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2012年7月11日水曜日

ラオ・イサーン語・メモ1 (oka01-tuwhojqhalbiamtd)

筆者がウドンタニーでの日常生活上で気がついたラオ語の面白い言い回し(おばあちゃん倒置・おばあちゃんダブル倒置)などをメモとしてまとめてみた。

僕は、タイの東北地方にあるウドンタニーという県に住んでいる。2011年の6月頃にウドンタニー市内で独り暮らしを初めてそろそろ1年経つ。普段は市内に住んでいるが、ウドンタニー郊外の農村部のとある村と関わるようになって今年で7年目である。

先週から都合により農村部に泊まりがけで行ってきた。今回は、その時に僕が気がついた表現を忘れない内にブログ記事としてまとめておくつもりである。

簡単にこの地域の言語的背景を説明する。この地域は、ラオス人民民主共和国の首都・ビエンチャン市のメコン川を挟んで対岸に位置し、かつてはビエンチャン王国の領域だったという。戦後(ベトナム戦争後)ラオスとタイに分かれて統治される様になった。ということで、分割されて以降の歴史は浅い。

この地域は基本的にタイ国内であり標準語はタイ(バンコク)語と決められている。だがこの地域でタイ語を話す人は皆無と言って良く、ほとんどの人がラオ語の方言(ラオ・イサーン語)を話す。

広義のラオ語とはラオ(ラオス人民民主共和国)での標準語=ラオ・ビエンチャン方言を指す。だがこのビエンチャン方言を話す人は、非常に少なくラオの少数民族と言って過言でない。ラオ語話者のほとんどの人はビエンチャン方言とは異なるラオ語の方言を話す。

タイでタイ語の方言と呼ばれているタイ東北方言=イサーン語は、実はこのラオ語の方言のひとつであり、その話者数は2000万人程居るという。ラオス国内でラオ語を話す人は300万人程度である事を考えると、この数字は驚くべき数である。 参考1 参考2 この様にイサーン語は、数あるラオ語の方言の中で、最も巨大な方言である。と同時にイサーン語の話者数は、タイ国民の半数に迫る。

上記の通り、僕が滞在している農村は、国境が制定されて間もない。方言も色々な古い形を色濃く残しているものもあり、今なお新しい様式が生まれつつあるものもあり、住んでいる人も、北からの居住者有り、西からの居住者有りで、非常に興味深いものである。

だがこの地方の言語は、建前上存在しない事になっており、学術的な研究もまったく行われていないと言って良い。(米や英の様に、他国の民族研究が盛んな国は除く。)筆者は、趣味のライフワークとしてこの地方の言語を研究しているが、資料が全く無いので全てが手探りの状態である。

以下、今回気がついた事を簡単にまとめてみた。

最後にບໍ່ຮູ を付けて「〜かしら」を表す

ຮ້ວຍ! ອີກຈັກນ້ອຍກໍຊິໄປແລ້ວ ບໍ່ຮູ
huai5 i:k6 jak7 no:i5 ka9 si8 pai1 bo2 hu3
「あれ? もうちょっとしたら行くんじゃないの?知らないけど。」

日本の古い小説を読むと「〜かしら」を「〜か知らん」と書くことがある。これに相当する言い方がラオ語にはある。文末に「知らない」という意味の ບໍ່ຮູ (bo2 hu5)を付けて付加疑問文を形成する。

「おばあちゃん倒置」〜 主語が最後に来る

ອາບນ້ຳແລ້ວບໍ່ ( a:b na:m lae:w bo )
「風呂入ったか?」
本来は上記の順番で正しいのだが、農村部の人はこういう言い方はせず下記の様に言う。
ອາບແລ້ວບໍ່? ນ້ຳ!  ( a:b lae:w bo na:m )
「入ったか?風呂!」
農村部で生活していると、こちらの言い方の方がずっと一般的に耳にする。「風呂」をいい忘れて、後から付け足しただけであるようにも思えるが、必ず言い忘れるので、いい忘れた方の言い方の方が標準化してしまったかのようだ。

筆者は、ひょっとしたらこの言い方はウドンの農村部だけの言い方かと思ったのだが、以前パクセーを訪れた時、パクセーでもこの言い方をする人を見かけたので、恐らく古くからそういう言い方があったのではないだろうか、と考えている。

筆者おかあつは、この言い方のことを農村部のおばあちゃんがよくこの言い方をすることにちなんで、おばあちゃん倒置と呼んでいる。
ກິນເຂົ້າແລ້ວບໍ່ (kin1 kha:w6 laew5 bo2 ) ご飯食べた?

ກິນແລ້ວບໍ່ເຂົ້າ (kin1 laew5 bo2 kha:w6 ) 喰ったか?メシ!

