ラオ記1
2010年08月08日00:41
Sat, 07 Aug 2010 12:00:11 +0700
(前回の日記に加筆訂正を加えた日記なので、前回の日記を読んだことがある場合、前半・読み飛ばしてください。)
用事があってバンコクに来たのだが風邪をひいてしまい全てが足止めになった。 熱があって体が痛くて何も出来ない。 本当はプログラムも組まないといけないし、いかないといけないところもたくさんあるのだけど、何もできない。 だから日記を書こうと思う。
今週4日は、タイに来てちょうど1ヶ月の日だった。 ビザの期限は1ヶ月だ。取り敢えずビザを更新しにラオスに行ってきた。 いつもラオスに行くと何か新しい出会いがあったり新しい発見があったりするので、毎回楽しみなのだけど、今回もものすごくたくさんの発見があった。
今年に入ってからのラオスの経済成長は凄まじいものがある。 ラオスの首都ビエンチャンは、つい去年までは、道も無い、店も無い、車も無い、無い無いづくしで、本当に不便な街だった。 ところが、今年に入ってから洒落たカフェは出来る、TRUEインターネットカフェは出来る、店は出来る、デパートは出来るで、大変なことになっている。 聞くところによると、中国の投資があったのだそうだ。
日本が30年かけて援助しても何も浮かび上がらなかったラオスに、中国がたったの1年投資しただけで爆発した様に成長した事を見ると、そこに何か巨大なウソがあったことを感じる。 僕は、日本はきっと発展を助けるふりをして発展を阻害していたのではないかと思う。 発展を助ける為には、援助などしないで、投資すればいいはずだ。 だけど、日本はそうしなかった。 ラオスが本当に発展して力をつけてしまうと、何か都合が悪かったんではないかと思う。 日本は、そこにきっと何かのしがらみを持っていたのだと思う。 中国はそういうしがらみを持たないので、遠慮なく投資して発展させたのだろう。
でも、おもしろいのだけど、そうやって投資を受けたラオス人は意外とあまり中国人に感謝していないというか、それを脅威と感じているらしいことだ。 前ラオスの大使館で働いている人と話したとき「このままだとラオスはそのうち中国にのっとられてしまう」って言っていた。
そういえば、今回僕は、TRUEインターネットカフェに入った。 それで、ラオス語で何時まで開いてますか?って聞いた。 そうしたら、何度も「は?」って聞き返されて、頭に来た。 それで、耳元で大きな声で話したら、すごくムッとされて、何だこいつ、とか思ったら、実はその人、中国人でラオス語が話せない人だったことに気がついた。
そういえば、大使館員の方も、街にラオス語が話せない中国人がたくさんいるって言っていた。 このことかと思った。 ラオスに居てラオス語が話せない人って初めて見た。 ラオスも多民族国家なので、ラオス語がネイティブじゃない人はたくさんいるが、ラオス語は標準語なので、みんなどんなにへたくそでも必ずラオス語を話す。 だから、ラオスに居ながらラオス語が話せない人というのが、不思議だった。
◇
タイのビザの話。 最近、ビザの発行が厳しくなっていると聞いた。 実際ビザの発行を拒否されている人も何度か見たことがある。 だけど、今のところ僕は、一度も拒否されていない。 今回も受付で色々文句を言われて「ダメっぽいかな」と思ったのだけど、大丈夫だった。 一説によると三回以上ビザを取得しているとアウトとも聞いた。 だけど、僕は5回以上ビザを取得しているけど大丈夫だった。 僕は結構ちょくちょく日本に帰国しているのでひょっとしたらそれがなにか関係しているのかもしれない。
◇
タイ大使館でビザコレクションの待合している時、隣に座った日本の人と知り合った。 タイで仕事をしている人で、ノンイミグラントビザを取得しにきている人だった。 タイ語も結構上手で、おもしろい人だなと思った。 だけど、いろいろと話しているうちに、どうしてもタイ人を見下しているところがあるというか、ちょっと僕が受け入れがたい姿勢を持っていることも判ってきた。
僕はラオスに居てラオス語を話してラオス語を練習したいのだけど、こういう人と一緒に居ると、オーラが乱れるというか、現地の人に敬遠されて人が近寄ってこなくなってしまう。 これでは友達になれる人も友達になれなくなってしまう。 それは僕的には正直かなり迷惑なので、途中から言い訳を言って別行動することにした。
