温暖で食べ物が豊富で豊かな自然に守られ、のんきな性格をはぐくんできたように思うのです。 そんなタイ人を、日本人はむげにバカにするんですが、そんな日本人は、自分の国が海に囲まれて、他の文化圏の強大な国から守られてきたことに、全く気がついていないのです。 そんな『神風』に守られているからこそ、考えずに済んでいるんです。



でも、こないだ思ったんですが、昨今、日本社会って凄まじく複雑化してます。 考えてみれば、今時、「考えずに済む」「言わずに済む」なんていうことは言っていられないじゃないか、って思ったんです。

この間、日本の社会で立派に生きている友達と話して気付いたんですが、今時、自分の状況を説明するスキルがないようじゃ今の厳しい日本社会で仕事をしていくなんてムリです。 アメリカとはまた違った独特な「説明スキル」が求められているように思うのです。

ジャコビ   2008年11月16日 15:03
私は年に一回位しか日本に帰れないのですが、その度に思うのは、日本人の頭をバカにしようとする陰謀が日本には渦巻いているように本気で錯覚してしまいます。街を歩いても、テレビを見ても、コンビニで雑誌を眺めても、人と話しても(日本の新聞はもの凄く読み辛いので、インターネットでしか読みませんが、それにもあまり内容がないと思います。)、みな架空の現実の中に生きているようで、怖くなります。誰かが、映画の Matrix みたいに、故意に暮らしやすい架空の現実を作っているような気がします。私は、そのウソっぽいぬるま湯に浸かったような生活が嫌で日本を出たのですが。

でもやはり、経済が厳しくなり、年功序列制度が崩れて、貧富の差があると誰もが認めるようになると、生き残りを賭けて日本人も変化していくんでしょうね。辛いのは、日本みたいに社会の枠組みがガッチリと堅固な国では、いくら努力しても、能力があっても、芽が出ない、才能が認められない人も少なくないでしょうね。
おかあつ   2008年11月16日 15:27
> 街を歩いても、テレビを見ても、コンビニで雑誌を眺めても、人と話しても(日本の新聞はもの凄く読み辛いので、インターネットでしか読みませんが、それにもあまり内容がないと思います。)、みな架空の現実の中に生きているようで、怖くなります。

その感覚、よくわかります。 痛みを麻痺させる麻薬みたいな感じなんですよね。 最近はどうも痛みがどんどん強くなっているので、薬もどんどん強くなっているのかも知れません。

>辛いのは、日本みたいに社会の枠組みがガッチリと堅固な国では、いくら努力しても、能力があっても、芽が出ない、才能が認められない人も少なくないでしょうね。

そこなんですよね...。
その痛みの原因に気付いても日本だとどうにもならないんです。


こないだ 日本がIMFに何千億円も払って国際通貨を作る基金にする、っていう空恐ろしいニュースが出てましたが、日本って、そうやって遠まわしに莫大な資産を搾取されてるんですよね。 こんな血反吐を吐くまで働いて、何で「ワーキングプア」なんて言葉が出てくるのか、僕は不思議でしょうがないのです。

そんな『麻薬(仮想世界)』も必要になるような気もします。

ねこ☆ミ。   2008年11月16日 22:08

>タイ人やイサーン人に対して差別する人がいると、僕は、自分が差別されたと感じる。
>何故かはわからないがそう感じる。

人間は、最終的には自分を受け入れてくれたものを仲間(味方?)と区別するするようにできていて、
タイ人やイサーン人の問題を自分問題のように感じる様になっているのだと想います。
自我の範囲が自分自身というわけではなく、
おかあつさんの自我がタイ人、イサーン人のことを自分のことのように感じるのだと想います。


>その怒りというのは凄まじく、自分でもコントロール出来ない。
>僕を怒らせたその日本人は幸運だったと思う。
>ミクシのメッセージだったのだ。
>もしもリアルであってたら僕は彼を殺してたかもしれない。
>それぐらい激しい憎悪を感じた。
おかあつさんが、怒りを感じるのは、正当だと思います。
西欧の価値観に従えば、自分自身が受ける差別を放置することは、
差別を助長する訳のわからない行為です。


>ところが、ここが僕とイサーン人の違うところなのだけど、
>イサーン人は極めて心が広いので、
>そういう差別的な言動を許せるのだ。

イサーン人の方は、仏教に帰依している方が多いのでしょうか?
ちょっと、イサーンでは、仏教のどのあたり(ジャンル?)が
主流なのか、よくわかりませんが、
たぶん、怒らないのは、こんな仏教的な理屈で説明がつくでしょうか?
(まだ、自分は仏教は初心者なので説明する自信はあまりありませんが
トライしてみる(^^;;;

