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2016年9月9日金曜日

タイ東北イサーン方言とビエンチャン方言の違い(oka01-kpmqxtwxzzmgflyo)

タイ東北イサーン地方(ラオ)で有名な新喜劇の老舗・シヤンイサーンの第25巻は、いつものタイ公演の収録ではなく、国境を超えてラオス側に渡ったところにある街・首都ビエンチャンでの公演を収録したものだ。

ここでなんと、普段イサーン語(タイ語まじりのラオ語)を話している、座長ノックノイ・ウライポンが、ラオス公用語(ラオス語≒ビエンチャン語)を話している。



イサーン語とビエンチャン語は、日本国内のラオ語研究者の間で、しばしば「ほとんど違いがない」と見做されているのだが、僕が見るところでは、少なくない違いが存在する。このビデオをみると、具体的にどこが違うのか研究することができる。今回は、この違いを研究してみたい。



このシヤンイサーン・ビエンチャン公演は、ラオス語を研究している人にとっては面白い公演だ。何故かというと、いつもは、タイ語とラオス語を激しく切り替えながら喋っている出演者が、なんと、全部ラオス語だけで話しているのだ。




イサーン(タイの東北地方)の人は、普段タイ語とラオ語を混ぜながら話している。そして、状況に合わせてその混ぜる比率を変化させる。 例えば、学校などの公共の場ではタイ語の比率100%で話す。だが、家に帰って家族と話す時は、タイ語を混ぜず、ラオ語の比率100%で話す ─── この様に、その場の公共度の高さにあわせて、適度にタイ語とラオ語を混ぜ具合を変えながら話すのが一般的だ。

シヤンイサーン(タイ東北地方で有名な新喜劇)の出演者も同様に、公演中タイ語とラオ語を激しく切り替えながら喋るのだが、このビデオの中では、タイ語を混ぜず、純粋なラオ語だけで話している。これは、ラオ語方言の発音差を研究している者にとっては、とても貴重な映像だ。

シヤンイサーンの本拠地があるウドンタニー県と、ラオスの首都ビエンチャンは、近い。恐らく40kmは離れていないだろう。 バスで1時間少しでつく距離だ。シヤンイサーンは、ラオ側でも非常に有名だが、色々な政治的な事情からか、ビエンチャン公演は長らく実現しなかった。

恐らくだが、このビエンチャン公演は、条件付きで許可されたのではないか。飽くまでも憶測だが、その条件とは「タイ語を話してはいけない」という条件だったのではないだろうか。ラオスでは、公共の場でタイ語を話すことが禁じられているからだ。

実際の事情がどうだったかは、僕にはわからない。とにかく、このビデオの中では、普段イサーン語を話している人が、ビエンチャン語を話そうとしている。これは貴重なサンプルといえる ─── 否。実は、近年のYouTubeの普及により、生で聞けるラオス語サンプルが無数に増えたので、今や貴重でも何でもないのかも知れないが。

イサーンとビエンチャンの違い

詳細な解説は、ラオ語方言の声調変化について に譲る。ここでは、最近の僕が気付いたことのさわりだけを書いてみたい。


ビエンチャン語(ラオス国の標準語)とイサーン語(タイ東北地方で話されている方言)は、基本的に両方共にラオ語の方言だが、実際のところかなり違う。僕もラオス語を勉強し始めた最初の頃は、ビエンチャンの人が発音を聞くだけでイサーンから来た人と見抜くことを目撃し、大いに驚き、不思議に思ったものだが、実際の所、かなりはっきりした違いが存在することがわかった。僕ですら聞くだけですぐに判る。

ラオス首都・ビエンチャンの側を流れるメコン川は、国境でもある。川を挟んだ対岸のタイ側に『ノンカイ』という大きな街がある。経済的な発展が遅れているラオスには大手スーパーがないのだが、ノンカイには、テスコロータス(イギリス資本の大手スーパー)がある。ここに大勢のビエンチャンの人々が物資を求めて買い出しにやってくる。

このスーパーの店内は、大勢のノンカイの人とビエンチャンの人が混ざって歩いている。 スーパー店内を散策していると、ビエンチャンの人たちとノンカイの人たちの、色々な違いを観察することができる ─── 僕がここを歩いていて気付いたことは、ビエンチャンから来た人には、比較的はっきりした発音の特徴がある、ということだ。

某著名なラオス語の研究者は、ビエンチャン国境周辺に住んでいるラオの人たちについて「タイ側もラオ側も同じ民族」としている様だが、僕はそれは違うと思う。距離が違い割に、比較的大きな違いがある。

