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2009年5月14日木曜日

外国語、流暢過ぎると通じない (mixi05-u459989-200905140346)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
外国語、流暢過ぎると通じない
2009年05月14日03:46
さっきいつものイサーン立ち食い焼き鳥屋で焼き鳥を食べた。 イサーン焼き鳥屋台というのは、日本で言うところの吉野家のような物で、しかもタイ人(それも東北地方出身の肉体労働者)しかこない場所だ。 僕はもともとタイでは東北地方に住んでいたし、もともとこういうブルーカラーな仕事をしていたので、こういう雰囲気の方がなじみがあるというか、いずれにしても、ここによく食べに来る。

食べ終わってお金を払おう時の話。僕は全商品の値段を覚えているのでいつもなら黙ってお金を置いて帰ってくる。 それは僕だけではなく、みんなそうやってお金を払う。 それが普通なのだ。 だけど、外人が黙ってお金を置いていくと勘定が間違っているかも知れないと不安がられることがあるので、知っていても値段を聞くことがある。

今日値段を聞いたらいつもより5バーツ高い値段を言われた。 何でかと聞いたら、焼き鳥は一本10バーツだ、といわれた。 かつては5バーツだった。 僕は見かけが明らかに外人で外人と見るとぼったくる行商は少なくない。 だから思った値段と違う値段を言われたら黙って払わないで、きちんと何でですか?と聞くようにしている。

それで、値段あがりましたか?って聞いたら「カウニャオは5バーツだ、食べたか?」っていう返事が返ってきたので、「食べた。 値段変わりましたか?」って聞き返したら、また「カウニャオは5バーツ、食べたか?」と聞き返された。 3回このやり取りをした後、さすがにイラっと来て、「だから!値段変わりましたか?って聞いてるの!」っていったら変わった、といわれた。

普段この発音で100%通じてるし、何で聞き取ってもらえないのか、さっぱりわからない。

最近タイ語が上達したのを感じる。 街中で人が話しているどうでもいいような会話がはっきり聞き取れるようになったし、知らない人の話している中にパッと飛び込んだりとか出来るようになった。

しかしだ。 それと同時に、いまだにこうやって、絶対にどうやっても聞き間違えようがないような会話で「は?」って何度も聞き返されることがある。

最近知り合ったタイ語が堪能なPさんも、「よくカオマンカイ(もっともポピュラーなタイ料理の名前)とか、聞き取ってもらえないことがあると、俺のタイ語って...ってがっくり来る」って言っていたけど、 僕が聞く限りPさんの発音は上級を超えていて、日本人にありがちな 語尾の k・d・pの間違えとか 語尾のn ng m の区別間違えとかも少なく、かなりネイティブに近いレベルまで肉薄していていると思う。 聞き取ってもらえない訳がない。

でも実際に聞き取ってもらえないのだからしょうがない。

これは語学というよりもコミュニケーションの話で、自分の容姿とか雰囲気とかも関係してくるんじゃないか、と思う。 Pさんもそうだけど、僕もどっからどう見ても日本人の容姿をしてる。 黙っていても必ず日本人だといわれる。 そういう人がいきなりタイ語を話すと、話されるほうは、あまりに突然のことで、頭がついてこないことがあるらしい。

川崎とか葛飾とかそういうコテコテの下町で、いきなりギラギラの装飾品がまぶしいバリバリの黒人がグラサンをかけたまま吉野家に入ってきて、座るなり 「あ、すみませ~ん、並、ネギだくで、ギョクも」 とか注文されたら、つんのめると思うが、そういうのと同じ感覚なのかもしれない。 (そういう時、表情ひとつ変えずに、平然と注文を受け答えするツワモノの店員って居る。 タイでも大抵のタイ人は平然としている。 だけど、時折、動揺して目が泳いでて何を言っても聞き取れなくなってしまう人っている。)

あとは、実はタイ語が話せないとか、あまり得意でない、というケースもある。 タイでも、地方に行くと本当にタイ語が話せない人がいる。 地方にはタイ語が話せなくてラオス語しか話せない人というのは少なからずいる。 でも都心ではさすがにそんなに見かけない。 こういう人に「何でわからないんだよ」って厳しく詰め寄ると、深く傷つけてしまうことがあるので、気をつけないといけない。