=====================

怒るということは、外界の現象により自動的に反応することです。

相手の態度により自動的に怒っているのであって、
自分で行動を選択して、怒っているわけではありません。

本来であれば人間は自由に行動を選べるべきですが、
怒りに身を任せた場合、外界の現象に反応しているだけで、自由ではありません。

怒ることにより、心拍数があがったり、体力を消耗したり、肩が凝ったり、
頭の血管がきれたりと、色々な苦しみを味わいます。
これから解放されるためには、まず、これが苦しみであると気づくことから
始まります。

自動的な反応に、気づくことが重要です。

怒りを感じると、身体に怒りの反応が起きますが、これに気がついて、
この反応が心に影響しないように断ち切るように訓練することができます。

怒りの反応が起きた場合に、別の自分がその心を冷静に観察して、
怒りと自分自身を同一化させないようにします。

====================
怒らない仕組みについてでした。

本当に一面からの説明で、短く圧縮しすぎたので、どう訓練するんやねんとか、
意味不明だったらごめんm(_ _)m。

また、訓練するとかなり外界(と自分の内面にある過去の記憶、煩悩等)から、
心の反応を切り離すことができるようですが、
完全には切り離すことはできないと思います。


>討論をするとき、そういう儒教的な上下関係の価値観を使うのは妥当じゃない。
>本来は論理だけで厳密に合理性を説明する以外にない筈なのだ。
>ところが、日本人って、これを厳密に論理的に説明されても、
>それを理解して納得できるほど、頭がよくない。

おかあつさんの主張は正しいことが多いと思いますが、、
ただ、論理的に正しいがゆえに、相手が納得するとは思えないのです。

相手に好意を示したうえで、相手の自尊心をあまり傷つけずに説得できればと想います。

(以下、自分の迷いです。
ねこ☆ミよりもおかあつさんのほうが、自分の意見を他の人に理解してもらおうと努力してます。
これは、困難で尊い仕事です。
でも、ねこ☆ミが思うに、正しい意見を取り入れないと相手を責めても、おかあつさんの望む結果にならないのです。
それでも、おかあつさんが、自分の正しさを主張して、こてんぱんにやっつけて、
過ちを認めさせないと、相手は納得しないか?(困惑中。)



このまえ、とあるアジアの国(タイではありません)について
偏見をもっている人の話を30分ぐらい永遠と聞いて、
これを変えさせようと会話してみましたが、大変ですね。

周りからみるとおかしな考えでも、その人にとってはそう考えることによる
見返りが必ずあるものです。

その人は日本人であるがゆえに、ひどい目にあったようですが、
偏見をもつことにより、遠ざけたり、用心したりして、
また、ひどい目にあわないようにしているのだ、と思いました。


日本の差別は、ナイフで刺されるような痛みはありませんが、
気づかないうちに、真綿で首を絞められているような恐ろしさがあると思います。


明日からまた、仕事なんで、返事等遅くなります。m(_ _)m
ねこ☆ミ。   2008年11月16日 22:21
↑割と短文かと思ってたら、Mixiの文字数制限を初めて超えました。
だいぶ、短くカットしました(^^;;;
おかあつ   2008年11月16日 22:37
>自動的な反応に、気づくことが重要です。

この話を読んで、前こういう実験があったという話を思い出した。

1.Aさんに内緒で、Aさんにアドレナリンを注射して、討論に参加させる。
2.Bさんには、これから打つ薬はアドレナリンです、ってきちっと説明してから討論に参加させる
3.討論に加わってる人はみんなサクラで、それぞれAさんとBさんをわざといじめる。
4.Aさんは多少異議を唱えられても冷静で居られるけど、Bさんはあっという間に激怒してしまった。

でも、本来、感情っていうのは現象的な物じゃない。
それにはきちんと意味があって理由があり、解釈がある。

=====================================

>相手に好意を示したうえで、相手の自尊心をあまり傷つけずに説得できればと想います。

要するに、こういうことなんだよ。 僕は他の人がどう思おうと、それは個人の自由だと思う。
何を思おうと僕は怒らないし、気にしない。

でもね。 誰かが誰かを見て「バカ」だって断罪し「バカ」は殺してもいい」って言うなら、要するに、僕はこういいたい。 「僕はキミより頭がいい。 だから僕はキミを殺していい。」 この論理には矛盾がない。 極めて正当な論理だと思う。

