筆者は、これまで趣味としてラオ語の訛りを研究してきた。ラオ語は、ほとんどの人が教科書通りの話し方をせず、地域によって発音が変化する。この発音の変化には法則が存在する。事実上、ラオ語には標準が存在せず、全体がひとつの大きな方言の様な言語だ。
但し、ラオスという国の標準語という形では、標準が定められている。しかし標準の書き方の方が少数派の単語もある。 例えば、「ゴミを拾う」という意味のラオ語をこの辞書で調べてみると、ຮຽນ (hiyan5=ヒヤン) と綴るのが標準の綴りらしい。しかし実生活上 ມຽນ (miyan) ミヤンと発音する人が多い。 例えば このホームページでは、ມຽນຂີ້ເຫຍື້ອ(miyan khii yeua)と綴られている事がわかる。前述の辞書に ມຽນ ミヤンという綴りが掲載されていないことから、標準の綴りではないらしい事がわかる。
だが、ラオ文字は表音文字なので、日常生活上の発音を知る人は、例え綴りが標準でなかったとしても意味が判る。人によっては間違っている事にすら気が付かないかも知れない。或いは逆に、辞書が間違っており、ミヤンの方が標準的な言い方という可能性もある。ヒヤンが正しいか、ミヤンが正しいか、誰にもわからない。
日本にも「人」を「ひと」と発音する人と「しと」と 発音する人が居る。一般的に「しと」と発音する人は少数派だ。だがここでもし「ひと」と発音する人と「しと」と発音する人の数が、拮抗していたらどうだろうか。もはや「ひと」が標準か「しと」が標準か、誰にも言えない。ラオ語では、これと同じことがごく一般的に起こっている。
方言とは、この様に一筋縄でいかない物だ。
※ ラオ語で入手できる辞書は限られている。入手可能なラオ語用オンライン辞書について、おかあつ日記『ラオ・タイ・イサーン語の学習用辞書』にまとめた。
訛りが多すぎてどちらが標準なのか判別できないという現象は、ラオ語だけではなく英語でも一般的に起こっている。筆者が住んでいるウドンタニー県のとあるアパートにあるイギリスのおじさんが住んでいるが、彼の話す英語はかなり強く訛っており、筆者には何を言っているかさっぱり聞き取れない。筆者が住んでいるタイ東北・ウドンタニー県には、歴史的にイギリス人が多く住んでいるが、彼と同じ訛りを持つイギリス人は多い。
ウドンタニーに来て以降、彼らの英語の訛りが筆者にとっての大きな謎だった。ある方から、この発音の事を「カクニー英語(コックニー英語とも)」呼ぶという事をうかがった。 ネットで検索してみたところ、このウィキペディアの記事を見つけた。ここで /iː/イー が /əi~ɐi/エイ に /eɪ/エイ → [æɪ~aɪ]アイに変化するという様な例が出ていたが、これは筆者が日頃よく耳にする訛りとよく一致する。
※ 筆者が住んでいるタイ東北・ウドンタニー県に居るイギリス人は「ビザ取得」が、「ヴァイサ取得」「ヴェイサ取得」に変わる人ばかりだ。彼らに日本のSNSサイト mixi を見せたら恐らくミクシィではなく「メクセイ」と読むだろう。
日本人は中学生の頃から英語の教育を受ける。だが、現実的には学校で習うような英語を話す人は皆無と言って良い。つまり、様々な形に発音が変化しても的確に同じ発音とみなす能力が重要だ。これを『間違った発音耐性』と呼んでみたい。 コミュニケーション上、この『間違った発音耐性』は重要だ。 「間違った英語」に対する耐性の強さが、本当の意味での英語力だ。この間違った発音耐性が大切という点に於いては、英語に限らず中国語でもタイ語・ラオ語でも同じだ。
日本人がしばしば好んで採用する英語の発音聴き取りテストは無意味だ。日本人が作る問題は往々にして全く何の文脈も与えられずに唐突に提示される文章を聞き取らせるタイプが多い。文脈がない状態で単語単発で聞きとる能力をつけても、実践に当たって必要となる、発音の間違いを文脈から推測補完しながら聞きとる能力は身につかない。だから、この様なテストに対してテスト対策勉強をしても、それが必ずしも会話力の向上に結びつかない。
