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2012年8月12日日曜日

ホモフォンと語学オンチ (oka01-kznqtgcnbwrlenvr)

突然だが、ホモフォン┌(┌ ^o^)┐▂▅▇█▓▒ の話をしたい。

ホモフォンとは何ぞや。ホモフォンとは、発音は同じだが意味は違う単語のことだ。 要するにホモフォンとは親父ギャグのことだ。親父ギャグの起こる原因を西洋の音声学の専門用語でホモフォンと呼ぶ。つまり「同音異議語」の事である。

だが日本語で「同音異義語」という場合と、西洋で「ホモフォン」という場合は、言い表される事象が少し違うのではないだろうか。 この事は日本語を話す人の間であまり意識されていないのではないか、と筆者は思う。

筆者は、しばしば何故日本人は語学が苦手なのか、その理由を考えるのだが、この「同音異義語」と「ホモフォン」という言葉の間に、その理由が隠れているのではないか…と思った。以下でホモフォンの説明を交えつつ、日本人が語学が苦手な理由について考えてみる。

この記事はおかあつ日記『表意文字のハンデ』 の続編です。

同じ発音の単語や同じ意味の単語は、よく笑いネタのボケとして利用される。以下で例を考えてみる。

例1)「元旦に和尚が二人で和尚がツー」

上記の文章に於ける和尚がツー【おしょうがつー】と元旦を表す【おしょうがつ】は、発音上同一であるが、意味が異なる。 ここで「和尚がツー」と「お正月」は、ホモフォンである。ホモフォンは、親父ギャグで多用される。この様な意味のずれは、ホモフォンだけで起こるわけではない。次以降で見てみる。

例2) 「ここではきものをぬいでください」

この文章は、ひとつの文章が二つの意味に取れる文章として有名な例だ。「ここで・はきものを・ぬいてください」 と読めば、この文章を読んだ人は靴を脱ぐであろう。だが「ここでは・きものを・ぬいでください」と読めば、その文章を読んだ人はその場で衣服を脱ぎ始めるであろう。

例3)「入場券下さい。」「何名様ですか?」「大人1人・小人7人です。」


上図を見て頂きたい。図だけでは判りづらいかも知れないが、1人の大人と7人の小人(こびと)がチケットを買うところである。一般的に、小人とかいた時は「こども」と読む。 ここで誤って「こびと」と読んでしまうと上記のような状態に陥る。

例4)「そつぎょうしたらいっしょにすもう…。」

この文章を携帯のメールで送ろうとした男性が誤って「卒業したら一緒に相撲」と誤変換したまま送信してしまったところ、彼女からの返答が「どすこい」であった、という話がツイッター周辺で囁かれている。 参考



以上、日本語を話す上で起こりうるボケのパターンを色々と挙げてみた。 日本語で日常会話を行うことが出来る者であれば、聞く時・話す時に、解釈が矛盾しないようこの様な曖昧さを無意識の内に避けている(或いは人によっては意図的に選んでいる)ものではないか。

複数の意味に取れる文章に出会った時は、複数の解釈の可能性から、文脈上最も適切な解釈を無意識の内に選択している。発言に、解釈に複数の方法が現れて曖昧になりそうな場合も、無意識の内に、予め曖昧にならない様に色々な言い方で言い換えている。これらは日本語に非常に特殊な能力であり、非日本語話者にとっては難しいことである。

以下、起こりうる曖昧さのパターンを数学的な組み合わせチャートにまとめて、我々が発言の曖昧さを避ける為無意識の内にどの様な作業が行なっているのか、考えてみる。



発生しうるパターンを理論的に考えてみると、次の要素の組み合わせであることがわかる。
  • 発音上同じ
  • 意味上同じ
  • 文字上同じ
これら3つの要素は、それぞれ同時に起こりうる。
  • この三要素が全て同じであれば、同じ言葉である。
  • 発音と文字が同じなのに、意味が違う事もある。
  • 発音と意味が同じなのに、文字が違う事もある。
  • 文字と意味が同じなのに、発音が違う事もある。
  • 意味は同じなのに、発音と文字が違う事もある。
  • 発音は同じなのに、意味と文字が違う事もある。 
  • 文字は同じなのに、意味と発音が違う事もある。
これらの組み合わせは「ベン図」にまとめる事が出来るであろう。 日本語では一般的に「同音異義・異音同義」の区別しかなされないが、西洋の言語学ではこれらを細かく区別しそれぞれ名称を付けている。それをここで紹介する。