彼は僕と同業。 つまりネコさんとも同業なの。 プログラマ。 まぁ、そこそこいけてるんだけど、キャリアがたんなくて、アマアマなんだよ。 コーディング、プロジェクト管理、説明能力、どれをとってもぜんぜん中途半端。 自分より上級のプログラマにしごかれたこともないし、ダメダメなんだよ。 日本に帰っても仕事はない、っていうタイプなの。

学歴はある。よく勉強している...が最後の一歩がない。 実践がない。 いいとしこいて、ガラスのプライドを必死に守ってるタイプなんだよ。 もう30も近いというのに。

そんなんでね。 自分を棚に上げて、タイ人を馬鹿にするなんてね。 100年早いよ、って言いたい。 つまり、「お前がタイ人をバカにするなら、俺はお前をバカにする。 負けないよ?」っていうことなのよ。 こっちゃね。 一切の言い訳は許さないよ。 だって、彼はタイ人に言い訳を許していないわけだから。

こうしているうちに、「どんな理由があろうとも他人をバカにしてはいけない」ということに彼も気付くでしょ。
おかあつ   2008年11月16日 23:01
またね。 往々にして、バカには理由がある。

それはひとつひとつ紐解いていくと、経済的困難→教育の欠乏→政治的な問題→人種問題→差別→歴史→絶望→経済的困難 ... という風にループしている。 誰かがどんなに努力をしても絶対にどうにもならない。 世の中、絶対に変えられないことが存在する、という現実。

彼はいいだろう。 充分お金を持っており外国に来て10年もブラブラしたのだから、頭がいいに決まっている。

しかしタイ人はそうじゃない。 海に囲まれた日本とは違って、生々しい民族衝突の歴史の中で生きている。 それはニッポンの『文民統制』された安全な教科書に載っているような、味も臭いもしない文章ではなくて、くさい便所の臭いや、血の臭い、腐敗した肉体の臭い、というような生々しい現実感の中で起こる人間の衝突の痛みの中で生きている。

そういう中では学業に打ち込んだり、思案に暮れたりというようなゆとりはとてもじゃないけど、ない。 バカには必ず理由がある。

こういう複雑な民族の系譜っていうのは、他の民族からは、なかなか見えない。 特に日本人は、こういうセンシティブな話題に対して、極めてズボラだ。 また、決して興味本位で覗いていいものでもない。 だが、そんな部分に土足でドカドカ入っていこうとする。 そんな見えない苦しみに配慮を示せる人はいいのだけど、日本人って、一般的に言って配慮すら示せない大バカ者が非常に多い。

そうやって苦しんでいる人間にね。 マヌケ面してバカって言うようなヤツは、許せんよね。


更に、

>彼はいいだろう。 充分お金を持っており外国に来て10年もブラブラしたのだから、頭がいいに決まっている。

10年もブラブラして、なんだその実力のなさは、とも思うのよ。
貴様だってタイ人とさしたる違いもないだろが! といいたい。
その現実から目をそらしてタイ人をバカにし続ける彼は万死に値する。
貴様に明日を生きる資格はない。
お前を苛めて虐めて苛め抜いてやる! という心境に僕はなっている。

というか、色々考えてみると、実は、僕は、Sかもしれない。
この言葉の方がより正鵠を射抜いている様な気がしてきた。

ねこ☆ミ。   2008年11月16日 23:50
>相手に好意を示したうえで、相手の自尊心をあまり傷つけずに説得できればと想います。

そう、これは、人を説得するときの基本みたいなものの一部なのですが、
これを書いたときかなり迷いがあったのです。
これを超える問題なんじゃないかってね。

>その現実から目をそらしてタイ人をバカにし続ける彼は万死に値する。

状況はよくわからんが、
タイ人などをばかにする行為は嫌いです。
彼に実力があったとしても嫌です。


でも、、、そもそも、その人をいじめる価値があるのですか(^-^;;;

一緒にいる時間が長いのですか?
それとも、ブログか何かに絡んでくるのですか?
おかあつ   2008年11月17日 00:47
>一緒にいる時間が長いのですか?
>それとも、ブログか何かに絡んでくるのですか?

