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2009年8月22日土曜日

格差について雑感 (mixi05-u459989-200908220505)

ミクシ内で書かれた旧おかあつ日記を紹介します。
格差について雑感
2009年08月22日05:05
先日の日記に対してコメントを付けたらコメントの最大サイズを越えてしまったので、ここで日記として公開します。

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格差は悪じゃない
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1260215821&owner_id=459989
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1259966667&owner_id=459989

>派遣労働者社と正社員が同一労働に対して得る収入が余りにも違いすぎます。

何となく思ったのですが、何か、今世の中で言われている「格差」という言葉に色々な異なる意味が混ざっている様な気がしました。

それは優遇と平等の矛盾じゃないかと思います。

何というか、誰かを優遇するということは、誰かを冷遇するということと表裏一体なんじゃないかと思うのです。 長年働いている人間を優遇するということは、短期間しか働いていない人を冷遇することによって差別化するという事なのだと思うのです。

ロックコンサートを開いたとします。 ファンのお客さんみんなからお金をとっているからこそ、友達を無料で招待して喜ばれるわけで、もしもそのロックミュージシャンがファン一人一人を本当に大切にして、全員を無料招待にしたら、友達は「なんだどうせみんな無料なんだろ?」ということで、面白みがなくなってしまいます。 誰かを優遇する為には必ず誰かを冷遇する必要があります。

優遇をするのかしないのか。 優遇するとしたら誰を優遇して誰を優遇しないのか。 そこが問題なのではないでしょうか。

格差をなくすためには、「格差をなくす」という言葉の意味が、優遇をやめるということなのか、それとも優遇はするべきだがもっと違った優遇の基準が必要だという意味なのか、はっきりさせる必要があると思うのです。

すべての人を優遇するというのは、論理的に不可能な事です。 体が不自由な人も、体が丈夫な人も、同じようにあつかう。 優秀な人も、無能な人も同じように扱う。 一時間に製品を10000個つくる事が出来る人も、1時間に製品を10個しか作ることが出来ない人も同じように扱う。 売上を1000万円あげた人も、売上を1万円あげた人も同じように扱う、というのは、本当にいいことでしょうか。 もしそうなったとしたら、ほとんどの人はやる気を失って仕事をしなくなるでしょう。

このようなことから、優遇というのは必要なのだと僕は思います。

問題はおそらく、その優遇の基準がおかしいことだと思います。

派遣労働者社が血のにじむような努力と苦労をしたうえで成果を出しているにもかかわらず、少ない労力で同じような成果しか出していない、時にはより少ない成果しか出していないにも関わらず、優遇されているということは、健康的なことではないと思います。 この基準が間違っているからこそそれが問題なのであって、もしもきちんと成果を出している人が優遇されているなら、それはむしろ喜ばしいことなのではないでしょうか。

優遇と、その基準。 僕的には、これらの点が混同されている事が、とても気になります。



僕が、強調したいのは、不正な優遇をしないということは、愛する人や友達を優遇しないということと表裏一体だ、という事です。

もしも自分で会社を立ち上げたとき、自分が気に入っている人や家族がその会社で働いていたとします。 その時、自分の愛する人が良い成績を出していないとします。 そのそばでもっと良い成績を出している、見ず知らずの他人がいたとします。 その時に、家族に対して何の容赦もなく給与を減らし、その見ず知らずの他人に旨味を与えることができるでしょうか。

日本人はかなり情深い文化を持っています。 例えどんな無能であっても無償に愛を与えたりすることが出来る文化を持っていると僕は思うのです。 どんなに無能でも身内だけは守ろうとする家族を基調とした文化があります。

公正な競争をするということは、つまりそういった日本的な情を捨てるということと表裏一体でもあるような気がするのです。



正社員が優遇されているという事の背景には、おそらく学閥とかそういう家族的な物がからんでいるのではないか、という気がします。 学閥の中にいる人は、学閥間の闘争の中で、必死で利権を確保してきたのではないでしょうか。 彼らが、どこの馬の骨ともわからないような他人に、そうやすやすと利権を渡すわけが無いのです。 まずは身内の利権を守ることを第一に考えるでしょう。 それが自然だと思います。

ここに、競争の優劣と無関係な優遇が生まれる原因があるような気がします。

格差をなくす、ということはどういうことなのでしょうか。 公正な競争なのでしょうか。 それとも弱者を守るということなのでしょうか。 結局これらは、何を優遇するのかという問題に帰着するのではないでしょうか。