  • 同音異義【homophone ホモフォン】
    同音・異義 同字/異字は問わない。
  • 同字異義【homograph ホモグラフ】
    同字異義 同音/異音は問わない。
  • 異義語【homonym ホモニム】
    同音・同字・異義
    ホモフォンとホモグラフの両方を満たした語。広義では、ホモフォンとホモグラフの双方を指す。  一般的に多義語とも言うが、多義語と言った場合は往々にして同音ではない。
  • 同義語【synonym シノニム】
    異音・同義・異字 広義では異音同音・異字同字を問わない。
  • 同字語【heteronym ヘテロニム/ heterophone ヘテロフォン】
    異音・異義・同字 ホモグラフを狭義で厳密に言うと大半はヘテロニム/ヘテロフォンであるが、一般的にはホモグラフと呼ぶ事が多い。
  • 同音語【heterograph ヘテログラフ】
    同音・異義・異字 ホモフォンを狭義で厳密に言うと大半はヘテログラフであるが、一般的にはホモグラフと呼ぶ事が多い。
  • 異字語【英名無し】
    同音・同義・異字
  • 異音語【英名無し】
    異音・同義・同字
注1・ホモ=同じ・ヘテロ=異なるという意味
注2・ニムは意味・フォンは音声・グラフは文字 …という意味

参考 : Homophone - Wikipedia, the free encyclopedia

先程あげた例に順に適用してみる。

例1)「元旦に和尚が二人で和尚がツー」

このケースでは、発音 osho:gatsuを「お正月」「和尚がツー」という辻褄のあうふた通りの意味で捉える事が可能である。意味が異なり、発音上同じであり、かつ文字上は異なる為、ホモフォンである。 

例2) 「ここではきものをぬいでください」

これはホモフォンではない。だが、意味がふた通りに取れる。 「は」を ha として発音すると、これは「履物」である。だが「は」をwa として発音すると、これは「…は、着物」である。 つまり字は同じだが意味と読み方が違うホモグラフである。

例2+) 日中

稀に、ホモフォンでもあり、かつホモグラフでもある単語が見つかる。例えば日中(昼間)と日中(日本と中国)が、それに該当する。 これをホモニムと呼ぶ。このホモニムは、漢字と平仮名を同時に利用する日本語では非常に少ない。日本語以外の表音文字のみを使う世界の大半の言語では、通常数多く見つかる。

例3)「入場券下さい。」「何名様ですか?」「大人1人・小人7人です。」

これは「こども」として読むことも「こびと」として読むことも可能だ。これはつまり文字は共通だが、発音は異なるため、ホモグラムである。

例4)「そつぎょうしたらいっしょにすもう…。」

すもうを「住もう」と解釈するとロマンチックなプロポーズだが、これを「相撲」と解釈してしまうと若干異なる微妙な意味へと変化する。この場合、発音は同じだが意味と文字が異なる為「ホモフォン」である。 コンピューター上の誤変換のほとんどのパターンは、ホモフォンから生まれる。


以下筆者が気がついたことを列挙してみる。

日本語にはホモニムが非常に少ない

日本語はホモニム(同音・同字・異義)が少ない。日本語だけを話しているとこの事に全く気が付かないものだが、これは世界の言語を見てみると、実は非常に珍しいことだとわかる。この違いが、言語を学習する姿勢に、大きな違いを与えるのではないだろうか。

以下で英語の例を見てみる。
    • fair  (appearance)
      fair  (county fair)
      fair  (reasonable)
    • lie  (untruth)
      lie  (lie down)
    • wound (damage; wrapped around)
    • tower (something that tows; a tall building)
    • singer (one who sings; one who singes) 
    参考:Equivocal Words Words with two pronunciations 

    英語のホモニムは無数にあり、探すのは困難ではない。日本語でホモニムを探すのは非常に難しい。以下日本語のホモニムを見てみる。
    • 日中(昼間)と日中(日本と中国)
    • 中国(中国大陸)と中国(日本の中国地方)
    筆者は辛うじてこれだけ思いついた。他にあるだろうか。