自分の思う発音が正しい発音で相手の発音が間違っている発音だという認識は妥当ではない。 誰もが正しく誰もが間違っていると見るべきだ。誰もが発音に対する異なる認識を持っている。 聴き取り能力とはつまり、お互いが持っている発音に対する認識の違いを埋める能力だ。 学校で教える英語が常に正しい英語という保障は最初から無い。
ではどの様にすれば間違った発音に対する耐性が獲得することができるだろうか。間違った発音に対する耐性を獲得する為には、日頃から色々な人が喋る変化のある発音に慣れ親しんでいる事が大切だ。多くの場合訛りは単純な子音・母音の入れ替わりで説明できる場合が多い。この入れ替わりを自分で見つけ出す様日頃から注意することで、発音変化に対する耐性をつけることが出来る。基本は飽くまでも実践の中で目の前で話している人の発音入れ替わりのパターンを文脈と状況から推測することだ。
他方、望ましい方法ではないものの、前もって予備知識としてその入れ替わりのパターンを覚えておくことで、発音パターンの入れ替わりを見抜くまでの時間を短縮する事も可能だ。
理解に当たって、感覚を使わず知識に頼る事には、副作用がある。人には、知識をたくさん知れば知るほど、出来なくなっていく事もある。人は、知識が増えれば増えるほど、行動が遅くなっていく事もある。 例えば、車の運転を練習する時、あまり予備知識が多くなりすぎると、実際に操作する時、体が硬直して、クラッチ・ブレーキ・アクセルの連携が上手く行かなくなってしまうことがある。予備知識とは、こうして人を「頭でっかち」にして硬直化させてしまう面もある。 予備知識を学ぶ時は、学んだ事柄を後できちんと実践上の具体例と結びつける様に心がけ、頭でっかちにならない様に細心の注意を払おう。
以下で、私・おかあつが発見した、ラオ語の田舎弁に於ける・子音/母音の入れ替わりのパターンを列挙してみたい。先ず最初に、筆者が生活上で個人的に見つけた発音の変化を上げ、その後でウィキペディアで取り上げられているカクニ発音の翻訳を上げる。予備知識として、タイ語とラオ語の発音規則についての知識が必要だ。
※ 方言を含めたラオ語の発音規則を説明している文献は、殆ど存在ない。 文献こそ存在しないが、発音規則は、大抵のラオ語話者であれば、体感的に理解しており、よく知られている。その理論については、別項として改める。
ラオ語とタイ語間の発音の違いについて
タイ語のช(チョーチャーン・象のチョー) とラオ語のຊ(s-ソーサーン・象のソー)
タイ語を話す事出来る人がラオ語に触れると、先ず最初に気がつく事は、ラオ語話者がシャ行の発音が出来無い事ではないだろうか。ラオ語には日本語のサ・シャ・チャの分別が存在せず、全てサに統一されてしまう。タイ語の中にもラオ語語源の単語がある。ラオ語の中にもタイ語語源の単語がある。まるで、単語がタイ語とラオ語の間で語彙が行ったり来たりしている様だ。タイ語でช(ch-象のチョー) を使っている単語がラオ語に輸入されると、ラオ語のຊ(s-象のソー)に置き換わり、チャがサに置き換わる。
一方、ラオ語でຊ(象のソー)を使っている単語がタイ語に輸入される時は、タイ語のช(象のチョー)に一旦戻して輸入された物と、元のラオ語の発音ソーのまま輸入された物が混在する。これでは、どちらの発音だか判別がつかなくなってしまうので、ラオ語の発音を残して輸入された単語に関しては、一般的に ซ(鎖のソー)に置き換えて輸入される。
注意して見ると タイ語のช(象のチョー)と ラオ語のຊ(象のソー)は、傾きが異なるだけで同じ形だという事が判るが、これはもともと同じ文字であったことが想像出来る。
