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2012年7月25日水曜日

ラオ・タイ・イサーン語の学習用辞書 (oka01-lrtipvwzagacsjsz)

タイ東北地方で使われる方言・イサーン語の研究で役に立つと思われる辞書を集めてみた。

要約

以下、タイ東北方言ラオ・イサーン語を研究するに当たって直面する辞書の問題について述べる。研究する際に利用可能な辞書リソースへのリンク、及び筆者が開発した おかあつ辞書検索システム【英語ラオ語タイ語日本語同時検索辞書】 を開発した経緯について述べる。

方言と辞書

筆者は、タイ語の東北方言だと考えられている「イサーン語」という言語を勉強している。イサーン語は、公式にはタイ語の方言だと考えられているが、実際にはラオ語というタイ語と非常に近い言語の方言だ。

方言とは何か。方言とは、まず第一に言語の「標準」という物が存在し、その標準から変化したバリエーションとして方言が存在する、という認識が一般的ではないか。だが、その認識は、ラオ語には適用出来ない。ラオ語にはっきりと定義された標準が存在しない。それぞれの方言がそれぞれ少しずつ違う。ラオ語全体がたくさんの方言の集合といえる。

ラオス国の標準語は、ビエンチャン語というラオ語の方言のひとつだ。一方ビエンチャン方言が標準として定められているにも関わらず、ビエンチャン方言を話す人は少ない。

そもそもラオス国の標準語の定義は非常に曖昧だ。標準語の原型となったビエンチャン方言は、今もなお発音が激しく揺れており、標準定義が非常に曖昧だ。ビエンチャン方言が揺れている理由として、ビエンチャン方言をネイティブ言語として話していたビエンチャン人の多くが既に海外へ亡命してしまい、現在ビエンチャンにほとんど住んでいないからだ、という説もある。ビエンチャン方言は、実態がはっきりしない言葉で、厳密に標準が定義されていない。

ラオスでテレビやラジオで、ラオス国の標準ラオ語を耳にすることが出来る。だが、この様な話し方をする人を日常生活で目にする機会は皆無だ。NHKのアナウンサーが話す様な日本語を話す日本人がほとんど存在しない事と似ているが、ラオ語の状況はこれよりもずっとひどい。

ラオスに国際電話を掛ける際、話し中の時に自動オペレーターが「現在話し中です」と言う。この時に出てくる 表現「話し中」を表す ຫວ່າງ[wa:ng] は、標準とされる発音では第二声調[wa:ng2]で発音するのが決まりだ。だが筆者は、ラオス国内の電話会社MPHONEのオペレーターがこれを [wa:ng6]で発音する事に気付いた。 第六声調で発音する場合、この綴りは本来 ຫວ້າງと書かなければならない。だがそう綴らない。或いは筆者が参照した教科書が間違っている可能性もある。高子音時の第一声調記号は、本来第6声調で発音すべきか。この様に、ラオ語の標準は揺れている。 ※ ラオ語の声調についての詳しい解説は、 おかあつ日記:『ラオ語の方言の声調について』  を参照のこと

この様に、ラオ語には標準が無い。だから単語を調べる時は、様々な辞書を使って多角的に調べる必要がある。

辞書を組み合わせる大切さ

広義にみると、タイ語・ラオ語・イサーン語は全て、タイ語(タイカダイ語)の方言だ。タイ語・ラオ語・イサーン語を比べてみると、発音や綴りが若干異なるが、基本的な単語はほぼ共通だ。つまり、イサーン語・ビエンチャン語を学ぶ時、綴り・発音の違いに注意しながら、タイ語の辞書を流用することが可能だ。

ラオ語の学習に利用する為には、どうしても辞書の間違いを補完しながら調べる必要がある。何故ならば、ラオ語には外人向けの正確な辞書がないからだ。ビエンチャン市内の本屋で売っている外国人向けのラオ語の辞書は全て、必ず何かしら看過しがたい間違いがある。筆者は、ビエンチャンで入手可能な辞書は、大体全て購入して手元に置いている。だが、どの辞書も不具合が多く使い勝手が良くない。特に発音記号の不正確さ・語選の悪さはどれも似たりよったりで、使える辞書がほとんど存在しないのが現状だ。 ラオ語の学習に利用する為には、これらの辞書の間違いを補完しながら調べる必要がある。


一番良い方法は、ラオ語ラオ語辞書を併用する事で、間違いや欠損を補完しながら調べる事だ。だがこの方法を使うためには、ラオ文字を読むことが出来なければならない。

タイ語の辞書を利用してラオ語を学習するという事もひとつの方法だ。タイ語の辞書は、ラオ語の辞書と比較にならないほど種類も豊富で質も高い。泰泰辞書以外にも、泰英・泰独・泰仏・等々、各国語の辞書が豊富に取り揃えられており、ラオ語を学ぶ際に最初はタイ語の辞書を使う方が利便性が高い場合が多い。

