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2014年9月26日金曜日

バンコクブラブラ日記・人間の層について (oka01-dpqqplnyfagbqyni)

今日は色々な事をした。午前中はプログラムを組んだし、午後はバンコク中心部のデパートのピアノ試奏コーナーで2時間位ピアノを練習した。夜はバンコクのとある街にあるジャズバーでジャズを見てきた。何気ないいつものルーチンワークだが、今日は大きな成果があった。


午前中はPythonでプログラミングした ─── 最近、コンピューター言語 Pythonを覚えたのだが、これを使うとこれまで長らくやりたいと思っていたが技術的な困難があって実現しなかった処理が比較的簡単に実装できるということがわかり、最近取り組んでいる。

午後はピアノの練習をした ─── 僕はピアノを持っていないのだが、バンコクのデパートのピアノ売り場は、比較的自由にピアノを弾かせて貰えるようになっている。そこに行って練習した。─── 最近(この1年程度)ピアノを練習している。僕はピアノを弾くことが出来ないが、これまで僕のピアノ羨望は非常に強かった。家にピアノがなかったし、ピアノは高い教育がないと弾けないといわれ、僕はギターだけに打ち込んで来たが、ある日少しだけピアノを弾いてみたところ、実は、考え方はギターとさほど大きな違いがないという事や、ギターでは演奏が難しい事柄もピアノでは簡単に弾けることがわかり、以降、ピアノの練習に熱中している。

そして夜は、ジャズバーにジャズの演奏を見に行った ─── 現在取り組んでいる事柄は複数あるが、今、一番力を入れているのは人脈の開拓だ。いくら高い能力を身につけても、それを発揮する場所がなければ、役に立たない。 特にタイは難しい仕事になればなるほど、コネでしか人を取らない傾向があるらしく、コネがないと全く仕事をする場所が得られない。

───  タイはコネが重要だ。タイと日本は仕事に対する姿勢が全く違う。日本では、その辺りにいる変な人でもきちんと仕事をこなす能力を持っている人が多いが、タイでは、人々の仕事をこなす能力の平均レベルが非常に低い為、その辺にいる変な人に仕事を任せると全てをメチャクチャにして去っていくのが普通だ。よって、ある程度のレベルに到達している人間は、小さいコミュニティーを作り、レベル維持にとって障害となりうる部外者を排除している。

僕は今、定期的にジャズの演奏活動をしたいので、バンドのメンバーを探している。僕としても仕事上でレベルの低い人と付き合って仕事を散々振り回されるのは絶対に嫌なので、きちんとした人を選びたい。だがそういうきちんとした人を探すのは容易でない。



という訳で僕は今、人脈を広げる為に、あるジャズバーに通っている。昨日もそのジャズバーに行って来た。そのジャズバーに通い始めてしばらくたった。もう10回程度は訪れたろうか。恐らくタイのジャズバーの中では、そのジャズバーが一番レベルが高い。贅沢を言ってしまえば、色々と不満はあるのだが、中にはかなり見どころのある人もいる。よってその辺りで人脈を広げたい、と考えている。

僕はどうみても明らかに外人顔な上、タイでは東北訛りとされるラオ語の発音が非常に強く、僕がいきなりタイ語を話すと大抵の人は面食らって凍りついてしまうので、通例、しばらく顔見せをした上で、僕という人間に慣れてもらってからでないと、話しかける事が出来ない。

それで、気長に何度もそのジャズバーに通ったのだが、昨日、初めてそこのメンバーとお喋りした。

先週の木曜日にも来たのだが、その時に演奏していたギターがかなり上手だったので、思い切って話しかけてみたところ、やはり非常に驚かれたのだが、「なんだキミはタイ語が話せるのか」という話になり、顔を覚えてもらえた。昨日もその人が来ており、その人が僕を色々な人に紹介してくれた。