あと忘れてはならないのは、とぼけているときもある、ということだ。 これは何か都合の悪いことが暴露されたときなどに良くやられる。 外人を相手に「は?」「は?」 って何度も聞き返すと、相手の自信をくじいて会話力をそぐことが出来る、って言うのをタイ人は知っているのだ。 タイ人って本当にコミュニケーションの機微に長けているので、それくらいのことは子供でもやる。 ちなみにそれをやられたら「わからないふりしなくていいからね(=とぼけんなボケ)」ってにこやかに言うと止まる。 言い方にちょっとコツがある。

いずれにしても、外人にとって、これを見分けるのは、決して簡単でなく、いつも混乱させられる。

15バーツ払って、歩き始めたのだけど、どうしても気になって戻って値段のことをもう一度きいてみようと思った。

そうしたら、さっきは人ごみで見えなかったけど、屋台の下に張り紙で「カウニャオ5バーツ、焼き鳥どれでも10バーツ」って書いてあった。 確かに値上がりしていたのだ。 ウソではなかった。

ひょっとしたら、屋台のおじさん、色々諸事情あって生活が苦しいのかもしれない。 ひょっとしたら、疲れていたのかもしれない。 わからない。


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今日、地下鉄フアランポーン駅で、ぼんやりと看板を見ていたら、いきなりそばのおじさんに「XXにいくにはどのホームで乗ればいいんでしょう。」って聞かれた。 外人に聞くなよって思ったけど、あぁここは終点なのでどこで乗ってもつきますよ!って答えた。 答えを聞いたおじさん、僕の顔を見て「あっ」という顔になった。 外人だと気がついたのだ。 不安になったのか他の人にも聞いていた。

フアランポーンというのは、電車で上京すると到着する駅なので、恐らく上京したばかりのおじさんだったのかな、と思った。 地方から出てきて、いきなり間違えて外人に道を聞いたこともさぞ驚いたろうが、表情ひとつ変えずに教えてくれたことも、更に驚いたろうなぁ...。


コメント一覧
ジャコビ   2009年05月14日 04:32
初めてニューヨークで道を聞かれた時にはびっくりしたけれど、もうそれが普通の事なんで慣れました。白人でも黒人でもアジア人でも、取っ捕まえて道を聞くというのは、ニューヨークならではでしょうね。

私は、かなり長い間英語を喋って生活をしているし、自分でアメリカ人相手に仕事もしているけれど、それでも他の人びとを引っ張って行くようなグループのリーダー的な立場に立つ事には躊躇します。私は日本語でならば、そう言う事も平気で出来る性質なのですが、やはり未だに英語が母国語でないということに多少の負い目があるんだろうと思います。
清水ガレージ   2009年05月14日 05:38
おかあつさんの日記は毎度の事ながらとても勉強になりますm(_ _)m

僕は英語が激しく苦手なのですが、いずれしゃべれるようにならなければならないという外圧がすごいので、おかあつさんの経験や考え方を覗けて感謝してます^^

にしても、成人してから外国語を学んで、ネイティブ並みに円滑にコミュニケーションをとれるようになるのでしょうか?
おかあつ   2009年05月14日 06:39
>にしても、成人してから外国語を学んで、ネイティブ並みに円滑にコミュニケーションをとれるようになるのでしょうか?

絶対になれません。 ネイティブ並みに円滑にコミュニケーションが取れるようになるためには、子供の頃からきちんとした教育を受ける必要があります。 残念ですが、成人した後ではほとんど手遅れでどんなに教育を施しても話せるようにはなりません。

...って僕は言われつづけて来ましたが、あまり真実ではないような気がします。

ちなみに僕がタイ語を勉強し始めたのは32歳からです。

基本的に、何かをやるときに「無理だからやめよう」って思うことにまったく意味は無いです。 宝くじ当たらないかなぁ... といいつつ宝くじを買わなければいつまでたっても宝くじに当たることはないですが、それと同じです。 宝くじに当たるためには少なくとも買い続ける必要があります。