この人がタイ語を話すとき、自分のタイ語が思うように通じなくて相手に辛く当たるところがあった。 これは僕も覚えがありこういう行動に出る気持ちがわからい訳でも無かった。 というのも、タイに居てイサーン系の人と話すとタイ語が通じないことが結構少なくないからだ。 イサーン系の人はタイ語がネイティブじゃないので実際タイ語が微妙に通じ辛いところがある。 普段、自分が話していて普通に通じている言葉を、イサーン系の人に話すと、何故か知らねど、全然通じなくて、非常に苛立たしい思いをさせられる事は、少なくない。だから相手に通じなくてイライラするこの人の気持ちがわからないこともなかった。
ただ、この人の場合、この人側にもかなり問題があった。 この人のタイ語が通じない理由のナンバー1は、まず発音がかなり間違っている事だ。 語尾のง/น とか ท/ต の発音の区別が微妙でかなり聞き取り辛いものがあった。
この人は、ラオスのホテルをチェックアウトする時、 เก็บตังค์ด้วย ケプタンドゥアイ=「お勘定お願いします」と言って通じなくてイライラしていた。 発音が悪いのは仕方がないとしても、ラオス・タイ共に、チェックアウトのときにケプタンドゥアイってほとんど使わないことをこの人は知る必要がある。 さらに加えて、お金を表す「ตังค์ タン」 っていう言葉は、そもそもタイの通貨サタンの略なので、キップという独自の通貨を使うラオの人に言っても通じるわけがない。 タンっていうのは、非常にタイっぽい言い方なのだ。 この人はこういうことを知らない。 それでいながら「タイ語が下手だ」ってイライラして相手に辛く当たっているのは、結構恥ずかしいことで、僕的には正直あまり一緒に居たくない。
もっとも、この手の言葉の微妙な差異を理解するのは非常に難しいことだ。 そういえば、前、タラートサオデパートに行ったときこういうことがあった。 喉が乾いたのでお店に行って、 น้ำเปล่า ナムパオ(ボトル入りの水)下さいって言ったら通じなくて面食らったことがあった。 それで何て言うのか聞いたら น้ำดื่ม ナムドゥーム (飲み水) だと言っていた。 タイだと普通ナムパオという。 ラオイサーンの人もナムパオということが多い。 ラオの人はナムドゥームしか言わない。
タイの人は เปล่า プラーオ(パーオ)っていう言葉がすごく好きで、日常会話のあちこちに出てくる。 「どうかしたの?」「เปล่าครับ プラーオクラップ (何でもありません)」とかよく言う。 この間OSがインストールされていない状態で売られているPCのことを เครื่องเปล่า クルアンパーオというということを知った。 街で売られているボトル入りの水も、このノリで、味付けが何もされていない水という意味で น้ำเปล่า ナムパーオ と呼ぶ。 だけど、これはタイ語で、ラオ語には無い言い方だということを知る必要がある。
このことは、ネイティブの人でもきちんと違いを知っている人は少ない。 外人ならなおさらだ。
◇
僕は今「タイ語を正確に発音しよう月間」を開催中だ。 特に แอ(ae)/เอ(e) 、อือ(w)/อู(u) 、 語尾の ง(ng)/น(n) 、長母音・短母音の区別をはっきりして、 有声音と無声音 ต(t)/ท(th) の区別をきちんとする。 これをきちんと発音仕分けてさえ居れば、大抵通じる。
... のだが、ラオ語とタイ語でこの発音が入れ替わることがあって、これが非常に厄介だ。 僕は普段ラオイサーン語話者としか一緒にいないので、普段喋っていて普通に通じているのだけど、実は間違っていて、バンコクでは通じないということが、たまにある。一番わかりやすい例が「正しい」という言葉だ。 タイ語だと ถูก thuuk なのだが、ラオ語だと ถือก(?) thwwk と発音する。
แอ(ae)/เอ(e) の発音の区別は、日本人にはものすごく難しい。 日本語の「え」の発音はタイ語には無い。 ただ日本語の方言にはタイ語の「え」の発音があるような気がする。 ちょっと古いが加藤茶がくしゃみをするとき「いーきしっ」っていう時の「いー」がเอ(e) の発音に近いような気がする。 日本語の「え」よりずっと口が閉じていて横に開いている。 「い」の口をした状態で「え」と発音する感じだ。
