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2009年6月22日月曜日

和とコーチとアスリートとマネージャーとプログラマ (mixi05-u459989-200906221117)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
和とコーチとアスリートとマネージャーとプログラマ
2009年06月22日11:17
よくスポーツ選手とかにコーチがついているのをニュースなどでよく見かける。 コーチは何もしない。 選手が跳んだり走ったりするそばに居るだけだ。 僕はこれを見てコーチなんか必要ないんじゃないか、と思っていた。 だけどそれはそうじゃないんだろう。

この間、イヌのオリンピックみたいな競技会がある、という話をテレビで見て感銘を受けたことがあった。 この番組にはイヌのアスリート(ハイジャンパー)がたくさん出ていた。 この番組で、特別に番組主催の小競技会みたいなことを主催し、放送していた。

この中で、飼い主がイヌに命令してジャンプさせる様子を見たとき、これって人間と同じだよな、と思った。 たとえば、これらのイヌの飼い主は、イヌがジャンプする前に、毎回同じ芸=足をこぐらせるとかほえさせるとかいった芸を、やらせたりする。 次に飼い主は同じタイミングで体をさする。同じタイミングで掛け声をかける。 同じタイミングでイヌは走り始める。 ジャンプする。

これらの飼い主がやっていることと同じようなことをボクシング選手のコーチ、マラソン選手のコーチなどがやっているのを、僕はテレビなどで見たことがある。 これらは競技前の儀式のようなものなのだろうか。

ところで、このテレビ番組中で、見るからに自信満々そうなハイジャンプ犬がでていた。 しかし、この自信満々犬、すでにジャンプ成功したことがあるというその高さのバーの位置を見て、どういうわけか怖気づいてしまった。 ジャンプに踏み切れなくて何度も後戻りした挙句、結局バーを落としてしまった。 すると、そのイヌはすっかり自信を失ってしまい、二度目のチャレンジも、あっさりとバーを落としてしまった。 僕はこれを見て、「あぁイヌにも人と同じように精神面があるんだ」と思った。

その点、この中ですばらしいジャンプを見せて優勝したイヌの飼い主は、まさにアスリートのコーチのようだった。 毎度ジャンプ前に、決まったタイミングで決まった行動をさせて、同じタイミングでイヌをストレッチをし、同じタイミングで声をかける。 こういう条件決めがイヌの精神面の強さを作るのではないかという気がする。

イヌのアスリートというのは、人間のアスリートと比べてシンプルで、見ていて非常にわかりやすい。 イヌのアスリート競技は、多くの示唆を与えてくれたような気がした。



これを見ていて思ったのだけど、アスリートというのは、大変な集中力を要するものだと思う。 アスリートはあまりにも高い集中力を作るため、競技以外のことに関してはまったくの無頓着になってしまうのだろう。 すると、まるで精神的にまったくの裸のようになってしまうのではないだろうか。 つまり、娑婆にはびこるいろいろな悪意や駆け引きにあまりにも脆弱になってしまうのではないか。

だからコーチという仕事には、そういうノイズからアスリートを守る、という大切な仕事があるのではないか、と思った。 コーチとは、アスリートが何も考えなくとも、アスリートが最高のパフォーマンスを得ることに必要なすべてを供給することで、アスリートが体を動かすことだけに集中できるように助けるものなのではないだろうか。



僕はこれを見たとき、日本のプログラマのマネージャーのことを思った。 プログラマも、アスリートほどではないかもしれないが、非常に高い集中力を求められる仕事のひとつだ。

マネージャーはプログラマがプログラムを組むことに集中できるように助ける。 つまり、全体像にらみながらスケジュールを考えたり、資金繰りのことを考えたりする。 また、プログラマのおなかが減ってぼんやりミクシなどをやり始めないように、お菓子やハンバーガーを買ってきたりする。 プログラマが何も考えなくても、プログラマが最適なパフォーマンスを得ることができるように、準備するのではないか。