ただ、最低限一度日本から出る必要はあると思います。 日本から出て日本語を一言も話さず三ヶ月すごせば、誰でもある程度外国語を話せるようになります。



僕は個人的に、あまり小さい頃早くから外国語を学ばせるのは、どうか、って思います。 もちろん早くから勉強するに越したことはないですが、早くから外国語を本格的に勉強した子は、大きくなってから、エセネイティブというか、「何人でもない中途半端人」になりやすいと感じます。

いずれにせよ、小さい頃からやってもジジイになってからやっても、とても厳しい訓練が必要です。 いつやっても、やることは結局同じです。 ネイティブだろうが、外国語だろうが、やることは同じです。 二つ言葉が話せるということは、二人分苦労する訳です。

ある意味 子供には無理です。
おかあつ   2009年05月14日 06:53
>私は、かなり長い間英語を喋って生活をしているし、自分でアメリカ人相手に仕事もしているけれど、それでも他の人びとを引っ張って行くようなグループのリーダー的な立場に立つ事には躊躇します。私は日本語でならば、そう言う事も平気で出来る性質なのですが、やはり未だに英語が母国語でないということに多少の負い目があるんだろうと思います。

何か色々考えさせられます。

僕はこの十数年間というものアメリカに行くことを大前提にすべての勉強を進めていたのですが、ほとんどアメリカに滞在したことがないのです。 今の僕の状態でアメリカに滞在して、自分がどれくらいの実力があるのか、今の知識を持った状態でアメリカに滞在して知識が実際の経験と結びつくと、それがどれくらいの実力として現れるのかっていうのが、まったく見えません。

ただ、僕が今までであった「私英語得意だから」「私TOEIC800点台だから」って僕をコバカにしてきた人の99%が、実は英語は大して得意でないはずだ、ということくらいは見えてきました。 (僕が思うに、彼らの文化に対する好奇心の低さでは多分、実際、現地であまり相手にされてないはずなのです。)

自分が実は自分が思っていたよりもはるかに語学が得意な人間だったのだ、ということが、この数年で見えてきているのですが、英語に関してはまったく経験がないのです。 自分は、これまで「無冠の帝王」とでもいうか、悔しさだけをばねにして、何の成功体験も持たずにひたすら修行僧のように勉強してきただけなので、よくわからないです。

実は、今年行こうかなと思っています。 タイも都心で暮らしていれば、実はアメリカですごすのと実はさして生活費が変わらないのではないか、ということも思っているんです。

2~3ヶ月ジャズだけを聴いて暮らしたいなぁ。

ジャコビ   2009年05月14日 09:59
アメリカの生活費はピンキリでしょうね。贅沢しようと思えばいくらでも出来るけれど、切り詰めて生活しようと思えばかなり安く上がるのではないでしょうか。場所にもよりますが。

ニューヨークに来る時は是非お知らせ下さい。
あび   2009年05月14日 12:40
大学時代にお世話になったオーストラリア人の先生から聞いた話です。

その先生は、非常に日本語が堪能で、それこそ淀み無くスラスラ話せるのですが「スラスラと綺麗に話しすぎると、意味も解らずにガイドブックを棒読みしているだけだと思われて、外ですれ違った人に道を聞いても答えてくれなかった。」と言っていました。

それからというもの、その先生は、わざと、「えーっと。」とか「う~んと」とか「あー、」とか、話し出す前に「言葉を考えているようなフリ」をしてから話すようにしたそうです。

そうすると、話し掛けられた相手の方も「あ、この人はちゃんと考えてから自分の言葉で話しているな。」と感じるのか、普通に日本語で応対してくれるようになったそうです。

もしかしたら、おかあつさんのタイ語も、「より本物らしく聞かせるためのちょっとした小芝居」が必要な時期に達しているのかもしれませんね。

もちろん、都合の悪いことを「ガイジンだから通じない。」で誤魔化そうとしている事も多々あるのでしょうけれど。
プイプイ   2009年05月14日 16:10
自信なさげに話す流暢なタイ語と、自信満々で話すたどたどしいタイ語を比べるとどうも後者のほうが通じるパターンが多そうです。