例1)タイ語のช(象のチョー)と ラオ語のຊ(象のソー)の入れ替わりだけの物
- ラオ語 ຊ້າງ (sa:ng5) 象
- タイ語 ช้าง (cha:ng5) 象
- ラオ語 ແຊບ (sae:p3) 美味しい
- タイ語 แซ่บ (sae:p5) 美味しい
余談1・以前筆者がビエンチャンで犬の焼肉屋を探して彷徨っていた時、結局犬焼肉屋にたどり着かず、豚の喉肉専門の焼肉屋に入った事があった。珍しい日本人が来たという事で店員のおばさんは興味津々だった。しばらくしてこのおばさんは、この日本人はどうもタイから来たようだと悟ったらしかった。
しばらくしたらおばさんが筆者に話しかけてきた。「シェープマイ?」 何を言っているのかわからなかった。しばらく考えた後に事情を把握した。つまりこのおばさんは、タイ語が話せないのに、タイから来たであろう筆者にあわせて、一生懸命にタイ語を話していたのだ。このおばさんは「美味しいですか」=ラオ語で「セープボー」の中で、美味しいを表す「セープ」のセは、恐らくタイ語ではシェに変わるだろう、そして「〜ですか?」を表す「ボー」はタイ語ではマイだろうと考え、無理矢理にタイ語に翻訳して「シェープマイ?」という間違ったタイ語を考えついたのであった。残念ながら、それはタイ語として見た時は間違っているのだが、こういう間違いは非常にポピュラーであり、間違っているからといって理解しなくてよいという訳にも行かない。
この「ラオ語のサはタイ語でシャに変わるだろう」という発想は、大抵の場合正しいのだが、少なくない例外がある。例外は厄介だ。それはネイティブのラオ語話者にとっては尚の事厄介だと考えられている。例えばオートバイはイサーン語でもタイ語でも「モーターサイ(=外来語でmotorcycle)」だ。ところがうっかり、このモーターサイのサがタイ語ではシャに変わるだろうと思って、つんのめって「モーターシャイ」といってしまう人がかなりいる。また「1234(ヌンソンサムスィー)」はタイ語もラオ語も発音は同じなのだが、あまりに力み過ぎる人だと、思わず「ヌンションシャムシー」に変わってしまう人が居る。この様にイサーンに住む者は、みなタイ語に対してそれぞれ苦手意識を持っており、頑張ってタイ語を話そうとして、うっかり力が入りすぎてつんのめって、おかしなことになってしまうのだ。
余談2・このシャがサに入れ替わる変化は、ラオ語話者だけでなく広東語・上海語・雲南語等の中国南部の人も持っている。ラオ語や中国語の各方言─広東語・上海語・雲南語では、北京語の反り舌音 zh ch sh と 舌歯音 z c s の区別がない。反り舌音 zh ch shは舌歯音 z c s に変化する。
日本人が中国語を学ぶ時、反り舌音は一つの難関だが、これらの方言と同様に、反り舌音を舌歯音に変えて発音すると発音しやすくなり、大抵の場合は問題なく通じる。反り舌音を舌歯音に変化させると日本語の漢字音読みと同じになることもある。どうしても読み方がわからない時は、日本語の音読みを聞かせてゴリ押しすることで、通じることもある。 筆者は以前、中国広東省の「シンセン」へ行く時、駅のチケットセンターで、シンセンの中国語読みの発音を忘れてしまったことがある。本来「シェンチェン」と読むのだが、どうしても思い出せず、駅員に向かって「シンセン」を連呼したら、何故か通じたのであった。通じた理由は「シンセン」「シェンチェン」が上記の入れ替わりで大まかに説明できる事にもよるだろう。 日本語の漢字の音読みも、広い意味で中国語の方言のひとつだ。
タイ語のย(y) と ラオ語のຍ(ngy) ຢ(y)