一方 แอ(ae) は 日本語の「え」よりずっと口が開いている。 ビックリしたとき「え゛」って書くけど、この「え゛」がその発音に似ている。 「あ」の口の形をしながら「え」と発音する感じに似てる。
◇
日本人のほとんどが、タイ人を馬鹿にして見下していると思う。 だけど、本当にタイ人って馬鹿だろうか。 僕がタイ人に持っている印象は「厳格」「論理的」「衝突」「駆け引き」「政治力」「感情的」「破壊的」「伝統」「強力」とか言う感じだ。 自分の思いを伝えるためには衝突も辞さないし、衝突をしていると相手に感じさせないようなパーソナルスキルも持っている。 また相手から自分が見下されていることすらテコに使う。 相手に油断させておいてから、いきなり本気を出して気がつく間も無く一瞬で相手を殺してしまうのは、タイ人の得意技だ。 僕には、とても馬鹿には見えない。 全て計算済み、確信犯だ。
一方、ラオ人が「馬鹿だ」っていう話なら、ある程度同意できる。 ほとんどの人は「ラオ人」と「タイ人」の区別がまったくついていない。それでいながら「タイ人は馬鹿だ」って言っているのは、つまりその人の無知を表しており、恥ずかしいことだ。 だけど、ほとんどの人はその区別がつかない。 タイ人が馬鹿に見えるのは、自分が馬鹿だからだ。
では、ラオ人は本当に馬鹿だろうか。
◇
この間タイのテレビを見ていたら、流暢なアメリカ英語を話すタイ人の女の子が出てきてソウルを歌っていた。 それで、この子はこんなにちっちゃいのに、英語がこんなに上手で本格的に黒人音楽も演奏できてすごいね、という話になっていた。 その女の子もそういう風に持ち上げられているのがわかっていて、結構ツンツンしていた。 で、こういう女の子って日本にも居るような気がした。 流暢なアメリカ英語を話して、かっこいいソウルとか歌って、周囲から持ち上げられてツンツンして。
黒人っぽいのはかっこいいのだろうか。 少なくとも、タイや日本だと、黒人っぽい感じの素振りをしていると尊敬されることがおおい様な気がする。 でも、僕は非常にしばしば思うのだけど、彼ら・彼女らが、本当に黒人の中に居たら、黒人は彼ら・彼女らをどう思うだろうか。 おそらくだけど、言葉には出さずとも、非常に滑稽だと思っているのではないだろうか。
黒人はかっこいい。 黒人はかっこいいけど、世界でもっともダサいと言われるイサーンラオ人の性格と非常に似てる。 ラオ文化を知れば知るほど、黒人とイサーン人は非常に似ていると僕には思えてならない。 黒人はかっこいいだろうか。 かっこいいのは表面的なところで、中身は吉本新喜劇並みではないかと僕は思う。 非常に洗練されてなくて、コテコテで、ものすごい下らなくて、だけどその下らないのをしつこく何度も何度もやって無理やりに「味」にしてしまう。
( キャノンボールアダレイの (mercy mercy,mercy)とか、グラントグリーンとか... マイルスデイビスとかもかっこいいけどっぱりその本質にあるのは、そういうダサさっていうか、クドさっていうか、そういうところがある。)
昨日風邪をひいてぼんやりしながらテレビで「JUICE」という黒人映画を見ていたのだけど、これに出てくる黒人も、非常にイサーン人と似ていた。 まず、人間関係の持ち方が似てる。 家族や仲間を重視する文化があって、義理・人情の世界がある。 自分がやりたいと思っていなくても自分が大切だと思っている人がやりたいと言えば、協力しないといけない。 だから本音と建前も使い分けるし、嘘もよくつく。嘘をつく理由も、ほとんどが仲間のメンツを守るためだったり、そういう事が多い。
つまり黒人もイサーン人と同じで村人文化なのだと思う。 その点で見ると、黒人は日本人とも似ている。
黒人は考える事が苦手な人が多い。 一方、コミュニケーションスキルが高い人が多く、チームプレイには滅法強い。 難しいことを考えない代わり、料理や音楽などに関してものすごく高い関心を持っていて、強い拘りを持ちつづける。 だから料理とか音楽の演奏とか上手な人が多い。 それも近所のおばさんとか下町の不良という超低レベルの人が「プロ指向」と言って譲らない日本人のミュージシャンなどはまったく比較にならないほど、歌唱力が高かったりする。 将来のことなど心配している賢い人間がいい音楽を演奏できるわけが無い。 その瞬間を楽しく生きる、そのことに賭ける集中力を持った人間には、まったくかなわない。 その点も、イサーン人と似てる。義理人情が厚く、悲しみを知る人間が、唱う歌、作る料理、語る詩が、人の心を打たない訳が無い。 人間の心のそこにある「ダサさ」「下らなさ」「洗練のなさ」を携えた人間だけが、作れるものがある。