ブロークンでも相手にわかってもらおうとする意気込みと聞く側の努力の結果なのでしょうか。
すべてにおいてそうとは言い切れない面もありますけどね。


たまにタイ人に道やバスのルートを聞かれることがありますが
英語で丁寧に答えるとことが多々あります(笑)
おかあつ   2009年05月14日 19:08
母国語で無意識にやっていることなのに、外国語になるととたんに意識しすぎて出来なくなっちゃうことってある。

>それからというもの、その先生は、わざと、「えーっと。」とか「う~んと」とか「あー、」とか、話し出す前に「言葉を考えているようなフリ」をしてから話すようにしたそうです。

この先生、英語はなしているとき、一切 「えー」とか「うーん」とか言わないんだろうか。 絶対言ってるはずで、そうやって「えー」とか「うーん」とか言っているその間でニュアンスを伝えるのは英語も同じなはず、なのに、なのに、 何故か「僕は日本語が流暢に話せるけどあえて演技をする」って思っている。

例えば、自分がちょっと聞きづらいなとか思っている質問を誰かにした時、その人がいきなりスラスラ答え始めると、心の準備が出来ていないので、「えっ?」ってなる。

習志野で、ちょっと後ろめたく「○○」っていうソープランドどこですか?ってそばのおじさんに聞いたとき、そのおじさん、振り向くなりいきなり何の予告も無く一息で即答=「この道まっすぐ行き三つ目の角を左に曲がった後左側を見ていると階段が4つあるので左から三つ目の階段を上がってください」 って言われたら、やっぱり聞き取れないと思う。

逆もそうで、仕事上がって 「さーて晩飯何食うかなぁ」とか考えながらボケッとブラブラ歩いてるときに、いきなり外人が来て、一息で「すみません丸紅ビルの三階にある花丸商事の第三営業部はどこですか?」って聞かれたら、やっぱり準備が出来てないから、えっ?ってなると思う。

母国語を話しているときは無意識にやってて、それをしていることに気づきもしない、超簡単なことが、外国語になると何故か出来なくなってしまう。


ところで、「えー」とか「うーん」って実は日本語で、これを英語を話しているときにやると、通じない。 「??この人...ヘン?口閉じろよ!」っていう目で見られる。 タイ語だと「ウー」っていうし、英語だと「アーム」っていう。 「えー」とか「えとー」とか言うのは韓国人とロシア人が同じだって聞いたことがある。

中国人がしょっちゅうひとりごとで「ウイウイ」とか「ホイホイ」って言ってるのも日本人には結構ヘンに見えるけど、あれと似てると思う。

デーブスペクターが、改まって話す前に、よく「エー(と同時にシーと歯を鳴らす)」ってやってるけど、あれは良く見ているなぁと思う。 あれは日本人のクセだ。 あれも英語を話すときやっちゃうとまずい。 タイ語もダメ。

おかあつ   2009年05月14日 19:16
>ブロークンでも相手にわかってもらおうとする意気込みと聞く側の努力の結果なのでしょうか。
すべてにおいてそうとは言い切れない面もありますけどね。

言葉より、コミュニケーション、っていうことですよね。 僕もそう思います。



ところで、焼き鳥屋ってすごく場末でコミュニケーションがほとんどないので、あまりしつこく話しかけると鬱陶しがられるんです。 だから最小限の言葉で最小限のジェスチャーでサッとやらないとウザがられるのです。 ましてや外人は余計鬱陶しがられるので、サラっとやらないといけないのです。

が、昨日は何だかそばの人が、日本人がイサーン料理を食っているという構図が面白かったらしく、しきりに話しかけてきて、ちょっと微妙にリズムが狂ったんです。 で、失敗になりました。

おかあつ   2009年05月14日 23:18
(さっきのコメント、ちょっと言葉が足りないので若干加筆訂正します。)

母国語で無意識にやっていることなのに、外国語になるととたんに意識しすぎて出来なくなっちゃうことってある。

>それからというもの、その先生は、わざと、「えーっと。」とか「う~んと」とか「あー、」とか、話し出す前に「言葉を考えているようなフリ」をしてから話すようにしたそうです。