    日本語には異音語・異字語が無数にある。

    「同音・同義・異字」と「異音・同義・同字」には、日本語にも英語にも名前が無い。ここでは筆者の命名により「同音・同義・異字」の単語を異字語と、そして「異音・同義・同字」の単語には異音語と呼ぶこととする。異字語・異音語だが、英語での名前がないのは、恐らく元々異字語・異音語が少なく重要性が低いからではないだろうか。一方、日本語はこれを無数に持っており日本語の文字システムの非常に重要な位置を占めている。

    異音語
    • 日本(ニホン・ニッポン)
    • 化学(カガク・バケガク)
    • 頭(アタマ・カシラ) 
    参考: かやくりひblog 同字異義・異音語 

    異字語
    参考:同訓同義で異字のある熟字訓の内、一つだけ過去問に出題された語句一覧

    日本語には異音語・異字語が無数に存在するが、一般的に世界のほとんどの外国語には殆ど存在しないものだ。言語に異音語・異字語が多いということは世界的に見て稀なことである。日本語だけを話していると、この日本語の特殊性に気がつく事が難しいものである。漢字の本場・中国語ですらこの特徴は持っていない。中国の漢字の発音は原則一字一音であり日本語と比べると異音語・異字語が少なく、仮に一字で異字語になっても熟語として二字以上組み合わせた場合では区別が付く場合が多い。日本語の漢字と、中国語の漢字は、同じ字を使っているにも関わらず、違う性質を持っている。 外国語を学ぶ時、この日本語の特殊さを意識することは大切ではないか。


    参考 同訓異字 - Wikipedia 小中学生のための学習教材の部屋 知識の泉 ・ 同訓字
    日本語で同訓と言った場合「読みが同じ」と「意味が同じ」の混同があるので注意が必要。

    「仮名」「漢字」「漢字かな混じり」の三種類の書き方を使い分ける為、分析方法も三種類必要になる。

    日本語のホモニム(同音同字)は例外的に少ないが、それは漢字を使った時に限る。 もしも漢字を使わないとすると、日本語は無数のホモニムに埋もれる。

    「このはしわたるべからず」

     仮名で「はし」と書いたら、川を渡る為の「はし」なのか、真ん中以外の場所を指す「はし」なのか、区別がつかなくなる。

    「おしょくじけんをこうにゅうしてください。」
    「ぎだいとしておしょくじけんがとりあげられました。」

    漢字を使わず「おしょくじけん」と書いた場合、文脈のない単語だけでは汚職事件なのかお食事券なのかを区別がつかなくなる。

    この時、文字をひらがなの範囲内で考えた場合は、発音も文字も同じなので、ホモニムであるが、漢字の範囲まで含めて考えると単なるホモグラフである。

    これは、日本語を考えるに当たって、仮名だけの時、漢字だけの時、漢字仮名混じりの時と、分けて考える必要性を示唆している。

    同訓異字・同音異字という考え方は、日本語のみに特徴的な事情であり、外国語との比較を考える時、この要素を別な軸として織り込む必要があるだろう。

    日本語の仮名は厳密に考えると表音文字ではない

    例)「元旦に和尚が二人で和尚がツー」

    これは意味は異なるが発音上同じ、かつ表記上も異なるホモフォンであることは既に述べた。だがこの時、もしも日本語の発音を高低アクセントまで含めて同一の判定を考えたらどうなるだろうか。「お正月」と「おしょうがつー」は、ホモフォンではなく、同一(アイデンティカル)でない単語になるだろう。

    • 「お正月-」:「しょうがつー
    • 「和尚がツー」:「しょうがつー
    (※東京方言比)

    お正月と和尚がツーは、この様に音程が異なるが、日本人は一般的にこれを同音(ホモフォン)として考える。 日本人的に考えると「なんだ当たり前なことをいうな」と思われるかも知れない。だが筆者は、次のような経験を持っている為、これが特殊なことだと感じる。