しかし、僕が知っているマネージャーは、どうもすこし違う面がある。

ほとんどのマネージャーがまるで判で押したようにいう同じ言葉がある。 「あぁあの人はプログラムは組めるけどスケジュールは管理できない」とか「あのプログラマはマネージメントはできない」とか「会話ができないからダメだ」とか、そういう言葉だ。 彼らマネージャーがいうようなプログラマは果たして本当にダメなプログラマなんだろうか。

プログラマとは集中を要する職業だ。 会話が上手なプログラマの99%はあまり効率のよいシステムを設計できない。 会話が上手だということは会話に集中しているわけで、プログラミングに集中できていない証拠だろう。

実際、会話が上手なプログラマは実によく働く。 たくさんデバッグし、たくさんテストし、たくさんレポートを書く。 一方会話が下手なプログラマはあまり働かない。 あらかじめ、デバッグが不要なようにプログラムを組む。 あらかじめ簡単なテストですむようにシステムを設計する。 結果的にレポートは少なくなる。 必要とした時間は結果的に少ない。 差は歴然としている。

僕は思うのだけど、マネージャーがしばしばプログラマを馬鹿にしたようなことをいうのには、はっきりした理由があるだろう。 マネージャーは、自分がプログラミングが苦手である、ということについて、ひそかに劣等感を持っているのではないか。 だからこそ、しきりに「マネージャーのほうが偉いのだ」というシグナルを発したがるのではないか。

本来、マネージャーとプログラマとは二人三脚のはずだ。 どちらが優れていてどちらが劣っているという関係ではない。 問題は勝ち負けではないのである。 しかし、なぜかマネージャーとプログラマは、どうしても、いがみ合いの関係に陥りやすい。

何故か。



ここでの問題は、結局コミュニケーション力の問題(いわゆるバカの壁)に行き着くのではないかという風に思う。 プログラマが言うことをマネージャーは理解できず、マネージャーのいう言葉をプログラマは理解できない。 このふたつの職業の性質は、唇と歯がそうであるようにまったく正反対だ。 同時に唇と歯のようにお互い必要としあう関係でもある。

ところが、日本人の相手に同質を求めるコミュニケーションだと、この二者間のコミュニケーションは成立しない。「お前はわかっとらん!」「わかっとらんのはお前じゃ!」 あるいは 「勉強不足じゃ!出直してこい!」「いーや勉強不足なのはお前じゃ!」 という風に自分の主張から一歩も踏み出せずに、一切の意見の交流が成立しない。


日本人はコミュニケーションがへたくそだ。 よく「ストレスの一番の原因は人間関係だ」ということがいわれるが、こんな国は日本ぐらいである。 人間関係だけでここまで精神的に消耗してしまうという国民は世界中探しても日本人ぐらいだ。

言わずに悟る和の文化というが、これはあくまでも自分が相手のことをよく知っているからこそできることであって、社会が多様になった場合、絶対に成立しない文化である。 和の成立には独特の才能を必要とする。 文化にはなりえない。

以前、アメリカに居たとき、大混雑の電車の車内で横を向いて体育座りしている女性をみたことがある。 この人は空気が読めない人で、周囲は大迷惑である。 僕はどうするのか見ていたのだが、そこにサラリーマン風の男性がやってきて「あ、すみません、そこ座ってもいいですか?」と尋ねたのにはびっくりした。 さらにびっくりしたのが、その女性の対応だ。 「あ、いいですよ」と言って何事もなかったようにまっすぐ座りなおしたからだ。 更に加えて驚いたのが、男性は何を咎めることなく、普通に礼を言ってそこに座ったことだ。 (言うまでもないが、日本では間違いなく口論になるだろう。)

そのとき僕は、「あぁ空気が読めないのは悪いことではないのか」 と思った。 この国では、国民全員、空気が読めないのである。 そしてそのことを誰も咎めない。 これでは人間関係ラクチンなわけである。

だいたい、空気など読めるわけがないのである。 言わずにわかってくれ、なんて無理だ。 空気など読むからコミュニケーションがへたくそなのだ。

だから僕は、日本人のプログラミングがへたくそな理由は、結局のところ、コミュニケーションがへたくそだからではないか、という結論を持つにいたったのだけど、皆様はいかがお考えだろうか。

コメント一覧
よ しの   2009年06月22日 13:02

 プログラミングに関して
 「何でこんなのできちゃうんだろ?魔法使いさんだよな」な
 感想を持つ、その表面で動く各種サービスを使わせて
 もらっているだけのフツーの私でもコメントしていいですか?