一同見慣れない外人に警戒しているので、驚かせてしまわぬよう、飽く迄も少しづつ少しづつ仲良くしようと思っている。僕はタイに限らず日本でもどこでもそうだが、僕は常にアウトサイダーであり、どこにも根を下ろすことが出来ない人間で、常に部外者なので、どこの人間関係に行っても、可能な限り迷惑を掛けない様に気を使って、あわよくば、少しだけ末席を汚させて貰うという、そういう風にしか出来ないし、またそうすべきでもあるのではないか、と思う。


少しだけ他のメンバーとも話が出来た。話を聴けば、店の演奏者はみな、とある音大の同窓生だという。正直を言うと、メンバーの結束が非常に固く、なかなか人間関係に入っていけないと感じたのだが、それはみんなが内輪だからだったようだ。日本のジャズ界も非常に閉鎖的だとは感じるが、それでも日本のセッションハウスは、一見さんでも比較的オープンに受け入れる習慣があるので、そういうものから比較すると極めて閉鎖的であることを思ったのだが、それはだかららしい。

客は比較的入っている。小さなお店だが内装は凝っている。ジャズは好みの差が激しいので、どうしても「気軽に遊びにくる」というお客さんは限られてしまう。だがそういう中にあって、店はかなり繁盛しておりよい感じだ。だが見ていると、大抵、明らかに演奏者数のほうが客よりも多い。つまり演奏者は、ほとんど全員が赤字だろう。

見ていると演奏者はみな20代だ。20代で収入が限られている中で、赤字のジャズミュージシャン稼業を続けるというのは、要するに道楽だ。つまり道楽を続けても大丈夫な程には、親がお金持ちでなければいけない。つまり彼らはバンコクの上流階級が出身という事だ。

僕は日本人で、貨幣価値がタイよりも大分高い国から来ているので、持っているお金の額自体は恐らく僕の方が多いだろうが、だが彼らは家もあり車もあり大学も卒業して背負っている責任も日本人とは比較にならない程に軽く、社会的な地位の違いを思った。

以前、僕が10代で自力で孤立奮闘している時、僕は中卒だったので、大学に潜り込んで勉強していたが、親元からふんだんに資金援助を受けて余力がある大学生は、世間の苦労を全く知らない為、娑婆にまみれて泥だらけになって仕事をしている僕に対して容赦のない批判を加えるのが常だった。汗だくで血反吐を吐きつつ狂気の悲鳴を上げながら全力疾走している僕の横を、涼しい顔で汗の雫ひとつ流さずに追い抜いていく彼らは、僕の努力のなさや不甲斐なさを能力の低さなどを容赦なく侮蔑して笑顔で過ぎ去っていく。彼らの笑顔を曇らせる様な現実問題への言及は、即座に僕の人格的な問題提起となって帰ってくる。 そんなトラウマの様な思い出がある。

タイの上流階級の彼らは、僕の3分の1くらいしか努力してないのに、僕の3倍はよい生活をしている。そんな彼らの存在は、何か僕の昔のトラウマチックな思い出を彷彿させた様だった。

狭い世界で狭い世界を堪能する彼ら。ある一つの価値観に根付いて、ある一つの価値観にだけ適応出来る様にすればよい安心感。それを羨む訳ではないのだが、逆から見ると、僕は彼らと比べて圧倒的に広い世界をまたいで生活しているということでもある。そういう世界の狭さに配慮を示して、妙な高圧感を与えない様に気をつけるべきだ。自分が見ている、沢山の『狭い世界』をつなぎあわせることで、自分独自の仕事が出来れば良い。



数人のギタリストを見ていて思ったのだが、彼らはどうもスタイルが似通っている。ギターの上手い下手はあっても、その目指している方向性がとても似ている。恐らくだが共通の先生がいるのだろう。 恐らくその先生は、タイ人ではない。見ていると、恐らくアメリカ人でもないのかな、という印象がある。デンマークかスウェーデンあたりの近代ジャズ的な響きがある。 機会があったら聞いてみようと思う。このジャズバーのメンバーは、バンド演奏上、割とヘッドアレンジやリハーモナイゼーションが凝っていることが多いのだが、恐らくその先生がアレンジを考えて生徒に配布しているのではないか、と思う。使っている譜面も、彼らをよく見ていると、市販の(今ではネットでフリーでダウンロード出来る)リアルブック(ジャズの世界では非常に一般的なジャズ演奏者用の曲集)ではなく、独自のリフ帳を作ってみんなで使いまわしている様だ。