ラオ語には、ヤ行の文字が二つある。 ひとつは日本語と同じヨーで、もうひとつは上顎の奥を使って発音するニョーだ。ヨーを ຢ(y 薬のヨー)という文字で表す。ニョーをຍ(ngy 蚊のニョー) という文字で表す。ニョの方が頭の線が短い。ヨの方は頭の線が長い。一方、タイ語にはこの区別がない。一説によると、かつてはタイ語も二つのヤ行発音を持っており 一方をญ をその発音に割り当てていたという説もある。但しそれはラオ語の様な上顎の奥を使って発音するニョではなく、ヨよりも舌が歯茎に近いジョだったらしい。
世界各国の言語を学ぶと、J をヨと発音するケースと、ジョと発音するケースがある事に気がつく。 例えば北斗の拳に出てくるヒロイン「ユリア」は、英語翻訳版ではジュリアと訳されている。Japanは英語ではジャパンだが、ドイツ語ではヤパンと読む。この様にJをユと読むケースとジュと読むケースの2つのケースが存在する。
現在タイ語では綴り上の違いだけが残っており、発音の区別は廃れてユに統合されている。
タイ語の単語でヤ行として発音される時、ラオ語で ຍニャ と ຢヤ のどちらにマップされるのかは、場合に依る。綴り上 ญ で綴られる物の多くはラオ語でຍニャにマップされる事が多いが、絶対ではないく、例外も多い。
注意が必要な点は、ຍ(ngy)は低子音時だが ຢ(y)は中子音字だということだ。つまり、ヤにマップされるか、ニャにマップされるかによって、声調が変化する。
ຢ(y) にマップされるパターン
- タイ ยาง ya:ng1 ( 樹脂 )
- ラオ ຢາງ ya:ng1
- タイ อยาก ya:k2 (欲しい)
- ラオ ຢາກ ya:k1
- タイ เย็น yen1 (冷たい)
- ラオ ເຢັນ yen1
ຍ(ny) にマップされるパターン
- タイ ยาก ya:k3 (難しい)
- ラオ ຍາກ nya:k5
- タイ ญาติ ya:d3 (親戚)
- ラオ ຍາດ nya:d5
- タイ ใหญ yai6 (大きい)
- ラオ ໃຫຍ່ nyai2
(※ ツイッターで 一時期流行した「ラオ語のガンバレはパニャニャンダーという」という話がこれだ。正確にはニャンではなくニャムだ。更に正確を期すならば、ラオ人の女の子がパニャニャームダーと発言する時、決して可愛らしくなく、むしろ人使いの荒い無責任で腹立たしい発言の場合が多いことも付記しておく。 例1「買い物行ってきます。」→「おぅ頑張れよ!」/ 例2「これから下行って掃除してきます。」→「おぅ頑張れよ!」/ 注)「明日受験なんだ」→「勉強頑張ってね!」みたいなパターンには絶対ならない。)
揺れているパターン
- ประโยชน์ pra3 yo:d2
- ປະໂຫຍດ pa7 nyo:d6
このコメディーバンドの演奏が参考になる。
ラオ語には二重子音が無い。二個目の子音は省略される。
- タイ แกล้ง klae:ng3 いじめる
- ラオ ແກ້ງ kae:ng5
- タイ โกรธ kro:d2 怒る
- ラオ ໂກດ ko:d6
ร(タイ語巻舌のR)はຮ(ハ)に変化。変化しない場合ລ(L)になる。
ラオ語では古くはrを全てハとして読んでいたらしい。だがタイ語の影響からか、近年はLとして読む事が一般的になりつつある。この部分は激しく揺れており、人や時期によって状況が大きく変化する。一般的には、生活頻出語ほどL化せず、Hのまま読まれ、抽象的な概念や外来語など頻出でない単語ほど、Lに変化して読まれる傾向がある。- タイ語 รัก rak3 愛する
- ラオ語 ຮັກ hak7
- タイ語 รับ rap5 受け取る
- ラオ語 ຮັບ hap7
- タイ語 รํา ram0 ぬか
- ラオ語 ຮຳ ham5
- タイ語 รถ rot3 車
- ラオ語 ລົດ lot7
- タイ語 ร้อย ro:y3
- ラオ語 ຮ້ອຍ lo:y5 / ho:y5
※ 標準はho:yだが近年ho:yと読む人は殆どおらず lo:yと読む人が多数。筆者が聞いた限り、ラオスの国営放送ではho:yと読んでいる。