タイ語の辞書を使うことは、他にも大切な利点がある。その利点とは、ラオ語の綴りの、省略される前の原型となった綴りを調べる事だ。

ラオ語の綴りが制定された歴史は非常に新しく、近年の識字率向上を目指した言語改革の結果として制定された。言語改革の結果、制定以前に使われていた、綴りとして書かれるのに発音されない黙字は、全て省略した状態で制定されている。この省略により、発音上は同じだが意味が異なる単語の合併が多く起こり、意味が判りにくくなった単語が多く存在する。元々ラオ語やタイ語の多くの方言では二重子音を発音しない方言が多い。だが発音しなくとも話者の中では元々は二重子音だったことがはっきり意識されている事がある。この傾向は地名で顕著だ。 方言によっては二重子音を省略しない方言もある。また近年の西洋語の外来語の増加によりラオ語話者も二重子音をはっきり発音する場合が増えてきている。

にも関わらず、二重子音を表記しないルールが標準として制定された事により、発音上も文字上もまったく区別がつかなくなる混乱が生じている。 この混乱は非常に大きく、制定されて30年以上経った現在、発音されない文字は書かない、という標準ルールが徐々に守られなくなる傾向にある。

以上の理由により、標準辞書では書かれない二重子音などが、便宜上の理由で復活する事がある。この様な単語を調べる時、タイ語の辞書が役に立つ。タイ語では、ラオ語で省略されてしまった綴りを現在も省略せずに残しているからだ。

例1)ビエンチャン ວຽງຈັນ=เวียงจันทน์ 
…語尾のทน์は非常に珍しいこの様に標準ラオ語では省略されてしまった元々の綴りがタイ語では保存されている事がわかる。

例2)ルワンパバーン หลวงพระบาง = 標準:ຫຼວງພະບາງ / 非標準:ຫຼວງພຮະບາງ
…หลวงพระบางの พระは二重子音で、ラオ語標準では ພະ と省略される約束。だがこの省略に違和感を感じている少なくないらしく、稀に復活する。この様に現在標準として省略されてしまった綴りであっても、随時復活する場合がある。参考

例3)タイ ไทย = 標準:ໄທ 非標準:ໄທຍ
…タイという名の最後のยは黙字なので読まない。よってラオ語では省略される。だがこれを省略するとダサい。収まりが悪い。筆者は、外人ながらもこの省略はかっこ悪いと思う。 その事は多くのラオ人も思っている様で、非標準と知りつつ多くの人がยを書く。参考


なおイサーン語には辞書が存在しない。イサーン語で単語を調べる時は、タイ語の辞書と、ラオ語の辞書を組み合わせ、足りない部分を補完しながら調べる必要がある。

辞書に載っていない単語もある。 タイ語とラオ語のボキャブラリを比較してみると、9割方共通だ。特に抽象的な表現に於いてはほぼ100%共通と言って良い。だが生活頻出単語は大幅に異なる。植物の名前・日用品の名前・代名詞・人称代名詞など、ボキャブラリが異なる。日常の会話では、この異なる部分のボキャブラリだけで、ほとんどの用事を済ませる。この残り1割が全体の9割を占める。そこでこの1割を網羅的に学ぶ事が非常に重要になる。だがこの1割をきちんとまとめた辞書がない。ラオ語の辞書の殆どは、そのタイ語と共通な9割の単語しか収録されていない。 これをどのような形で補完し調べるのかは、大きな課題だ。

筆者が使っている辞書

近年インターネットコンテンツの充実と共に、紙媒体の辞書よりも、電子媒体の辞書の方が入手しやすくなった。手作業でひとつひとつ編集する紙媒体よりも、まとめて縦断的に編集できる電子媒体の辞書の方が正確なことが多い。ネット以前の高価な辞書よりも、ネット以降の無料辞書の方が正確な場合も多い。

以下、タイ語・ラオ語の各方言を研究するに当たり、有用であろうと考える電子媒体の辞書を挙げる。



พจนานุกรมฉบับราชบัณฑิตยสถาน พ.ศ. ๒๕๔๒
The Royal Institute Dictionary - 1999
タイ国の標準語を決めているタイ王室委員会が作成した泰泰辞書。タイ語を学習する上で最も正確なタイ語辞書。タイ語の古語や文語も含まれ、難読語にはタイ語で声調記号がついている。