ということを考えながら、黒人のマネごとをしてツンツンしている日本人・タイ人の男の子・女の子を思い出すと、非常に寂しい気持ちになる。
◇
「徹底的に論理的になる。 徹底的に考えて、全てを学習し尽す。 そうやって積み重ねた上で、後先をまったく考えずに無謀な賭けに出ることが出来るクレージーさをも併せ持った人間には、誰もかなわない。」
◇
最近思うのだけど、タイでも、バンコク(首都)に住む人と、県(ムアン/เมือง)に住む人と、市部に住む人 (アムパー/อำเภอ) に住む人と 村部(タムボン/ตำบล)に住む人は、まったく別物なのだと思う。 首都に住む人は極論すれば日本人と変わらないと僕は思う。 県に住む人も首都に住む人ほどではないけど、非常に都市化していて、日本人とあまり変わらない。 それが市(アムパー/อำเภอ)になると、グッと変わってくる。 ローカルの人しか来ないし、言葉もずっと方言が多くなる。 そして、村部(タムボン/ตำบล)になると、完全なローカルで、その村の人しか居なくなる。
僕は、その村部(タムボン/ตำบล)に住んでいる。 多分、外人としては、村部(タムボン/ตำบล)に住むのが一番難しいと思う。 村部に住むのは本当に難しい。 ちょっとでもルール違反をするとものすごく目立つし、そうでなくても外人だという時点で既にものすごく目立っている。 村はよそ者が来るだけでものすごく警戒される。
村に住むのがどれくらい難しいかといえば、村に住むことをタイ人すら避ける位なのだ。 タイ人でも華僑の血を引く人は基本的によそ者で、こういう人は決して村部(タムボン/ตำบล)には住まないという。 気がつかないうちに恨みを買ってしまうことが多々あり、危険だからだ。
日本人的に言って外国人の顔って覚えるのがものすごく難しいけど、村の人の人間関係を知るのは、村に滞在する上で非常に大切なので、顔を覚えなければいけない。 これが非常に大きなハードルで、苦労する。 加えて、名前と親戚関係も暗記しないといけない。
でも、最近、慣れてきた。 人間関係も覚えてきたし、顔も名前も覚えてきた。 僕が慣れた事に加え、向こうも慣れてきた。 僕も、村の人に顔が知れ渡ってきて、どれくらいタイ語が話せるのかとか、ラオ語も多少理解できる事とかがわかって、あまり肩肘張らずに付き合ってくれる様になった。 それに伴い、僕も肩肘張らなくなってきた。もちろん油断は禁物だけど、いい意味で力が抜けてきた。
と、同時に何が建前で、何が本音なのかが、だんだんと見える様になってきた。 それを見ても、村人がやるように、見て見ぬふりをすることも出来る様になってきた。 みんな仲良くしているようにしているけど、実は誰と誰が仲が悪いとか、誰は絶対にこの人と話をしないとか、色々な人間関係が見える様になってきた。
最初、僕はラオ語が話せないと言うことにものすごく劣等感を持っていたのだけど、このイサーンという土地でラオ語を話すという事がどういうことなのかだんだんとわかるようになってきて、話せなくても劣等感もあまり感じなくなってきた。 また、話せるようになるためにはどうするべきなのかもわかってきた。
このイサーンで話しているラオ語、イサーン語だけど、イサーン語に詳しくなるに連れて、イサーン語はタイ語から比べてみても方言であると同時に、実は、ラオス国内で話しているラオス語と比べてみてもかなり方言であるということがわかってきた。 イサーン語とタイ語は似ているけど、かなり違う。 英語とドイツ語ぐらい違う。 一方、イサーン語とラオス語は基本的に同じ言葉だ。 だけど、言い回しや発音がかなり異なり、関西弁と関東弁位は違う様だ。
この間、知っておもしろいなと思ったのが、นม(nom/乳)の発音の違いについてだ。
(続く)
ラオ記2 (イサーン語とラオス語の違いについて)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1555962541&owner_id=459989
