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2009年7月8日水曜日

(ニュース)何も知らない大人 (mixi05-u459989-200907081444)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
(ニュース)何も知らない大人
2009年07月08日14:44
生活が大変なことは実際あまり問題ではないんだと思う。 本当に問題なのは、生活が大変なために行動にいろいろな制約が生まれるということを、団塊世代・団塊ジュニア世代が理解できないことではないだろうか。

僕は団塊ジュニア世代だが、学費がなく働きながら定時制高校・夜間大学に通っていた。 当時、団塊ジュニア世代は高度成長期やその名残の時代を青春時代として過ごしており、とても恵まれた経済環境を持っているのが一般的だったが、僕はそうではなかった。

※ 定時制高校は6年通い・大検合格後中退・夜間大学はいまだに卒業していない。

働きながら学校に行くことによって生まれるさまざまな制約を彼らは理解しない。 夕方は早く帰らなければいけないとか、夜は遊びに行けないとか言うことになる。 ところが、一般的には、それは遊びなんだから我慢するのが普通、という風に判定されがちだ。 実際にはこういう遊びのなかでいろいろな社交が生まれるため、学校での生活などがスムーズに行くためにとても大切なのだが、それを遂行できない。 遂行できないことによって生活上あらゆる支障が生まれる。

それだけでなく、宿題をやることが難しいとか、行事に出席するのが難しいとか、さまざまな制約がある。

働きながら学校に行くことは非常に大変ではあるが、人間、どんなに大変なことでもしばらく続けていれば慣れるもので、実はそのこと自体はさほどつらい事ではない。 しかし生活上どうしても時間的な制約が生まれる。

世間の無理解から、そのような制約を持っていることを理由として、仲間はずれにされたり、いろいろと影で物を言われたり、普通の生徒と対等に扱ってもらえなかったりすることが非常におおく、それが何よりもつらかった。



しかし、今こうして考えてみると、当時はまだ仕事があっただけ今よりも良かった。 当時は少なくとも「がんばればどうにかなる」ほどには社会に経済力があった。 社会にお金がジャブジャブ流れていたので、仕事は比較的見つけやすかった。 ところが今は不景気で社会にお金が流れていない。 仕事を見つけるのはかなり困難を伴う。 がんばってもどうにもならない状況、というものが存在する。

団塊世代・団塊ジュニア世代は、こういった不毛な状況で生きる苦労をまったく知らない。 だから今の10代~20代に対して、「頑張りが足りない」とか「やる気が無い」といった評価を下しがちだ。 今の問題の原因を努力の量に求めるのは本質的でない。 努力するように薦めるのは前向きな問題解決につながらない。 にもかかわらず、団塊世代・団塊ジュニア世代は、そういう状況を知らないので、「がんばれ」「がんばれ」と連呼する。

今社会で実行力を持つ団塊世代・団塊ジュニア世代は、このような格差問題を正しく認識し解決するための能力を持っていない。

つまり今、10代~20代を生きる人は、大人がいうアドバイスにしたがってはいけない。 何も知らない大人のアドバイスに従っていたら、気がつかないうちに袋小路に連れて行かれるだけだ。 この問題の解決策はまだ誰も見つけていない。 だから、自分で考え、自分で工夫して、編み出す以外に方法は無い。 それは時として非常識なことである場合もある。 それは時として反社会的なことである場合もある。 しかしどうか決して大人がどう思うかを気にしないでほしい。 何故なら、方法が見つからなければ死ぬだけだからだ。

そして、このニュースにあるように、この問題に理解を示すことができる数少ない大人を探して助けを求めることだと思う。

<高校生>4人に3人、学ぶお金「心配」 生徒が調査
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=891735&media_id=2

 高校生の4人に3人が、学業を続ける上で何らかの金銭的な困難を感じていることが、埼玉県の定時制高校生が呼びかけたアンケート調査で分かった。4人に1人は「学費で家族に迷惑をかけて申し訳ない」と回答しており、経済環境の悪化が学ぶ場を直撃している様子が浮かんだ。

 調査は、生徒たちが日本高等学校教職員組合の協力を得て呼び掛け、全国10道府県の公立の全日制、定時制(昼、夜)、通信制の1549人から回答を得た。夜間定時制生徒が815人で、全日制生徒は366人。他は昼間定時制や通信制生徒。経済的な理由で退学する仲間が目立ち始めたことがきっかけでアンケートを思いついたという。

 金銭にかかわる16項目を調査。「学費が高く通い続けられるか不安」は8.7%、「通学費の工面が困難」は7.4%、「参考書が買えない」が4.4%だった。24.7%が、学費で家族に迷惑をかけていると思っていた。

 定時制(夜間)、通信制では20%を超える生徒が授業料を自分でまかなっていた。「奨学金をもらいたい」が12%あったのに対し「もらっている」は3.9%と差が際立った。16の質問に一つも該当しないのは24%にとどまった。

 アンケートを呼び掛けた埼玉県内の定時制3年生の女子生徒(17)は、携帯の製造工場で時給800円で毎日8時間、週6日働き、学費と生活費をまかなっている。女子生徒は「お金がかかって申し訳ないと自分を責める人が私の友人にもおり、切ない。全日制も定時制も、安心して勉強できる環境に変えていきたい」と話している。生徒たちは26日午後1時から埼玉県三郷市の「三郷鷹野文化センター」で集会を開き、アンケート結果について話し合う。問い合わせは同県立小川高校定時制の鈴木敏則教諭(090・1437・9824)。【東海林智】

