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2007年3月4日日曜日

チャレンジャー (mixi05-u459989-200703041404)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
チャレンジャー
2007年03月04日14:04
いきなりなのですが、僕は、結構、劣等感が強い方だと思うのです。

他の人と競争しても勝った事がないからです。

でも、考えてみれば、これは、割と純粋に環境的な問題でもあったと思うのです。 僕は、10代の頃、メチャメチャ貧乏で家も無かったし、学校に行きながらいつも働いていました。

勉強は嫌いではなかったのですが、勉強する落ち着いた環境と、落ち着いた健康状態が得られない(いつもおなかが減っていて頭がクラクラしていた)ので、集中力が上がらないのです。

だから、お金を持っている(と言っても金持ちではなくて普通にお金を持っている)大学生と、ジャズや色々な知恵比べで競争しても、勝てませんでした。 (当時僕は、あちこちのサークルにもぐりこんでいたのです)

しかも、大学生というものは容赦がないので「お金が無いから仕方がない」といっても、「ならバイトでも何でもすればいいじゃん」と言われておしまいです。

家があれば、アルバイトすれば丸々お小遣いですが、家がないと、いっぱしの世帯主同様、お金はドンドン出て行きますからあまるどころか全然足りないのです。

実は、僕は、当時からプログラムは組めたのですが、19歳そこそこの、新しい大きな服を買えずにボロい寸詰まりの小さい服をまとった怖い若者がいきなり来て、プログラム組めますって言っても、誰が雇うでしょうか。

お金が無かったのですが、それを言い訳にすることはできなかったので、とにかく、あるもので工夫して競争していました...が、無いものは無いので、勝てないのです。 勉強したくても、本が無いし勉強する場所も時間も、圧倒的に足りないのが現状だったからです。 物理的に無理なのです。

しかし、それを言い訳には出来ないので、それでも、努力は続けていたのです。 努力は報われずにドンドン負けていくのですが、そういう中で、僕の劣等感は育っていったのだと思います。





あれから、10年以上たってしまいました。 今、僕が、他人と競争したらどうなるか... そうそう簡単には負けません。 今は時間があるし、お金も多少あります。 10年間、コンピューター業界で働いた経験もあり、その間、ヤケクソになって買いまくったあらゆるジャンルの本の山&CDの山(知的財産)を持っています。

ハンデをしょった15年の時間は変えられないですが... ある程度結果が出せる手ごたえもつかんできています。 事実、少しずつ結果も出つつあり、ようやくですが、能力的な問題ではなかった、という確信に変りつつあります。


そういう意味で、僕は、非常に変っているのだと思います。 なぜなら僕の劣等感は、比較的純粋に、環境から来ているからです。





そういうなかで、僕は、劣等感とか、優越感とかとは、無関係に、ひたすらコツコツと作業を重ねる事に慣れて来たのではないかと思います。 「オレって天才だな」とか「オレはなんてバカなんだ」とか、そういう他人と比較した勝敗を考えずに、とにかく、やらなければならない課題をこなしていこう、という考え方が強くなっているからです。

別に、ギターを弾くのも、プログラムを組むのも、文章を書くのも、勉強するのも、なんにしても、そういう行動をするときというのは、自分が天才だから・自分が才能があるから、努力するわけではないのではないでしょうか。 それが、好きだからやるわけじゃないでしょうか。 少なくとも僕はそう思います。





最近思うのですが... そういう僕は、ひょっとしたら、ある特定のタイプの人に、場合によって、極めて強いコンプレックスを与えうる存在になることがあるのかもしれないな、と思うのです。 僕のマイミクに居るような、極めて親しい人は、そんなことはないのですが ... ある特定の人 ... 比較的初対面に近いような人 ... に、稀に漠然と、そう感じることがあります。

何故そう感じるかというと、極めて微妙な表現になってしまうのですが、僕が漠然とその人からコンプレックスを感じさせられている事を感じるからです。

そういう人は、コンプレックスを感じたからと言って、いじけたりはしないものです。 代わりに、ひたすら勝負したがるのです。 人が出来ない事に対して、「僕はそんなこと、大した事ない」とか、「僕はそれぐらい簡単だ」とか、人が知らないことに対して「そんなことも知らないの?」的な批判をしたり等々 ... 言葉の節々に、そういう微妙な攻撃性がにじみ出た言葉を多用します。

そういうのを聞いたとき、前は、素直に劣等感を感じたりもしていたのですが ... 今では、僕は、正直、こういう人は、面倒くさいのです。



これが、例えば、サッカーとかアイスホッケーとか... ならいいのです。 逆に、バンバン勝負しないといけません。 なぜなら、これは勝負事だからです。 点が入れば、どんなに努力が少なかろうと、どんなに顔が悪かろうと、どんなに性格が悪かろうと、勝ちなのです。


