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2008年7月25日金曜日

貧困を理解する (mixi05-u459989-200807250533)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
貧困を理解する
2008年07月25日05:33
http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=76210&log=20080609

彼は僕が非常に尊敬しているタイ語の先生なのだけど、こんなことを書いていてちょっとショックだった。

彼も典型的なインテリなのだ。 彼も、また、貧困や格差を理解できないのだ。

貧困って言うのは、見聞きするのと実際に体験するのとでは、絶望的な差がある。
それは「世の中には絶対に不可能なことがある」ということを理解することから始まる。
努力すれば報われる、というのは、充分に愛された者の傲慢なのだ。



僕が尊敬しているような頭のいい人でも、この事実を理解できない人は多い。

しかし、戦争があった国や、厳しい競争にさらされている国の人、悪政に耐えた経験のある人は、それが理解できる。

僕は国際的な彼ぐらいはそれを理解してもいいんじゃないか、と思っていたのだけど、やっぱり彼も日本人なんだな、と思った。



どうも日本人は苦手だ。

コメント一覧
ジャコビ   2008年07月25日 08:43
私はどちらかというと、努力すれば報われる、と思っています。でも、私は母に「あんたは、何でも出来ると思っているだろうけれど、世の中には出来ない事もある事を知りなさい。」と言い聞かされて育ちました。母の言葉は私を長い間呪縛していました。思春期にはかなり打撃的な言葉でした。
Gourmand   2008年07月25日 09:25
社会システムからして努力しても報われないことを最近実感しています。

東京で恵まれている人は幅広く情報を手に入れ、情報から自分の方向性を見つけ出し可能性に向かって進んでいくと思います。

ですが、同じ日本でも地方に住んでいる人の中には4人家族で誰も食につけず、そのため乳児を病院に連れて行かず見殺しにしてしまうという事件を聞いたこともあります。

この話を聞いたときは格差社会というものを実感しました。

後者の努力が足りないといえば楽かもしれませんが、育っていく環境、生活環境から前者と同じだけの知識を吸収するチャンスがないのです。

頑張りがあれば・・・なんでもできる。そういう行動力と運がある人は所属してい母集団から計算すると何パーセントになり、もし格差が上の場合どれだけになっているかを考えれば、多少理解できると思います。

今回話したいことは、格差はありできることの限界があることに同感していることと、その格差や環境を理解したうえで自分の可能性を見ないと成功はないという事です。

上を見るなではなく、格差を理解してチャンスを物にしろという事です。


おかあつ   2008年07月25日 14:55
ジャコビさん、
>母の言葉は私を長い間呪縛していました。思春期にはかなり打撃的な言葉でした。

僕が言っている言葉の意味はもちろん「だからあきらめなさい」じゃないんです。
当然、あきらめないで頑張るわけです。

でも世の中にゲロを吐くまで走りつくしても不可能なことがあるというのは、事実なのです。

だからゲロを吐きそうになって走っている人にたいして 「いやー努力が足りないんでないの?」といいきってしまうのは、間違っています。 この意見は事態を悪化させています。

これに気がつくことは大切だと思うのです。

Gourmandさん、
すべてそのとおりです。

>後者の努力が足りないといえば楽かもしれませんが、育っていく環境、生活環境から前者と同じだけの知識を吸収するチャンスがないのです。

例えば、彼がいうような「今はインターネットがあるから誰にでも等しくチャンスがある」というのは、全ての人がインターネットを平等に使える状況に在って初めて言えることなのです。例えば、お金がなくて、毎日安い賃金で長時間労働についている人は、インターネットを使う時間も限られています。インターネットを導入していないかもしれません。

日本の社会に居ると、案外あっさりそういう状況に滑り落ちます。いずれにしてもあきらめず走るしかないですが、その差をきちんと意識してないと、事態は一向に好転しないのです。こういう格差って今はあちこちにあります。 彼には、彼の比較的身近にあるだろうポスドクの貧困も理解できないんでしょうか。



彼は自分が勝っているのは、努力したからだ、と思っているでしょう。 しかしそれが思い上がりなんです。 どんなに努力しても勝てない不公平な世界がある、ということをおぼっちゃまな彼は理解できないわけです。

