違和感が頂点
2007年11月18日11:11
何か最近、ネットが気持ち悪くて仕方がない...。
こういう記事がニュースになってた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071116-00000017-zdn_n-sci
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20361208,00.htm
そのほかにもいっぱいある。 WEB2.0で有名なオライリーが来日した話とか...。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071115-00000002-jct-soci
もう何か、気持ち悪くて読んでられない。
だからと言ってブログで反論を叫ぶ気にもなれない。
しかし、一度勝者になってしまうと、こうも現実が見えなくなるものなんだろうか。
Google が携帯事業に手を出して アンドロイドっていうOSを作り始めている話とか、SNS用のAPIを開発している話とか、読んでいるとどうにも気持ち悪くて仕方がない。 ま、十中八九ポシャると思う。 何でだか説明できないけど、僕のプログラマ人生27年で培った本能がそういっている。 説明しようと思えば出来る。 だけど説明しようとすると、ながーくてこまかーい話がドバーっといっぱい出てきてつまらないので書かない。 とにかく、今まで見た中で失敗しなかったプロジェクトってこんな雰囲気じゃなかった。 少なくともそれは間違いがない。 うまく行くプロジェクトって、 SKYPEとかBORLANDみたいに 静かに地味ーにちゃくちゃくと進んでいくものだ。 こんなド派手じゃないし、こんな宗教がかってない。
mixi だって、最初の頃のユーザーの要望に対する誠実さ、きめ細かさはもはや失われてる。 SNSっていうのは、機能よりもユーザー数が命で、ユーザー数が少なければどんなに高性能でも使えない。 僕が mixi を使うのは、ある意味使いやすいからじゃない。 ユーザー数が多いからだ。 mxi が勝ち続けているのは、ただ単にユーザー数が多いからだ。 それ以外の何者でもない。 ユーザー数を獲得するに当たって 当初はあった持ち味=ユーザーの要望に対するきめ細かさは非常に大きな役割を果たしていたと思う。 しかしそれが明らかに失われている今、いつ足元をすくわれてもおかしくない状況だと思う。 そんな厳しい状況なのに、講演でこんなえらそうなことを話している。
ブログが新聞記者を越える... か。 そこに至るには、たくさんのネックがあるだろう。 使っていればそんなものはすぐにわかるはずなのだ。 僕はプログラマが本職だけど、ギタリストや語学勉強家・サンデー哲学者・サンデー物書き・サンデー評論家でもあるので、実際にそういう用途に使ったこともある。 そういうことをしている友達もゴマンといる。 じゃあって、実際に活動をする上でブログを使おうとするとネックになる障害が山ほどあって使えないのだ。 そういう不具合は根本的な設計からも来ているので、根本から設計しなおさないとダメだ...。 ブログは個別としてみればまだちゃんとワークしているけど、システム全体として見てみるともはや破綻している。 なのに 彼はそういう発想には至っていない。 それはひとえにオライリー氏がプログラムの「良いユーザー」ではないからだと思う。
なんというか、10年ぐらい前、まだ Cプログラマがゲンキだった時代は、こういう違和感ってあんまり無かった。 当時は、世の中のプログラマがゲンキだったからか... ネットがここまで普及していなかったので、ネットを使っているという段階で、ある程度技術レベル・知能レベルの高い人が多かった。 だから安心して人の意見を読めた。
でも、最近のネットで氾濫している文章の違和感って酷い。 もはや頂点に達してる。
結局いつもどおりの結論だけど、僕にとってこういう違和感を解決するために方法は一つしかない。 それは文章で反論や新しいビジョンを書くことじゃない。 そんなことはみんなやっているし、いくらかいたところで理解できる人なんかどこにもいないのだ。 解決策は世の中に一つだけ。 プログラムを組む事だ。 それはデザイニングだけじゃない。 インプリメンテーションも含む。 だから今日もプログラムを書いている。
おかあつの知人各位の方々へ... 連絡遅くなってすみません。
頭の中が落ち着いたら連絡します。