僕は、ラオス語を学ぶにあたって、メコン川タイ側の街・ウドンタニー県で発音を拾いあつめて練習したが、ビエンチャンの人たちは、僕が外人であるにも関わらず、その発音を聞くだけで、僕がウドンタニーから来た人間だという事を見抜く。

何故こういうことが起こるのか ─── それを理解する為には、ラオス語の方言の基礎を理解する必要がある。

ラオ語の方言の大きな3グループ

ラオ語の方言は、大きく分けて、ラオス北部方言ラオス中部方言ラオス南部方言の3つに分けられる。

ノンカイとビエンチャンは、川を一つ隔てただけなのに、違うグループの方言を話す。ノンカイ・ウドンタニー(イサーン)の発音は、ラオス南部方言に含まれる。ビエンチャン方言はラオス中部方言に含まれる。

何故こういうことが起こったのかは、とても興味深いところだ。だが、その理由は実は、未知なる事実でも何でもなく、ラオでもタイでも比較的よく知られた話しらしい。 それは政治的な理由が絡むようだ。その理由については、ここでは触れない。

なお、ノンカイとビエンチャンは、方言が違うというだけでなく、顔つきも微妙に違うので、方言を聞かなくても、顔を見るだけで違いが判る場合も多い。この点を見ても、若干の民族的な違いがあることを感じさせる。

声調の違い

ラオ語の方言は、基本的に9つの声調を持っている。声の高さを3つの階調に分け、これの変化によって声調を表現する。その声調の種類一覧は、次の通りだ。


本記事:ラオ語方言の声調変化について

この9つの声調を全てこの表の通りに発音する人は、恐らくいない。だがこの表を元にして、若干変化させることで、色々な方言を合理的に説明できるので、この表はとても便利だ。この表を『基本声調表』と呼んでみたい。


イサーン方言は、この基本声調表を、次の様に変化させることで説明できる。


イサーン方言(ラオス南部方言)では、第三声調の中高高低に変わり、第六声調の中低低低に変化する。これは、ラオス南部方言の声調の特徴だ。ラオスの深南部にいくと、第4声調を低高から低低に変化させる人たちがいるが、他は基本的に同じだ。


次に、ビエンチャン方言(ラオス中部方言)だが、当初は僕もビエンチャン方言は発音変化が激しく、よくわからない...と思っていた。だが一年程度ビエンチャンに住んで色々な人の発音を拾って歩いた結果として、意外にも、ビエンチャン方言は基本声調表とほとんど違いがない...のではないか、と思うに至った。


この第六声調中低をきちんと発音する人は、ビエンチャンでは比較的よく見掛けるが、イサーンではあまり見掛けない。ここがイサーンとビエンチャンを比べた時に見えてくる特徴的な違いではないか、と思う。



さて、ラオ中部方言とラオ南部方言(イサーン方言)の特徴を踏まえた上で、もう一度、ノックノーイ氏の喋り方を見てみる。

前述のビデオでのノックノイ氏の話し方を聞くと、普段高低に変化させている第三声調を中高に戻して発音している。だが本来、第六声調を中低に戻して発音しなければいけないところは、イサーン発音の低低のまま発音している。


もう一度見てみよう。


違いがわかっただろうか。

イサーン方言を話す者にとって、第六声調を中低とはっきり話すのは、案外と難しい ─── だが、イサーン方言を話す人でも、文脈によっては(特に怒った時など)、この第六声調をはっきり発音することもある。また丁寧に話す人(特に女性)は、第三声調を変化させずにはっきり発音することがある。

この辺りの違いが起こる理由は、僕もまだよく判っていないところなので、将来的な課題として、もう少しよく研究してみたい、と思っている。

ビエンチャン語の発音がわかりにくい理由

何故、外国人は(というか日本人のラオ語研究者は特に)、しばしば「ビエンチャン方言は発音変化が激しい」と錯覚するのか。それは、ビエンチャンが首都だからではないか。ビエンチャンは首都なので、ラオス中から人が集まってくる。よって色々な方言が混ざっている。

例えば、北部の人は、第四声調の低高高低に、第6声調の中低低高に変化させる特徴がある。ビエンチャンには、この訛りを持った人が案外と多い。恐らくだが彼らは、北部から上京した方々だと思われる。だが彼らは(当然だが)、自分たちがどこから来たのか、わざわざ他人に教えたりはしない。

