FLAGS

MENU

NOTICE

2009年6月25日木曜日

(引用) とある英文法に関するサイトについての感想 (mixi05-u459989-200906250147)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
(引用) とある英文法に関するサイトについての感想
2009年06月25日01:47
─── 僕は本当に思うんだけど、こうやって彼が事細かに説明してくれること、それら全部を完全に覚えたら、本当に英語を正しく話せるようになるのだろうか。僕は本当にいいたいのだけど、彼のページに書いてあることを逐一メモを取り、暗記し、模擬テストし、記憶を確認する、という作業を繰り返したら、本当に英語を正しく話せるようになるのだろうか。

答えは明らかに「いいえ」だろうと思うんだよね。 いくら勉強しても話せるようにはならない。

きちんと普段の生活で他人を観察し、話すとき、きちんと相手の顔を見て、状況に応じたことをいわないと、正しく話している、とは言いがたいものがあると僕は思うのね。



理論を勉強していると、どうしてもそうやって、勉強内容が「浮世離れ」してきてしまうと思うのね。理論っていうのは、実体があって、それを認識したときの印象=感覚があり、それらの感覚について、名前をつけただけのものだよね。だから、もしも理論から勉強することがあったら、それを具体的な感覚に置き換えていく、という作業が必要になると思うのね。

赤とか、青とか、黄とか、そういうのはいってみれば理論だよね。 でも実際にそれを見たときには、必ず、感覚を伴うんだよね。赤を見たら血を思い出すとか、青を見ると空を思い出すとか、そういう感覚が必ず伴うんだよね。言葉っていうのは、必ず後者が大切なわけで、赤とか青とかいう言葉を覚えることにはさほど重要な意味はないはずなんだよね。

ところが、日本人は、語学を勉強するという段になると、みな一様に、赤を見ず、青を見ずに、言葉だけを覚えようとする。 赤という言葉だけを覚えようとする。 青という言葉だけを覚えようとする。 これはすごく間違ったことだと思うんだよね。

理論は必要だし、知識も必要だよね。 これは絶対に間違いがない。 一方で、感覚も必要で、勘も必要だよね。 これらは両方必要だよね。

というのも、こういう話をすると、必ず、感覚だけですべてを学ぼうとする人が現れる。 ある文の書き方とか文法の話とかを話すと「その辺はフィーリングで」とかいったきり、それ以上考えない。

これはこれで正しくない。 僕らは大人だからね。



よく子供は言葉を学ぶのが速い、という。 だけどそれは本当じゃないと思う。 子供は学習するのがものすごく遅い。大人は三年集中して外国語を勉強すれば、会話ができるようになるだけでなく、文字の読み書きも覚えて、ビジネス会話までできるようになる。 一方、子供は3年集中して母国語を勉強するわけだけど、「ごはん」「おしっこ」ぐらいしか話せるようにはならない。それなのに、何故大人は、「子供は学習が速い」って思うのだろう。

大人のほうが学習は速い。 大人は理屈が使えるので、まだ体験したことがないことを理論的に予想することで体験することなく、あらかじめ学ぶことができる。理論的に正しい方向を予想して、失敗することなく正しい方向に歩いていくことができる。 だから、子供よりも大人のほうが圧倒的に学習スピードが速い。

大人のほうが学習スピードが速いのは、大人が理論を使うからだよね。 大人が理論を使わないですべてを感覚に頼って学ぼうとすると、子供と同じだけ時間がかかるようになる。つまり、まともに話ができるようになるまで5年~10年かかるようになる、ということだよね。 これはすごく遠回りだと思う。



一方、大人には、いくら勉強しても学習できないタイプというのがいる。 これは理論を使いすぎているのだろう、と思うのね。

理論というのは経験によらずに正しい方向を予測する道具なわけだけど、理論はよく、正しくないことがある。現実の世界というのは規則正しくない。 汚れていたり、曲がっていたり、例外があったりする。一方理論の世界というのは、汚れがなく、曲がりがなく、例外もない。 だから、この隙間を埋めていく作業が必ず必要になる。

たとえばこういうことがある。 虹は七色。 日本人なら誰もがそう思っている。 だけど、実は、虹は国によって色数が違う。 日本は七色と思っているけど、国によっては五色だったり四色だったりする。

あるいは、色が持っている印象も同じではないことがある。 日本では青は 碧いとも書いて美しいものの代表格だけど、ロシアでは赤が美しいものの代表格だ。 このように、言語と言語の間で、ものの認識自体が同じでないことは珍しくないよね。

だから、日本語だけ知っている状態から、日本語の知識だけで理論を立てて学習方向の予想すると、いつまでたっても、正しい方向に歩いていけなくなることがある。 これが、何年たっても外国語が話せるようにならない人の正体だと思うんだよね。

そうならないようにする為には、一切理論によって予想することなく、目の前で起こることをそのまま捉え、目の前から聴こえることをそのまま捉えることが大切になってくる。



大人が何で学習が遅くなるのかというと、もうひとつ大きな理由があると思う。 大人になるとずるくなることだよね。 子供のころはかけっこでもなんでも全力で走るけど、大人になると、全力で走ると疲れることを知っているので、全力では走らなくなるんだよね。

大人だって全力で走れば学習できる。
体は、年をとってあちこち故障が出てきて、全力で走るのは難しくなるけど、
頭は、大多少無理に使っても筋肉痛になったり肉離れになったりしないからね ───
コメント一覧
カオソーイ   2009年06月25日 02:33
私が電機メーカーの海外営業本部に配属されて、1年間企業内の英語教育を午前中一杯受けたんですが、その先生が、元米軍内の新聞Stars & Stripesの記者でした。その先生から、米軍内の語学教育について、面白い話を聞きました。

最近語学教育で重視されているHearingとDictationは、以下の米軍内での発見に基いて、重要視されるようになった。

米軍のロシア語教育は、例えばロシア人捕虜を2人で取り調べるのを想定して、会話が出来る人間を養成する会話コース(当然会話をみっちり教える)と、捕虜がしゃべったことをタイプするタイピスト養成コースに分かれていて、タイピストコースにはさして会話を教えなかった。この2コースを受ける人間は、教育期間中は外部と遮断され、一切の会話はロシア語で生活していた。ところが、一定期間が経って、教官が食堂での訓練生の会話を聞いていると、タイピストコースの方が会話が上達していることに気が付いた。タイプするためには、当然HearingとDictationは不可欠なので、その重要性はまったくの偶然から発見されたわけです。

 
出展 2009年06月25日01:47 『(引用) とある英文法に関するサイトについての感想』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




おかあつ日記メニューバーをリセット


©2022 オカアツシ ALL RIGHT RESERVED