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2009年4月2日木曜日

Y’嬢 (mixi05-u459989-200904020912)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
Y’嬢
2009年04月02日09:12
今日は野暮用があってスクンビット通りのソイ24に行った。(ソイというのは横道のこと。普通番号で呼ぶ。) 僕が大好きなシーロムサウナはスクンビットのソイ22にあるので、よく行くのだけど、ソイ24というのは行った事が無かった。 というのも、以前ソイ24に行こうとしてソイ24が見つからず引き返したことがあったのだ。 ソイ24とソイ22の間には「エンポリアム」というでかいデパートがあり、巨大な公園があり、池がありというかんじで、かなり離れている。 今日30分ほど迷った挙句、そのことを学んだ。

ソイ24は近年ものすごい勢いで開発が進んだ地域らしく、超高級マンションが立ち並んでいた。 ソイ24に行った勢いで、その高級マンションの一軒を見学させてもらった。 家賃7万バーツ。 日本円にして約20万円。 3ベッドルーム 巨大なリビング。 各ベッドルームにバスルーム付き。 メイド用の部屋付き。 キッチンには豪華システムキッチン。 パーティールーム常備、プールフィットネスサウナテニスコート付きだそうだ。

正直、内心ヒヤヒヤだったけど、冷や汗をおくびにも出さず、ふーんとかいいながら見てきたら、怪しまれずに、とても丁寧な対応をしてくれた。 こういうとき日本人だと便利だ。

ずっと奥まで歩いていったら、なんとソイ24の一番奥には、トップス(スーパーマーケット)があり、オボンパン(パン&コーヒーのチェーン店)があり、スタバまであった。 僕にとっては極めて都合のいい場所だった。 もうちょっと家賃が安ければなぁ。 そんなことを考えながらスタバでコーヒーを飲んだ。

そんななか、もしここからシーロムサウナまで歩いていけたら文句なしだ、と思った。 それで、行きがけの途中に「ソイ22こっち」とか標識があったのを発見していたので、そこまで戻って入ってみた。

そうしたら、どんどん薄暗い道に入り込んでしまい、だんだん怪しい雰囲気になってきた。 時間は夕方6時を回っていたので、真っ暗で何も見えなかった。 途中でT字路があったので、直進したら、何か人の家に入ってしまって、行き止まりになっていた。 戻ってT字路を曲がった更にT字路があった。 その先にはスクンヴィット通りが見えた。 まっすぐ行ったらソイ22にはつきそうもなかった。

ちょうどそこに建物のガードマンが居たので、道をきいた。 「こっちに行けばソイ22ですか?」 「あぁーそうですよ^^。 こっちに入って小路を入ってください^^ お元気で^^」 何て感じのいい親切なガードマンだろうと思った。 僕の話し方が何か変だったんだろうか。

入っていったら、親切なガードマンがいうとおりではなった。 行き止まりでホテルの裏口しかなかった。 仕方が無いので、ホテルの裏口に入っていった。 そうすると厨房の裏の裏のほうに入っていってしまい、ついに行き止まりになってしまった。

戻って行って、途中に居た従業員の人に「ソイ22に行きたいんですが、迷ってしまいました」といったら、「あぁーー ほら ここ入って そこだよ 見えるだろ?」っていう風に実にフランクに教えてくれた。 本当に親切な人だった。 きちんとお礼を言って判れた。 お礼を言われても恐縮するでもなく、否定するでもなく、なんともいえない心地よい距離感を保ちながら、笑顔を見せるこの人たちって、いい人たちだ、と思った。

そのソイ22への道は要するに従業員用の自転車置き場だった。 自転車置き場を通り抜けるとガードマンの詰め所に出た。 こっちからは絶対に入れそうも無いような、ホテルの従業員入り口だった。 そこからソイ22に出た。

ソイ22に出たものの、サウナのずっと前だったので、サウナのほうに歩いていった。 サウナも過ぎてずっと最後まで歩いて、衝撃的な事実を知った。 実はソイ22とソイ24はつながっていたのだった。 ソイ24のスタバの前に出た。