この先生、英語はなしているとき、一切 「えー」とか「うーん」とか言わないんだろうか。絶対言ってるはずで、そうやって「えー」とか「うーん」とか言っているその間でニュアンスを伝えるのは英語も同じなはずだとおもう。 なのに、なのに、何故か「僕は日本語が流暢に話せるけどあえて考えている演技をする」って考えている。

日本語に限らず英語でもタイ語でも、話し始めるとき人は無意識のうちに「えー」とか「あー」とか言ってる。 これを言わないと話が通じづらくなる。 これは別段珍しいことではなく、母国語を話しているときは誰でも無意識にやってる。 このことは母国語で考えてみるとわかりやすい。

例えばこういう状況を考えてみる。

習志野で、ちょっと後ろめたく「○○」っていうソープランドどこですか?ってそばのおじさんに聞いたとき、そのおじさん、振り向くなりいきなり何の予告も無く一息で即答=「この道まっすぐ行き三つ目の角を左に曲がった後左側を見ていると階段が4つあるので左から三つ目の階段を上がってください」って言われたら、どうだろうか。 あまりに突然すぎて、やっぱり聞き取れないと思う。

あるいは、仕事上がって「さーて晩飯何食うかなぁ」とか考えながらボケッとブラブラ歩いてるときに、いきなり外人が来て、一息で「すみませんこの近所にある丸紅ビルの三階にある花丸商事の第三営業部はどこですか?」って聞かれたら、やっぱり準備が出来てないから、えっ?ってなると思う。

そうならないように、話しかける前に、「えー」とか声を出したり、せきをしたり、手をあげたり、頭を下げたり、相手に準備を整えるようなことを無意識のうちにやっている。 こういう、母国語を話しているときは無意識にやっている超簡単なことが、外国語になると何故か出来なくなってしまう。


外国人っていうのは往々にしてネイティブよりも意識してはっきりと言語の訓練をしているので、意外だけどネイティブより速く話せたりする。 これが逆に不自然になったりすることはある。 ネイティブはいつもぼんやり話しているので、いきなり不意をつくように何か話されると、頭がついていかない。 (そういう理由があるのに、いきなり話しかけて「だから○○人は頭の回転が遅い」とか言い放つ人は少なくないけど、ひとつの差別で、よくないことだ。)



ところで、「えー」とか「うーん」って実は日本語で、これを英語を話しているときにやると、通じない。「??この人...ヘン?口閉じろよ!」っていう目で見られる。 タイ語だと「ウー」っていうし、英語だと「アーム」っていう。「えー」とか「えとー」とか言うのは韓国人とロシア人が同じだって聞いたことがある。

中国人がしょっちゅうひとりごとで「ウイウイ」とか「ホイホイ」って言ってるのも日本人には結構ヘンに見えるけど、あれと似てると思う。

デーブスペクターが、改まって話す前に、よく「エー(と同時にシーと歯を鳴らす)」ってやってるけど、あれは良く見ているなぁと思う。 あれは日本人のクセだ。 あれも英語を話すときやっちゃうとまずい。 タイ語もダメ。
ジャコビ   2009年05月15日 05:05
>中国人がしょっちゅうひとりごとで「ウイウイ」とか「ホイホイ」って言ってるのも日本人には結構ヘンに見えるけど、あれと似てると思う。

知りませんでした。今度チャイナタウンに行った時に注意して見てみます。私はよく「ヨイコラショ」「ヨイショ」「ドッコイショ」と言ってしまうクセがあるのですが、それを言うと夫に笑われます。動作に伴うかけ声自体が英語にはないようです。
おかあつ   2009年05月15日 05:44
>知りませんでした。今度チャイナタウンに行った時に注意して見てみます
でも、すごく人によります。

僕がみた「ウイウイ」とかいつも独り言をいってた人は、北京だったと思うんですが内地から来た英語が上手じゃないコテコテの中国人でした。 でも僕がみた他の北京の人は言っていなかったように思います。 いや、でも僕が知っている北京の人みんなバイリンガルだしな... 正直、ぜんぜん読めないです。