    筆者はタイ語が話せる。タイ語も同じ音で高低のみが違う「橋」「箸」の様な単語を持っているのだが、これを使って「おしょうがつ」的なギャグを考案しタイ人に披露しても、大抵ウケない事を経験的に知っている。それは、ウケないどころか「何を言っているんだ?」という顔をされ理解すらされない。何故か。タイ語ではアクセントの違う同士単語は、似ている単語という認識すら無く、全く違う単語という認識を持っているからではないか。タイ語には声調記号と言って、日本語のを表す記号のようなものがある。この声調記号によって、アクセントの違う単語は、違う単語として分離する。よって、似ているという意識すら持っていないのではないか。

    一方、タイ語の方言を含めると、特定のアクセントを持った単語が、タイ語として認識する場合と、方言として認識する場合で、意味が変わる。これは生活上しばしば滑稽なトラブルを起こすので、タイ語版のオヤジギャグとして多用される。

    筆者はしばしば思うのだが、もしも日本語の仮名が、タイ語と同じような声調記号を持っており、高低アクセントの変化を表記することが出来たなら、恐らく仮名だけでもホモグラムを回避する事が出来たのではないだろうか。 つまり漢字を使わなくても、意味が曖昧にならない日本語のアルファベットとして成立したのではないか。

    逆に発音から意味までを同定出来無い日本語の仮名はアルファベットではない、とも言えるのではないか。

    日本の漫画では、平仮名・片仮名を使った擬音語・擬態語が多用される。 漫画の背景に「ドォーーーーーーーン」と書いてあった場合、それをどう発音するだろうか。その発音は、読者のイマジネーションに委ねられている。恐らくだが読む人によって全く違った認識があるのではないだろうか。 だからこそ、読者の思い思いのイマジネーションによって、迫力が増幅される面があるのではないか。


    日本語は、もはや音声だけでは伝わらない

    上記で日本語は高低アクセントが異なっても同じ音として認識している事を示した。ここでもし仮に、日本語でも高低アクセントを含めて同じ音と判断するとしたらどうなるだろうか。日本語でも、高低アクセントが違う単語は、違う単語として考えるとする。

    これは音声上では、既に起こっている。

    橋と箸で考える。


    •  

    •  
    箸と橋は、意味が異なるだけでなく発音も異なる為に区別が付く。
    だが「汚職事件」「お食事券」で考えてみると、若干異なる状況が生まれる。

    • しょくじけん
       
    • しょくじけん
       
     「汚職事件」と「お食事券」は、発音も全く同じである。

    つまり、もし仮に日本語の仮名にタイ語と同様なアクセント記号が加わったとしても、それだけでは単語の区別がつかない。「お食事券」と「汚職事件」の区別は、漢字で書いた時のみ判別が付く。つまり日本語は、文字にしない限り、曖昧さが解決されない言語ともいえる。

    逆に考える。世界中の大抵の言語ではこの音声上の混同が日本語以上に起こる。 日本語以外の言語では、音声の混同による文章中の単語の曖昧さを文脈から推測する必要性は、日本語以上に高い。

    終わりに

    発音が同じで意味が異なる単語は多い。特に英語では、アルファベットの読み方の地方差がある為に、異なる意味の単語同士が同じ発音に変化してしまい、区別がつかなくなってしまう事がある。 この様に、方言や時代によって発音が変化してしまった結果、区別がつかなくなることを mergerという。 これを知ることは、英語を学ぶ時非常に重要だ。

    言葉は、時代や地域によっていつも揺れている物だ。よってアルファベットの様な表音文字では、発音の揺れによって徐々に綴りが示す発音と現状の発音が一致しなくなってしまうことがある。発音が綴りとが乖離しすぎた場合は、やむを得ず綴りを修正する場合もあるが、大抵の場合は、綴りは変更せずに綴りの読み方を修正して乖離を修正する。こうして綴りの読み方が地域によって変化し、綴りの読み方に地域によって数多くの流儀が生まれる

    Phonological history of wh - Wikipedia, the free encyclopedia

    上記では 英語の単語の先頭の wh が地方によって読まれたり読まれなかったりするという地域差について論じられている。 英語には他にも地方によって先頭のhを読んだり読まなかったり、単語中のtを読んだり読まなかったりする多様な発音のバリエーションがある。

    この様な現象は、筆者が知る限り、英語と同じような表音文字を使うタイ語やラオ語でも起こる(※)。 筆者が色々な国の人に話を聞いた印象では、恐らく他の表音文字を使う言語でも起こるのではないかだろうか。アルファベットなどの表音文字を使う民族は、大体どの人も文字に対して似たような姿勢を持っている様に感じる。