ビエンチャンに住む人にラオ語の発音のことを質問したあとで、「これって、ビエンチャン人でもこういう言い方するの?」と聞くと、ほぼ確実に「する。絶対間違いない。」と満面笑顔かつ、自信満々な返答がくる。だが実は彼は密かに北部出身で、かなり訛った発音を教えてくれているのだが、僕はそれに気付かず、彼の言うことを真に受けてしまい、大きく混乱させられる...ということが数度あった。

彼らには何の罪もない。だが、こういう訛ったビエンチャンの話し方をサンプルとして発音変化を調査してしまうと、結論が大きく間違ってしまう。相手のしぐさや風貌に常に注意を払い、民族性に注目してよく観察し、出身の違いを見分ける必要がある。

方言を研究している以上、他人の訛りを問責し糾弾するなど、言語道断だ。決してその違いを取り沙汰して相手を責めたりする様なことのないよう、静かに観察し、違いを理解し、民族を見分け、かつ笑顔でお互いの違いを許し、譲り合う ─── というのが、方言研究者のあるべき姿ではないか。

実際の所、これは現地の人なら誰もがやっていることではないだろうか。

だが日本人は、(僕自身を含め)これがあまり得意でないタイプの人が多い様だ。日本人は、相手の民族性に無頓着なところがある。それは島国で様々な民族が混在しながら生活している中で培われた『寛容性=和の心』の本質ではないか、と僕は思う。

(もっとも、相手の民族性に無頓着なまま、相手に自分と同質であることを強制する『和の心』が欠落した人も日本人には多い、というところが残念なところだが。)

この『寛容性』を持った日本人がビエンチャンの様な多民族居住地にくると、しばしば、現地の人が当然のように気付いている民族の違いが見抜けずに、延々混乱したまま状況が飲み込めないという状況に陥るものではないだろうか。

なおこれは飽くまでも僕の感覚なのではっきりしたことは言えないが、ビエンチャン方言を話す人は、ビエンチャン市内より、むしろ少し市内から離れたビエンチャン郊外に住んでいる人が多いのではないだろうか。 市内は、仕事の為に上京して来た人が多いのではないか、と感じる。

スペルの揺れによる発音の変化

また、ビエンチャンの人の発音が揺れやすい理由は、恐らく、スペルが厳密に定められてないことにもよる。

ラオスにいた時、こういうことがあった。ラオスで電話した時、話し中だという自動メッセージが聞こえてきた。話し中のことを ボ・ワーン  bo:2 wa:6ng という。 この wa:ng が第六声調として発音されていた。

このwa:ng は、標準タイ語では ว่าง と綴る。この単語をイサーン語として発音すると、高低に変化した第3声調として発音することが多いのではないか、と思う。これは恐らくだが、イサーン語が、低子音字の第一声調記号(マイエーク)を無視する傾向があるからではないか、と僕は考えている。

ラオス語での綴りは、ຫວ່າງ らしい。 これが正しいとすると、本来 wa:2ng 第二声調として発音するのが正しい発音の筈だ。だが僕が思うに、これを第二声調で発音すると、強い違和感がある。何故かというと、そういう風に発音する人は、ほとんどいないからだ。

僕が聞いた第六声調が正しい発音だとしたら、スペルは本来、第二声調記号(マイトー)がつかなければいけない。だがこれはこれで、かなり違和感の強いスペルだ。

では、どの様に発音すればよいか、と問われると、僕にはよくわからない。ネイティブの人に聞いても、似たような答えが返ってくるのではないだろうか。恐らく、はっきり決まっていないのではないか。全ての地域の人が納得する発音上の合意は、形成されていないのではないだろうか。


この様な記事があった。

ວ່າງ ກັບ ຫວ່າງ ຕ່າງກັນແນວໃດ??

実は、ວ່າງ  も ຫວ່າງ も共に、第二声調として読む筈なので、どちらで書いても発音は同じだが、意味として使い分けるべきだ、と考えられている様だ。だが、どの様に使い分けるかは、ラオ語がネイティブの人でも、あまりはっきりわかっていない様だ。

基本声調表では、マイエークは全て第二声調で読むとされている。この部分に関して、高子音字・第一声調記号(マイエーク)の読み方を変更することで、この発音変化に対応することもできる筈だ。

だが恐らく、単語によっては、高子音字・第一声調記号(マイエーク)が変化させない元の発音のまま定着しているケースも多くある筈だ。安易に高子音字・第一声調記号(マイエーク)の読み方を変更してしまうと、読み方のルールが一貫しなくなってしまう可能性がある。はっきりとした確信があるわけではないが、僕個人的には、恐らく上手くいかないのではないか、という感触を持っている。