でも、知的な行為 ... ギターを弾くとか、語学とか、プログラムを組むとか ... というのは、基本的に勝負事ではなく、純粋に知的好奇心でやるものです。 いちいち、勝ち負けを決定するのは、目的にあっていません。

( もちろん、知的な行為であっても、勝敗を決定できる場合が多いのですが... 最低限いえることは、この勝敗は、絶対に、『知識量』では決まらないという事です。)

そういう勝負好きな人と話をすると、本来の目的と全然違う方面に話がそれて、自慢話につながって「はいはい、すごいですね。」っていう話をしないといけなくなったり、やたらと人を蔑もうと、相手の知らないことなどの言葉尻を捉えて批判を始めたりします。 僕は、そういう発言を「バカだな、こいつ」と 無視するのは好きではないので、その発言が、いかに本質からずれているのかを、論理的に説明しようと試みるのですが、5~6日後、疲弊してきます。


そんな、知識量をひけらかして、相手を黙らせることを『知的暴力』と呼ぶのだそうですが、何かを学ぶに当たって、非常に迷惑な行為だと思います。

世の中、知らないことのほうが、知っていることよりも圧倒的に多いわけです。 それは、実に当たり前なことで、これは、どんなに努力を重ねても、知っていることが、知らないことを上回ることは、ありえません。 それは、何歳になっても同じです。

だから、知らないことは「へー」と素直に聞く以外なく、また、何かを知らない場合は、素直にたずねる以外にありません。




で、なんですが...

『彼』を ... どうしようかと思うわけです。

(独り言)

コメント一覧
竹風鈴   2007年03月04日 16:28
『彼』ねぇ・・困ったもんですね。
って言っても知らないんですけど。(^^ゞ

私もね、勝ち負けにこだわる人との会話って好きじゃないんですよ。楽しくないんだもん。
(あっ、おっしゃるとおりスポーツだの競馬の予想とかは別ですよ)

本来のテーマについて語ろうよ・・。って思いますよね。
かずノ助   2007年03月04日 21:26
はて・・・何かあったのかな?
ちょっと話がずれているかも知れないけど。

私も"おかあつさん"近しいモノを持っているから
そうなんだろうけど…ACの特徴が顕著な気もするな。

正直言うと"おかあつさん"から
…劣等感を感じた事がなかったので
この文章は意外だった。
(特に高校生の時だね)

何故 劣等感を感じなかったのか…というと
頭の回転の良さ、ギターを弾くのが好きで
弾いている姿は楽しそうにしていた印象が強くて
…羨ましいな…って感じてたんだ。

私の場合は「聞き流す」のが難しいんだ。
「へぇ~」って言いつつ真に受けて
ず~~っと気にしたりして面倒です。


この文章を読む感じだと
『彼』は…かなり手強いんだろうねぇ。

"おかあつ"が書いてあるような
タイプの人であれば
姿勢は変わらないので
話しても疲れるだけ思うなぁ~。
おかあつ   2007年03月04日 23:35
> 私もね、勝ち負けにこだわる人との会話って好きじゃないんですよ。楽しくないんだもん。

そうなんですよね... 。 僕には、友達に何人か、やたらと勝ちたがる人がいて、話してると疲れるのです。

  「最近、SUICA買ったんだけど便利だよね~」
  「いや、そんなのH国では2~3年前から普及してるから大した事ないよ」
  「...あそう。」

この人は、『彼』とは、また別の人なんですが、疲れるのです。 『彼』はそこまでじゃないと思うのですが... その気配が...。


>私も"おかあつさん"近しいモノを持っているから
>そうなんだろうけど…ACの特徴が顕著な気もするな。

これは、僕のことかな。

ACの人というのは、大概ACの人が見抜けるんだよな ...。 僕が勝手に思っているだけかもしれないけど、ACの人同士というのは、割と一緒に居て楽なんだよね。 いちいち説明しなくて良い場合が多いからかな...。

恐らく、我々の母校である『山吹高校』にはそういうタイプの人が多かったのだと思う。 だから、割と楽だったんだろうな...。

>私の場合は「聞き流す」のが難しいんだ。

僕も、実にそうなんだよね。 聞き流せない。 いちいち真に受けてしまうんだよな ... これも聞いてみればACの典型的な特徴なんだよね。


そうだね。

僕が言っている事と言うのは、究極的には、ACじゃない人にACという物がどういう物なのか、説明すると言う事なのかもしれないね。
みにまゆ   2007年03月05日 00:40
ふむふむ・・・。
とっても共感です
わたしも勝負してくる人=自分が勝ってないと気がすまない人=いちいち誉める羽目になる
・・・大っきらいです。