必要は一切ない。 もう忘れます。


>タイ人などをばかにする行為は嫌いです。

もうちょっと詳しく説明しないといけないんだけど、タイ人の行為っていうのは、日本人の価値観から行くと殺してもいい人の対象になる。一緒に仕事をすると、何度説明しても間違えたり、何度説明しても忘れたりして、最終的に大損害を出したりするので、 実際殺したくなる。だから、僕もタイ人を馬鹿にする気持ちがわかってないわけじゃない。

つまり、日本人として、タイ人をバカにしないで居られるっていうのは、日本人として極めて高度な異文化交流スキルを身につけたといって過言じゃない。 彼は10年タイに居て、この点、他の日本人より圧倒的に高いレベルを身につけている。 僕は彼のレベルに到達している日本人を彼以外に知らない。その点は間違いない。

だから彼が、僕が云わんとしている点をどうやっても理解できない、それを僕が激怒しているというのは、考えてみれば、「超アドバンスト編」ともいえる。まるで、崖を素手で登ってくる超人的な才能を持つ弟子を「甘いわ」とあっさり一言で切り捨ててがけ下に蹴落とす師匠の様なものなのかもしれない。




ただね。 僕に言わせれば甘いのよ。 色々と。 多分彼も僕をみて自分のそういう甘さが色々と見えているんだと思う。だって、僕は、タイに来てたったの1年とか2年なのに、いろんな点で彼をビュンビュン追い抜いているんだもの。彼も自信があっただろうし、それだけは絶対に認めたくなかったのだと思うよ。

彼のどこが甘いのかは色々説明できる。その点っていうのは、例えば、いつも色々コメントをくれるジャコビさんとか、前回色々な話を聞いてくれた fugaさんとか、物凄くよくわかってる。この方々は間違いなくそんな「超アドバンストレベル」に居る。 こういう方々っていうのは、限りなくネイティブに近いレベルに居る。ネイティブと同じ視点で話せる。 というかネイティブでもある。

そういう「超アドバンストレベル」では、僕はダメダメのヘロヘロで、まだまだやらないといけないことがたくさんある。タイ以外では、日常生活で当たり前の様にそのレベルを求められるわけで、そのレベルを求めないで許してくれるタイ人のやさしさに頼っていてはいけない、と僕は思う。僕はそういうレベルを目指している。 というか、語学って、究極を目指してるくらいで、ようやく初級に到達できるというか、そういうところがある。

彼も、シロウトの日本人から比べればはるかに高いレベルにいるんだけど、そういう超アドバンストレベルの心構えを見ると、「あ、いや、別にそこまで真剣にやってるわけじゃないし」っていう逃げ方をする。

そういう甘さが、細かな言動にあらわれている。

でも、要するに、タイに来てたった数年のペーペーのいうことは聞きたくないんだろうね。

でも、年の功なんて何の役にもたたんよ。 って年下の彼に言うのもなんだけど。
おかあつ   2008年11月17日 01:57
確かに不謹慎な遊びかもしれないけど、民族当てクイズって生活上のひとつの遊びだと思う。 というのも、民族問題ってすごくセンシティブな問題である場合が殆どなので、面と向かって「あなた、何人ですか?」って絶対に聞けないからだ。 その人の出身民族によって生活習慣・嗜好性が全く違うので、これを間違えると失礼になる場合がある。 そこで、その人のごく小さな微妙なしぐさや言動をよく観察し、常識感覚をフルに活用することでその人が何人か推理するのだ。

上達すると場合によって頼もしいコミュニケーション手段になる場合もある。その人が何人か確信を持っている、その人に向かって「あなた、何人でしょ!」ってズバリといったりするのもいい。あたると一気に仲良くなれる。 相手の生活文化習慣をよく知っているんだという強いアピールになるからだ。 但し、外すと大変な失礼になる。 コミュニケーション手段としてリスクが高く 細心の注意が必要だ。

遊びというには、ちょっと不謹慎だと思うけど、この民族当てを、日本人はあまりにもやらなさすぎるように思う。


前、日本でロシア人とブラブラしている時、我々の前方に小柄な金髪女性が歩いていたことがあった。 同じ方向に向かっているので顔は見えない。 この状態でその人はロシア人か日本人かわかるだろうか。 ロシア人も日本人と同じように小柄なことが多いから僕はわからなかった。 ところが、そのロシア人は自信を持って「絶対ロシア人」といった。 顔を見たら実際ロシア人だった。 何故わかったか不思議だった。聞いてみたら「お尻の形でわかる」といった。 確かに違う! 上手く説明できないけど、確かに違うのだ。 よく見てるなぁと思った。 おかしかった。

