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2008年2月20日水曜日

KY式 英語 (mixi05-u459989-200802201342)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
KY式 英語
2008年02月20日13:42
KY式というのが世で賑わっているらしい。
KYというのは 空気 読めないの 略なんだそうだ。
何か世の中変な世の中になったなぁ... 何でわざわざ略す?? ナゾだ。



だけど、良く考えてみたら、KY式よりもっとすごい世界があった。
英語のインターネットスラングだ。

http://en.wiktionary.org/wiki/Appendix:Internet_slang

これ、英文に入ってると 一発でついていけなくなったものだった。
ICQとかで これを乱発されると、絶対に話に入っていけないし...。
これが苦手なので、やたら乱発するアメリカ人とチャットするのが苦手だった。

でもまぁ、今はこうやって解説があるからいい時代になったものだ。


コメント一覧
おかあつ   2008年02月20日 14:01
本当にどうでもいいことだけど、こうやって略すことには2つ意義があると思う。

一つは入力する手間が省ける事。
もう一つは 文脈を知らない人から意味が見えなくなることだ。

こうやって アブリビエートするまでもなく、言語っていうのは元々文脈に応じて色々な省略が入るのが普通だ。 生活の中では、みんな当たり前の様に同じ文脈を共有しているので、面倒くさいので省略してしまうからだ。 しかし、外国人のように、この文脈を共有できていない人には、意味がわからなくなってしまう。

だからこそ、 その省略された部分を上手に保管することが、語学で成功を収める一つのキーワードになっている。 だから、そういう若者言葉が理解できるように努力するっていうのは、ある意味語学力が試されているわけだ。 もっといえば、この感覚は、若者言葉に限らない。 おじいちゃん、おばあちゃんの話題に入っていく時にも使う。 文脈が違う人とコミュニケーションをとる時は、いつも使うのだ。


でも、時々、自分ひとりの文脈で どんどん省略して話をする人がいる。 なんか、僕の友達には、そういうタイプの人が多いような気もするが... こういう人は、文脈を共有するひとがその人本人だけなので、他の人からその人の真意をつかむのは、容易じゃない。 だけど、わからないと「何でわからないのだ」と怒りはじめるので、結構厄介だ。 こういう人は どんなに詳しく丁寧に説明しても、「お前は何言ってるのかわからん!」と逆ギレすることもある。 これは紛らわしいけど、 結局 同じことだ。

退会したユーザー   2008年02月20日 14:13
リンク先がためになりました~♪
ねこ☆ミ。   2008年02月20日 21:17
kyって製造業では十年以上も前から、「危険予知」の意味です、
と製造業の人が言ってた。

リストを見ていて思い出したんだけれども、
DOA(Data Oriented Approach) って業務システムで、データ中心設計って
日本語圏では言われるけれども、
英語だと、DOAは、Dead on arrivalで、「病院へ搬入時点で死亡」の意味で、
縁起がわるいようだ、、、

ここ最近、わけのわからない略語が増えたのは、
特定のグループのみで使われていた略語が、
インターネットによって全国に広まりやすくなったのかもしれないですね。

言葉って、なんと言ったらいいのか、使われる環境や集団によって、
ことなるので、自分の知らない文脈を理解するのは、なかなか難しいですね。
コミュニケーションをとるためには、相手が使う文脈を理解してそれにより
表現することが近道ですが、初めはわかんなくて誤解だらけで、結構大変。
まあ、そうやって、間違えながら理解していくものですが、、、
おかあつ   2008年02月20日 22:07
>言葉って、なんと言ったらいいのか、使われる環境や集団によって、
>ことなるので、自分の知らない文脈を理解するのは、なかなか難しいですね。

そういえば.. 昔、「教科書ネタ」っていう言葉ありませんでしたっけ。 あの お笑いコントがテレビに出て、全国区でネタを考えなきゃいけなくなる... そんななかで誰でもわかる無難なネタのことを表してい たような... いずれにせよ、日本ってそうやって、同じことをみつけて「そうそう!」って 集まる傾向があるんですよね...。

もちろんそれが悪い事かというとそんなこともないんですが、タイにいたときよくこういうことを思ったんです。 タイ人って結構日本人と性格が似ているんだけど、同じことを見つけて「そうそう」って集まることは、案外少ないんですよね。 小学生でも、ちゃんと自分の身の上をちゃんと説明できたりするんです。 自分が人と違う、ということをネタに出来るんですよね...。



これがジャズとかだと、逆にもっと特化するんですよね。 「コルトレーンの1960年のモンクとの2週間の競演が...」とか ものすごく事細かに決まっている。 それを常識として知らないと会話に入れなかったりして.... それでそういうことを良く知っていると「良く勉強しているな」とかいってほめられたりする。 それが一種のゲームみたいになっているんですよね。

西洋の文化ってそういう遊びが良くあるように思います。 ... でも案外日本の遊びにも意外とそういうところがある様な気もします。 特に武道とか...。



KYとか難解な略語をたくさん使うのは、きっと 圧倒的少数派の子供達が 圧倒的大人数の大人からヅカヅカと踏みにじられるのを防ぐためなんじゃないか... って思うことがありますが、実際どうかは知りません。

おかあつ   2008年02月20日 22:27
>それが一種のゲームみたいになっているんですよね。

これっていうのは ある意味、他人の文脈にどこまで肉薄できるのか... っていうゲームの様なところがありますよね。 そういうリアルタイム・ネイティブ・じゃないのに、ドコまでリアルにリアルタイムを感じさせるか、ネイティブさを感じさせるのか... っていう挑戦みたいなのが、あるんですよね。

デーブスペクターとか見てると、それを感じます。 あの人は、完璧に日本人を演じている。 アメリカ人でも日本人でもないデーブスペクターが、 日本人を理解し、日本人の中に実際には存在しないアメリカ人のイメージがあることを理解し、黒髪を目いっぱい金髪に脱色してその虚像を体現化してる。 デーブスペクターって虚構なんですよね。

日本人って、そうやって 文脈的な荒波をしらないで、常に離乳食のような害のない自分に近い無難な文脈だけを与えられ続けているので、とても虚弱体質だと思うんです。 だから 国際的な 乱雑で多様な文脈の世界に入っていけないんですよね。

 
出展 2008年02月20日13:42 『KY式 英語』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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