タイ語で อุ/อู (u) の発音が ラオ語でอือ/อึะ(ue) に変わる事がある
- タイ ถูก(thu:k6) 安い・正しい
- ラオ ຖືກ (thue:k6)
- ลงทุน (long0 thun0) 投資する
- ລົງທຶນ (long3 theun3)
タイ語で語尾の ง(ng) の発音が ラオ語でม(m) に変わる事がある
- ทิ้ง(thing3) 捨てる
- ຖິ້ມ(thim3)
แอ と เอ の発音の違い
タイ語のエは二種類ある。 日本語のエと同じ様に発音するเอ エ(e) と、エよりも大きく口を開けてアに近いエ แอ (ae) がある。だがラオ語ではこの発音が若干異なるようだ。ラオ語の แอ(ae) の発音は タイ語のเอに近い発音だ。一方 ラオ語のเอ は、タイ語の อี(i)に近い発音に変わる。物によっては綴りまで อี に変化してしまった単語すらある。
- タイ เล่น (len5) 遊ぶ
- ラオ ຫລີ້ນ (lin6)
筆者のダイヤイ人の友達からダイヤイ語(シャン語)を教えてもらった時に、ダイヤイ語には エが二種類あるという事を聞いた。ひとつは上記で触れたラオ語 เอ=イに近いエだ。 そしてもうひとつは タイ語には存在しない、舌を奥に引っ込めて発音するイに近いエだ。ここでそのエを濁点を付けてエ''と書いてみたい。
- 両親=ポーメー ※ タイ語 พ่อแม่ ラオ語のພໍ່ແມ່と同じだと考えられる。
- オカマ=プーメ’’ー
実は、筆者の知人・ビエンチャンの対岸地域に住むイサーンの人に、แอ を タイ語の เอ として発音し、เอ を ダイヤイ語のエ'' として発音し อีをエに近いイとして発音する人が居る。
この例に限らず、イサーンの奥地に来れば来るほど「エ''」の様な遠くのタイ語の方言の言語要素が見つかるようになる。興味深いことだ。
この「エ''」は言葉で表現する事が難しいが、恐らくIPAを使えば表現可能だと思われる。残念ながら筆者はIPAの知識が無い。
ラオ語の田舎方言の発音の変化について
イサーン語とはタイ国内(タイ東北)で話されているラオ語の方言のひとつだ。イサーン語は、タイ語の方言として見るとほぼラオ語とほとんど同じと考えられている。イサーン語を含め、ラオ語はタイ語の方言という認識が一般的だ。だが詳細に見ると、ラオ語とタイ語は、かなり違う。広い視点で見ればラオ語もダイノイ語や黒タイ語と同じ様にタイ語の一種なのだが、細かく見るとラオ語とタイ語は全く違う言葉だ。その様な細かな視点から見ると、イサーン語は、ラオス国内で標準とされるビエンチャン周辺で話されているラオ語ともかなり違う。ラオ語話者からは、イサーン語はラオ語の方言と考えられている。この事はネイティブスピーカーの間ではよく知られたことだ。
以下ラオ語の方言の中でよく見られる発音の変化について論じてみたい。
เอือ(ue a ウア) のเอีย(iya イヤ) 化
この発音入れ替わりは、最もイサーン語らしい訛りと考えられている。一方、この発音変化はイサーン語独特というわけではなく、北部のチェンマイ語(カムムアン)もこの変化を持っている。- 帰宅する ເມືອບ້ານ (mwa5 ba:n5 ムアバーン )
→ (miya5 ba:n5 ミヤバーン)と読む - 家 ເຮືອນ (hwan5 フアン)
→ (hian5 ヒヤン)と読む - お姉さん ເອື້ອຍ (euai5 ウアイ)
→(iyai5 イヤイ)と読む - ゴミ ຂີ້ເຫຍື້ອ (khi6 ngeua5)
→ (khi6 ngia) キーイヤと読む
※ 筆者がルワンパバーンに旅行に行った時、ルワンパバーンの人もキーイヤと発音していたのを聞いたことがある。つまり恐らくラオ北部の人も恐らくはイヤ弁系統の筈だ。 - 肉 เนื้อ/ເນືອ (neua3 ヌア)