ロシア人と他のヨーロッパ人を区別するのは、結構難しいけど、割とはっきりした違いがある。前、ロシア人と結婚したアメリカ人とそういう話をしたことがあった。 ロシア人は鼻筋にちょっと特徴がある。 これが出来るようになると色々便利だ。ロシア人の女性をみつけて「プリヴィェーット!」ってやれば一度に仲良くなれる。 (もっとも、ロシア人って一般的にヨーロッパでは嫌われており、間違えると大変な失礼になってしまう。 あまりやらないほうがいい。 )


当然、タイにもある。 タイ人って言っても、「バンコク人」「中華系タイ人」「南部人」「北部人(チェンマイ人)」「東北人(イサーン人)」他にもスコタイ・プータイ・とかいっぱい居る。この人たちは、タイ人とはいっても、一様にタイ語を話すわけではなくて、基本的に普段は違う言葉を話している。 また当然、習慣もしぐさも全然違う。 だから外人とかが相手の民族を無視してこれ見よがしにタイ語でベラベラ話しかけると、実は煙たがられていることが多い。

これをきっちり見分けるのは大切だ。 見分けられないと結構トラブルを招くこともおおい。


アメリカはわからない。 ただ、ユダヤ人かどうかを見分けるのは、実はかなり重要な気がする。自信はないのだけど、上のビデオのアニキは、実はユダヤ人であるような気がする。でも、アメリカは「それを気にしない」のが通みたいなノリがあるので、また随分と常識が違う様な気がする。でも習慣や性格・文化が全然違うのでやっぱり見分けないといけないのかもしれない。

逆に、アメリカに居る時、これをよくやられた。 というのも、アメリカでも東アジア人はいっぱい居るわけで、だけど、同じ東アジア人でも韓国・日本・中国・と全然習慣が違う。東アジア好きなアメリカ人が、この民族当てクイズをやるのが面白いと思っているみたいで、歩いていると、いきなり「こにちゅわー!」とか話しかけられたりした。 これは結構びっくりする。 あるときどうやって見分けたのか話を聞いたら「目に特徴がある」とか「髪形でわかる」とかそういうようなことを言われた。


...

で、タイに居る日本人って、ひたすら「タイ人って○○だよね」「タイ人って○○だよね」って言う。 このことにすごく違和感を感じる。タイ人って何人だよ、って思う。 そういう微妙さにあまり気がついてないというか、気がついていてもズボラで気にしてないというか...。

僕は中華系タイ人の見分けが付かない。もちろん中華系タイ人かどうかはすぐに見分けられるのだけど、タイに居る中華系タイ人って、出身地やタイに渡ってきた年代によって全然習慣が違う。これを見分けないと、結構シビアなケンカに陥ることがある様な気がする。 特に地方だとこの傾向が強い。 これを見分けるのは、物凄く難しい。絶対に教えてくれないし...。
おかあつ   2008年11月17日 02:26
で、日本にこの「民族当て」が本当に存在しないのか、という討論がある。

ある友達によると、実はかつてはあったのだが隠されてしまったという。 日本にはたくさんの豊かな地方文化があったのだけど、色々な事情によって破壊されてしまった、という。 僕はこれはすごく面白い意見だと思う。 今だってみんな違うのに、何故かみんな同じことが前提で無理やりに足並みをそろえさせられている。 何故こうなってしまうのだろう。 このことについては、よく考えないといけないと思う。

ジャコビ   2008年11月17日 05:25
ビデオの男性は、黒人系と白人系の mixed race だと思いますよ。白人の部分は、何系の白人かまでは分らないけれど、黒人が入っている事は、ほぼ間違いないと思います。

私の夫は50%ユダヤ人です。後の半分は、アイリッシュ、フレンチなどが混ざったヨーロッパ系です。夫のラストネームを聞けば、一発でユダヤ人と分りますが、年配のユダヤ人は、夫の顔つきを見ただけでも、ユダヤ人だと分るようです。夫の顔つきは、どちらかと言えば、フレンチ・アイリッシュだったお母さんの顔つきに似ていると思うんですがね…