(前回の日記に加筆訂正を加えた日記なので、前回の日記を読んだことがある場合、前半・読み飛ばしてください。)
用事があってバンコクに来たのだが風邪をひいてしまい全てが足止めになった。 熱があって体が痛くて何も出来ない。 本当はプログラムも組まないといけないし、いかないといけないところもたくさんあるのだけど、何もできない。 だから日記を書こうと思う。
今週4日は、タイに来てちょうど1ヶ月の日だった。 ビザの期限は1ヶ月だ。取り敢えずビザを更新しにラオスに行ってきた。 いつもラオスに行くと何か新しい出会いがあったり新しい発見があったりするので、毎回楽しみなのだけど、今回もものすごくたくさんの発見があった。
今年に入ってからのラオスの経済成長は凄まじいものがある。 ラオスの首都ビエンチャンは、つい去年までは、道も無い、店も無い、車も無い、無い無いづくしで、本当に不便な街だった。 ところが、今年に入ってから洒落たカフェは出来る、TRUEインターネットカフェは出来る、店は出来る、デパートは出来るで、大変なことになっている。 聞くところによると、中国の投資があったのだそうだ。
日本が30年かけて援助しても何も浮かび上がらなかったラオスに、中国がたったの1年投資しただけで爆発した様に成長した事を見ると、そこに何か巨大なウソがあったことを感じる。 僕は、日本はきっと発展を助けるふりをして発展を阻害していたのではないかと思う。 発展を助ける為には、援助などしないで、投資すればいいはずだ。 だけど、日本はそうしなかった。 ラオスが本当に発展して力をつけてしまうと、何か都合が悪かったんではないかと思う。 日本は、そこにきっと何かのしがらみを持っていたのだと思う。 中国はそういうしがらみを持たないので、遠慮なく投資して発展させたのだろう。
でも、おもしろいのだけど、そうやって投資を受けたラオス人は意外とあまり中国人に感謝していないというか、それを脅威と感じているらしいことだ。 前ラオスの大使館で働いている人と話したとき「このままだとラオスはそのうち中国にのっとられてしまう」って言っていた。
そういえば、今回僕は、TRUEインターネットカフェに入った。 それで、ラオス語で何時まで開いてますか?って聞いた。 そうしたら、何度も「は?」って聞き返されて、頭に来た。 それで、耳元で大きな声で話したら、すごくムッとされて、何だこいつ、とか思ったら、実はその人、中国人でラオス語が話せない人だったことに気がついた。
そういえば、大使館員の方も、街にラオス語が話せない中国人がたくさんいるって言っていた。 このことかと思った。 ラオスに居てラオス語が話せない人って初めて見た。 ラオスも多民族国家なので、ラオス語がネイティブじゃない人はたくさんいるが、ラオス語は標準語なので、みんなどんなにへたくそでも必ずラオス語を話す。 だから、ラオスに居ながらラオス語が話せない人というのが、不思議だった。
◇
タイのビザの話。 最近、ビザの発行が厳しくなっていると聞いた。 実際ビザの発行を拒否されている人も何度か見たことがある。 だけど、今のところ僕は、一度も拒否されていない。 今回も受付で色々文句を言われて「ダメっぽいかな」と思ったのだけど、大丈夫だった。 一説によると三回以上ビザを取得しているとアウトとも聞いた。 だけど、僕は5回以上ビザを取得しているけど大丈夫だった。 僕は結構ちょくちょく日本に帰国しているのでひょっとしたらそれがなにか関係しているのかもしれない。
◇
タイ大使館でビザコレクションの待合している時、隣に座った日本の人と知り合った。 タイで仕事をしている人で、ノンイミグラントビザを取得しにきている人だった。 タイ語も結構上手で、おもしろい人だなと思った。 だけど、いろいろと話しているうちに、どうしてもタイ人を見下しているところがあるというか、ちょっと僕が受け入れがたい姿勢を持っていることも判ってきた。
僕はラオスに居てラオス語を話してラオス語を練習したいのだけど、こういう人と一緒に居ると、オーラが乱れるというか、現地の人に敬遠されて人が近寄ってこなくなってしまう。 これでは友達になれる人も友達になれなくなってしまう。 それは僕的には正直かなり迷惑なので、途中から言い訳を言って別行動することにした。