→ (niya3 ニヤ)と読む。
※ラオス国内のラオ語では ຊີ້ນ (sin5) と言うがイサーン語ではニヤという方が一般的
จ(c) の ก(k) への変化
- ภาษาจีน (pha:1sa:4 jin1 パーサーチン)
→ ( pha:1sa:4 kin1) に変化する。 - ເຈັດ (jed7 チェット)
→ ( ket7 ケット)に変化する。 - ເຈັບ (jep7 チェップ)
→ ( kep7 ケップ)に変化する。
※2 ビエンチャンの人もこの変化を持っている人が非常に多く、変化としては極めて一般的。
※3 ... ※1の規則に関わらず、稀にイ又はエ以外に続く発音の時にも変化が起こる人が居る。
→ 皿 ຈານ (ja:n1) が (ka:n1) に変化
長母音の短母音化
ラオ語話者は短母音を好むことが多い。タイ語では長母音として発音する文字上長母音として書かれていても発音上短母音として発音することが少なくない。特にラオ南部やイサーンで顕著だ。一方タイ語は短母音よりも長母音を好む事が多い。表記上短母音で書かれていても、長母音として発音する単語が存在する。- ラオ語 ຫມາກໄມ້ (ma:k6 mai5 マークマイ) を (mak7 mai5 マクマイ)と発音する。
- タイ語 เก้า (ka:u5 カーウ) 番号の9 ເກົ້າ (kau カウ)
- ດື່ມນ້ຳ 水を飲む (kin1 na:m5 キンナーム)
- ນຳກັນ 一緒に(nam5 kan1 ナムカン)
- ข้าว (kha:o2) ເຂົ້າ(khao6)
※ラオス語の文字はタイ語の文字よりも制定されたのが遅いので、表記を近代の発音に合わせる努力が見られるが、一貫しておらず更に混乱している。
ม(M) の บ(B) 化
マがバに変化する。 この変化は、大抵上記の短母音化と同時に発生する。
- ຫມາກນັດ パイナップル (ma:k6 nat7 マークナット)
→ (bak7 nat7 バクナット)と発音する。 - ຫມົດແລ້ວ 尽きた・無くなった (moet7 lae:u5 モットレーウ)
→ (boet7 lae:u ボットレーオ) に変わる。
ท(TH) の ค (KH) 化
- 洪水 ນ້ຳຖ້ວມ (na:m5 thwam6)
→ (na:m5 khwam6) と発音することがある。 - 少しも〜しない ຈັກເທື່ອ (jak7theua2 )
→ (jak7kheua2) と発音することがある。
注:この訛りを持っている人はイヤ化も同時に持っているのが普通だ。
→(jak7khiya2)と変化
ค(KH) の จ(J) 化
またがる ຂີ່ ( khi:2) を (ji:2)と発音する事がある。- ขี่มอเตอร์ไซค (ji:2 maw:5 toe:1 sai5 )
ซ/ช (s/sh) の ต(t) 化
- ルークチン(魚肉ボール)ลูกชิน ( タイ lu:k5 chin5 ルークチン) ( ラオ lu:k5 sin5 ルークスィン) これの発音が ( lu:k5 tin5 ) と訛る人が稀に居る。
ຈ (j) の ຕ(t) 化
- 皿 ຈານ (ja:n1) が (ta:n1) に変化
ລ(L) が ຕ(t) 化
以前筆者が、バンコクでタクシーに乗った時、運転手さんにソイ・サムセン3という地名を告げたら、何度か聞き返された後で、トーイタームテーンタームトー? と返事が返って来て面食らった事があった。2〜3秒考えて、この運転手が「ソーイサームセーンサームロー?」と言おうとしていたのであろうことを悟った。- 「ソイ・サムセン3ですか?」
→ ซอยสามเสน3หรอ ( so:i0 sa:m4 se:n4 sa:m4 roe4 ? )
トーイタームテーンタームトー?