僕は、善と悪という基準が嫌いです。 そこには利害関係しかありません。 ゴキブリは悪い虫ですが、ゴキブリにとっては悪い虫は人間の方でしょう。

数学的に見て、善の総量が増え悪の総量が0に近づく、ということはありえないと僕は思うのです。 善が増えれば必ず悪も増えるのだと思います。 善悪の総量が変わったと見るようよりは、人間関係の中での「利権」の位置が変わっただけだと見た方が自然なような気がするのです。



格差社会と呼ばれるようになってひさしいですが、果たして本当に格差は広がっているのでしょうか。 格差が広がったというからには、ある地点に利権が集中している事が観測されてしかるべきです。 日本国内で、どこか特定の場所に利権が集中しているのを見たことがありますでしょうか。

僕は今のところ見たことがありません。 どこもキュウキュウとしているように見えます。 建設業・鉄鋼業・製造業・今まで羽振りが良かったようなソニーとかトヨタとかNTTとかも含め、決して利権が集中して儲かっているが妬まれるのでじっと黙っている、という風ではありません。どこをみても、かなりカツカツな内部事情しか見えてきません。

構造改革によって、本当に格差が広がったのでしょうか。 ひょっとしたら、実は差は縮まっていたという可能性は無いのでしょうか。 正直を言って、僕には、格差が広がったというよりは、日本全体が沈没しているようにしか見えないのです。



本質は、漠然としか見えてきませんが、大体この辺にあるような気がします。
格差をなくすといって政権交代が起こっても、おそらく何も解決しないでしょう。


本来は、日本全体が他国との競争に強くなるような戦略を考える事が必要だった筈です。 その為には、有能な人・生産性が高い人を手厚く優遇する必要があるでしょう。 無能な人・生産性が低い人はどんどん脱落していく様な、健全な競争が実現する様にする必要もあるでしょう。 そこにはやる気さえあれば誰にも頼らずにいつでも自由に自分を磨く事が出来る環境と、磨いた自分を自由に戦わせる事が出来るアリーナも必要でしょう。

一方で、生産性が0でも気軽に生きていく事が出来る、アホはアホなりに気楽にサバイサバーイで生きていく事が出来る、ローコストで気軽な社会も実現する必要があるような気がします。

コメント一覧
ナム   2009年08月22日 06:53
非正規雇用が大量発生したことで、日本国内において、正規雇用者と非正規雇用者の間に目に余る格差が生じていると思います。
格差がけしからんというのは、格差が搾取から生じているからです。
能力差から格差が生じているから自己責任というのは、搾取する側が搾取に目を向けなくさせるための洗脳文句だと思います。
自由競争というといかにも公正のように聞こえますが、実際には搾取の自由化です。
今はグローバル経済の名のもと、搾取の国際化により、日本国民が他国の資本家に労働力を搾取されているので、みんなが貧しくなっているのでしょう。
もちろん日本国民も中国その他の国民から労働力を搾取しているわけですが、資本家ばかりがもうかる社会のしくみを変えないといけないだろうと思います。

まずは派遣労働を禁止して正社員を増やし、ワークシェアリング等を行うべきでしょう。
おかあつ   2009年08月22日 15:28
ナムさんのおっしゃる事には、ある鋭さがあるように感じられます。

>格差がけしからんというのは、格差が搾取から生じているからです。能力差から格差が生じているから自己責任というのは、搾取する側が搾取に目を向けなくさせるための洗脳文句だと思います。

特にこのあたりは、ある点を鋭く付いていると感じます。

一方で、

>自由競争というといかにも公正のように聞こえますが、実際には搾取の自由化です。今はグローバル経済の名のもと、搾取の国際化により、日本国民が他国の資本家に労働力を搾取されているので、みんなが貧しくなっているのでしょう。

ここについては、僕的には、むしろこれまで労働を搾取していたのは日本だったように見えます。

日本は今没落していますが、今までまけっぱなしだった、中国や韓国、インドやタイ、ラオスなどは、活況に僕には見えます。 不景気、不景気とみんな言っていますが、インドの金持ちは明らかに増えてます。 ソニーが落ち目になる一方、韓国のサムソンや ACERなどは、着実に力を付けています。 タイの富裕層も着実に増えています。