僕、中国人ってすごく曖昧な言葉だと思うんです。 中国人でも出身によって文化も習慣も性格も言葉すらも違ってて、まるで同じ国の人じゃないみたいです。 ボストンで見た中国の人は横浜で見る中国の人と似ているような気がしていて、ノンカイで見る中国の人とも似ている気がします。 でもバンコクにいる中国の人とかなり違います。 タイの南部にいる中国の人はもっと違います。

で、ウイウイとかヒイヒイとか言っている中国の人は、どこの人なのかなぁ、って思います。


余談ですが、僕、五果皮酒っていうお酒がすごくすきで、薬のような香りの独特なお酒なんですが、これが、どこでも売ってるわけでなくて、売っている中華店と売ってない中華店があります。 真っ赤な店内で真っ赤なチョウチンが下がっている店では売っていることが多いのですが、もしもその店でツボだし紹興酒を売っている場合、何故かしらないのですが、絶対に五果皮酒は同時に売ってないです。

前中国の人に聞いたら、その人もなぜかはよく知らないみたいでした。

謎です。
おかあつ   2009年05月15日 05:55
>私はよく「ヨイコラショ」「ヨイショ」「ドッコイショ」と言ってしまうクセがあるのですが

英語って生活の掛け声、少ないですよね。
いやあるけど僕が知らないだけなのかなぁ...。
そういう掛け声って覚えると、コミュニケーションの「つかみ」的にいいんですよね。

ロシア語とかタイ語って日本語みたいに、そういう掛け声みたいな無駄な言葉がたくさんあるので、面白いです。

そういえば、アメリカに居たとき、英語の先生が、くしゃみをするたびに 「クシャーン、アーイアイアーイ」って言ってたのが、結構好きでした。
ジャコビ   2009年05月15日 07:24
>で、ウイウイとかヒイヒイとか言っている中国の人は、どこの人なのかなぁ、って思います。

表現が柔らかい感じがするから、「広東人じゃないの?」 とウチの夫は言っているのですが…
かつお   2009年05月15日 19:43
基本的な質問なんですが、おかあつさんのイサーン焼鳥屋での会話は何語でしょうか?流暢なタイ語だとすれば、例えですが、東北からの出稼ぎ労働者が集まる東京の安価な飯屋で、バリバリの東京弁を話すようなものですよね。また語学語がいくら上達しても、顔を見ると外国人だとわかってしまいます。外国人にはボッてくるのは、ラオスでも当たり前だったけど、物価が違うからいいか と開き直ってました。
おかあつ   2009年05月15日 21:07
>流暢なタイ語だとすれば、例えですが、東北からの出稼ぎ労働者が集まる東京の安価な飯屋で、バリバリの東京弁を話すようなものですよね。

説明が難しいのですが、そういう場所(=バンコクだけどイサーン人が多い場所)で、外人がイサーン語を話すと、本当に上手じゃないと逆に嫌味っぽくなる場合が多いのです。 最初僕もイサーン語で話せばいいのだろうって思ってたんですが、実際にはそんな単純な話ではないです。 ヘタクソだと「あぁまためんどくせえ外人が来たなぁ」って思われる可能性のほうがずっと高く、逆効果です。

あとありがちなのが爆笑されることです。 もっと遊びの場所にいるなら、笑われてネタにしてオッケーなんですが、そういう場所じゃないので、笑われるとそれだけで、結構まわりの迷惑なのです。 というわけで、外人がイサーン語を話すと、結局、あぁめんどうくせぇ外人だ、と思われるケースの方がずっと多いです。

そういう風にめんどくせぇなぁ、って思われたり、笑われたりしても、強引にイサーン語で用を済ませることが出来ればいいのですが、それは本当に難しいです。

最初は僕も本気でやっている、といいつつどうしても「旅行用会話」だったんだと思います。 旅行用会話であれば、多少ヘンでも「面白い外人だ」って思われるだけで過ぎてしまい楽しめるのでオーケーなのです。 しかし、今の僕は本当の意味で「日常会話」の領域にきており、そういう間違いがギャグでは済まないのです。