ພົດຈະນານຸກົມ ວິທະຍາໄລ ສຸດສະກະ ເພື່ອການບໍລິຫານ ແລະເທັກໂນໂລຢີ
Lao Professional Dictionary 2.1
ラオ工科大学が作った英ラオ語辞書。現在ネット上で入手可能なラオ辞書の中で、最も語彙数が多い。英訳は間違いが多い。

เล็กซิตรอน (ไทย->อังกฤษ)
LEXiTRON (Thai->Eng)

電子辞書レキシトロンの泰英辞書。訳は簡潔さを重視し詳細な事は書かれていないが、語彙数は非常に多い。LEXiTRONは、タイで市販されている電子辞書メーカーで、広く知られている。

The EDICT Dictionary by Jim Breen
ジム・ブリーンの英日辞書

ジム・ブリーン氏が日本語を学習する為に作成した辞書。英訳は簡潔な物に留められている。日本語を学習する外人向けの辞書なので、日本語の表現が豊富な事が特徴だ。タイ語・ラオ語辞書の訳語は、抽象的で難しい英単語が多いのでこれを使って調べる。

PDIC-タイ語辞書

黒沢一功氏が独力で作成した日泰辞書。商用・公用含め、現存する外国人向けタイ語辞書の中で最も精度が高い。この辞書で使われる例文の表現は、街中でごく一般的に耳にする表現ばかりだ。「そんな言い方するわけないだろ!」という奇特な用例ばかり集めた日泰辞書が氾濫する中、PDICタイ語の例文は非常に質が高い。特筆すべき点は、発音記号の精確さだ。ラオ語・タイ語の外国人向け教材に溢れる発音記号の間違いの多さは有名だが、黒沢氏がネイティブのタイ語スピーカーと顔を付きあわせてひとつひとつ拾い起こしたというPDICタイ語辞書の発音記号の精確さは、卓越している。

スラチャイ・ラオ語辞書

タイ在住の日本人・スラチャイ氏こと松井 清氏が個人的に作成した辞書。日本人がラオ語を学ぶなら、この辞書が最も良い。これは今では入手が難しい紙媒体のラオ語辞書を「スラチャイ氏」が手作業に依るPC入力作業により作成した辞書を元に発展させた物。語彙数は4000程度と非常に小規模ながら、語選が非常に優れており、使いやすい。また掲載されている表現は、ごく一般的に耳にする表現ばかりだ。他の辞書が網羅していない頻出単語も多く収録されている。データはエクセル形式で配布されており、無料でダウンロードできる。


wordnet

プリンストン大学が作った英単語のデータベース型の英英辞書。対義語・同義語の検索機能がある。タイ語辞書・ラオ語辞書は、色々と不具合が多い事が多く、様々な場面で英英辞書辞書が役に立つ。現存する英泰辞書や英ラオ辞書では、英語の見出し語・訳語に一般的でない語が割り当てられている場合が多く、なかなか目的の単語にたどり着かない事がある。そんな時、この辞書を使って同義語の一覧を引き出した上で、その同義語を使ってタイ語・ラオ語の辞書を引くと、素早く目的の単語に辿り着ける。


おかあつ辞書検索システムについて

以上、筆者が知る限りのラオ語辞書を挙げてみた

筆者は、これの辞書を縦断的に検索するシステムの必要性を感じ、2011年後期に独自検索システムの開発に着手、2012年に完成させた。

イサーン語には文字が無く、標準の綴りがない。よって発音が地域や家族・個人によって変化してしまう場合が多い。よって日常会話上耳にした単語をタイ語辞書やラオ語の辞書で検索する事が難しい。ラオ語とタイ語の中間に位置するイサーン語という言語の特質上、ラオ語とタイ語を縦断的に検索し、その違いを調べる事も必要だ。その様な複雑な検索を行うシステムは存在しない。

なければ作れば良い。

おかあつ辞書検索システム【英語ラオ語タイ語日本語同時検索辞書】は筆者が開発した辞書検索システムだ。



更新記録:
・関連記事表示の自動化を行った。(Wed, 27 Jan 2016 00:26:15 +0700)
・「続く」を追加した。(Wed, 27 Jan 2016 00:27:13 +0700)
・要約を追加し「続く」を削除した。(Wed, 27 Jan 2016 13:35:44 +0700)
・見出しタグをh3からh2へ変更した。(Wed, 27 Jan 2016 13:40:51 +0700)
・最終章に見出しをつけて加筆訂正した。(Wed, 27 Jan 2016 13:41:07 +0700)
・タイプミス「考えれれ」→「考えられ」を修正した。(Wed, 27 Jan 2016 13:58:00 +0700)

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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