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2011年4月5日火曜日

民族とは幻想か (mixi05-u459989-201104050018)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
民族とは幻想か
2011年04月05日00:18
─── 僕は本当にラオスの人が羨ましいと思っているのだけど、彼らって本当に本物の単一民族で、日本人みたいに偽者の単一民族じゃないのね。 ラオスの人って本当にみんな同じ顔をしていて、考え方も同じで、体格も同じで、話し方も同じで、自分が思ったことを、他人にそう思うでしょ?って聞くと必ず「そうそう!」っていう返事が掛け値無しで返ってくる。「日本人」が失ったものを持ちすぎてる。

「日本人って民族の名前じゃない」って思う。 こんなに顔の傾向がバラバラな人は民族って呼べないと思う。 人によっては黒人みたいな顔の人もいるし、何か妙に色白でヒョロッと背の高い人もいるし、ずんぐりして足の短い筋肉質の人もいる。 目もひとえ・ふたえがバラバラ、性格もバラバラ、考え方もバラバラ、文化もバラバラ。

僕は一応日本人だけど、僕は自分が日本人として日本に受け入れられているという感覚を持ったことが一度もない。 自分の事を日本人だ、と思っている人が持っている感覚が、事実とは遠くはなれている幻想であるということを暴露することに快感すら感じる。

「日本人」という概念自体が崩壊していて、日本人ですらそこにコミット出来ない。というか、もう誰もコミットしていないと思う。これは、幻想にしては、ほころびが出すぎてて、厳しい。

僕はラオ人でないのに、ラオに住み、ラオで生活しているけども、これは日本にいるより簡単ではないか、と思うことがある。 ラオには共同幻想に落ちぶれていない、きちんとした共同意識があって、その定義は比較的はっきりしてる。 だから、ラオ人でない人でも、それに合わせようとすれば、合わせる事は不可能ではない。 こういえばああいうという定義がはっきりしているので、常識感覚に合わせることは、日本ほど困難ではない。 日本みたいに相手がどう反応するか読めずに、戦々恐々としている感覚はない。

日本に住む人は、日本が多民族国家だということをはっきりと認めて、誰もが違う考え方なのだ、だからきちんと自分の考え方は言葉で説明しなければいけない、自分の一方的な価値観で他人を笑いぐさにしてはいけない、という一連の多民族の礼儀を学ぶ必要があると思う。

あるオタクの女の子が、髭に対する差別を止めようって言っている男性に「ヒゲはキモいからヤメろ」って言っていた事に、すごく違和感をもったことがあった。 自分自身「オタクはキモいからヤメろ」って言われていて、そのことに関して反感や意義を唱えているのに、自分も他人に「ヒゲは気持ち悪いからヤメろ」と言うのね。

自分を受け入れて貰う為には、他人を受け入れる必要がある。 多民族の中では、誰もが他人の主義趣向に対して寛容である必要がある。 日本がそこまで成熟するのは、遠い先の話だろうけど ───


幻想でない民族は存在する。 だけど「日本人」が民族である、という考え方は幻想だ。

コメント一覧
退会したユーザー   2011年04月05日 09:29
日本人が日本人であることを誇りに思わないのは何故だとお考えですか??
おかあつ   2011年04月05日 13:36
戦争に負けたからじゃないですか?
 
出展 2011年04月05日00:18 『民族とは幻想か』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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