このレベルに来ると、正直、面白くは無いです。 嫌な思いをすることのほうがずっと多いです。

>外国人にはボッてくるのは、ラオスでも当たり前だったけど、物価が違うからいいか と開き直ってました。

このレベルだと「ぼられてもいいか」でやってると、あまりよくないです。 「あぁあいつ簡単にボレるよ」ってうわさになって、それだけでまともに相手にされなくなります。 この辺は、みんなものすごくきっちりやっていて、対等に付き合いたかったらきっちりやっつけないとダメです。

そうでなくてもタイ人って外人と見るとすごくバカにしてかかってくることが多いので、多少はったりが入っていても、お前の思い通りにはさせないぞ、っていうところを見せないと、やってけません。

おかあつ   2009年05月16日 08:13
>イサーン焼き鳥屋台でも、バンコクのと イサーン地方やラオスのは雰囲気が違いますよね。
多分違うと思います。 バンコクの方が、ずうっと人情味が薄いです。

> イサーン人もラオス人も女性は『シン(民族衣装)』をはかなければ、同一民族だから、区別はつきません。

実は、僕、結構区別つきます。 しぐさとか考え方とか性格とか違います。
イサーンとラオス、似てるようでかなり違います。
それにイサーンとラオスってよく知ると結構仲が悪いです。
つーさん   2009年05月17日 03:49
おかあつさん、みなさん、はじめまして
つーさんといいます

流暢過ぎると通じないという考えは前から個人的にあったんですが、今まで思いつかなかった見方が討論されていて、とても勉強になりました

自分は今米国の加州に住んでいます
複雑で抽象的な内容についての会話も英語である程度出来る(と思っている)
んですが、日常でのちょっとした簡単なひと言が、一発で聞き取ってもらえないことがあるように思えます
"How's it going?"と言って、"What?"とか"Huh?"とか言われると、「何でこれが聞き取れないんだ?そんなに発音おかしいのか?」と、イラッと来るついでにちょっとがっかりします
でも、もろに日本語訛りの人が"はういずいっとごーいんぐ?"とか言っても全然聞き取ってもらえたりするのが、このところ疑問でした

自分は趣味で発音の勉強をしているので、いわゆる「それっぽい」だけの妙な発音をしているわけでもないんです
でも、おかあつさんのおっしゃるように、言葉を発する以前の基本的な何かが出来ていなくて、それが発音のレベルとの組み合わせで相手を混乱させているのではないか、と考えればちょっと納得がいきます
どういうことかというと、自分にはおそらく"How's it going?"と聞く前までの過程に、必要なアイコンタクトが取れていないとか、アイコンタクトが足りないのなら"Hi"とか"Hey Steven"とかひと言付けて、必要な注意を引くということができていなかったのかなあと
そういうことって、文化間で大なり小なり違うことだから、その文化に慣れてなかったら当然うまく出来ないわけです
そういうことが出来ていない状態で話し掛けると、たわいない挨拶を期待される代わりに、例えば「なんか文句付けに来たのかな?」とか「あれ、車のカギでも落としたかな?」なんて思われてしまって、そこに"How's it going?"と仮に本当に完璧な発音で言っても、相手も一瞬戸惑って"What?"となるのではないか
つまり、いくら流暢でも、いくら発音が良くても、期待・予期していない言葉には即座に反応できなかったりうまく聞き取れなかったりする
"はうずいっとごーいんぐ?"がそれでも聞き取ってもらえるのは、聞いて一発で外人(現地出身ではない人間)だと分かってしまうので、アイコンタクトだの呼びかけのひと言の有無だのの細かい要素から生まれた期待や予期を裏切られる準備が出来て、逆に反応や聞き取りがし易くなるのではないか

なんか全体的におかあつさんの発言内容をただパラフレーズしただけのような書き込みになってしまって申し訳ないですが、流暢さが低かったり訛りが強かったりすると逆に聞き取ってもらえることについては、なんとか自分の考えを述べれているでしょうか、、、
ろんたりんくo(^-^)o   2009年05月17日 09:22
外国語に端を発した異文化間コミュニケーションの話ですが
これはやっぱり深いものがありますね。
 
出展 2009年05月14日03:46 『外国語、流暢過ぎると通じない』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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