要点は、もしビエンチャン語の発音の変化があることに気付いたとき、それを基本声調表を修正することで説明しようとすると、うまく説明できないことが多く、ただ単にスペルの揺れとして説明した方が、簡単に説明できることが多いらしい、ということだ。


※ ちなみに、ビエンチャン方言の発音を研究し、『ビエンチャン方言は文末で声調が変わる』という説を唱えている日本人がいるらしい。それは間違っている。文末で声調が変化するのは、ビエンチャン方言に限らず、タイ語でもイサーン語でも同じだ。

発展課題・ラオス北部方言の研究

ウドンタニー県・ノンカイ県では、『ラオス南部方言』系統に含まれる『ラオ・イサーン方言』が話されている。だがウドンタニーから西に向かって進むと大きな山があり、その山の向こうは、ルーイと呼ばれる県がある。ここでは『ラオス南部方言』ではない、別な方言が話されている。ルーイ県で話されている方言は、ラオス北部方言だ。



サーヤン・ワンルン『歯磨き粉の歌』ยาสีฟัน/ สายัณห์ วันรุ่ง

このビデオに出演している人はみな、ウドンタニー県の人だ。出演者は、このビデオの中で『ルーイ県に行って歯磨き粉を売る』というテーマの寸劇を演じている。中で、この歌手が、ルーイ県の方言を真似して話しているのだ。もちろん彼の話し方は、本物のルーイ弁とは全く違うだろうが、どういう風に違うのか、感触をつかむ為に、このビデオはよい。

ラオス北部方言は、他にも、チェンライ語・チェンマイ語(カムムアン)・ルワンパバーン語などが含まれている...と考えられている。

※ ラオス語の方言は、公的な機関がそれを研究し、そこが公式な見解を発表している...という様なものではないので、ここでいう『考えられている』というのは、そこでその言葉をネイティブ・スピーカーと使って話している人たちが、漠然と感じている共通認識、という程度のものだ。

終わりに

「ラオス語はラオスでしか通じないので便利ではない」と思われるかも知れない。だが実際のところ、ラオス語の便利さは、ラオス国内よりも、むしろタイで発揮されるのではないだろうか。何故なら、ラオス語がわかれば、タイ語の方言=イサーン語が理解できるからだ。

イサーン語だけでなく、チェンマイ語やチェンライ語も(100%ではないが大半)理解できる様になる。タイ・ベトナム・ミャンマー・中国南部などで通用している方言は、ラオス語に非常に近いものが多い。

タイ国内のラオス語人口や、タイ周辺国でラオス語の方言を話している人らの数を合わせると、実は、タイ語標準語を話す人の数より多い。

タイでは、ビジネス目的で勉強するなら標準タイ語を学ぶのがよい、と一般的には考えられている。だが現実的には、苦手な標準語で説明するよりも、なれた方言で説明してあげた方が、ずっとスムーズに理解できる場合も多い。それだけでなく、タイ語の方言(イサーン語)がわからないと、重要な話し合いでかやの外に追い出され、会話に入っていけないこともある。

問題は、ラオ語を真面目に勉強している日本人が極端に少ないことにより、情報交換する仲間を見つけることが非常に難しいことや、ラオ語教則本が非常に少なく、勉強する為の教材が皆無に等しい、ということではないだろうか。

特に日本語で書かれたラオ語の教科書は、残念なことだが、タイ語の教科書と大差がないと、断罪せざるを得ない面がある。ラオ語独自の文法や言い回しや発音変化などが全く説明されておらず、しかも、明らかな間違いが修正されずに、延々そのまま放置されていることも少なくない。

加えて、ラオ文字は、実際のところラオ国内でもあまり普及していない、ということもある。ラオ文字で書かれた文献は、あまり充実していない。重要な事柄は今でも、文章ではなく、歌などの形をとった口頭伝承として伝えられている。 

 
幸運なことに、YouTube の普及と共にこうして、ラオ語の生の音声に触れるチャンスが豊富に得られるようになった。 そもそもラオ語は、文字ではなく、音に根ざした言語だ。 実際に音を聞いて、生の音からいっこいっこ単語を拾っていくことも、なかなか楽しい勉強方法ではないだろうか。



更新記録
(Wed, 02 Nov 2016 21:58:36 +0900) 若干の加筆を行った。