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2010年8月20日金曜日

「私はタイ通が嫌いだ!」 (isaan05-c987254-201008202213)

おかあつがミクシコミュニティータイ東北イサーン語研究会として著した記事を紹介します。
「私はタイ通が嫌いだ!」 (おかあつ)
2010年08月20日 22:13
「考え方が合わない」に付いて

僕はよく思うのだけど「考え方が合わない」っていうは、その発言自体が間違っていると思う。

例えばこういうことだ。 僕は何か事実に基づいて考えることが好きで、何かこうやってダラダラと書くことは、確かに駄文ではあるかもしれないが、そうやって事実に基づいて考えるうちに、ひとつ何か見つけた僕にとっての新事実について書いている事が多い。 それに対して「考え方が合わない」という意見は、一体どういう意味合いを持つというのだろうか。

僕は別に批判など聞きたくないという事を言っているわけじゃない。 例えば、僕が書くことについて「いや、だってこういう例もあるじゃない。 その説でいけばこういう例は出てこない筈じゃない?」みたいなことを書くなら、わかる。 具体的な反例をあげてその事実について話し合うということは有意義なことだ。

しかし、僕が書くことについて「考え方が合わない」とか「そういう考え方もある」とか「場をこわしている」とかいう意見は、正当性に欠ける。

僕はつまり「1+1は2です」という事を言っているのである。 それに対して「そういう考え方もある」とか「考え方が合わない」とか「僕の考え方は違う」とか「その意見は場をこわしている」とかいう反論は成立しない。

僕だって「考え方が合わない」と言われて、その人が本当に何が言いたいのか、知らない訳ではない。 いや、僕だってね。「空気読めない」「場を読めない」の理屈屋ではない。 僕だって普段は「あぁ~ そういう考え方あるわ~ わかる、わかる~」 っていう話し方をしている。 僕だって血も涙もない冷血人間ではないのである。

しかし、彼は、僕が専門としている分野について「志している」と宣言しているのである。 彼は「それを僕はやりたい」「僕もそうなりたい」と宣言しているのである。

しかし、彼らは、僕が知っている事柄について何も理解していない。 理解しようとすらしていない。 僕は彼らが言うことひとつひとつについて、矛盾点を指摘して理論が破綻している部分を例示する事が出来る。 しかし、彼らはそれを見たくない。 言っても聞かないし、聞きたくないのである。

矛盾点を指摘すると、実に不思議な事に「お前は大したレベルではない」という反論が返ってくる。「1+1は3にはならないよ」 と僕が言う。 彼らは言う。「お前に何でそれがわかるんだよ」「ペーペーが偉そうなこというなタコ」「先生はそういういい方はしない」「もっと詳しい先輩に聞いてみよう」 そんな会話になる。 彼らには、自分で見て自分で考えるというが基準が存在しない。

いや、僕だって「バカは相手にしない」って思っているワケじゃない。 僕は、バカは意外と好きである。 「1+1は3にはならないです」 バカは言う。「1+1は5言うたら5なんや」とか「愛してる。だから4にして。」とか「...ま、まずメシ食ってから一緒に考えよか... だから10な?」とか「明日まで考えてわからんかったらやっぱり6でよろしく」 とか「ふわー お兄さんえぇ髪型しとるわーー だから30な」 みたいな。 これは正真正銘のバカであり、バカを極めている。 本物のバカである。 本物のバカはかっこいい。

しかし、彼らはいみじくも「バカは嫌いだ」と言っている。「僕は足し算を極めたいんだ」って言っているのだ。 「僕は足し算は結構イケるよ」とか「足し算が出来ない奴はバカだよね」とか「足し算出来ない奴って死んでもいいよねー」とか言って粋がっているのである。 そのくせ彼らは明らかに足し算が間違っている。 それを指摘するとどういう訳か「考え方が合わない」とか「もっと偉い先生に聞いてみよう」になる。 僕の言うことは聞きたくないのである。






いや、何ってタイ通の事を言っているのだけど。

タイに来るとタイ通って本当にたくさんいる。 だけどタイ通って、存在自体がやっぱり何か変だ。 だって、スシ通って、いくらスシ好きでスシをたくさん食べてスシに詳しくなったって言ったって、所詮スシを食ってるだけなわけで、スシを作っている訳じゃない。 そもそも、本当にスシに詳しい人というのは、スシを食っている人ではなく、スシを作っているスシ職人な訳で。

それと同じで、タイ通も、どんなにタイに詳しいって言ったって、せいぜい極稀にタイに来てタイ飯食っているだけな訳で、タイに住んでタイ人と同じように生活している人とは、次元が違う。

ところが、タイ通はどうもその事実を直視出来ない。



ところで、タイに来てタイ人と同じように生活するというと、途端にものすごい貧乏暮らしをしなければいけないって思う人が多いと思う。 それはそうじゃない。 タイっていうのは多民族国家で、本当に色々な人が居る。 タイに住んでるのはいわゆるタイ民族だけではけっしてない。顔はバリバリにアラブ系なのにタイ語しか話せないタイ人も居る。

タイには、月3000円のボロアパートに住んで時給60円で働く人も居れば、10億円のフロア買い切りペントハウスに住んで会社を経営して月収何千万円も稼ぐ人も居る。 タイは移民の国でもある。 近年になってタイに移住した人は、そんなに悪い暮らしはしてない。

華僑の家族の子育てを見ていると、日本人と比べて、ずいぶん子供が大きくなるまで経済的に援助しているみたいだ。 見ていると40歳ぐらいまでに商売を立ち上げて自立すればいいくらいのノンビリさで育てていることが多いように思う。 多分、タイは経済的に自立することが日本よりもずっと難しいので、長い時間かけてあれこれ小さい商売をやらせて試行錯誤させているのかもしれない。 タイではそうやって実体験に基づいて得たノウハウを持たないと経済的に自立する事はものすごく難しい。

一方ラオ系の人は、根っからの農耕民族で、小さいころから自然と格闘し植物を育てる事を本領としている。 自然に対して生まれつき鋭い感覚を持っている。 小さいころから大自然の中で遊ぶことでそういう感覚を養っていく。 一方、商売に対する嗅覚や、学問に対するセンスを持たないし、華僑の様にじっくり時間をかけてノウハウをつむ資本もないので、高度に都会化しているバンコクに来ると血を見るような苦労をする。

こういう文化を持つ人たちと、まったく違う文化を持つ日本からポッと渡ってきた僕等を同列に考えてはいけない。


そういう現実に即した考え方をタイ通は出来るだろうか。 からっきし出来ない。 するつもりすらない。 そのくせ俺はタイに詳しいとか、タイの生活に慣れている、とか言って粋がっているのである。 これは本物のバカですらない。 贋物のバカである。 中国製の贋物の方がよほど出来が良い。 中国製の贋物は少なくとも使うことが出来るが、贋物バカのタイ通は使うことが出来ない。
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出展 2010年08月20日 22:13 『「私はタイ通が嫌いだ!」』