    ※ 余談だが、漢字を使う中国語でも近いことが起こる。中国の漢字は文字に発音が割り当てられている為、どうしても意味から文字を割り当てられない時は音声を元に漢字を割り当てる。外来語・方言で顕著だ。例えば、T と書いても血とは無関係でTシャツの事。「ティーシュー」と読む。

    日本語の場合はどうだろうか。日本語は文字上で発音を完全に表記できない。日本語ではアルファベットの様な表音文字ではなく、表意文字である漢字とかなの混ざった、漢字仮名混じりを使う。漢字を使った日本語の文章では、文字上で発音の方法が指定されている訳ではなく、文字上は飽くまでも意味しか定義されていない。日本人が日本語を読むことが出来るのは、飽くまでも文字に対応する読み方の膨大な前提知識を身につけているからであり、その知識と意味からの類推で発音を推測しているからである。だから日本語にはしばしば「意味はわかるが読み方がわからない」という字が現れる。同様にして読み間違いが起こりやすく、読み間違ったまま定着する事も多い。 これは世界的に見て極めて珍しい特徴である。何故ならば大抵の言語では「読み方はわかるが意味がわからない」という字しか現れないからだ。日本語では、未知の文字は読むことが出来無い。これは音声さえ知っていれば見たことのない単語でも読むことが出来るアルファベット圏の言語と対照的である。 仮名は、発音を元にした表音文字であると思うかも知れない。だが文章の全てを仮名で書くと意味がわからなくなってしまう。何故なら仮名にはアクセント(声調/高低アクセント)を表記する方法がないからだ。仮名は日本語の発音を完璧に表現できない。つまり文字システムを比べると、世界の大半の言語と日本語は全くの別物である。 

    ※ 英語のアクセント位置も文字上表記しないが、日本語と違って比較的シンプルなルールで機械的に導きだす事が出来ることが知られている。参照: How to stress words correctly in English: Essential English grammar / Stress position of "decade" - WordReference Forums

    日本語とその他の言語を比較して論ずる事は非常に難しいのは、日本語が読み書きに非常に特殊なシステムを使っているからではないか。世界中の表音文字を使う言語では、多かれ少なかれ綴り/発音の揺れに関して同じような事情を共有しているものだ。日本語は、あまりにも特殊すぎて、日本語をネイティブ言語として話す日本人には、何が特殊なのかすら認識が難しい。

    恐らく日本人は、どんなに詳しい説明を聞いても日本語が特殊だという事を納得しないのではないだろうか。日本人は日本を比較する対象となる視点を一切持たないため、日本語が特殊だという点について、いくらでも現実的でない自由な視点を設定し、好きなように反論が出来てしまう。 そして、最終的に日本語だけが特殊だということがあろうはずがない、という点に落ち着こうとする。わからないのだが、恐らく、日本語を使い日本語で考えている以上、日本語が特殊であるという事を説明する事は不可能なのではないだろうか。

    参照:おかあつ日記 : 『認知の海の向こうにあるもの』

    アルファベットの様な表音文字を使う言語では、大抵の場合、方言はその綴りの読み方の流儀の違いとして現れる。この特徴を持つ言語を自国語 として話す人たちは、発音上区別がつかなくなってしまう単語が現れた時、文脈から元の発音を補完する訓練や、発音の差異があっても元の単語と同定する為の 訓練を日常的に受けていると言える。発音変化に対して生活上の慣れがある。

    参照:おかあつ日記:『ラオ語田舎弁の子音・母音の発音変化まとめ』

    ところが、日本語は、こういう表音文字を使う言語が持っている特徴を持っていないので、日本語を話す日本人は発音のブレと綴りの違いを修正する能力を持っていない。筆者は繰り返し目撃してきたのだが、この発音ブレ修正の能力を持っている人(民族)は、大して勉強をしなくとも外国語が話せる。だが日本人は、外国語を学ぶ時、この発音ブレ修正の能力をゼロから学ぶ必要がある。

