遅い昼飯。強い昼下がりの日差しのなか、今日もいつも行きつけのラオ料理屋(タイ東北=イサーン地方の料理屋)に行った。ここは、味にうるさいバンコクの出稼ぎ労働者が集う隠れた名店で、見かけはボロいが値段は決して安くない。そういう店だ。
いつもの様に注文したら、店主のおばさんが何か怒った様な言い方で返事してきた。僕は何か失礼なことをしてしまったか、と思った。
だがよく見ていると、小さい息子さんが何か悪いことをしたのか、おばさんは激しく怒っていた。息子に小言を言ったり、犬が来ても大声で追い払ったり、どうも機嫌が悪いらしかった。 ちいさい息子さんも道路の端っこにうずくまって、いじけていた。
するとそこに、ある小柄なおじさんが食事に来た。このおじさんは、おばさんの機嫌が悪いことに気付いてか気付いてないのか、おばさんに大声で話しかける。
「何やってるの?」「何作ってるの?」
そんなしつこく話しかけて、おばさんに怒られないだろうか。そんな心配をしながらこのおじさんを見ていた。
このおじさんは少し違った。
おじさんは、小さい息子さんに言った。
「おじさん、茄子が食べたいから茄子持ってきて頂戴!」
この小さい息子さんは、かなりよくできていて、接客もできる。まだ3〜4歳だと思うが、頼むと色々なものを持ってきてくれる。恐らくこのおじさんは、そのことをよく知っていたのだろう。
しばらくしたら息子さんが何個か茄子が入った篭(かご)を持ってきてくれた。
茄子を1個だけ掴んでおじさんの前の篭に放り込む。
「1個しかくれないの? 何かこの茄子きれいじゃないなぁ。」
片端から茄子を掴んでは放り込み、掴んでは放り込む。
するとおもむろにおじさんは言う。
「おじさんね、この茄子を食べたら、良く見ててね、食べたヘタがここ(と頭の上をトントンと叩く)から出てくるから! よく見ててね!」
そう言いながら、大きな口を開けてヘタを食べる。
モグモグと口を動かしたあと、大きく口を開ける。
「あー食べちゃった!」とおじさん。
突然「うっ! アイタタタ!」 と言って頭を下げると、そこに頭の上に茄子のヘタが。
「もういっかいやって!」
もう一度同じことを繰り返す。また頭の上に茄子のヘタが出てくる。
息子さんは不思議そうな顔をして見ている。
実は、おじさんが頭の上をトントンと叩いた時に茄子のヘタを乗せていたのだが、息子さんは気付かない。
おじさんは、もう一度同じことを繰り返したのだが今度は、茄子のヘタが頭から落ちてしまって失敗してしまった。
「あぁーもう出て来なくなっちゃったなぁ!」
おじさんは、さり気なく落ちたヘタを拾う。
「あー見て見て! おじさん今度はヘタが耳から出てくるから! うーんうーん! アイタタ! 出てきた!」
息子さんは、また不思議そうな顔をしていた。
おじさんは、トゥクトゥクの運転手だった。
「じゃぁおじさん、もう行くからね! おじさんの車と競争だ!」
息子さんは、意気揚々とプラスチック製の子供用自動車に跨った。
おじさんの発車と共に猛烈な勢いで走り去った。
おばさんは言った。「抜かしたか?」
「抜かしてやったぞ!」
心なしかおばさんの機嫌の悪さも和らいだ様に見えた。
久しぶりに見た、実に爽やかなおじさんだった。
見ていて涙が出るような、実にいいおじさんだった。