こういう記事がニュースになってた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071116-00000017-zdn_n-sci
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20361208,00.htm
そのほかにもいっぱいある。 WEB2.0で有名なオライリーが来日した話とか...。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071115-00000002-jct-soci
もう何か、気持ち悪くて読んでられない。
だからと言ってブログで反論を叫ぶ気にもなれない。
しかし、一度勝者になってしまうと、こうも現実が見えなくなるものなんだろうか。
Google が携帯事業に手を出して アンドロイドっていうOSを作り始めている話とか、SNS用のAPIを開発している話とか、読んでいるとどうにも気持ち悪くて仕方がない。 ま、十中八九ポシャると思う。 何でだか説明できないけど、僕のプログラマ人生27年で培った本能がそういっている。 説明しようと思えば出来る。 だけど説明しようとすると、ながーくてこまかーい話がドバーっといっぱい出てきてつまらないので書かない。 とにかく、今まで見た中で失敗しなかったプロジェクトってこんな雰囲気じゃなかった。 少なくともそれは間違いがない。 うまく行くプロジェクトって、 SKYPEとかBORLANDみたいに 静かに地味ーにちゃくちゃくと進んでいくものだ。 こんなド派手じゃないし、こんな宗教がかってない。
mixi だって、最初の頃のユーザーの要望に対する誠実さ、きめ細かさはもはや失われてる。 SNSっていうのは、機能よりもユーザー数が命で、ユーザー数が少なければどんなに高性能でも使えない。 僕が mixi を使うのは、ある意味使いやすいからじゃない。 ユーザー数が多いからだ。 mxi が勝ち続けているのは、ただ単にユーザー数が多いからだ。 それ以外の何者でもない。 ユーザー数を獲得するに当たって 当初はあった持ち味=ユーザーの要望に対するきめ細かさは非常に大きな役割を果たしていたと思う。 しかしそれが明らかに失われている今、いつ足元をすくわれてもおかしくない状況だと思う。 そんな厳しい状況なのに、講演でこんなえらそうなことを話している。
ブログが新聞記者を越える... か。 そこに至るには、たくさんのネックがあるだろう。 使っていればそんなものはすぐにわかるはずなのだ。 僕はプログラマが本職だけど、ギタリストや語学勉強家・サンデー哲学者・サンデー物書き・サンデー評論家でもあるので、実際にそういう用途に使ったこともある。 そういうことをしている友達もゴマンといる。 じゃあって、実際に活動をする上でブログを使おうとするとネックになる障害が山ほどあって使えないのだ。 そういう不具合は根本的な設計からも来ているので、根本から設計しなおさないとダメだ...。 ブログは個別としてみればまだちゃんとワークしているけど、システム全体として見てみるともはや破綻している。 なのに 彼はそういう発想には至っていない。 それはひとえにオライリー氏がプログラムの「良いユーザー」ではないからだと思う。
なんというか、10年ぐらい前、まだ Cプログラマがゲンキだった時代は、こういう違和感ってあんまり無かった。 当時は、世の中のプログラマがゲンキだったからか... ネットがここまで普及していなかったので、ネットを使っているという段階で、ある程度技術レベル・知能レベルの高い人が多かった。 だから安心して人の意見を読めた。
でも、最近のネットで氾濫している文章の違和感って酷い。 もはや頂点に達してる。
結局いつもどおりの結論だけど、僕にとってこういう違和感を解決するために方法は一つしかない。 それは文章で反論や新しいビジョンを書くことじゃない。 そんなことはみんなやっているし、いくらかいたところで理解できる人なんかどこにもいないのだ。 解決策は世の中に一つだけ。 プログラムを組む事だ。 それはデザイニングだけじゃない。 インプリメンテーションも含む。 だから今日もプログラムを書いている。
おかあつの知人各位の方々へ... 連絡遅くなってすみません。
頭の中が落ち着いたら連絡します。
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