私は韓国人に間違われる事が多いですね。韓国人の経営する八百屋に行ったりすると、「アンニョーハセヨー」と景気よく挨拶される事があります。先日も、中国系のスーパーマーケットで、レジのおばちゃんから中国語でマシンガンのように何やら言われて、面食らってしまいました。それはそれで別に気にもならないし、良いのですが、日系の近所のコンビニに買物に行った時に、英語でお会計をされた時には、何故かショックでした(ショックを受けた事自体に自分でも驚きました)。やはり、同胞の日本人には私が日本人だと分って欲しい、自分自身の日本人としてのアイデンティティーは、保持したいという気持ちがどこかにあるんでしょうね。
おかあつ   2008年11月17日 13:10
> ビデオの男性は、黒人系と白人系の mixed race だと思いますよ。白人の部分は、何系の白人かまでは分らないけれど、黒人が入っている事は、ほぼ間違いないと思います。

(’O’)... そうかもしれない。 なるほど...。


アメリカのことは全部本やネットで読んだことしかしらないので恥ずかしいのですが、以前ユダヤ人というのはお母さんがユダヤ人のときにユダヤ人とされる、っていう話をきいたことがあるんです。 そうなんですか?


アメリカで、東アジア系の人に間違えられるっていうのは、また別種なショック...

僕は、アジア人ばかりいるタイに居て、僕の顔は典型的な日本人顔らしく、中韓日泰だれからみても一発で日本人って言われます。タイで田舎に行ったら物見の人だかりができたことありました。 ヨーロッパ人からもそう見えるみたいです。ドイツでタクシーにのってたら、隣の車に乗ってたドイツ人からギャグでいきなり深々と一礼されて、びっくりしたことあります。

中味は全然普通の日本人じゃないんですけどね。 それどころか、日本に居るとまるで自分が日本人じゃないような疎外感がいっぱいでやになっちゃうんですが...。

で、僕がタイ語を話すと、かなり高確率で青ざめて逃げていきます。 僕のタイ語はかなり発音が綺麗らしいんですが、それが顔と相反して極めて意表をついているみたいです。 なんなんだよ逃げることないだろ、って思います。


タイにいると思うんですが、明らかに「こりゃ絶対日本人だわ」っていう顔の日本人って意外と少ないんです。日本に居ると気がつかないですが...。 そうなると、何語をしゃべってるかとか、しぐさや髪型の特徴から見分けるしかないです。これがムチャムチャ難しい。僕もこうやって日本人の悪口を書いてばかりいるけど、ある種の日本人はすごくまじめで器用なので、まじめに勉強して色々細かい点まで適合しているんですよ。 それで細かな点で凄くタイ人に近かったりするので、しぐさだけじゃまず日本人って見抜けないです。

ま、服装や外見は適応しているのに、「ひと声」聞くだけで一発で日本人ってわかるバカ日本人も多いですが。


そういえば、前、日本語がすごく上手い中国人の友達が、飛行機で隣に座った人とずっと日本語でおしゃべりしていて飛行機を降りる時まで実はお互いが中国人なことにと気がつかなかった、っていう話をして大笑いしてたことあります。

他民族って、何かすごく楽しいです。
おかあつ   2008年11月17日 14:20
何故僕が民族当ての話を持ち出したかというとこういうことがあったからだ。

彼があまりにもタイ人をバカだというのをやめないので、僕は彼に「僕は実は父がイサーン人なんだが」っていうメールを出してみた。 これはあるイサーン人からのアドバイスでもあるし、実際、彼はタイ人にも面と向かってバカっていう勇気があるのか試してみたかったからでもあった。

そうしたら彼から意外な返事が返ってきた。

>そうですか。
>でも、おかあつさんからは、
>ポンパンさんの様なマジ物のハーフの匂いがまったくしないんですが。。。

このメッセージは何度見ても激怒出来る。 この返事は酷い。 今、大分激怒が収まってきたけど、このメッセージを見るとまた動悸が高まってきた。

何故このメッセージがまずいのか。

ポンパンさんというのは、タイ語を勉強している人の間ですごく有名な日泰ハーフのタイ語の先生だ。 彼はタイで育って大人になってから日本語を勉強したので、日本語に強い訛りがある。 僕もお会いしたことがある。 若くして実業家だった。 僕はあってすぐにこの人が強力な「被差別グループ」の臭いを出していることに気がついた。 差別を跳ね返すためにありとあらゆる努力とパフォーマンスを続けている人独特のオーラを持っている。 凄まじい努力を重ねている。