 
 プログラマの方々は理系!というイメージがあったのですが
 話を聞くと「言語」に対して非常に厳格。
 プログラムを構成する言語の下敷きは英語だろうと考えますが
 日本人は英語苦手ですねw私もそう。

 SV構文から始まる英語が身体にみっちり染み付いているお国の
 プログラマさんたちと、日本のプログラマさんは頭のつくりが
 最初から「日常会話」レベルで異なってしまいそう。
 
 
 ノンバーバルのコミュニケーションについてまで考えると
 わけワカメさんになってしまうので、あくまで
 「会話のコミュニケーション」に限定すれば
 
 一点集中・爆発力の高い人は広範なところに
 気遣いをするよりも、
 与えられた事象への最短解決に一直線したいタイプかな(笑)
 その点について頭が先に走ってしまい
 ことばに上手に表す事ができない。

 気配り上等のマネージャータイプの「劣等感」については
 私がそうなので分かる気がします。
 突出能力を持つ人のサポートをし続けている状況にあるので
 それから抜け出すのには、前者の人たちに「気遣いありがとう」
 と言われて自分の存在意義を見出すまではなかなか難しかった。

 マネージャータイプは空気嫁がデフォルト(じゃないと
 プログラマ型の人は絶対歩み寄ってこないだろうから(笑))。
 
 プログラマ型の志向を持つ人は、
 自分の得意なところに対して追及してゆく姿勢を見ろ、で
 いいのではないかと感じてしまいます。

 
 コミュニケーションできる人が全能でもないし
 コミュニケーションしなくても凄いひとも沢山いらっしゃいますね。
 
 
 とりとめもなくてごめんなさい。

 

 
ジャコビ   2009年06月22日 13:18
>だいたい、空気など読めるわけがないのである。 言わずにわかってくれ、なんて無理だ。 空気など読むからコミュニケーションがへたくそなのだ。

よくウチの夫と、「だから言ったでしょ?」「いや、聞いてない。」「そのくらい常識で分るでしょ?」「分かるわけないだろ、言ってもらわなきゃ。こっちだってサイキックじゃないんだから。」という言い合いをします。何事も言葉のコミュニケーションあるのみです。

アメリカでは、沢山のビジネスコースが国中のありとあらゆるところで行われています。その中でも、人気があるコースの一つに「技術系の人々の為のコミュニケーションコース」というのがあります。実は私も以前にそういうコースを取った事があります。参加者の多くはプログラマーでした。自主的に参加した人もいれば、会社から送られて来た人もいました。

インストラクターが「会社での同僚とのちょっとしたお喋りは時間の無駄だと思う人」と聞くと、殆どの参加者の手が上がりました。それに対してインストラクターは「あなたは、自分でも気づかないうちに、今まで損をして来たはずですよ。ちょっとしたお喋りは、時にはあなたの提出した企画を No から Yes に変える大きな力を持っているんですよ。」と言っていました。
タビビト   2009年06月22日 21:26
大変参考になります。

私は通常メインフレームのインフラ系担当としてプログラマをサポートする立場(管理する立場ではない)にいることが多いですが、プログラマとマネージャーのすれ違いは良くわかる気がします。私も日ごろ、高級言語でのプログラミングは自分の仕事じゃないって断ったりしてましたし。そして、コミュニケーションがうまいプログラマ、下手なプログラマの例えも、そうだったかもということがいくつもあります。ただ、コミュニケーションが苦手とは言っても、隣の席に座っているのに会話はチャットでしてくれといわれたり、図で説明しようとするとそれを拒否するプログラマもいます。これは問題ありますよね(笑)。私もコーディングをやっていたときには、一生懸命テストケースを増やしていた感があります。そこの部分は、今後の反省材料ですね。
 
出展 2009年06月22日11:17 『和とコーチとアスリートとマネージャーとプログラマ』