私はそんな時、
1・どんだけ自己顕示欲か?!を計って楽しんだり
2・めんどくさい!って言って終わりにしたり
3・同じ人間なんだから細かいことはいいじゃないか~
のパターンがあります。

気持ち的にすっきりするのはもちろん、3番ですね
みんなにそう思えればいいのですが、相性があるし、なかなかそうはいきませんよねっ

類は友を呼んだのか?私はおかあつさんにお会いしたことはありませんが、とても居心地がいいと思います☆
わからないことをわかるように説明していただけるので
ありがたいです(^^)
おかあつ   2007年03月05日 02:36
> みんなにそう思えればいいのですが、相性があるし、なかなかそうはいきませんよねっ

そうですね。 たしかに ... 相手にもよる所もあって、なかなかひとすじなわではいかないもんですよね。


僕的には、エバって蔑まされても、実際に相手が矛盾してなくて、それなりにやる事をきちっとやってれば、それが年下であっても、別に問題は無いんです。 尊敬に値するからです。

具体的な話ができなくてヤな感じですが ... 僕が思う厄介なのは、それなりにやっているのだけど微妙に勘違いしている奴なのです。 コントロールしきれないと、振り回されちゃうからです。

これまた具体的じゃなくて恐縮なのですが、僕は、負ける人の気持ちが判らない人が結構苦手なのです。 東南アジアにくるような人で、負ける気持ちが判らない人っていうのは、色々と高圧な態度にでがちで、イヤなのです。

(タイ・ラオスの人が負けているという事が言いたいのではないのです。 タイ・ラオスの人は、基本的に全て相手に合わせるので、高圧に出るとそれなりにあわせられちゃう様な気がするのです。 あわせられちゃうと、普段僕らが見ているような、ワケのわからないタイ人の顔になる様な気がします。 普通に接していれば、巣鴨地蔵通り周辺をうろついているオバチャンとほとんどノリはかわらない様な気がするのです。)



> 類は友を呼んだのか?私はおかあつさんにお会いしたことはありませんが

あ、実は、一回だけあったと思います。 (^-^)

一度、誰とだったか ... 姉の関連で、S家自宅に行ったとき、チラッとだけあった覚えがあります。 記憶違いじゃなければ先生とかも同席していたような...。うろおぼえ...。

竹風鈴   2007年03月05日 03:30
ちょっと精神世界的な話になってしまうのですが・・。
「エネルギーの法則」という話があります。

会話に限らず様々な対人関係の中で人は他人からパワーを奪うことで
エネルギー・チャージしようとするのだそうです。

人は身体の健康を維持していくためのエネルギーを食べ物から摂りますよね。精神にもエネルギーが必要です。健康な時、幸せな時、愛されてる、と強く感じられる時、エネルギーは内側から湧いてきます。
しかし人はいつもそう元気ってわけにはいきません。
そんな時エネルギーの供給源を外側に求めます。
愛情、関心、注目、同情、尊敬、承認、征服感、優越感などなど・・・。
いつもいつも人を言い負かそうとする人はおそらくエネルギー不足です。
奪い方にもいくつかのパターンがあって、

①脅迫者:力を誇示し、おどかすことで相手を支配する。

②尋問者:脅迫者ほどではないが、詰問したり問い詰めたりして関心を
    無理やり引き寄せようとする。
    
③傍観者:無関心、クールな傍観者を装うことで壁を作り、自分の     エネルギーを奪われないように守る。

④被害者:弱さをアピールすることで同情、関心を引く。

           ほかにもあるかもしれません。

この対人関係のパターン、原型は親子関係の中で形成される場合が多いのだそうで、脅迫者の親には被害者の子ども尋問者の親には傍観者の子どもが育つという組み合わせになりがちなのだそうです。一人の人間が複合パターンを抱えたりもするそうです。・・で、成長してからも同じ組み合わせの人間関係になりやすいとか。

何も人を分類して絶望させるのが目的なのではなく、自分と自分に関わる人間のエネルギー摂取パターンを知ることで解放されてゆこう、ということです。

勝ち負けをふっかけてくる人との会話ですが、目的はエネルギーチャージ、しかもその真の目的は本人も気がついておられないと思いますから、おそらく論理でいくら説明しても埒はあかないと思います。
長々と言い争いになるのはむしろ思うツボ。
さぁ俺(私?)のパワーを奪いに来たぞ!とばかりに反撃のボルテージはますます上がっていくことでしょう。