    これが、日本人は語学が苦手という結果として現れるのではないだろうか。




    語学に関する全ての知識は、全てコミュニケーションに結びつく知識であるべきだ。語学とは、話す為・書く為・聞く為・読む為のノウハウそのものだ。自分が他者の考えを理解し、他者に自分の考えを伝えるツールである。目的に結びつかない知識はゴミである。(この点は目的に結びつかない知識こそ有益と考える数学と異なるであろう。)語学に雑学は不要である。

    車の運転に例えれば、運転に関する知識は、全て運転技術の向上に結びつくノウハウであるべきだ。運転方法に結びつかない知識をどんなに熱心に勉強しても決して運転は上達しない。車種によって異なるノーマルのハンドルのサイズの違い・ブレーキ遊びの車種比較をいくら研究しても、それが運転技術の向上に結びつかない知識である以上、どんなに熱心に勉強しても決して運転は上達しないのは、当然である。

    だが、日本の語学の何と実践と無関係な知識の積み重ねの多いことか。実践という視点からみた日本の語学の何と使えないことか。現代日本の語学に関する全ての知識には、決定的に実践という視点が欠落している。

    現代日本の言語学者は、全員例外なくクズである。日本語言語学者は、西洋へのあこがれの延長上としてのみ音声学を捉え、豊かさを持て余した人間の余興道楽として、西洋人が研究した知識を暗記するのみで、何も考えていない。よもやそれが自らの言語に応用できるとは想像だにしない。

    現代日本の言語学者は、日本の恥である。彼らがどんなに外国語を研究したとしても、それは飽くまでも世界的に稀に見る珍言語・日本語のみで考える日本語脳によるものであり、日本語が持っている限界を超えて考えようとしない。誰もが自分の言語に愛おしさを持つ。だがそこに敢えて批判的な目を向け、自分の思考に対して厳しさを持って挑むことが大切ではないか。「愛するが故、愛を捨てる」とは日本を代表する漫画・北斗の拳に登場する言葉である。我が身を斬る厳しさを伴った批判こそが、今日の日本語をより論理的・歴史的・文学的に重厚な言語に成長させてゆくのではなかろうか。

    このページを見て頂きたい。

    Japanese Phonology - 日本語の音声学的研究 - wikipedia

    上記に書かれている事は、どれもこれも非日本語話者が日本語を学習する時に、どうしても通過しなければいけない問題である。これらを日本人の語学学者は的確に認識できるであろうか。

    日本人独特な訛りはRとLだけではない。上記にある様にZにも訛りを持っている。日本人はzを単独で発音出来ず大抵dzと発音する事を認識出来るであろうか。日本語の「伊豆」のズと「逗子」のズは、発音が異なる。日本語脳だとこの現象が認識できないのである。

    日本語脳は、この違いを認識でない。そんな時、殊更に科学的手法に詳しい日本語脳は、高価なオシロスコープを持ちだして必死に発音の周波数解析をするのである。これは本来、科学的手法を持ち出すまでもなく、訓練次第で誰にでも認識できるものである。否、出来なくてはいけない。 人間の耳は、オシロスコープの何億倍も精度が高い。訓練次第でオシロスコープよりも長くて複雑なパターンを認識する事が出来る上、(Wed, 04 Mar 2015 11:27:37 +0700)
    オシロスコープを使うよりもずっと簡単である。わざわざオシロスコープなど持ちだす必要はない。認識できない物に対して科学的な手法を持ち出す事は、発想として正しい。だが本来、発音は人間であれば誰でも認識出来るものである。認識できないという事は、意識の置き方のどこかにの間違いがあることを示している。人間であれば言語は話せる。 なのに何故発音が認識出来ないのか。日本語は発音システムに於いて若干事情が異なるからだ。オシロスコープを持ち出す段階で日本語脳が外国の発音を認識できない事を暗に示唆してしまっているのではないか。

    日本人が外国の諸文化を知っているだけで何も理解していない事に対して、世界中の国々が日本の文化を研究し深い理解を持っている事に、日本人はもっと強い脅威を感じて良い。これが正に、現在の日本の窮状の来る場所そのものである。