この人がタイ語を話すとき、自分のタイ語が思うように通じなくて相手に辛く当たるところがあった。 これは僕も覚えがありこういう行動に出る気持ちがわからい訳でも無かった。 というのも、タイに居てイサーン系の人と話すとタイ語が通じないことが結構少なくないからだ。 イサーン系の人はタイ語がネイティブじゃないので実際タイ語が微妙に通じ辛いところがある。 普段、自分が話していて普通に通じている言葉を、イサーン系の人に話すと、何故か知らねど、全然通じなくて、非常に苛立たしい思いをさせられる事は、少なくない。だから相手に通じなくてイライラするこの人の気持ちがわからないこともなかった。
ただ、この人の場合、この人側にもかなり問題があった。 この人のタイ語が通じない理由のナンバー1は、まず発音がかなり間違っている事だ。 語尾のง/น とか ท/ต の発音の区別が微妙でかなり聞き取り辛いものがあった。
この人は、ラオスのホテルをチェックアウトする時、 เก็บตังค์ด้วย ケプタンドゥアイ=「お勘定お願いします」と言って通じなくてイライラしていた。 発音が悪いのは仕方がないとしても、ラオス・タイ共に、チェックアウトのときにケプタンドゥアイってほとんど使わないことをこの人は知る必要がある。 さらに加えて、お金を表す「ตังค์ タン」 っていう言葉は、そもそもタイの通貨サタンの略なので、キップという独自の通貨を使うラオの人に言っても通じるわけがない。 タンっていうのは、非常にタイっぽい言い方なのだ。 この人はこういうことを知らない。 それでいながら「タイ語が下手だ」ってイライラして相手に辛く当たっているのは、結構恥ずかしいことで、僕的には正直あまり一緒に居たくない。
もっとも、この手の言葉の微妙な差異を理解するのは非常に難しいことだ。 そういえば、前、タラートサオデパートに行ったときこういうことがあった。 喉が乾いたのでお店に行って、 น้ำเปล่า ナムパオ(ボトル入りの水)下さいって言ったら通じなくて面食らったことがあった。 それで何て言うのか聞いたら น้ำดื่ม ナムドゥーム (飲み水) だと言っていた。 タイだと普通ナムパオという。 ラオイサーンの人もナムパオということが多い。 ラオの人はナムドゥームしか言わない。
タイの人は เปล่า プラーオ(パーオ)っていう言葉がすごく好きで、日常会話のあちこちに出てくる。 「どうかしたの?」「เปล่าครับ プラーオクラップ (何でもありません)」とかよく言う。 この間OSがインストールされていない状態で売られているPCのことを เครื่องเปล่า クルアンパーオというということを知った。 街で売られているボトル入りの水も、このノリで、味付けが何もされていない水という意味で น้ำเปล่า ナムパーオ と呼ぶ。 だけど、これはタイ語で、ラオ語には無い言い方だということを知る必要がある。
このことは、ネイティブの人でもきちんと違いを知っている人は少ない。 外人ならなおさらだ。
◇
僕は今「タイ語を正確に発音しよう月間」を開催中だ。 特に แอ(ae)/เอ(e) 、อือ(w)/อู(u) 、 語尾の ง(ng)/น(n) 、長母音・短母音の区別をはっきりして、 有声音と無声音 ต(t)/ท(th) の区別をきちんとする。 これをきちんと発音仕分けてさえ居れば、大抵通じる。
... のだが、ラオ語とタイ語でこの発音が入れ替わることがあって、これが非常に厄介だ。 僕は普段ラオイサーン語話者としか一緒にいないので、普段喋っていて普通に通じているのだけど、実は間違っていて、バンコクでは通じないということが、たまにある。一番わかりやすい例が「正しい」という言葉だ。 タイ語だと ถูก thuuk なのだが、ラオ語だと ถือก(?) thwwk と発音する。
แอ(ae)/เอ(e) の発音の区別は、日本人にはものすごく難しい。 日本語の「え」の発音はタイ語には無い。 ただ日本語の方言にはタイ語の「え」の発音があるような気がする。 ちょっと古いが加藤茶がくしゃみをするとき「いーきしっ」っていう時の「いー」がเอ(e) の発音に近いような気がする。 日本語の「え」よりずっと口が閉じていて横に開いている。 「い」の口をした状態で「え」と発音する感じだ。