彼は日本のタイ語界にあってたぐい稀な才能の人なんですが ... がっかりです。
かつお   2008年07月25日 19:25
「貧困を理解する」って、本当に自分が貧困になってみないと理解できないのではないでしょうか。僕はアジアでも最貧国のある国にしばらく暮らしていましたが、産まれた環境や教育の影響は大きいと思います。ただ、「貧困=不幸」だとは思いません。文明からかけはなれた生活をしていても、笑顔を絶やさない人たちはいます。経済発展した日本には、今の生活に満足している人たちはどれくらいいるでしょうか。「食」のことを考えたら、東南アジアは恵まれています。  あと、日本でも地方は必要な情報はネットで手に入るし、田舎なら生活費も安く済むでしょう。わざわざ物価が高く、天災や戦争、テロのリスクの高い都会に住もうとは私は思いません。
おかあつ   2008年07月26日 04:40
色々考えたんだけど、結局のところ 「おなじ状況に陥れば誰でも等しく、おなじような無様な醜態をさらけ出すことになるのだ」という事実を受けいれる精神力があるかないかの問題なんだよね。

受けいれる必要が無い人は、これを受けいれて生きている人が理解できないわけで。
おかあつ   2008年07月26日 04:48
例えば、僕は死に物狂いで勉強して彼以上の知識を身につけたとしても、絶対に彼と同じ立場には到達しない。 または、彼と同じ立場に到達できることを信じて努力したとしても、その立場に到達できなかった時のリスクを考えれば、危険を回避すると言う意味で努力ばかりにうつつをぬかすことは出来ない。 またそもそも、そこに到達するためのコストをかける経済的なゆとりもない。

それを努力が足りんといわれても、解決策がない。

この事実を彼に理解させるためには、どうすればいいかっていうことなんだけど、 もちろん説明も出来る。 だけど、結局のところ、経験した人しかわからないんだよね。

勝つっていうのは、実に簡単な行為だと思う。
Gourmand   2008年07月26日 17:25
説明するとなると難しい内容ですよね。

極論を話すと、人間の人生(可能性は)誰から生まれたかで決まる、という内容に近い気がします。

親の遺伝子から来る特徴、ステータスから影響される成長時の環境、どんな環境で影響を受けたかで形成される自己の考え。

発想が違えば同じことをしても、必死さが違うし、考え方が違えば作業効率が変わります。

こんな感じでしょうか?
おかあつ   2008年07月26日 18:40
その極論、厳しいこと言うようですが、甘すぎでしょう。
それは「持って生まれた能力」や「考え方」は、努力次第でいかようにも変えられます。
年齢も関係ありません。

努力できないダメな人間は死ぬしかないんです。 それは絶対変わらない事実です。

ただ、社会的地位だけは、自分の努力だけでは絶対に変わらないものです。
それだけです。
Gourmand   2008年07月27日 09:58
話したい内容がずれたかもしれませんが、同じく努力しても生まれたとき与えられたもの(社会的地位だけでなく感性など)が違うから、努力してもはじめからもっている能力を考えると同じではないという事を話したかったのです。

努力できないのは当然だめですから、現状や与えられたものに不満をいって腐っているだけでは人間幸せはやってこないと思います。

おかあつさんの一番の注目点は「社会的地位」で、貧困から生じる格差にフォーカスがあったんですね。

題名が「貧困を理解する。」だったのを忘れていました。
おかあつ   2008年07月27日 10:26
> 話したい内容がずれたかもしれませんが、同じく努力しても生まれたとき与えられたもの(社会的地位だけでなく感性など)が違うから、努力してもはじめからもっている能力を考えると同じではないという事を話したかったのです。

多分、天才でない限りは、人が最初から持っているものって、そんなに多くないです。
あるいは、見方を変えると、誰でも何か1つくらいは才能を持っているものです。

才能がないように感じられる人っていうのは、おうおうにして、やることをころころ変えすぎだったり、最初からあきらめてしまっていたり、自分を信じてなかったり、結果を気にしすぎていたり、自分が得意でないことを必死にやったりしている場合が多いように思います。


基本的には、ひとつのことを粘り強く出来るだけ長く続けることです。 最低10年。
そして、好きなことだけをやる。 好きじゃないと続かないですから。

あと「成功哲学」を読むことも大切です。
http://www.amazon.co.jp/dp/4877710515
 
出展 2008年07月25日05:33 『貧困を理解する』

著者オカアツシについて


小学生の頃からプログラミングが趣味。都内でジャズギタリストからプログラマに転身。プログラマをやめて、ラオス国境周辺で語学武者修行。12年に渡る辺境での放浪生活から生還し、都内でジャズギタリストとしてリベンジ中 ─── そういう僕が気付いた『言語と音楽』の不思議な関係についてご紹介します。

特技は、即興演奏・作曲家・エッセイスト・言語研究者・コンピュータープログラマ・話せる言語・ラオ語・タイ語(東北イサーン方言)・中国語・英語/使えるシステム/PostgreSQL 15 / React.js / Node.js 等々




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