    日本文化を外国に説明出来ない日本人が揶揄されて久しい。

    日本人にとって、他者の文化に対する深い理解がもたらすものは、自己に対する新しい理解である。他者の文化に対する深い理解は日本文化のより深い理解をもたらす。日本文化へのより深い理解が、他者の文化に対する更に深い理解をもたらす。外国文化の知識に大切なことは、量ではなく質である。質の悪い肉野菜を店先に並べても購入する客は居ない。少なくとも良いので質の良い肉野菜を店先に並べるべきである。これこそが本当の意味での「国際社会」で使える理解力・説明力ではないのだろうか。


    参考資料:

    おかあつ日記 : 『ラオ語田舎弁の発音変化まとめ』
    おかあつ日記 : 『ラオ語の方言の声調変化について』
    おかあつ日記 : 『認知の海の向こうにあるもの』
    おかあつ日記 : 『表意文字のハンデ ── 日本的語学オンチのその理由』
    おかあつ日記 : 『標準村』
    おかあつ日記 : 『北京語の3声の真実』


    Lost in Translation (film) - Wikipedia
    ロスト・イン・トランスレーション [DVD]
    「翻訳で迷子」… 外人が日本に来ると下にも置かない扱いを受けてチヤホヤされるものだが、実はチヤホヤされるのも実はあまり嬉しいことではない。西洋人が来るとチヤホヤする日本人も、アジア系の外人が来ると手の平を返した様に、ひたすら見下し続ける。見下すことは悪いことだろうか。実は、チヤホヤされるのと見下されるのは、実は心象としてあまり大差ない。 チヤホヤすることも見下すことも、実は同じコミュニケーション齟齬から生まれている。その原因を正しく理解することが一番大切だ。

    この映画で、その事が上手に表現されていると筆者は思う。


    おやじギャグ研究室
    ホモフォンを極めて高度なレベルで応用している実例を豊富に観察出来る

    他人のそら似―同音同綴異義語―(Yeemar): ことば会議室
    日本語のホモニムについて唯一扱っているホームページ。
    短いが、提示されている視点が秀逸である。


    そつぎょうしたらいっしょにすもう - Google検索
    卒業したら一緒に相撲の出典を見ることが出来る。

    滝 を Google検索 
    タキとは、日本語のアクセントを表す専門用語である。

    同訓異字 - Wikipedia
    日本語で同訓と言った場合「読みが同じ」と「意味が同じ」の混同があるので注意が必要。


    英語版Wikipediaによる解説
    Phonological history of English consonants - Wikipedia, the free encyclopedia
    Phonological history of wh - Wikipedia, the free encyclopedia
    Homophone - Wikipedia, the free encyclopedia
    Homograph - Wikipedia, the free encyclopedia
    Heteronym - Wikipedia, the free encyclopedia
    Japanese Phonology - 日本語の音声学的研究 - wikipedia

    その他

    Homophones
    Equivocal Words Words with two pronunciations
    2つの発音を持つ単語の一覧
    How to stress words correctly in English: Essential English grammar 
    英単語のどこにアクセントを置くか?
    Stress position of "decade" - WordReference Forums
    英単語のどこにアクセントを置くか?

    その他資料・特殊な単語辞書
    小中学生のための学習教材の部屋 知識の泉 ・ 同訓字
    同字異義異音熟語を教えてください。- 人力検索はてな
    異音異義語
    読み方によって意味の変わる熟語 一覧表データ(by しまぷっち)
    同字異義・異音語|かやくりひblog


    関連記事:タイ東北弁イサーン語とは
    更新記録:
    ・「日本語には異音語・異字語が無数にある。」の項で「同音・同義・異字」「異音・同義・同字」のはずが、「同音・同義・異字」「同音・同義・異字」と被ってしまっていた間違いを修正した。 With Special Thanks to reju ‏@junorei3様 (Mon, 13 Aug 2012 03:27:58 +0700)
    ・てにをはの間違いを修正。(Wed, 04 Mar 2015 11:27:37 +0700)
    ・1.タイトルを『┌(┌ ^o^)┐ ホモフォーンと日本語 ── 日本的語学オンチのその理由2』 から 『ホモフォンと語学オンチ』 に変更した。2.表記を 「ホモフォーン」から「ホモフォン」へ統一した。(Thu, 18 Jun 2015 15:44:39 +0700)
    ・リンク切れを修正した (Mon, 25 Jan 2016 12:43:29 +0700)
    ・関連記事表示の自動化を行った。(Wed, 27 Jan 2016 00:40:39 +0700)