一方 แอ(ae) は 日本語の「え」よりずっと口が開いている。 ビックリしたとき「え゛」って書くけど、この「え゛」がその発音に似ている。 「あ」の口の形をしながら「え」と発音する感じに似てる。
◇
日本人のほとんどが、タイ人を馬鹿にして見下していると思う。 だけど、本当にタイ人って馬鹿だろうか。 僕がタイ人に持っている印象は「厳格」「論理的」「衝突」「駆け引き」「政治力」「感情的」「破壊的」「伝統」「強力」とか言う感じだ。 自分の思いを伝えるためには衝突も辞さないし、衝突をしていると相手に感じさせないようなパーソナルスキルも持っている。 また相手から自分が見下されていることすらテコに使う。 相手に油断させておいてから、いきなり本気を出して気がつく間も無く一瞬で相手を殺してしまうのは、タイ人の得意技だ。 僕には、とても馬鹿には見えない。 全て計算済み、確信犯だ。
一方、ラオ人が「馬鹿だ」っていう話なら、ある程度同意できる。 ほとんどの人は「ラオ人」と「タイ人」の区別がまったくついていない。それでいながら「タイ人は馬鹿だ」って言っているのは、つまりその人の無知を表しており、恥ずかしいことだ。 だけど、ほとんどの人はその区別がつかない。 タイ人が馬鹿に見えるのは、自分が馬鹿だからだ。
では、ラオ人は本当に馬鹿だろうか。
◇
この間タイのテレビを見ていたら、流暢なアメリカ英語を話すタイ人の女の子が出てきてソウルを歌っていた。 それで、この子はこんなにちっちゃいのに、英語がこんなに上手で本格的に黒人音楽も演奏できてすごいね、という話になっていた。 その女の子もそういう風に持ち上げられているのがわかっていて、結構ツンツンしていた。 で、こういう女の子って日本にも居るような気がした。 流暢なアメリカ英語を話して、かっこいいソウルとか歌って、周囲から持ち上げられてツンツンして。
黒人っぽいのはかっこいいのだろうか。 少なくとも、タイや日本だと、黒人っぽい感じの素振りをしていると尊敬されることがおおい様な気がする。 でも、僕は非常にしばしば思うのだけど、彼ら・彼女らが、本当に黒人の中に居たら、黒人は彼ら・彼女らをどう思うだろうか。 おそらくだけど、言葉には出さずとも、非常に滑稽だと思っているのではないだろうか。
黒人はかっこいい。 黒人はかっこいいけど、世界でもっともダサいと言われるイサーンラオ人の性格と非常に似てる。 ラオ文化を知れば知るほど、黒人とイサーン人は非常に似ていると僕には思えてならない。 黒人はかっこいいだろうか。 かっこいいのは表面的なところで、中身は吉本新喜劇並みではないかと僕は思う。 非常に洗練されてなくて、コテコテで、ものすごい下らなくて、だけどその下らないのをしつこく何度も何度もやって無理やりに「味」にしてしまう。
( キャノンボールアダレイの (mercy mercy,mercy)とか、グラントグリーンとか... マイルスデイビスとかもかっこいいけどっぱりその本質にあるのは、そういうダサさっていうか、クドさっていうか、そういうところがある。)
昨日風邪をひいてぼんやりしながらテレビで「JUICE」という黒人映画を見ていたのだけど、これに出てくる黒人も、非常にイサーン人と似ていた。 まず、人間関係の持ち方が似てる。 家族や仲間を重視する文化があって、義理・人情の世界がある。 自分がやりたいと思っていなくても自分が大切だと思っている人がやりたいと言えば、協力しないといけない。 だから本音と建前も使い分けるし、嘘もよくつく。嘘をつく理由も、ほとんどが仲間のメンツを守るためだったり、そういう事が多い。
つまり黒人もイサーン人と同じで村人文化なのだと思う。 その点で見ると、黒人は日本人とも似ている。
黒人は考える事が苦手な人が多い。 一方、コミュニケーションスキルが高い人が多く、チームプレイには滅法強い。 難しいことを考えない代わり、料理や音楽などに関してものすごく高い関心を持っていて、強い拘りを持ちつづける。 だから料理とか音楽の演奏とか上手な人が多い。 それも近所のおばさんとか下町の不良という超低レベルの人が「プロ指向」と言って譲らない日本人のミュージシャンなどはまったく比較にならないほど、歌唱力が高かったりする。 将来のことなど心配している賢い人間がいい音楽を演奏できるわけが無い。 その瞬間を楽しく生きる、そのことに賭ける集中力を持った人間には、まったくかなわない。 その点も、イサーン人と似てる。義理人情が厚く、悲しみを知る人間が、唱う歌、作る料理、語る詩が、人の心を打たない訳が無い。 人間の心のそこにある「ダサさ」「下らなさ」「洗練のなさ」を携えた人間だけが、作れるものがある。