※ 訛りというか、ただ単に舌足らずなだけだという説もある。
ວ(w) の ບ(b) 化
稀に お寺 ວັດ (wat7) を (bat7) と発音する人が居る。- ວັດ (wat7)
→ ບັດ (bat8)
ບ(b) の ມ(m)化
バ行をマ行として発音する人が居る。糖尿病
- タイ โรคเบาหวาน (ro:k5 bao0 wa:n4)
- ラオ ໂລກເບົາຫວານ ( lo:k5 bao1 wa:n4)
→ これを ( lo:k5 mao1 wa:n4 ) と発音する人が居る。
麻薬
- タイ ยาบ้า ( ya:0 ba:5) ヤーバー
- ラオ ຢາບ້າ (ya:1 ba:5) ヤーバー
→ これを (ya:1 ma:5) ヤーマーと発音する
※ このヤーマーという訛りは、ラオ語だけでなく、タイ全体的にかなりポピュラーに定着している。
※ M/ม/ມ は低子音・B/บ/ບ は中子音だ。だから本来であれば M→B/B→Mのいずれかの変化が起こった場合、同時に声調も変化する筈なのだが、実際には変化しない。田舎では発音上、中子音の様に振る舞うMがあったり、低子音の様に振る舞うBがあったりする。話者にとっては、どちらが標準なのか不明だ。これにより、声調に大きな揺れが生じる。
เอีย(iya イヤ) のเอือ(ue a ウア) 化
ラオ南部で非常にポピュラーな訛り- お金を失う
ເສຍເງີນ (siya4 ngoen5) スィヤグン
→ ເສຶອເງີນ(suea4 ngoen5 ) スアグン と発音する。
- 発音
タイ語 สำเนียง (sam4 niyang0) サムニヤン
ラオ語 ສໍານຽງ (sam4 niyang5) サムニヤン
→ これを ສໍາເນຶອງ (sam4 nuean5) サムヌアンと発音する。
語り残したことは多い。だが、ここで一旦筆を置くこととする。
英語カクニー方言のwikiページの翻訳は、別項として改めよう。
更新記録:
・表記を見やすく整理した。加筆訂正(犬焼肉屋・B/M発音変化等) (Tue, 19 Jun 2012 06:10:43 +0700)
・「である体」を「だ体」に統一した。 (Wed, 21 Nov 2012 05:54:38 +0700)
・記事題目を「ラオ語田舎弁の子音・母音の発音変化まとめ」から「ラオ語方言の発音変化まとめ」へ変更した。(Tue, 11 Jun 2013 01:10:51 +0900)
・語彙訂正 (Wed, 25 Sep 2013 04:53:01 +0900)
・関連記事表示の自動化を行った。(Wed, 27 Jan 2016 00:18:16 +0700)
・語彙訂正 (Wed, 25 Sep 2013 04:53:01 +0900)
・関連記事表示の自動化を行った。(Wed, 27 Jan 2016 00:18:16 +0700)