コメント一覧
せおはやみ   2009年07月08日 15:14
「世界第二の経済大国」で、この体たらくだもんね。

OECD加盟国中で教育・医療に費やすお金は
ダントツの最下位という数字が
凡百のコメンテータのご託宣よりも
雄弁にわが国の惨状を示しています。

誰だ、「改革無ければ成長なし」
などという空疎な言葉に踊らされて
ここまで格差社会をひどくさせてしまったのは。

歴史上かつて大衆が賢明であったことはただの一度もない。
エルムIJN@眠り隊   2009年07月08日 17:08
ニュースから失礼します

若造ですが…
ズキッときました。
グサッときました
たいしたもんた   2009年07月08日 17:22
ニュースからです。イヤーなるほど? ふかーいはなしありがとうございますm(_ _)m。
伝説のからあげ   2009年07月08日 18:21
ニュースからきました。久しぶりに、理想論や感情論ではなく現実に沿った論を展開する方に会えた気がします。深く感銘すると同時に支持しますね。安い言葉で言えば「ジェネレーションギャップ」これはある程度仕方がない事ですが、双方(若者と団塊世代からその下辺り)に歩みよりがないのも問題です。特に今の社会の上に立つものは、若者とは考え方に違いがあることを理解した上で人を使うというスキルに乏しい気がします。上司部下の関係がまるで絶対服従の奴隷の様な形式になっているのもおかしいと思いますね。間違った上司に大人しく従うの部下は滑稽です。本来、上司と部下は間違いを指摘しあい切磋琢磨し合う形が正しいと私は考えるのですがいかがでしょうか。それにしても最近はどのニュース日記を読んでも「Aが可哀想だからBが悪い」とか「やはり若者は常識が…」などと言った論調が多いです。この様な画一的な論法しか取らない人達が、裁判員制度に則り、人を裁く世界(法界)に進出するのは恐ろしい限りです。
タビビト   2009年07月08日 22:11
私も団塊ジュニア世代に属しますが、学費に対して苦労したこともなかったため、勉強する前に積みあがる諸々の問題にまではとても気が回りませんでした。

会社で毎年新人が入ってくる度に、なんとなく違和感を感じ続けていますが、それは以前におかあつさんが指摘された、「がんばれがなんとかなると信じられた世代」と「努力しても無駄と感じる世代の溝なのかもしれません。
這いよる謎の犬ピース   2009年07月08日 23:37
大前研一さん(エコノミストで元マッキンゼーという有名なコンサルで働いていた人。)の著書「「知の衰退」からいかに脱出するか?」の中で、数十年前に国民にきちんと情報を提示しない時の総理に対して「もっと国民に情報を提示すべきでは?」と詰め寄ったところ、時の総理が「いやしない。愚民化政策を進める」というようなやりとりがあったと書いてありました。

今、本が見当たらないので、正確ではないですが
団塊の世代~ジュニア世代のどちらかが10~20代頃の話だったと思います。

世襲制の政治家が、全体的にそういう考えで
学生運動的な物を「愚民化」し続けたとしたら
学校以外でなにも学ばない人間は、ある種
政府やマスコミ、各種団体の過ちに気づけなくなるのではないか・・・と
背筋がぞわっとしました。

でも、逆説的ですが
国民の多数が必要な仕事だけして、必要な情報だけ知ってる状況は
組織全体が安定はするのかもな~とも思います。
それによって、搾取されたり
不当な扱いを受ける人間がいなければ・・・ですけど。
せおはやみ   2009年07月10日 21:53
「愚民化」が急速に進んだ時期が
戰後少なくとも2回あったと思います。

一回目は70年安保が不発に終わって
「東大安田講堂」を頂点とした学生運動が衰退したあとの
空白の時代→いわゆる「優しさ」の時代。
二回目は80年代バブルの時代、
象徴的な「価値観の多様化」という似非イデオロギーが
日本中を席巻した時代です。

①の「優しさの時代」とは、
学生たちが「社会的広がりのある視線」を持つことを
積極的に忌避し始めた時代でした。
「友よ、夜明け前の闇の中で」(岡林信康)
という連帯を志向するフォークソングに代わって
「僕の髪が肩まで伸びてキミと同じになったら」(吉田拓郎)
という似非がフォークとして登場した時代です。
未だにベトナム戦争が続き、公害が深刻さを増していた時代に
若者たちは社会の不正や矛盾に目を向け、抗議することを避け、
ひたすら自己中心的な小宇宙に引き籠もった時代でした。

②の「価値観の多様化」という風潮は
「Aの言い分も正しい、Bの言い分も正しい」というもので、
そういう屁理屈を捏ねる風潮の中では、
基本的な社会的規範も崩れ去る他はありませんでした。
この時を境にして、それまで忌避されていたタブーが
大手を振ってマスメディアを賑わしはじめたのです。
所謂「バツイチ」「不倫」「援助交際」などです。
まるでパンドラの筺が明いたような有様でした。

この二大潮流が恰も「進歩的」であるかのような装いを凝らして
社会を風靡したのです。

これらの毒に影響された、いささか知性に問題のある日本国民が
「愚民」にならないわけがないじゃありませんか。

そしてその総仕上げを確実にしたのが
「改革無くして成長なし」
と絶叫したポピュリストにいとも易々と乗せられて熱狂し、
自民党に大量得票を許してしまった愚民の群れでした。

私たちはその報い、
つまり「格差社会」「派遣切り」というご褒美を
現在、有難く頂戴しているのです。
そしてこういう右往左往を繰り返しつつ、
なだらかな民族滅亡へと坂道を転がって行くのです。
 
出展 2009年07月08日14:44 『(ニュース)何も知らない大人』