日本に富が集中していたのが、アジア全体に分散しつつあるように僕には見えます。
可哀想だと言われていた人たちの顔が明るくなり、元気になってきているのです。

これもひとつの事実ですが、これだけだと、まだ片手落ちだと感じるのです。 ここに足りない何かが、一体何なのか、まだわかりません。

クレ   2009年08月22日 17:54
>誰かを優遇するということは、誰かを冷遇するということと表裏一体なんじゃないかと思うのです

その通りだと思えます。すべての人を優遇したら、だれも優遇したことにならないわけで、やっぱり不満がでるのでしょうね。


>実は差は縮まっていたという可能性は無いのでしょうか。 正直を言って、僕には、格差が広がったというよりは、日本全体が沈没しているようにしか見えないのです。


分けるべきパイが小さくなって、弱いところへの配分はさらに少なくなって、問題が表面化しただけで、パイが増えていた時代は矛盾も問題もあまり目立たなかったのでしょうか。


どんどん考えていくと、誰もが同じだけ幸せだったら、だれも幸せを感じない?ってことになりそうです。だた、人によって幸せの条件は違うのだから、今よりは多少バランスのいい社会を作れる可能性はきっとあるのでしょう・・。


> 善が増えれば必ず悪も増えるのだと思います。

そうなのかもしれませんし、そうでなければいいのにとも・・・
どちらにせよ、よくわかりません。

ナム   2009年08月23日 01:13
>日本は今没落していますが、今までまけっぱなしだった、中国や韓国、インドやタイ、ラオスなどは、活況に僕には見えます。 不景気、不景気とみんな言っていますが、インドの金持ちは明らかに増えてます。 ソニーが落ち目になる一方、韓国のサムソンや ACERなどは、着実に力を付けています。 タイの富裕層も着実に増えています。

>日本に富が集中していたのが、アジア全体に分散しつつあるように僕には見えます。
可哀想だと言われていた人たちの顔が明るくなり、元気になってきているのです。


そうですね。おっしゃる通りですね。
アジアは元気ですよね。
インドとラオスは行ったことがありませんが、中国や韓国は20年前と比べると著しく発展してますね。タイもそうですね。
インドやラオスにも行ってみたいです。


ちなみみ、同じアジアでも、ミャンマーは20年前と今もあまり街並みや国民の暮らしに変化がない感じです。
けれど、ミャンマーは経済的には貧しいですが、経済価値では計れない豊かな文化のある国と思います。
グローバライぜーション(←植民地主義や帝国主義の21世紀の呼び名でしょう)に取り込まれて、タイのように欧米のような経済発展をしても、失うものも大きいですから(ほほえみの国タイの人が最近ではあまりほほえまなくなったてきたとか?w)

ミャンマーの軍政は、いろいろ批判もあるでしょうが、アメリカにも中国にもインドにもとりこまれず、ミャンマーのよき伝統文化を守り上手に政治をしていると思います。
国民の多くは欧米の手先であるスーチー女史が何か自分たちによいものをもたらしてくれると欧米のマスコミに洗脳されている残念な状況にはありますが。


経済的な豊かさと人間の幸福とは別ものであるということをミャンマーに行くと感じます。
貧乏でお金が無くてもそれなりに生きていける南の国はいいですね。
かつお   2009年08月23日 03:52
おかあつさんは、日本にいると感じているんだけど、書けないようなことを、客観的に日記に書いているので感心します。『格差が悪』で『格差をなくそう』とすれば資本主義をやめて、共産主義化すればいいわけですが、それでは国民が平等に優遇されるために、生産力は低下し、国民は貧しくなるのは歴史が証明しています。中国やロシア等は自由主義経済を採用したために、経済が急成長しました。あの、アジアで最貧国と言われた、ラオスでさへ、都市部では近年は目まぐるしい発展をしています。レストランや新車が増え、若者はディスコで遊ぶ等。ワーキングプアが問題になっていますが、今の日本の若者には『金・時間・希望』という3つの無いことがあるそうです。我々の大先輩が経験された戦後の焼け野原からの復興は、皆が貧しくても、『希望』はあったのですが、泥舟に乗って沈没している今の日本ではそれさへないのです。ただ、派遣労働に関しては、農業や医療・福祉といったいわゆる3Kの職場では日本人の若者が不足しており、外国人労働力に頼っています。生活レベルを下げて、田舎で暮らせばなんとかやっていけますよ。
おかあつ   2009年08月23日 05:15
> ミャンマーの軍政は、いろいろ批判もあるでしょうが、アメリカにも中国にもインドにもとりこまれず、ミャンマーのよき伝統文化を守り上手に政治をしていると思います。 国民の多くは欧米の手先であるスーチー女史が何か自分たちによいものをもたらしてくれると欧米のマスコミに洗脳されている残念な状況にはありますが。