なんだまっすぐ行けばそれがソイ22だったのか、と思った。 標識でソイ22はこっち、とか書いているのは、まやかしだったのか、と思った。 だまされた、と思った。 おかげでホテルの自転車置き場まで通り抜けて、ちょっとした探検になってしまった。 もうアソーク駅(最寄り駅)まであるのはちょっと嫌だったので、バイクタクシーを拾って戻った。



アソーク駅まできたけど、セブンで買い物をしてから帰ろうと思い、歩き始めた。 で、セブンの前で、悪名高い援助交際喫茶テーメーの前にわたった。 そうしたら、先日声をかけられたオカマがいた。 このオカマは、実に小柄でかわいらしく、パッとみ女の子にしか見えない。 しかし手が大きいのですぐにオカマだと思う。 それ以外は女の子にしか見えない。

特筆すべきなのは、この子が、僕のY単位制高校からの旧友であるY嬢に非常に似ていることだった。 話し方や表情まで実にそっくりで、可笑しいぐらいだった。 あわせてやりたいぐらいだ、と思った。

以下、このオカマをダッシュをつけて Y’嬢と呼ぼうと思う。 Y’嬢は自分を連れて行けとせがんだが、僕は絶対女を買わない主義(注:もちろん男も)なので、断った。 断ったら、じゃ○○のディスコい連れて行け、という。 実はこちらは、僕はまんざらではなかった。 というのも、僕はクラブ遊びが好きだし、とはいえバンコクで面白いクラブがどこにあるのか、まったく知らなかったからだ。 この子を連れて行けば、面白い場所を教えてもらえて、案内してもらえる。 もちろん、Y’嬢は僕のおごりを目当てにしているわけだけど、それは授業料として払っても惜しくない、と思った。

というわけで、連れて行ってもらった。

それは僕が知っているITモールの反対側にあった。 何だこんな近くにこんな面白いところがあったのか、と思った。 で、一番面白いという店に連れて行ってもらった。

店に入ったら、これは、正に僕が期待したとおりの店だった。 スモークがモクモクでるなかレーザーと飛び交っており、流行のダンスミュージックが掛かっているなかに、新しい出会いや予期しない刺激を求める人がたくさん集まっていた。 これだ!と思った。

スクンビットにあるような西洋人向けのクラブではなく、完全にタイ人向けのクラブでシステムもタイ式だった。 これはつまり「タワンデーン」ってよばれているタイのライブハウスと同じシステムだった。 つまり入場無料でお酒の持ち込みもOK、水と氷とその他の飲み物代だけ徴収するシステムだ。

ここは面白かった。 周りに日本人はいなかった。 おかげで僕はかなり目立つし、加えてタイ語も話せるので更に目立った。 何か面白いことが出来そうな予感がした。 また改めて来ようと思った。

(というかY’嬢はやっぱりこうして普通のバンコクの女の子と比較すると、やっぱり漠然と違和感を感じさせるものがあった。 周囲の視線の感じからいって、多分周りのバンコク人はY’をオカマだと見抜いていることを感じた。 これでは、 一緒に歩いていると、僕がホモであるという疑いをかけられてしまう。 こういう子が違和感を感じさせないテーメーというのは改めてやっぱりとても異様な場所だと思った。)

僕はタイに来たころ、「一番最初に一番大変なことをやっておけば、後は楽しいことしかないだろう」って思っていた。 そう思って大変なことばかりやっていた。 実に辛い毎日だった。 辛い4年間だった。 だけど、辛い毎日ののち、タイ語はおろかイサーン語まで話せるようになった。

何というか、最近よく思うけど、ここまでタイ語が話せれば、どこに行ってもやっていけるだろう。 そういう自信が付いてきた。

ここから更にもっと難しいことにチャレンジできるだろう。

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出展 2009年04月02日09:12 『Y’嬢』