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2010年9月26日日曜日

今日の雑感 (mixi05-u459989-201009262312)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
今日の雑感
2010年09月26日23:12
ラオ族って、中で三つにわかれているって教えてもらった。 ひとつはラオカーン(中部ラオ)でビエンチャンに居る人。 もうひとつは、ラオターイでパクセーとかの南部に居る人。 ラオターイの人は、もともとタイのイサーン人と同じグループだったらしい。 もう一つは、ラオスーンって言って、北部ラオスに住んでいる人らしい。

顔が違うし、言葉も違う。 ラオターイの人と、ラオイサーンの人は、基本的に同じ言葉を話していて、顔も似てる。 一方、僕が今居るビエンチャンの人とは、結構顔が違う。

僕が今、ちょっとうんざりしている事。

タイのイサーン人って、言っている事が、前と後で食い違うことがしばしばある。 例えば「今、仕事終わった」と言っているのに、後で聞くと「終わってない」と言ったりする。 どっちなんだよ、と怒りたくなる。 これはイサーンの人がタイ語が上手じゃないから、と僕は信じるようにしてきた。

だけど、今僕はラオス語を話していて、やっぱり同じように話が前後で食い違うことによく出くわす。 結構腹立つ。 これって何なんだろうか。 僕はあまりそう考えたくないのだけど、嘘を言っているんだと思う。 何かを言っても、都合が悪いと、あとで言葉を変える。

思うのだけど、ラオ族の人も、ビエンチャンの人は、全然チャランポランじゃない。 結構シリアスだ。 これは前から思っていたのだけど、イサーン人と違って、結構性格がきつい。 何か問題があると、その問題にものすごく集中して、それでも解決しないと、深刻な犯罪に走ったりする。

この国は、イサーン地方に居る人と似ている人の国だけど、タイのラオ族と違って、ラオ族がラオという国を持っているわけだ。 だから全部自分でやらないといけない。 何故僕がそういうことをいうかというと、 タイのラオ族は、経済に関しては完全に人任せだからだ。 タイで、ラオ族はまったく経済に関わっていない。 つまり、自分で会社を作ったりもしないし、自分たちを教育して強くするという努力もしない。その点、完璧に他力本願だ。

だけど、ラオのラオ族はそうじゃない。 自分たちで努力して自分たちの国を強くしないといけない。 だからものすごくシリアスだ。 タイのラオ族=イサーン人みたいに、ノンキじゃない。

そうやって考えると、タイのイサーン人がノンキなのは、あくまでもイサーン人がタイ人(タイ国の国民)だからだと思わざるを得ない。 人の国なので人任せだ。 不満があれば不満を言うだけで、自分たちは何もしなくてもよい。

何というか、ラオの人って、すごく表面的だと最近思う。 表面上はニコニコしてやさしいのだけど、深く知ると、色々嘘を言っているのも見えるし、ダマして居るのもたくさんみるし、それも親戚同士とか、親子とか、友達同士とかでも、ダマシあってるのを観察出来る。 僕みたいな外人からは、結構ひどいと思わざるを得ない。 本当のことなんか絶対言わない。

こういう嘘が見抜けない僕みたいなマヌケはそれにダマされて言いように使われてしまうのだ。 だけど、僕もアホではない。 ラオ語もだいぶ上達した。 文化もよく知るようになった。 でもラオ人って、自分たちをよく知る人を好きでない。ダマせないからだと僕は思う。

僕も、発音が悪いというのは重々承知しているが、ラオ語が話せる。 だけど、そもそもの話、ラオの人は、外人がラオ語で話しかけてくる、という事自体に慣れてない。 また、いくらラオ語が上達しても、外人がラオ語を話すという事実自体を受け入れない。 ホンノちょっとでも発音が違うと通じないし、ちょっとでも発音が違うと仲間外れにしようとしたりする。

その辺、実は日本も、同じかもしれないけど。 中国人や韓国人とか日本人と顔がかなり似ている人種の人であっても、なかなか日本社会に馴染めない。 必死で日本語を勉強して発音を直して頑張って日本社会に適応しようとしても、ホンノちょっとでも発音が違うだけで、すぐ「中国人は...」とか言って仲間外れにするのと、同じかもしれない。

西洋人なんてもっと無理だ。 西洋人は日本社会で尊敬されているので馴染みやすいだろう、なんて思ったら大間違いだ。 日本人は、みんな親切にしている様で、全然コミュニケーションが成立していないので、西洋人は寂しい思いをしている。 東南アジア人なんて、もっと無理だ。 日本人は、東南アジア人を見下しているので、顔を見ただけで相手にしなくなる。

ラオもそういうところある。 確かに、表面的にはすごく親切なんだけど、フタを開けると全然親切じゃない。 すごく冷たい。 その点、日本と同じだ。 一定以上踏み込むと、すごく冷たくなる。