僕もそう思います。 最初、僕もミャンマーは民主的でなくかわいそうな国だ、と信じていました。 だけど、タイに来て、タイのクーデターを実体験して、政治に興味を持つようになり、民主主義の建前と本音をよく知るようになってからは、ミャンマーというのは、色々と頑張って闘っているんだなと思うようになりました。

ヨーロッパの国と違って、討論の土壌が無いアジアでは、民主化するとほとんどの場合国はより不安定になる様に思います。 タイも民主主義と銘打っていますが、それはあくまで建前で、本当は民主主義ではないのと似ているように思います。 理屈がわかる人間も、理屈がわからない人間も大量にひしめいている中で、何とか理屈と人情で色々な人を言いくるめて何とかまとめているというのと似ています。

そういう複雑な権力闘争の影で、見えないように仏教に根ざしたタイ人の心を誰にも踏みにじられないように守っていることは、感銘を受けるものがあります。

もしタイが本当に民主化したら、バラバラになってどうにも取りまとめようがなくなると思います。 (実際今そうなりかけてます。)

それと同じようにおそらくミャンマーも民主化すると間違いなく不安定になることでしょう。 不安定になってしまうと、何でもかんでもヨーロッパ・日本・アメリカのいいようにされてしまうでしょうから、これは何とかして防がないといけないのだと思います。

また、民主的で無いのに民主主義だと標榜するのは、民主化したと建前を作ることで、アメリカなどの人種民主化外交の餌食にならないように守っている、という面もあるとおもいます。

おかあつ   2009年08月23日 05:19
かつおさん、
>あの、アジアで最貧国と言われた、ラオスでさへ、都市部では近年は目まぐるしい発展をしています。レストランや新車が増え、若者はディスコで遊ぶ等。 ワーキングプアが問題になっていますが、今の日本の若者には『金・時間・希望』という3つの無いことがあるそうです。

まったくその通りです。 かつおさんには説明が不要なような気がします。

同じようなものを見てきたでしょうから、説明は不要だと思うのですが、最近のラオスの発展ぶりはちょっと目をみはるものがあります。 泥棒市場みたいなタラートサオにショッピングセンターが出来て、市場にはものがあふれて、新車が走り回り、ディスコで遊ぶ若者が増えたりしています。 まさにその通りです。

可哀想な国では、もはやなくなりつつあります。
おかあつ   2009年08月23日 05:23
クレさん、
>そうなのかもしれませんし、そうでなければいいのにとも・・・

わからないですが、もし善が増えたら悪が減るんだったら中間管理職は苦労しないような気がします。

きっと一概には言えないでしょうが、部下にとって「いい上司」ばかり演じていたら、その人はきっと上司にとっては「悪い部下」になってしまうでしょうし、上司にとって「いい部下」を演じてばかりいれば、その人は部下にとっては「悪い上司」になってしまうのではないでしょうか。

ナム   2009年08月28日 03:16
>民主的で無いのに民主主義だと標榜するのは、民主化したと建前を作ることで、アメリカなどの人種民主化外交の餌食にならないように守っている、という面もあるとおもいます。

深い話ですねぇ。
そんなことは思いもよりませんでした。
おかあつ   2009年08月28日 04:16
>深い話ですねぇ。

この間、タイがHIVの治療薬を超法規処置としてコピーして無料で配布を始めたとき、アメリカの政府が、著作権違反として制裁措置をちらつかせながらプレッシャーをかけてきたことがありました。

その時、タイの政府がやったことは、パンチッププラザにあるコピーCD屋さんを一斉に取り締まって、押収したCDをブルドーザーで引き潰したことです。 治療薬のコピーは相変わらずやっているんじゃないかと思います。

タイってそういうパフォーマンスがうまいんだと思います。 西洋人はこういうパフォーマンスにコロっと騙されます。
ナム   2009年08月28日 07:42
ずっと独立を守って来た国ですからね。
したたかなんですね。
おかあつ   2009年08月28日 07:54
ホントしたたかです。
日本もタイをバカにばかりしてないで、すこしこのしたたかさを見習ってほしいです。
 
出展 2009年08月22日05:05 『格差について雑感』