ຕົ້ວを付けて「ならば」を表す

ຕົ້ວ(tua5)は、前の文章との因果関係を表す接続詞。
ບໍ່ມີລົດຕົວໄປແລ້ວ (bo2 mi3 lot7 tua5 pai1 lae:w5)
「バイクが無いなら行ってしまったのだろう。」

ໄປແລ້ວຕົວບໍ່ມີລົດ ( pai1 lae:w5 tua5 bo2 mi3 lot7)
「行ってしまったから、バイクはない。」

ກໍເມົາຕົວ ກິນເຫລົ້າຫລາຍ (ka7 mao3 tua5 kin1 la:o5 la:i4 )
「そりゃ酔っ払うよ! それだけお酒飲めば。」

ກິນເຫລົ້າຫລາຍຕົວກໍເມົາ  (kin1 la:o5 la:i4 tua5 ka7 mao3 )
「それだけお酒飲めば、そりゃ酔っ払うよ。」

※ 順番は異なるが、意味は同じ。


ຕົວは もっと漠然と、前述の文を文脈的に継承している事を示唆する使い方も出来る。
ໄປບໍ(pai1 bo2)  「行くか?」
ກໍໄປຕົວ! (ka7 pai1 tua5) 「じゃぁ行くよ!」

「おばあちゃんダブル倒置」〜 ກໍໄດ້ が最後に来る

前述「おばあちゃん倒置」の中に 「〜でも良い」を表す ກໍໄດ້(ko1 dai5) が入ると、ກໍໄດ້が文全体の最後に移動する。
ອີປຶກກໍໄດ້ຕົວອີນອຍ ( i7 peuk7 ka8 dai5 tua5 i7 no:i5 )
「テメェなんざな、バカヤロウで充分だ」
この文は本来この順番で正しいのだが、ラオ語話者の大多数が住んでいる農村部では決してこの言い方をしない。
ອີປຶກຕົວອີນອຍກໍໄດ້ ( i7 peuk7 tua5 i7 no:i5 ka1 dai1 )
「テメェなんざな、バカヤロウで充分だ」
この様に、最後につく呼びかけ名詞の後に ກໍໄດ້ が移動する。この事を筆者は、おばあちゃんダブル倒置と呼んでいる。

※ この例文では文脈がつかみにくいが、この文の意味を例えるならば、映画『男は辛いよ』で、寅さんがウラの印刷屋の社長に「ゲンキか?タコ!」「タコじゃねぇよ!」「テメェなんざな、タコで充分だ。」という様な文脈に近い言い方。


※2 語尾の第二声調記号は大抵読まない。筆者は、生活上の経験から読まないのではないかと思っていたのだが、あるビエンチャンの高校生にその事を尋ねてみたら、学校でも最後の第二声調記号は読まないと習うとの事だった。一説によると声調記号を書かない方が正しいとも聞くが、はっきりしない。


ปึก/ປຶກ
の意味はリンク先を参照のこと。(=ラオ語でバカヤロウの事。)

ມື້ອື່ນເຊົ້າຊິເມືອອຸດົນກໍໄດ້ຕົວບັກຫຳ
meu eu:n sa:o si meua udon ka dai tua bak ham
「明日の朝ウドンに帰りゃいいだろ?」

ມື້ອື່ນເຊົ້າຊິເມືອອຸດົນຕົວບັກຫຳກໍໄດ້
meu eu:n sa:o si meua udon tua bak ham ka dai
「明日の朝ウドンに帰りゃいいだろ?」

※ 何故順番が変わるのか。恐らくだが単に「座り」の問題なのではないだろうか、と筆者は考えている。実際に話してみると、文途中にka daiが来るよりも、文末に ka dai が来たほうが、ずっとリズミカルで「座り」が良い。ラオ語には、こんな「音楽的に聴こえるかどうか」という理由のみで文法的な要素に変更が加わるケースがよく見られる様に、筆者は感じる。

田舎で語順が変わるパターン

田舎の人を中心に語順が標準と違うものに変わり、結果的に標準から見ると意味が逆になってしまうことがある。次の例を見てみる。
ຫມາຕຳຮົດຕາຍ( ma4 tam1 lot7 ta:i1 )
「犬が車に轢かれて死ぬ」
筆者は上記の順番で正しいと思っていたのだが、実はこれは間違いなのだそうだ。
ຮົດຕຳຫມາຕາຍ( lot7 tam1 ma4 ta:i1 )
「犬が車に轢かれて死ぬ」
だが正直筆者の周辺の人が後者の言い方をしているのを見たことがない。標準の話法では飽くまでも下の方のみが正しく、上の順番では「犬が車を叩き壊し、車が死ぬ」という全く逆の意味になってしまうらしい。

実はこの様に農村部では、この様に主部と述部が漠然と逆になる事がある。この逆順の言い方は、標準から見ると正しくないのだが、農村部では実に一般的な言い方である。標準の言い方にはどことなく冷たい雰囲気がある。

筆者の推測では、農村部のラオ語では主語が文章の最後に来る傾向があるのではないか。これを筆者は「ラオおばあちゃん・VOS倒置説」と呼んでいる。 これはタイ語でもしばしば見られる。タイ語ではこの主語が最後に来る言い方を敬語と考えていたり、或いは主語ではなく語気助詞であると考え、意味が変化してしまったりしている様だ。
ເມື່ອຍແລ້ວລະກູ ( meuai2 lae:w5 la8 ku:5 )
「わしゃ疲れたよ」
この様に、語尾に主語の様な一人称が付く言い方がある。この言い方は、極めて古い言い方で、筆者が普段生活しているタイ深東北ウドンタニーの市内ですら全く聞かない。更に奥地にある農村部でしか耳にしない。ラオス国内のビエンチャンですら耳にしない。




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