と同時に、彼は結構タイ人っぽくない。 彼はあまり気がついていないけど、彼は元々かなり日本人っぽいように思う。 バカにされると「なにくそ!」と跳ね返して努力する点は、タイ人ではなく日本人の習慣だ。 タイ人はそういう時、まず許す。 それに論理的じゃない人を見下す価値観も持っている。 勝ち負けにこだわる価値観も持っている。 これらは日本人独特の価値観だ。

だから、ポンパンさんというのは、ある意味、日本人にしてみれば、コミュニケーションの取り易い手ごろなタイ人なのだ。 ポンパンさんもそれをはっきり意識していてそれをパフォーマンスの武器として駆使しているところがある。

これがポンパンさんだ。

おかあつ   2008年11月17日 14:50
(続き)

ここで民族の話に戻る。 日本には日本人しか居ないのか。 そんなことはない。 日本人以外にたくさんの民族が住んでいる。 顔が日本人の顔をしていても民族は日本人じゃないという人は、恐ろしくたくさん居る。

例えば、僕はポンパンさん以外に日泰ハーフの人をあとふたり知っている。このふたりは片方はどこからどうみても日本人、もう片方はどこからどうみてもタイ人にしか見えない。 どちらもバイリンガルだ。僕はふたりとも教えてもらわなければハーフだということに気がつかなかった。すごく自然なのだ。また普段、彼らは自分がハーフであることを明かさない。 差別問題があるからだ。


このふたりの例や、これまで書いたコメントをみてもわかるように、民族当てというのは、実に微妙な要素がたくさん含まれていて、一概に断定できないところがある。 (だからこそ夢中になれる面白さもあるのだが。)


彼は、僕が「自分のことをタイ人だと思い込んでいる滑稽さ」 を浮き上がらせようとああいうメッセージを書いたのだと思う。 しかし、あのメッセージはタイに10年居る人間の意見ではない。

僕の様な顔のタイ人はありえる。実際僕の様な顔のイサーン人を知っている。この人はタイに居ても銀行で「パスポートお願いします」といわれるようなタイ人だ。 そういう人もいるのだ。実際にその「日本顔イサーン人」がこのメッセージを読んだらどう思うだろうか。 激怒するだろう。 それを思うと僕は腹立たしかった。僕はその「日本顔のイサーン人」が普段どういう苦労をしているのか、どういう気持ちで居るのかよく知っているので、なおさら腹立たしかった。

「民族当て」というのは微妙な要素がたくさんある。 だから相手がいう主張が自分の理解を超えている場合は少なくない。 自分の勝手な思い込みで相手を判定すると大変な失礼になることが少なくない。 だから相手の発言をまず尊重するのが常識だ。

彼は10年もタイにいて「日泰ハーフ=ポンパンさん」程度の民族認識だということにあきれて物も言えなかった。ポンパンさんは「作られたタイ人」的な要素が強いからだ。 彼は日本人にわかりやすいようにわざと大きくパフォーマンスしている。それが見抜けない洞察力のなさは僕を閉口させた。 彼には、この「民族当て」自体が、そもそも存在していない。 違いがあることすら気がついていない。10年もタイにいるのにこういう他者の民族文化を理解する心を何も育んでこなかったのだ。


いいたいことは山ほどある。お前がいうバカなタイ人は「何人」なのか。イサーン人なのか、中華系なのか(中華系にも出身地によって文化がたくさんある)、南部系・北部系なのか。見抜けて居ないのだ。見抜くどころか、そこに違いがあるということにすら気がついていないのだ。 これが10年タイに居る彼の意見である。

親の金を使って10年もタイに滞在し、彼は何を見てきたのか。 確かに、彼は語学力・常識感覚ともに他の日本人は足元にも及ばないほど高度に身につけている。 だけど、本質が何も見えていない。

彼の理解は「行動上」なのだ。 行動上の理解というものが存在する。つまり、「相手がどう思っているかは知らない。だけど、○○をやると喜ぶのでやったほうがいい。だけど、○○をすると怒るのでやらないほうがいい」という経験則だ。 こういう理解も大切だ。だが、これだけでは充分ではない。

「行動上の理解」で満足せず「本質的な理解」を目指さなければならない。つまり、経験を総じて、相手の気持ちを察するのである。想像をたくましくして考え、理解する。往々にして人は『行動上の理解』だけを持つ人を、その些細な言動の違いから簡単に見抜くものだ。 これでは「お前は存在自体がとても失礼」になってしまう。