そういう中、僕がこれだけ、ラオ社会の中で善戦しているのは、それだけでかなりの成果なのかもしれないけど。 僕はラオ人には、絶対に成り得ない。



今日ビエンチャンの北バスターミナルに行ってきた。 で、昆明行きのバスを見てきた。 何か中国人の人が僕の顔を見るなり中国語で「おい!君!早く乗れよ!出発するぞ!」(想像)と話しかけてきた。 僕は黙っていると中国人に見えるらしい。

そういえば、色々な人の話を総合すると、僕の本名は、中国人名としてそのまま通用するらしい。 中国の人に聞いたら「あぁ、こういう名前の人、中国に居ますよ、少ないけど、居る居る。」と言われたことがある。 僕は、顔も多少中国っぽいんだろうか。

中国に行ったら多少居心地が良くなるんだろうか。

わからん。 行ったこと無いからな。



でも、色々思うと、イサーン地方は色々と居心地がよいところもある。 イサーンの人は表面的に親切な人も多いけど、一方、結構街の文化にも慣れていて、苦労も重ねているので、柔軟性がある人も多いような気がする。街に出てタクシーやバイタクの運転手をやって苦労して帰ってきた人は、本当にすごく親切で、誰にでも暖かい。

そう思うのは、僕がイサーン文化に慣れているだけかもしれないけど。 イサーンで苦労してきたから、イサーンでの対処法には慣れている。 だからそう感じるんだろうか。

それに、僕が今イサーンで仲良くしている子供は、少なくとも僕に嘘は言っていないだろう。 それは間違いが無い。

何だろうなぁ。 僕はウソが嫌いだ。 言うのも言われるのも嫌いだ。 本当の事だけを考えて生きたいものだ。 だけど、世の中本当のことばかりじゃないしな。 そういうウソをかいくぐって生きる術も学ばないといけないよな。


しかし一方で、ウソを言っているだけというのも、実に無力な物だと思う。 確かに一定の成果は出るけど、結局能力が低いのを方便でカバーしているだけなわけで、本当に実力を使って突き進む、本当の強さは、やっぱり無い。

いや、ひょっとしたら「剛柔一体」みたいなものかもしれないけど。 唇と歯は、唇だけでは柔らかすぎて物を噛めないが、歯だけでも口の中からポロポロ食べ物がこぼれてしまうので、物を噛むことが出来ない、みたいな。 両方あって始めて力を持つんだ、みたいな。(確か、これって少林寺拳法の考え方だと記憶している。)

そういえば、少林寺拳法っていうのも、中国の文化だった。 僕はかつて小学生のころ、中国がすごく好きで、少林寺に行って少林拳を習って、中国に住むのが夢だった。 その中国が、ビエンチャンからバスに乗って30時間のところにある、という訳だ。

中国はかつて少林拳などその他、深い哲学・学問・興味深い文化が栄えて居たのに、その中国はどこに消えてしまったんだろうか。

ラオ文化。 僕は好きなんだけど。 何か見ることなすことウソばっかりで、つかれてきた。

いや、ラオに来て一週間ちょっと立って、カルチャーショックで、つかれてきているだけかな。

今日は早く寝よ。

そういえば、このところ何かあまり深い眠りを得てない様な気がするな。


コメント一覧
おかあつ   2010年09月26日 23:39
そういえば、オカマの人とか、親切だよな。 オカマの人って、マイノリティーだら、日本人みたいなマイノリティーにも親切なんだよな、きっと。


...隣に座った人...凄い美人... だけど、多分...だけど... オカマだよな。 目があった。 うー。


かつお   2010年09月27日 12:40
ラオスの民族について、わかりやすいHPを見つけました。

http://giechgroup.hp.infoseek.co.jp/hoka/sonphao.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AA%E6%97%8F
僕がラオス人から聞いたところによると、
ラオスにはもともと中高地ラーオが住んでいて、
雲南省のシーサパンナあたりから南下してきたタイ族の一派、ラーオ族が
低地に進出してきたそうです。


ラーオスーンのモン族(苗族)は清王朝の迫害から逃げるために、
ラオスに来たそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%82%AA%E6%97%8F#.E3.83.A9.E3.82.AA.E3.82.B9

僕はモン族の村の近くに住んでいたけど、顔つきが日本人に似てますよ。

かつお   2010年09月27日 12:50
ラオス人とイサーン人は同じラーオ族だから、表面上は似ている
けど、おかあつさんの言うように、異なります。

ひとつは、タカリ。

ラオス人ならビールを奢ってくれ、くらいのレベルですが、
イサーン人は相手が金持ち(普通の日本人)なら、
彼らの年収くらいの金を平気で求めてきます。
パラサイトのように。

結局のところ、ラオスは貧しくても自然が豊富なので、
自給自足も不可能ではないけど、
イサーンは開発により森林を切り開いたので、
金がなければ、生きていけないのでしょう。

日本の農村と都会のようです。
 
出展 2010年09月26日23:12 『今日の雑感』