もしもおかあつさんがある方との関係で著しくパワーダウンしたり
心の傷をグイグイ刺激されるようならパワーゲームにまきこまれないよう、逃げてもいいと思いますよ。
ましてご自身がおっしゃってるとおり、平坦でない幼少期を過ごされているのなら自分を守るのが先です。それは決して相手をバカにしたり無視したりする行為とはちがいます。
一見どんなに恵まれた環境に育っているかのように見えても、常に誰かと比較されたり、何かができることと引き換えにしか親の関心や承認を得られなかったりした方なのかもしれません。・・ボクを見て!ボクはえらいんだ!という内なる子どもの叫びを抱えているのかもしれません。
欠けたところもはみ出たところもない、完璧に健全に育った人ってほとんどいないんだと思います。もちろん私もです。
愛情豊かなパートナーや友人と付き合うことが、この内なる叫びを解消してやる有効な方法です。論理による説得で急に変わる可能性は・・・低いかも。
でも絶対に変わらないとは思いません。精神的に成熟していくにつれ段々わかっていく人もいます。何かがあって劇的に変わる人もいます。

気長に付き合ってあげられるような関係だったら、そして精神的にパワフルだったら、常日頃長所を口に出して言ってあげる。(正面切って褒められることには馴れてなくてたじろぎますぞ)
そこまでしてあげる必要もない関係ならば・・あー今エネルギー・チャージしようとしてるんだなーと思ってふっかけには乗らない。
格闘技をしかけてきたら土俵を下りてサンバを踊るetc・・。

・・・といったってそう簡単にはいきませんよね。(^^ゞ


長文失礼いたしました。
矢本   2007年03月05日 12:12


>僕は、そういう発言を「バカだな、こいつ」と 無視するのは好きではない

なぜ、つらくても無視できないのでしょう。。。
バカに対して、多少の愛情があるから、とか、
バカを改心させられないことが悔しいから、とかなのかな。。。
なにかやや頑固な印象を受けました。

「愛せないものは通り過ぎよ」って
いうわけにはいきませんか。

おかあつ   2007年03月06日 01:46
今日は、ホテルのオーナーの娘さんが誕生日で、しかも初ティーンエージャーだったので、大きなパーティーでした。 大騒ぎになっており、僕もちょっと微妙にお酒が入ってしまいました。


>バカに対して、多少の愛情があるから、とか、

僕が無視できない理由はただ一つで、僕がかつて、同じ状況だったからなんだよね。 僕は、言ってくれれば素直に聞く覚悟なんだけど、ほとんどの人は何も言わない。 自分が可愛いからね。 そうやって何も言わない人に囲まれてきて、僕は、ちゃんと言っておこうと思っていたんだよね。

でも、まぁ、言って判る奴というのは、言わないでもわかるし、言わないとわからないヤツというのは、案外言っても分からない奴なのかもしれない。 そう思えば、だから、まぁ無視してもいいかな、という気がしてきた。

最近、そういうトラブルも多いしな... 後輩で可愛がっているやつに 「こいつには言っておこう」と思って色々厳しくしてやっても... なんだかツマらんしっぺ返しを食う事多いしな...。

何だか大工職人の親方のようになってきた。

かつては、こいつを見捨てる、という事は、自分を見捨てるという事と同じだという気がしていたのだけど、ほとんどのヤツは、そこから殻を打ち破れないんだよな...。

でも、そういう僕も、未だにカラオケ苦手の殻を打ち破れないしな...。

今日もカラオケから逃げるのに精一杯でした...。 カラオケ苦手の殻を打ち破る秘訣は、どうも、得意な曲の得意なキーを前もって調べておく事な様な気がする今日この頃ですが... 最初の一歩を踏み出せないで居ます。



僕はそんなにあいたくないんだけど...
矢本   2007年03月06日 12:51

な、ナルホド!
私も「はっきり言われたいほう」だから
わかる気がしてきました。。

後輩や部下に対して、私は
「仕事は見て盗め! 体で覚えろ!」という態度で
接してきたんだけど、(自分もそうされてきたから)
ふと、振り返るとあまりついて来てない。
やっぱり、通り過ぎることができない場合、
無視できない関わりのある人間の場合には、
当たり前のことからいちいち口に出して
言わなきゃならないのかなあ、と思いました。

でも、

>まぁ、言って判る奴というのは、言わないでもわかるし、
>言わないとわからないヤツというのは、案外言っても
>分からない奴なのかもしれない。

……………というのにもうなづける。

「勘がいい」「気が利くかどうか」という能力は、
あまり後伸びしないような気がするから。





カラオケは………
そのうち
練習にでも行きます?

風我   2007年03月07日 11:26
はじめまして、ガク村田さんとアシアトから来ました。
日頃から世の中の、そして身近にいる「勝ち負け症候群」と
「受動教育症候群」についていけず、徐々に「発信」をやめ、
裏道放浪の旅に出た口なので、この日記と一連のコメントを
読んで何だかとてもあたたかい気分になりました。
また時々のぞかせてください。
 
出展 2007年03月04日14:04 『チャレンジャー』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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