ということを考えながら、黒人のマネごとをしてツンツンしている日本人・タイ人の男の子・女の子を思い出すと、非常に寂しい気持ちになる。
◇
「徹底的に論理的になる。 徹底的に考えて、全てを学習し尽す。 そうやって積み重ねた上で、後先をまったく考えずに無謀な賭けに出ることが出来るクレージーさをも併せ持った人間には、誰もかなわない。」
◇
最近思うのだけど、タイでも、バンコク(首都)に住む人と、県(ムアン/เมือง)に住む人と、市部に住む人 (アムパー/อำเภอ) に住む人と 村部(タムボン/ตำบล)に住む人は、まったく別物なのだと思う。 首都に住む人は極論すれば日本人と変わらないと僕は思う。 県に住む人も首都に住む人ほどではないけど、非常に都市化していて、日本人とあまり変わらない。 それが市(アムパー/อำเภอ)になると、グッと変わってくる。 ローカルの人しか来ないし、言葉もずっと方言が多くなる。 そして、村部(タムボン/ตำบล)になると、完全なローカルで、その村の人しか居なくなる。
僕は、その村部(タムボン/ตำบล)に住んでいる。 多分、外人としては、村部(タムボン/ตำบล)に住むのが一番難しいと思う。 村部に住むのは本当に難しい。 ちょっとでもルール違反をするとものすごく目立つし、そうでなくても外人だという時点で既にものすごく目立っている。 村はよそ者が来るだけでものすごく警戒される。
村に住むのがどれくらい難しいかといえば、村に住むことをタイ人すら避ける位なのだ。 タイ人でも華僑の血を引く人は基本的によそ者で、こういう人は決して村部(タムボン/ตำบล)には住まないという。 気がつかないうちに恨みを買ってしまうことが多々あり、危険だからだ。
日本人的に言って外国人の顔って覚えるのがものすごく難しいけど、村の人の人間関係を知るのは、村に滞在する上で非常に大切なので、顔を覚えなければいけない。 これが非常に大きなハードルで、苦労する。 加えて、名前と親戚関係も暗記しないといけない。
でも、最近、慣れてきた。 人間関係も覚えてきたし、顔も名前も覚えてきた。 僕が慣れた事に加え、向こうも慣れてきた。 僕も、村の人に顔が知れ渡ってきて、どれくらいタイ語が話せるのかとか、ラオ語も多少理解できる事とかがわかって、あまり肩肘張らずに付き合ってくれる様になった。 それに伴い、僕も肩肘張らなくなってきた。もちろん油断は禁物だけど、いい意味で力が抜けてきた。
と、同時に何が建前で、何が本音なのかが、だんだんと見える様になってきた。 それを見ても、村人がやるように、見て見ぬふりをすることも出来る様になってきた。 みんな仲良くしているようにしているけど、実は誰と誰が仲が悪いとか、誰は絶対にこの人と話をしないとか、色々な人間関係が見える様になってきた。
最初、僕はラオ語が話せないと言うことにものすごく劣等感を持っていたのだけど、このイサーンという土地でラオ語を話すという事がどういうことなのかだんだんとわかるようになってきて、話せなくても劣等感もあまり感じなくなってきた。 また、話せるようになるためにはどうするべきなのかもわかってきた。
このイサーンで話しているラオ語、イサーン語だけど、イサーン語に詳しくなるに連れて、イサーン語はタイ語から比べてみても方言であると同時に、実は、ラオス国内で話しているラオス語と比べてみてもかなり方言であるということがわかってきた。 イサーン語とタイ語は似ているけど、かなり違う。 英語とドイツ語ぐらい違う。 一方、イサーン語とラオス語は基本的に同じ言葉だ。 だけど、言い回しや発音がかなり異なり、関西弁と関東弁位は違う様だ。
この間、知っておもしろいなと思ったのが、นม(nom/乳)の発音の違いについてだ。
(続く)
ラオ記2 (イサーン語とラオス語の違いについて)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1555962541&owner_id=459989
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