ところが当の「日本顔イサーン人」はこういうのだ。
「全ての人に本当のことをわからせるのは無理だ。 だから許してあげろ。」 と。
タイ人は慈悲深い。

自分はそういう優しいタイ人に守られているくせに、タイ文化を理解する努力を放棄して、母親を馬鹿にする子供の様にタイ人をバカにする彼が、僕は極めていらだたしい。


随分たくさん文章を書いた。 彼のメッセージを読んで瞬間的に色々なことを思ったが、文章にするとこれくらいの量があったということだと思う。時間もかかった。 気持ちを落ち着けるまでに4日ちかくかかっている。 これで終わるかもわからない。これまで、ここまで色々なことを考えさせられたことはない。
おかあつ   2008年11月17日 15:56
タイ人であれば多かれ少なかれこういう民族の違いに対する常識感覚を持っている。 それはタイだけではなく、アメリカやヨーロッパでも同じだ。なのに、こういう話をすると、おかあつはマニアックだ、とか、細かいとか、そういうことをいう人が現れる。 正しいのはどっちだよ、と思う。

こうもいえる。 人はこうやってチクチクと細かいことを説明する人が嫌いなものだ。 僕はそういう価値観も持っている。 僕はそれも理解できる。ただし、僕がそれを理解したら、説明しないで殴るだけだ。 酷いだろうか。 暴力がいけないというなら、説明すること・話を聞くこと・考えることを止めてはいけない。

またはひたすら黙して相手に合わせぬく、というのもひとつの考え方だ。自分の立場を一切無視して、全てを相手の価値観に合わせて行動する。これを僕は「究極の相手尊重」と呼んでいる。凄く難しい行動だけど、被差別グループにいると、しばしば、こういう行動をとらざるを得ない状況に追い込まれる。相手が考えることが好きではなく、殴られることも好きではない場合は、それがいかに不条理でもあわせるしかない。

ところで、僕も断定は出来ないけど、ポンパンさんは、「究極の相手尊重」を実践している人のひとりではないかと思う。 彼が例のメッセージでポンパンさんを引き合いに出したのは、あらゆる意味で浅はかであり、表面的であり、どうしようもなく救いようがない。

ジャコビ   2008年11月17日 23:38
>アメリカのことは全部本やネットで読んだことしかしらないので恥ずかしいのですが、以前ユダヤ人というのはお母さんがユダヤ人のときにユダヤ人とされる、っていう話をきいたことがあるんです。 そうなんですか?

その通りです。Jewish というのは、権利なんだそうです。ユダヤ教をプラクティスする、生まれながらにして与えられている権利。これが選民思想と言われる所以でもあるのでしょうが、日本人である私には、その辺が理解できるのです。

そもそも Jewish が母系で伝承されるのには理由があります。太古にユダヤ人がシリアやエジプトで奴隷だった時代、ユダヤ人の女性は現地の男性に強姦され、身ごもり、子供を産む事が多かったそうです。つまり、子供の母親はユダヤ人であるけれど、父親がユダヤ人でない場合は珍しくなかったということです。子供の保護やユダヤの人種、宗教、文化の保存の為に、母系伝承というユダヤ法が出来たようです。

私の夫は、自分のアイデンティティーとしてはユダヤ人なのですが、ユダヤ人が集まっている所へ行ったりすると、"He is not Jewish." という事を小耳に挟んだりする事があります。何年ユダヤ教をプラクティスしていても、父親がユダヤ人でも、ユダヤ教に帰依しても、結局は母親がユダヤ人でないと、本当のユダヤ人とは認められないという「血」を重んじる文化があります。日本の排他性と似てます。
おかあつ   2008年11月18日 00:31
へぇ...。 ユダヤ教って母系文化だったんですね...。 恥ずかしながら、太古に奴隷だったということも知りませんでした。

タイ(というか東北タイ)では、場合にもよるんですが、末っ子の女の子が財産を相続するのが一般的なんだそうです。 それだけでなく、末っ子の女の子が最後に家に残って親の面倒を見て、だんなさんを家に迎え入れるんだそうです。 元来母系なのです。 タイ東北っていうのは、実はタイでいわゆる属国なのですが、それが母系文化と過去にどういう背景があったのかまではわかりません。

>結局は母親がユダヤ人でないと、本当のユダヤ人とは認められないという「血」を重んじる文化があります。

この話、よく考えてみようと思います。

 
出展 2008年11月16日05:14 『差別』