日本のジャズプレーヤーは、準備しないで演奏にぶっつけ本番で挑む事を非常に好むのだが、僕はこれはとてもよくない傾向だと思う。それに比べると彼らはきちんと準備をしている。だがその準備は、恐らくはその先生が考えてくれたもので、自分たちで考えたのではないのではないか。日本ではそういう事は自分でやるのが当然であり、誰も助けてくれないのが通例だ。

僕個人としては、音楽とは個人個人(或いはある民族)が思い思いに創意工夫を凝らして作って行くのが、もっとも自然な音楽のあるべき姿ではないか、と思う。だが彼らは、恐らくそうではない。 僕が思うに、方法論だけを見た場合、ラオの民族音楽=モーラムの方がずっとジャズ的だ。バンコクのジャズは、モーラムや、アメリカのジャズと比べると、とても人工的と言えないか。



僕は、ここの人たちとは、考え方も立ち位置も方法論も違うかも知れない。だが僕が必要としているもの(メンバー)を探す機会も与えている。僕としては、僕が人脈を広げていくなかで得られた必要な要素をつなぎあわせて、自分が考えている物を作っていくことが出来ればそれでよい。



夜2時位にバスでアソークまで出て、タクシーにのって帰宅した。

久しぶりに歩くスクンビットだが、しかしバンコク近隣の上流階級の人間とは人種が全く違うことを思った。話しかけやすい。一番思ったのは、向こうから積極的に機嫌をとってくれるというか、何と言うべきか…。どうも上流的な人と付き合うのは、物凄く疲れる。もちろんタイの人のことなので、日本人とは比較にならないほどに気を使ってくれるのだが、それでも非常に疲れる。 スクンビットで商売をしているタイ人は外人相手に商売をしている訳なので気を使うのは当然かも知れないが、あの周辺で商売をする人に、僕が馴染みが深いタイの東北地方出身の人が多いこともあるのかも知れない。

バンコクの人のノリというものがあって、東北の人のノリとは全く違う。会話のテンポが全く違う。これを身に付けることも必要なのかも知れない。

日本・中国・ラオス・タイ・アメリカと色々な国を見てきたが、人間の層というものがある事を強く思う。日本人はあまり人間観察に興味がある人が居ないからか、バンコクの人間の層をあまり理解していない様に感じる。まず民族が違うし、出身地が違う、方言が違う、考え方が違う、そして気質が違う。それによって強い傾向がある。 またタイは日本と違って住み分けが生まれている。違う層にいる人たちは、同じ場所に住んでいても、決して触れ合わない。

日本の場合はある程度は、平等に付き合う傾向があり、かつ差別なく平等に付き合うべきだ、という考え方がある程度は根付いている面があるのではないだろうか。タイはそうではないので、社会がはっきりと層となって分断している。

もっともタイは、ラオや潮州の人たちだけでなく、イスラム教の人たちや、インド系の人なども混在して住んでおり、日本よりもその中に居る民族の幅が広いので、住み分けるのも当然なのかも知れないが…。



この夜は本当に色々な夢を見た。

旧友のB氏が夢に出てきて僕がB氏を怒鳴っている夢とか、B氏が連れてきた彼女と大喧嘩になる夢や、限界まで頑張っているのに恋人に「もう会いたくない」と怒られる夢など、何をやってもどんなに努力しても僕の存在意義を否定される悪夢の思い出がふつふつと蘇ってきた。

この旧友のB氏は僕が知る男のなかで最もモテる男である。常に違う女の子を連れて歩き、かつ世界中に彼女がいる驚異的な男である。連絡が密だった時期は、仲はよかった。だが彼のやることなすことのレベルは驚異的に高く、僕は彼にコンプレックスを感じており、現在では僕の中で彼は理想像として、ひとつのシンボルと化している。


僕の劣等感を克服する為の長い旅。

克服する日は近い…。

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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